2021年9月 6日 (月)

Field Cast 5つの役割を1日でこなす「DAL」

「DAL」が一般のスポーツボランティアと大きく異なるのは、役割がとても多様であること。

以下は実際、1日の活動で担ったもの

開会式、閉会式
●入退場のサポート
整列、先導、プラカードを持つこともある

試合中
●アスリートの応援
●試合中、給水や救護の手伝い

担当チームの空き時間
●予選結果を踏まえたディビジョニングの確認
●コーチ、ファミリーの要望に応える
●アスリートとのコミュニケーション
●会場全体の設営
●他試合の競技サポート


朝はまず、コーチ、ファミリーへの挨拶
皆さん、とにかく好意的だ。
それから、運営のミーティングに出て、試合時間、会場の確認。

試合が始まるとコーチ、ファミリーと一体になって応援する。
好プレーが出れば「ナイスプレー」と叫び、劣勢になってファミリーが静まってきても^^)「まだまだっ」と叫ぶ
試合が停まれば「給水は?」と選手に声をかける

試合がない時間帯、手が空いている時は、他のコートで行われている試合の運営。
終われば、備品を「体育館倉庫」に撤収。


「DAL」の役割を今回の東京五輪2020Field Castに当てはめると、1日で5つ以上の役割を兼務することになる。
これは、とにかく「動きたい」スポーツボランティアにはたまらない。


目まぐるしい一日が終わり、コーチ、ファミリーに挨拶に行く。
その後、運営者との終礼。
この時、コーチや運営者にかけていただく言葉が、その人の財産になっていく。


NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」の中で、こんな台詞があった。
「人の役に立ちたいとかって、結局、自分のためなんじゃん?」

「お役に立ちたい」と想って動くことは、第三者から見てそうだと想うし、自らを客観的に評論してもそうだと想う。
ただ、それだけが出発点にはなり得ない。
そこには「活躍の機会」「時間や金銭的な余裕」「自分にとって欠けていることか(成長のために必要か)」といった要因が揃わなければならない。

東京2020のField Cast 7万人のいったい、どれだけの人々がスポーツボランティアを続けていくだろうか。
ぜひ、またどこかのスポーツ会場で再会したい。

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2021年9月 5日 (日)

東京五輪2020から東京2020へ

今日、パラリンピックが閉会式を迎える。

「東京五輪2020」でスポーツボランティアすることを目指していた時
「パラリンピックも活動しよう」と希望を出した。
その時にパラリンピックを想っていた感情と、今の感情は大きく違っている。
自分のなかで象徴的なのは、数年前に書いた記事では「東京五輪2020」と表記している。今は「東京2020」だ。


元々、障がい者と接することに慣れていない。
職場に障がい者の方がはいり、少しずつ学び始めた。
それでも苦手意識は消えない。
そこで臨んだ スペシャルオリンピックス※ の活動は、とても充実感があった。


※スペシャルオリンピックス
知的障害 を持つアスリートが参加する国際スポーツ組織
世界大会、ナショナルゲーム(国内大会)などを行う

○身体障がい者は参加しない
パラリンピックには、肢体不自由の身体障がい者と知的障がい者が参加する
○1968年に米国で始まった

スペシャルオリンピックスのルール
○ディビジョニング
能力によりdivisioning(グループ分け)する
予選結果により3~8つに分けたグループの中で競う
○マキシマムエフォート
予選で「三味線を弾く」(意図的に手を抜いて、能力が低いグループに入る)ことがないよう、本番の成績が予選から大きく伸びていると失格になることがある。適用の目安は概ね15%以上

 

スペシャルオリンピックスの活動は、まず体育館シューズを買うところから始まった。
それまでに経験していたスポーツボランティアは、すべて屋外だった。

「体育館シューズ」で探すとasicsのバドミントンシューズがちょうどよかった。

品名:コートラッシング
価格:5,400円
発売:2014年1月

アウトソールは床を傷めないゴム底。GELクッションが入っており、運動性能も十分。あらゆるスポーツをサポートするasicsならではのラインアップだ。
この靴は、その後、Field Cast面談で鹿島スポーツセンターに赴いた時にも使えて役だったが、色が派手(真っ黄色)すぎて浮いていた^^;)


