2022年9月 3日 (土)

パリに「東京、ハードル上げすぎっ」って言わせたい

五輪が始まる前に思い描いていたボランティアのイメージと、実際のそれは違っていた。

転機となったのは、開村後に読み返した選手村のField Castマニュアルに書かれていた一文だ。

(以下引用)
積極的にチームのみなさんとコミュニケーションをとりながら、自身の得意分野を活かし、チームの活動にあたります。
(引用おわり)

「用語集」は自らの最大の得意分野。
「選手村用語集」を思い立つことができたことで、五輪では幸せな時を過ごすことができた。
それは、活動が始まる前には想定していなかったことだ。


パリの人たちに「東京、ハードル上げすぎっ」って言わせたいですね!

2019年春、面談の席で応募者とこんな話しをしていた。
五輪ボランティアのサービスレベルを、日本開催の東京2020で一気に引き上げたい。
4年後に開かれるパリ大会のボランティアたちから
「ここまでやる?ムリムリムリムリ!なにしてくれたの東京」
と言われるくらいに・・

だが、実際に選手村活動が始まってからは、そんなふうに想っていたことすら忘れていた。
ムリもない。
僕が思い描いていた姿は「平時の大会」であり、今はそうではない。
ハードルを高くする以前に、トラック自体が凸凹なのだ。

東京2020は、後世に「あの時、大会が行われたこと自体が奇跡」と言われるかも知れない。
今は大会ができたこと、やり遂げることが僕らのハードルであり、それを高くしようという空気ではない。


五輪閉会式でバッハ会長がボランティアへの感謝に言及し、メディアは選手団も感謝しているという論調となっていた。

僕はそれを素直に受け取れないでいた。
これくらいで感謝されていいのだろうか

自分自身、サービスで感動してもらったという体験はない。
それどころか、質問に対して誤った情報を伝えたこともあった。

我々のサービスレベルについて、五輪選手団による芳しくない意見が風の噂に聞こえていたが、それはとても「遠慮がち」というか、抑制されたものだった。
しかし、それは至極真っ当な意見だったと想う。

もちろん、どれだけベストを尽くしたと想っても、人それぞれの不満は後を絶たないだろう。
ましてや、ここは三ッ星ホテルではなく、ルールとガイドラインに沿って運用される選手村なのだ。そのルールに慣れていない地域の人は不満だろう。


ポケトークが威力を発揮することは大きな収穫だった。

僕の英語は「中学生レベル」
手に負えくなった時の保険として、2年前にこの翻訳機を買ったのだが、まさか、ここまで使えるとは想わなかった。

僕が「Talk to this」とポケトークを差し出すと、どの選手も気さくに応じてくれた。
「面倒だから、それはやめてくれ」ということが一度あっただけ。

オランダ選手団がやって来て、僕がNETHERLANDS に切り替えていると「それを僕に?」と声かけてくれた選手。嬉しかったな。ジョークが言える人は優秀だと思う。

ある選手は、マスクを外して熱弁した。
マスク越しでは機械が音を拾えないと想ったのだろう。
彼が話す間、僕は差し出した左手に、飛沫の感触を感じていた。

何処のFAよりも、選手団との会話機会が多い選手村にアサインされたことは幸いだった。
ポケトークを使ってみたいというField Castが多く「ポケトーク講座」や「選手村ポケトークマニュアル」をつくり、仲間に喜んでもらうこともできた。


五輪を終えて、仕事にも、猛暑の立ち仕事にも慣れた。

これから始まるパラリンピック(Paralympic Village)では、皆さんとの調和を大切にしよう。
できれば、VIL全体の運営に貢献したい。
イノベーションができるならば、一石を投じたい。

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2022年9月 1日 (木)

ここへ来られた方、ここに来られなかった方と共に喜びたいと思います

東京五輪が終わった。

そこに無理やりスポットを当てると、あぁ長年の夢が終わったんだなとなる。
感情はむりやり作り込むことができる。
そう思えば、そう思えるし、考えなければ、そこにはなにも存在しない。