スペシャルオリンピックスの会場に来てから、自分が今日一日やる役割が「DAL(ダル)」という役割であることを知った。

「DAL」とはチームに付いて、アスリートとコーチが競技に専念できるようサポートするスポーツボランティア

Delegation Assistant Liaisons
デリゲーション・アシスタント・リエゾン
スポーツ大会において、1日チームに付き添う

つづく

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2021年9月 3日 (金)

傷を攻めて治す BAND-AID キズパワーパッド

東京五輪2020活動当初から、いくつかの荷物を減らした。
水筒、予備マスク、手鏡、メモ帳などだ。

それとは逆に、後から加えたものが1つある。
それが、先のリストに□で印したモノ


業務が多忙を極めた日、作業で手首を怪我したことがあった。
その場は消毒液をお借りして、絆創膏をいただいた。


「BAND-AID キズパワーパッド」は、切り傷をきれいに治すバンドエイド。
以前、怪我をした時に調理師の知人から薦められた。

バンドエイドは、傷口にばい菌が付かないように守るものだが、キズパワーパッドは、傷を治すほうに攻める。
貼り方からしてバンドエイドとは違う。


消毒後、水分、血などを拭き取る
ここまでは同じ。
続いて、空気が入らぬよう傷周辺を圧着しながら貼る
次に「上から手のひらで1分間押さえて暖める」
この時点で、ただ者じゃ無い^^;)

しばらくすると、傷口から染み出る滲出液(しんしゅつえき)をパッドが吸収。ゲル化して白く膨らむ。

はじめに見た時は「おぉ」と思わず、唸ってしまった。
時間が経過して白い膨らみがなくなると、傷が治ってきたことがわかる。

通常の絆創膏は、見た目にも密閉性が低いため、毎日貼りかえたくなるし、貼りかえの際に治りかけの瘡蓋を剥がしてしまい、一からやり直しとなることがある。


適度な湿潤環境を維持することで傷がきれいに治る。傷口がかさぶたになりにくいという長所もさることながら、怪我をした時に「攻めて治しにいく」ところが頼もしい。


■概要
品名:BAND-AID キズパワーパッド
メーカー:ジョンソンアンドジョンソン
実勢価格:600円(スポットタイプ 10枚入)

水仕事、パソコン仕事の人は、指を切った時に備えて買い置きしておくとよい。

今回は怪我をしてから(1度貼りかえて)11日めに、剥がすことができた。
今後、スポーツボランティアに出かける時のウエストバッグには、キズパワーパッドを常備しようと想う。

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2021年9月 2日 (木)

東京五輪2020で実際に使った持ち物

2018年に幕開けしたボランティア・ジャーニーも、残すところわずかとなっている。

スポーツボランティアというのは本来「朝集まって、その日に終わる」1日の活動である。
EXPO、受付といった事前活動があるのは東京マラソンのような大きな大会。
日頃、行われている参加者が数十人規模の大会は1日限りである。


従って、今回の東京五輪2020のように「1つの部署で、長期間つづく」仕事というのは、スポーツボランティアとしては初めての経験となった。


ここで「仕事」と書いたが、本来スポーツボランティアでは「仕事」は禁句であり、そこは「役割」という。
東京五輪2020でも初期の活動では、そのように言葉遣いが周知されていたと想うが、実際、現場に来てみると、そこをきちんと言い換えている人は皆無だった。
そこに、僕だけが「仕事」という言葉を頑なに使わないとなると、言いたいことが伝わりづらくなる。
活動開始から3日目くらいからは「仕事」「働く」「出勤」といった言葉を使うようにした。


ボランティアに理解がある友達は、ボランティアに行くことを「出勤」というのは憚れるようだったが、それに替わる言葉が見当たらないので、自ら「出勤」と言うようにした。

 