2005年に石原慎太郎都知事が五輪の東京招致を表明し、2006年に国内の候補地となることが決まった。
自分が住む街で五輪が行われる光景を想った時、そこに幸せな未来が待っていると考えた。

アスリートではない自分でも五輪に関われる手段として、2007年からスポーツボランティアを始めた。

恐らく、多くの人が同じことを考えるだろう。
たくさんの応募者の中から選ばれて役割を得るには、準備は早いに越したことはない。
9年前から備えれば、いい線いくのではないかと思っていた。
(その時点では招致は2016五輪だった)

13年の時を経て迎えた2020年は、コロナのお蔭で輝きを失った。
延期、中止論と紆余曲折を経てたどり着いた2021年夏期五輪。

閉会式を迎えた時には寂しくて仕方がないだろう
寂しさを紛らわすために、仲間との打ち上げは必須だ・・・

かつて、そのように考えていたが、現実は違っていた。
「ひと区切りだな」というくらいで、不思議なくらいに感慨がない。

それは、今の自分にとってオリパラがセットで「東京2020」だからだ。
Olympic Villageが閉村すると、つづいて Paralympic Village の活動に移る。
まだ東京2020は続いていく

五輪閉会式を見ながら「選手村用語集」を改訂している。
その作業では用語の追加、修整とは別に「今日のひとこと」というコラムを書く。
果たして、何人の人がそれを読んでくれているかはわからないが、それは、日ごろから慣れっこだ。

(以下引用)
■8月8日の今日のひとこと

五輪が終わりましたね。
これからパラリンピックへと活動がつづいていく方は「一区切り」でしょうか。

「五輪が終わった」というところに焦点を当てると、それぞれ感慨は異なっていると思います。
やり遂げた充実感に包まれる方、ちょっと考えていたのとは違ったなという方もいるかも知れません。

2019年2月に「新聞タワー」から始まったボランティアジャーニーは、2年半の時を経て一区切り。
私達は、アスリートに舞台を、スポーツファンに競技の感動を届けることをやり遂げました。
ここへ来られた方、ここに来られなかった方と共に喜びたいと思います。

「選手村用語集」はパラリンピック活動期間も更新を続けます。時々、読みにきてください。

(引用おわり)


"ここへ来られた方、ここに来られなかった方と共に喜びたいと思います。"

この言い回しは、選手村活動が始まった頃に参戦したLOVE PSYCHEDELICO 20周年ライブのフィナーレで語られた、KUMIのメッセージから引いている。

コロナ禍により2020年に予定されていた「20周年」が中止となり、チケットは一旦払戻。
再度、
抽選の末2021年7月に開催された。
僕は2020年に外れていたが、2021年では当選の僥倖を得て、その場に臨んでいた。
その逆で涙をのんだ人も多かったはずだ。

「ここに来たかったのに来られなかった人」がいる
その存在に思いを馳せて、言葉にする
KUMIは僕のなかになかった価値観をおしえてくれた。

2022年夏の甲子園決勝後、優勝した仙台育英高校の須江航監督が、場内インタビューで語った言葉は多くの共感を呼んだ。

(以下引用)
「本当にすべての高校生の努力の賜物で、ただただ僕たちが最後にここに立ったというだけなので、ぜひ全国の高校生に拍手してもらえたらなと思います」
(引用おわり)

「今ここに居ない人が、共に居る」
ことを言葉にした須江監督の姿は、とても美しかった。


光が当たる人、当たらない人
光が当たるスポーツ、当たらないスポーツ
スポーツの世界、スポーツボランティアの世界でも「光と影」は常にある。

五輪閉会式を迎えた時、僕の中で、オリもパラは一つの地平線上にある、つながった世界に見えていた。

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2022年8月28日 (日)

閉会式の日に登場したアイロン職人

8月8日
五輪閉会式当日
シフトはレジセンの早番(7:00-14:30)

午前中は、洗濯もののピックアップに行く選手がレジセンを通ってランドリーに行き来する。
閉会式に向かうシャトルバスは15:00頃から順次出発すると聞いている。

閉会式が行われる時間帯の国立競技場には雨の予報が出ている

お昼を過ぎると、大きなバッグを両手に抱えた選手たちが戻ってくる。
昼食がてら、ビレッジプラザで五輪土産を買い込んできたのだろう。

「バブル方式」で行われている東京2020では、選手の移動範囲は選手村と競技場を往復のみ。行きたい店へ自由に出かけることはできない。
唯一の買物ができるのが、選手村のビレッジプラザなのだが、ここには日用品と東京2020グッズしか売られていない
(Field Castは中に入れないため、見てきたわけではない)

日本独自の食べ物、家電製品、化粧品、サブカルチャーグッズ・・・
楽しみにしていた買物ができないのは、残念なことだ。
これが、生涯最初で最後の来日という選手も多いだろう。

選手も残念だし、日本の販売店の皆さんも残念。
誰も得をしていない。
若い人の間で流行っている「**しか勝たん」という言い回しを借りればまさに「コロナしか勝たん」のである。

本当の勝者など誰もいないのに、人と争って勝ち負けを決めたがる人が多いことが、東京2020で浮き彫りにされた。
それは「分断」と呼ばれた。


お昼を回った頃、レジセンに段ボール箱が運び込まれた。
中には簡易レインポーチが入っている。
予め想定されていたのか、なかなかニクい気配りだ。

箱を開け、一つを広げて見本として壁に貼り付ける
すると、選手たちが「僕にもくれ」「私には2つね」と言って集まって来た。

選手村の基本的な運用として「手渡し極力NG」があるので
「FREE!」と貼り紙をして、自由に持って行ってもらう。

しゃがんで2つ目の段ボールを開けていると、背後から何かが差し出された。
「This is for you」
と言ったかどうかわからないが、それは僕へのプレゼントらしい
2mmほど厚みがある名刺サイズの物体
どこかの街の夜景がプリントされているようだが、物体がエアキャップに包まれているため、正体不明

選手は物体と引換にレインポーチを一つゲットすると、すぐに自分の部屋に上がっていった。
特殊な電子部品だろうかとも思ったが、未だにこれが何だったのかはわかっていない。


ここ数日、選手たちから引っ張りだこだったのがアイロン。
晴れ舞台には、ぱりっとした衣装を着たい。
その気持ちは万国共通だ。

レジセンには貸出用のアイロンがいくつかあって、選手は自分の部屋で使って、レジセンに返しに来る。
閉会式が近づいてからは、一人でも多くの選手に使ってもらうため、貸出ではなく、レジセンそばのテーブルで使ってもらっていた。


ずっとさっきから、E国の青年が衣装にアイロンをかけている
E国の居住棟はここではないので、彼はアイロンを求めて、はるばるやって来たのだろう。

背筋が伸びた凜とした佇まい、微かにアルカイックスマイルを浮かべた青年は、プロのアイロン職人かと思うような熟練の技で、持参したトップス、ボトムス・・次々にしわを伸ばしていく

それはそれで見事なのだが、長い・・
次に使いたいと思っている選手が遠巻きにしている
だからといって、早くしてくれというのも違う気がする

ずいぶん長い時間をかけて仕上げた青年は、正装一式を大事そうに抱え、皆にお礼を言って引き上げていった。


閉会式に向けて慌ただしい選手たちとは裏腹、僕らサービス提供スタッフの出番はほとんどない。つまりヒマ。
早番のシフト終了14:30でぴたりと上がる。

できれば、閉会式に向かう選手たちを「行ってらっしゃい」と見送りたかった。


TPCを出る頃には交通規制が始まっており、いつもとは違う順路が指示されていた。
選手団を国立競技場に運ぶバスの第一陣が見えている。
沿道には、選手たちをひと目見ようという人々が待っていた。

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2022年8月27日 (土)