初めて体験する「長期間の役割」ならではの学びがあった。
その1つが「持ち物」だ。

東京五輪2020Field Castには、asics製のバッグが提供される。
原則として、会場への持ち込み荷物は、このバッグに収納できる範囲に限定されていた。


7月14・15日に紹介したのは、その当初の品々。
実際に入れてみて、ファスナーが締まるぎりぎりの量を詰め込んでいた。
その後、活動を重ねるに連れて、使わないモノを減らしていき、およそ二ヶ月が過ぎた今は以下のようになった。


暑さ対策
■WINZONE ENERGYxENERGY

衛生対策
■歯磨きガム(ロッテノータイム)
■糸ようじ 爪楊枝
■手指消毒液
■目薬
■個包装メガネ拭き(セブンイレブンで販売)
□キズパワーパッド

必備
■交通系ICカード
■POCKETALK S
■スマホ
■フリクション多色タイプ


当初入れていた「水筒」がとても嵩張っていたが、パウチタイプのアクエリアスが支給されるようになってからは、外すことができた。

asicsのバッグは見た目以上に大容量で、水筒を入れたうえに折りたたみ傘まで入れることができた。
五輪開会式前は不安定な天候がつづき、手持ち傘が欠かせなかったが、開会後は持たなくて済んだ。
その代わり、暑くなったということだが。

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2021年8月17日 (火)

14年の時を経て迎える活動初日

2021年6月~
会場別研修
実際に選手村へ足を踏み入れる初めての日。

1年前の春、選手村のオファーが届いてすぐ、乗換案内サイトで交通手段をしらべると、選手村にもっとも近いと想われるのは都バス「ほっとプラザはるみ前」だった。
電車の最寄り駅は都営大江戸線「勝どき」だが、駅から徒歩では、ちょっと距離が遠い。
銀座で電車を降りて、都バスに乗り換えて往くプランを内定した。

一年後、いよいよ現地入りとなり、目的地「ほっとプラザはるみ前」でしらべる
すると「ご指定の条件では、時刻表情報がありません」と表示された。
どゆことっ^^;)
キツネにつままれたような気分だが、ないものは仕方ない。
道路渋滞による遅刻というリスクもある。バスを諦めて「勝どき」から徒歩で往くことにした。

選手村活動を始めてから一ヶ月が経った頃、村内に「ほっとプラザはるみ前」のバス停を見つけた時、海岸で「自由の女神」を見つけてしまう「猿の惑星」のラストシーンを思い出した。

初めて訪れるOlympic Village
広さは「東京ドーム9個分」
在宅勤務、stay home時代となってから「1日100歩」生活の身には、あまりにも広すぎて、数時間の滞在では、村の概容をイメージできなかった

これも、活動開始から一ヶ月ほど過ぎてみると、さほど広いと感じなくなる。
考えてみれば、郷里佐世保のハウステンボスは「東京ドーム33個分」
あの広いところを徒歩でくまなく歩いていたのだ。たいしたことはない^^;)


2021年7月~
いよいよ五輪大会ボランティア Field Castの活動が始まる。
2019年2月初頭にオリエンテーションに参加した人は、大会まで2年5か月待っていたことになる。
いろいろな事情により、1万人が活動を辞退。活動初日を迎える人は、この時点で7万人になっていた。


七夕
五輪選手村プレオープン
活動初日を迎えた。
「東京五輪が来るかも」とワクワクしてから16年。
スポーツボランティアを始めてから14年、待ちに待ったこの日。

しかし、この特殊な状況下では、なにがどう転ぶかがわからない。
晴れがましく、特別な日だったはずの朝、僕はとりあえず、目の前の一分に集中し、ユニフォームを着て靴を履くと、まだ明けきれぬ町へと出発した。


7月8日

五輪の無観客開催が決まった
これによって、Field Cast の観客対応の役割が、ほぼなくなってしまった。

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2021年8月13日 (金)