うまくいった人にもうまくいかなかった人にも優しい風が吹く夕暮

「明日に向けて気持ちを作っていこう」
選手村ボランティアから家に帰るといつも、唱える言葉だ。

会社に行く日々であれば、慣れ親しんだルーチン。変わらぬ同僚。
特別な意気込みや心がけがなくても、やっていける。

だが、選手村では毎日が違ったルーチン。日替わりの仲間たち。
これまでうまくいったことが、明日も通用するとは限らない。

リーダーとしての役割をいただいて充実感がある。
職員さんたちの信頼の厚さも感じている。
だが、開村してすぐの頃と比べると、ドキドキワクワクではなく、守りにいってるような自己嫌悪もある。
奢り、緩み、たがの外れがあってはいけない。

謙虚な態度、絶やさぬ笑顔、怒りに付き合わない
明日もその姿勢で行こう!
と確認してから「日々の作業」に移る。


「用語集、いつも読んでます!」
お昼に食堂で顔を合わせた仲間が声をかけてくれた。
楽しみにしてくれてる人が目の前に居て声が聞こえる。顔が見える用語集。
日ごろはネット上で「顔の見えない用語集」をやっているので、こうした反応が嬉しい。

それが、どんなに疲れていても、毎日用語集を改訂するモチベーションにつながっている。
用語集まで終えると、もうすぐお風呂と就寝時間。
1日を振り返ることも、余韻に浸るひまもない。


奇跡の1日の翌日も、同じA棟でリーダーを担う。
Field Castは女性ばかり5人。
お父さんもField Castをやっているという大学生、寸暇を惜しんできめ細かく動く方、独自のスタイルを持っている方、人の多様性を実感する彩りのメンバーに囲まれた。

 

ロビーのテレビにはSTBがつながっており、会場で行われている競技のライブ模様が映し出されている。
テレビの前には数席のソファーが置かれている。
そこで選手たちが競技に見入っている。


これだけリラックスしているということは、もう自らの競技は終わったのだろうか。
思っていた通りの結果だ!という選手もいれば、今ひとつ、あるいは意気消沈している選手もいるかも知れない。
仲間の競技をみて、今何を想うのだろう。

チーム(国と地域)の仲間が見ているところに、また一人、そしてまた一人とその輪に加わる。
初めは二言三言、言葉を交わすが、その後はこの時代のマナーに則っている。
違うチームの選手は少し距離を置いて、静かに画面に見入っている。


A棟は「SEA」エリアにあり、舗道を挟んで海が目の前
時折、誰かが出入りしてドアを開くと、海辺から穏やかな風が吹き込む

うまくいった人にもうまくいかなかった人にも優しい風が吹く夕暮
選手は思い思いの夜を過ごす


僕らは、テレビを見ている選手たちの後ろから、その景色全体を視界にとらえ
静かに見守っている

「この光景を眺めていられるのは特別ですよね!」

仲間の一人が小声でつぶやいた
僕はマスクから出た目だけで思い切りにこりと笑い、うんうんと頷いた

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2022年8月25日 (木)

8月4日の会

奇跡のような1日だった。
この日出会えた仲間たちと記念撮影をして、僕はこの仲間たちといつか再会したいと思っていた。


8月4日
受付②(レジセン) 7:00から14:30までの早番
いつものA棟にはいる。
今日も青木さんがリーダーを任せてくれた。

僕以外のField Castは4人。
全員が未経験というわけではなかったが、研修を提案すると全員が会議室に集まってくれた。

この日は「名前と顔が一致しなくて」トークで入ったところ、これがはまった。

「一度会った人の顔と名前は忘れません」
という人にまだ会ったことがない。
大抵の人は一度会ったくらいでは、顔と名前が一致しない。
まず、そこで共感が得られる。

人の名前が憶えられないし、最近は物忘れもひどいので・・
まぁこれは別の理由ですが ^^;)
と枕を振って、かつて研究した「顔と名前を一致させる」方法を話す。


「顔と名前を一致させる」方法
その①「似ている芸能人の名前をメモ」

いただいた名刺に(その方が帰ったあとで)「キムタク」「松たかこ」と書いておく。
プレゼンを受ける場合は、その資料の端に「サトウ:キムタク」といった走り書きをしておく。
これで、顔の映像が記憶に残る。
人の名前を憶えられないのは、その顔を忘れてしまうからだ。