ボランティアミッション「私は輝く」

東京五輪2020のField Cast(競技ボランティア)、City Cast(都市ボランティア)共通のミッションは「私は輝く」
その定義には「一歩踏み出す」ことが記されている。
僕にとって、この「一歩踏み出す」か否かは人生を通しての課題になっている。

30台の頃、2週間にわたり、クルーズ船に乗って異業種の方と交流する「洋上研修」に出る前のことだ。
その壮行会の席で、キャサリン先輩が僕にこう言った。

「君は輪の中心になるか、壁の花になるか、その時によって両極端だ。今回は一生に1度の機会。どうせならば、中心に出るべきだ」

僕はその慧眼にびっくらこいた。
これほどまでに自分を見抜いている人に、初めて出会ったと思った。
そのことばの後押しを受け、僕は2週間の船旅の間、常に前へ出て、誰よりも多くの経験をした。


「私は輝く」が共通研修で紹介された時、ロンドン五輪2012で掲げられた大会ボランティアミッション「I DO ACT」に比べると、抽象的な印象を受けた。

I:Be Inspirational 感動を与えるように
D:Be Distinctive 際立つように
O:Be Open 分け隔てなく
A:Be Alert 注意深く
C:Be Consistent 矛盾なく
T:Be Part of the Team チームの一員として


「I DO ACT」は2016年11月、東京都、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「東京2020大会に向けたボランティア戦略(案)」で紹介された。

ちなみに、2016年リオ五輪のボランティアミッションは「Engagement 参加意欲向上」「Respect 敬意」「Fun 楽しむ」


だが、五輪を前にして改めて「私は輝く」に添えられた文章を読んだ時、その核心をついたシンプルさに膝を打った。


一歩踏み出した自分は輝きを放つ
自ら楽しむ人は輝いている
一人ひとりの輝きが集まり、大きな輝きとなる
(かなり要約)


2021年5月~
役割別研修(オンライン)が始まる。
研修では選手村の活動が紹介されたのだが、聞き終えた時、俄然、やる気が湧いてきていた。
その理由はVILボランティアチームのきめ細かい配慮にある。

数種類の活動がある場合、スポーツボランティアの現場では「陽の当たる役割」にアサインされた人、そうでない人の満足感が異なってしまう。
リーダーとして活動する場合、そこが配慮のポイントだと僕は思う。
選手村では、その不公平感を和らげるための工夫が凝らされていた。


2021年5月~
アクレディテーションカード、ユニフォーム等の受取が始まる。
香取くんがユニフォームをまとって発表した日から、ずいぶん時間が過ぎた気がする。
ようやく、それを手にする日が来た。

家に帰り着いて、受け取ったばかりの備品を机に並べた時、ようやくここまで来たという感慨があった。

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2021年8月12日 (木)

五輪前 辛くて長い3か月 

2020年3月24日
東京五輪2020の1年延期が決まる

「8万人」のField Castには、1年後、オファーして受諾した役割の保証が通知された。

そして、迎えた2021年4月
Field Castに「日時」「役割」のシフトが届く。
仕事をしている場合、ここから有給休暇の調整に入る。
調整がついた日程について受諾していく。

役割のオファーから待つこと1年。
カレンダーに予定が入ると、ようやく、活動が具体性を帯びてきた。
本来ならば、ここから3か月は、本番に向けてムードが高まっていく時期。
しかし、現実にはそうはいかなかった。


野党は五輪に反対
一部の大手新聞も五輪に反対
テレビは反対の声をしっかり伝える
版元は反対の声をしっかり伝える


そして、これら政党やメディアの旗色を見ながら、自らが多数派をとれる、今風に言えば「マウントが取れる」とみるや、一気呵成に切り込んでくるのが「ネットメディア」と「SNS」


本来ならば、五輪開催となれば「賛成派」と「反対派」がしのぎを削って論戦を展開するものだと思うのだが、コロナ禍においては「生命」という錦の御旗を背負っている方が圧倒的に優位だ。


ほぼ、一方的に「反対派」の論陣がメディアとネットを席巻した。
「賛成派」にしてみれば、言われっぱなし。
一部の政治家、著名人が「スポーツの力」を訴えたが、野党や評論家が「お花畑か」と鼻で笑う映像がテレビで放送されていた。


そうしたなか、アスリートに対して「あなたが五輪を辞退して欲しい」と直言する者が現れる。
この流れは、いざ五輪が始まると、メダルを逃したアスリートへの中傷にカタチを変えた。

SNSによってスター選手とカンタンにつながれる時代を逆手にとった行動である。

さすがに、アスリートに対する中傷は行きすぎだろうという世論が出た頃、忘れられない出来事が起きた。アスリートから「五輪反対」が唱えられたのだ。


2021年5月10日
「死人が出てまでも行われることではない」と語ったのは錦織圭。
同じインタビューでは「アスリートのことを考えれば、できた方がいい」とも言っているが、それよりもアスリート自らが「死人」と「五輪」を紐付けてコメントしたことに言葉を失った。
日頃、スポーツを支える立場として、悲しかった。
錦織圭には、その発言がアスリート、長い間準備してきた組織委とボランティアを傷つけるという認識はなかったのか。
7月、錦織圭は五輪テニスに出場した。


五輪をディスる発言は、日常でも起きた。
僕が五輪ボランティアに備えてきたことを知るサトウさんからは
「やばいですよ」「ムリでしょう」「やっちゃいけない」
と(オンライン呑み会で)顔を合わせる度に直言された。

以前「五輪活動はmotoさんの大きな財産になりますね」と言っていた仲野君からは「やる意味がわからない」と言われた。

僕はバッハ会長でもなければ、菅義偉首相でもない。
僕に言ってもなにも変わらないのだが・・

五輪が始まるとサトウさんからメールが届いた。
「活動大変ですね。僕は毎日テレビで見ています」

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2021年8月 5日 (木)

オリエンテーションから役割・会場が決まるまで

オリエンテーションにおける面談の最後には、面談員より「今後の流れ」が語られた。
この時点では、誰もが内定というわけではなく「9月頃、共通研修のご案内メールが届く。それまでお待ちください」
残念ながら連絡がない場合は、ご縁が無かったということになるとも説明された。

そして、さらに「自分が何処で何をするか」がわかるのは、さらにその半年後。
オリエンテーション当日からは、1年後ということになる。


2019年9月頃
マッチングした方へ、共通研修予約の案内が届く。
ここで、ようやく「自分はオリパラで活動できる」という内定を得たことになる。


ここでいう「オリパラ」とは、オリンピックとパラリンピックをまとめた略称。

五輪、パラリンピックの両方を総括して任務に当たる人どうしが使う言葉。

たとえば「オリパラの○○の件ですが・・」という話しをするとしよう。
これを「オリパラ」を使わないで言うと
「2020オリンピックとパラリンピック全体についての○○の件ですが・・」となりまどろっこしい。

聞き手が一般人の場面では、あまり使わない。
メディアや一般人は使っていない。


2019年10月~
Field Castの共通研修が始まる。
まだコロナ禍前であり、会場でリアルに行われた。


2020年3月~
役割・会場のオファーが届き始める。
五輪とパラリンピックはそれぞれ別々に、僕の場合、五輪が先に来て、翌日にパラリンピックのオファーが届いた。

この役割で受け容れるという場合は、アクセプトの手続をして、役割・会場(FA)が確定する。

僕自身はここで届いた、オリパラそれぞれのオファーを即日受け容れた。
ただ、この時点ではシフト、つまり何月何日何時から役割に就くのかは不明。

そして、それと前後して、世界中はコロナ禍の時代に入っており、五輪の雲行きも怪しくなり始めていた。

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2021年8月 4日 (水)

有楽町で会いましょうボランティア・ジャーニー

2019年2月
ボランティア・ジャーニーの口火を切る「オリエンテーション」が、有楽町の「東京スポーツスクエア」で始まった。
「東京スポーツスクエア」という施設名に馴染みのない方が多かったと思う。
それは、その名称変更が数日前に行われていたからだ。