では、目の前の仲間たちが、芸能人に似ていたかというとそうではなく、芸能人に居る名字の人ばかりだったのである。


「顔と名前を一致させる」方法
その②「何度も名前で呼ぶ」
受験勉強は書いて覚えるが、人の名前は呼んで憶える。
それも一度ではなく二度、三度。
たった今聞いた名前を忘れてしまっても「すみません、お名前・・」と聞けば、おしえてもらえる。

「記憶力が悪いので、覚えるまで何度でも呼びますから」
と予めことわったうえで「サトウさん」「サトウさん」「えっと・・あ、サトウさん」と呼んでいけば、相手も笑ってくれる。

もちろん、そういう洒落の通じない人もいるが、そういう人には、そもそもこの話しはしない。


8月4日、ここに集まったメンバーは、芸能人の名字で互いに呼び合って、すぐに和気藹々チームができた。
こうなると、リーダーの仕事はここまでだ。あとは、一人のメンバーとして楽しむ。
1日を通して、誰もが率先してよく動いていた。


14:30の定時であがった僕ら5人は、実際に手はつながなかったが、まるで手と手を取り合うように連れ添って、TPCを出て勝どきまでの道を歩いた。
シフトの全員が勝どきまで帰るというのも、これが最初で最後だ。


「選手村の中は(撮影禁止で)撮れないけど、ここならいいよね」
勝どきの路上で僕ら5人は記念写真を撮った。
これが、選手村活動で初めての写真だった。


帰りの電車の中で僕はこんなことを考えた。
特に連絡先を交換してはいないが、今日の仲間とはいつか「8月4日の会」といったカタチで再会したい。
それには、人々がマスク無しで会食できる世の中に戻るのが先決だが、きっと、強く思っていれば、いつか叶うだろう。

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2022年8月 5日 (金)

人は誰でも「モード」を切り替えて生きている

朝の6時台、大門から乗った電車には、各車両ごとに1~3人のField Castが乗っている。大会前に比べるとずいぶんと増えた。ということは五輪が佳境に入っているということだろう。近くにぽつんといれば話しかけやすいのだが、そうもいかなくなっている。

「これは15回の活動でさしあげているのですが、もらいましたか?」
TPCの受付でポーチ(マスクケース)をいただいた。
五輪だけで15回入る人はさほど多くないと想う。これまでに、5回、7回、10回でもらったピンバッチとはまた違った特別感がある。
この時はそう想っていたが、このエンゲージメント・グッズは後日、全員配布に切り替わった。


今日のシフトは受付②(レジセン)
職員の春日さんと佐野さんがピックアップに来た。最近のお迎えは2人当番の日が多い。すんなりとは行かなかったものの、いつものA棟にはいる。

昨日「温泉卓球」を譲ってくれた西田さんと二日続けて同じ部署。
昨日は夢が叶いましたとお礼を言うと、はぁそうですかと薄い反応が返ってきた。
子どもの頃から感じていることだが、僕は夢中になると周りが見えなくなる。というよりバランス感覚が悪くなる。西田さんから見れば、変わった人だという印象なのだろう。

リーダーの安部さんは、僕の子どもくらいの年格好で、とても温和な方。
レジセン初心者である水戸さんの研修をしましょうか?とお伺いを立てると、アルカイックスマイルを浮かべ「お願いします」と任せてくれた。

会議室でのマンツーマン研修
失礼ですけど大学生の方ですか?と尋ねると水戸さんは「はい」と言った。
会社で採用担当者でもメンターでもない僕が、大学生と話す機会はない。
一方、選手村では大学生と接することが多い。
なかでも、レジセンで出会う選手村仲間は、謙虚な方が多いと感じていた。

僕らが学生の頃には、ボランティアという概念がないし、それが、単位やキャリアになることもなかった。ここに来た動機はそれぞれあるだろうが、1つだけ言えることは、自分が20歳の頃は、皆さんのような落ち着きはなかったということだ。