オリエンテーションで会場を訪れた方は、前に訪れた年により
「あぁソフマップの跡ね」
「Loftの跡ね」
と様々な反応をしたと思う。


この建物がある住所、東京都千代田区丸の内3-8-3は以下のように変遷している。

1998年5月30日
「TAKARAZUKA1000days劇場」開場

2000年12月13日
「TAKARAZUKA1000days劇場」閉場

2001年
住友不動産が低層独立商業ビル「有楽町インフォス」として運用開始

2001年11月
無印良品の世界旗艦店「無印良品 有楽町」開店
ソフマップ開店

2006年5月7日
「有楽町ソフマップ」閉店

2006年5月13日
「ビックカメラ有楽町店 別館」開店

2010年3月12日
薄型テレビの専門店「ビックカメラ有楽町店テレビ館」に改装・開業

2011年5月22日
「ビックカメラ有楽町店テレビ館」閉店

2011年9月1日
「ロフト」旗艦店開店

2015年9月4日
「無印良品」旗艦店全面改装・開店

2017年6月11日
「ロフト」閉店

2018年12月2日
「無印良品 有楽町」閉店

2019年2月5日
東京五輪2020のレセプション施設「東京スポーツスクエア」に名称変更


オリエンテーション当日、一階では集合説明とグループワークが行われた。
今となっては懐かしい「新聞タワー」である。
その後、面談が行われたビルの二階は、数ヶ月前まで入居していた無印良品を彷彿とさせるシンプルさ。

天井を見上げると、配管や配線がむき出しになっていて、このままカフェになりそうだった。
面談テーブルを照らすスポットライトが強力で、室内がやたらと暑かった。

つづく

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2021年8月 3日 (火)

東京五輪2020 Field Cast応募要件と、活動を通しての実感


Field Castに応募したおよそ20万人の内訳は次の通り。

■国籍:日本88% 外国籍12%(約120の国と地域)
■男性39% 女性61%
■10代17% 20代16% 30代12% 40代19% 50代22% 60代12%


女性が多いのは、実際に活動してみて強く実感する。

年代は「60代以上が20%を超えるのでは?」と予想していた。
それは日頃、スポーツボランティアの現場では、60代以上がとても多いからだ。
実際の応募では広範囲にばらけている。これも活動してみてその通りの実感だ。


応募条件は、以下のように挙げられていた。

■五輪前の「研修会」「準備会」にすべて参加できる

準備会については、どのように行われたのかがわからない。
ただ、コロナによる延期という特殊事情により、当初とは異なるカタチで行われたものと推察する。
このあたりが、SNSで叩かれた「ある問題」に関わっていると推察するが、憶測の域を出ないので、ここでは触れない。


■五輪、パラリンピックの期間、10日以上活動できる

オリエンテーションの段階で、提出する希望の選択肢は「10日以上」「18日以上30日未満」「30日以上」の3段階だったと記憶している。


■応募年齢制限は18歳以上(過去の五輪と同じ)

当初開催予定の2020年7月に満18歳になっているのは、2002年7月以前生まれの人だった。
一年延期されたが、追加募集は行われていないので、Field Castは全員が満19歳以上となった。

年齢制限は下限のみであり、上限はない。
ただ、温暖化し続ける地球。高温多湿となる「夏の東京」で行われる五輪である。
年々、夏期五輪における高齢者のボランティアは難しくなっていく。

 

東京五輪2020スポーツボランティアにおいて、2018年の応募開始から2021年大会までの3年間は、Volunteer Journey と命名されている。

以下は大会ボランティア募集ページに書かれている内容である。

(以下、引用)
ボランティアに応募してくださったみなさんが志を同じくする多くの人々と交流し、絆を深め、一歩踏み出すことで人生の財産となるような、そして自分を振り返る貴重な機会となるような期間。それがボランティア・ジャーニーです
(引用終わり)

公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のウェブページより

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