選手村で見知らぬ社会人、学生と接して3週間。
この頃には、雰囲気で大学生だとわかるようになっていた。
じゃあそれはどんな雰囲気かというと「前に出てくる感じがない」ということになる。
それは消極的という揶揄ではなく、自分を自分以上に見せようとしない謙虚さが漂っているということ。

大学生の皆さんには、まだ守るものがないのだ。
これから、親の扶養を離れて社会に出れば、組織、地域、家族のなかで、否が応でも守るものが増えていく。
どうか、ここに集う皆さんが健康で幸せに暮らせますように
心の中で祈っていた。


「motoさんお元気ですか?」
客足が途切れ手持ち無沙汰にしていると、リーダーの安部さんが声を掛けてくれた。
嬉しかった。
同じ職場で同僚から「お元気ですか?」と言われた経験は、生涯で数えるほどしかない。
言ってくれた方を思い返してみれば、日ごろから誰にでも心優しい方ばかりだった。
その言葉は一見「貴方のことを見ていますよ」と言っているようだが、僕はその人の心の中で欠け落ちたものを見た気がした。


いい人ばかりで、今日はとてもよい雰囲気だった
その日の選手村日記に、そう書いている。
ふり返ればそれは、リーダーの安倍さんが醸成した空気なのだろう。

人は誰でも「モード」を切り替えて生きている。
神社へ参る時やボランティア活動をしている時は「いい人モード」だし、意に沿わない人に対しては「ぷんぷんモード」になる。組織では「オレオレモード」の人が多い。
その中から、どのモードを引き出すかがリーダーにかかっている。

これから、大変な社会に出て行く学生さん達にとって「いい人モード」を体験できるボランティアは貴重な経験になるだろう。

「カネももらえないのに、なんで、そんなことするの」
20代の方からそう言われたことがある。五輪ボランティアを募集していた頃のことだ。
ずいぶんな言い方だなと笑った。
ただ、どんなことも体験しておけば役に立つのにな、面白いのになとも想ったが口には出さなかった。


お昼の丼モノメニューは「冷やし中華」
東京に暑い夏が来ていた
ただ、1年後の危険な暑さの夏、エアコンが効いた部屋でこれを書いている時、その暑さがどれくらいだったのかを思い出せない。
食堂の入口に「冷やし中華始めました」のPOPは出ていなかった。

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2022年8月 4日 (木)

国際親善 温泉卓球の試合結果

レクリエーションセンターのことを「非公式選手村用語集」にはこう記している。

リラクゼーションを提供する場所。
予約は不要。卓球、ダーツ、手裏剣、TVゲーム、フォトスポット、マッサージチェア、TVなどがある。同じフロアにカジュアルダイニングがある。

10:00
レクリエーションセンターオープン
五輪のまっただ中ということもあってか、朝からリラックスを求める選手はまばら。
施設内における僕らの立ち位置は特に決められていない。
早朝に従事したジムでは、ピンポイントの立ち位置と、一定時間でのローテーションが決められていたのと比べると対照的。

信頼に基づいて成り立つ自由な空間は素敵だ。
それは、その場の責任者によって醸成される。
人々が仕事を楽しめるか否かは、責任者にかかっている。

仲間たちは、思い思いに得意なゲームや機材の近くに位置を取っている。

僕は卓球台が見通せる通路に立ち
毎秒減っていく貴重な時間を惜しみながら
選手の誰かが卓球相手を探す瞬間を待った
何度も練習した口上を反復しながら

日本人は温泉で卓球をします
Japanese people play table tennis in hot springs.

おっと!もちろん浴槽の中じゃないですよ^^;)
Oops! Not in the bathtab,of course.

卓球台では時折、選手がプレーするのだが、いずれも2人連れであり、相手を探す素振りの選手はいない。
場内は徐々に混んできたが、なにもすることはないまま午前が終わり、じゃんけんで1、2番になったサトウさんと2人でお昼休憩にはいる。
Field Castの食堂はMFCの中にあるため、移動時間が短い。
初めて"開店"に並び、COSTAをとって、初日に食べて以来の「ピリ辛冷やしうどん」とバナナ1。
食べていると、A棟の青木さんが来て、となりに座り、速攻で食べてすぐに出て行った。人にはそれぞれ事情があるのだ。


午後からの主な仕事は、プレゼント配布に並ぶ行列の整理
列の最後尾に立ち、並びますか?ここが最後尾です。
Do you line up? This is end.
こうした、繰り返し使う台詞をしらべるのにも、ポケトークは威力を発揮した。


本日の業務終了まであと20分となった時、幸運は突然訪れた。
「卓球の相手してあげて」
誰かの声がした。すかさず、ベテランのField Cast西田さんが反応したが、僕は最終便を発車しようとしたバスの運転手を必死に呼び止めるように、彼を静止した。
「すいません!選手と卓球したかったんで、僕にさせてもらえませんか」
咄嗟のことなので書くと貧しい文章だが、切羽詰まった時の言葉はこんなものだ。
これまでに何度も選手と卓球をしている西田さんは、僕の必死さに引きながらも、すぐに譲ってくれた。


卓球台の前で、D国のジョージ(仮名)が待っていた

互いに自己紹介などはしない
僕は舞い上がっていたのだろう
「日本人は温泉で・・」の口上もすっかり忘れていた
少し乱打をすると、ジョージが「試合をしよう。サーブは君からで」と提案

僕はいきなり秘技温泉サーブを繰り出す
見事にネットを超えて決まったのだが、ジョージに難なくレシーブされてしまった
「Japanese serve? ^^」
ジョージが笑ってくれたのが救いだ

左利きの僕がクロスに打つと、右利きのジョージのバックを攻めることになる
国際親善の観点から、それはまずい
手首を返さず、相手のフォアにイージーボールを打つことを念頭に置く

それでも、僕が2ポイント先取
3-1とリードしてからは、相手のフォアだけに返すよう努める
そのうちに、ジョージも左利きに慣れて盛り返し、終盤はジョージがリード
そこで、ちょっとバックにも打った
試合結果は 9-11
絵に描いたようなおもてなし敗戦だ
僕は敗けが悔しいという表情をつくる

ジョージは笑ってグータッチ「サンキュウ」と言って、帰って行った

選手村生活で起きた幸せな出来事は数あるが、思い出ランキングで「温泉卓球」は第三位にランクされている。

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2022年8月 3日 (水)

選手村仲間と卓球特訓

6:20
集合時間の10分前、MFC1階には既に職員のスズキさんが居て、1人ずつ名簿の付け合わせを始めていた。
僕の順番になり名前を告げる。スズキさんが上から順に名前を探す。
ん?と言って、次のページをめくり、また元に戻す
「入ってないですね」
まさかの名簿漏れ?楽しみにしていた1度きりのMFCが・・
しかし、スズキさんそこは慌てず「じゃぁ、入れときます」となった。

なにせ、800人からのスタッフが働く選手村なのだ。
少々の手違いはつきもの。そこに対応していくことが大切だ。

何事もなかったかのように、僕を含めてMFC初参加の4人は、スズキさんの引率で施設を案内していただく。
Field Castの役割は「レクリエーションセンター(レク)」と「トレーニングジム(ジム)」に大きく分かれており、終日、いずれかを担当する。


7:00
「温泉卓球」の夢を叶えるためにはレクに配属される必要があったが、アサインはジム。残念に思う気持ちはすぐに忘れて、ジムに着任した。

ジム内もいくつかの役割に分かれていて、僕の仕事は決められた立ち位置で周辺事態に対応すること。
とはいっても、何かおおごとが起きるわけでもなく、主な仕事は選手が使った器具の消毒・清掃だ。

選手がダンベルを置いたらそれを拭く
マシンを離れたら、手が触れる位置を拭く
床に汗が落ちていないかと床を拭く

選手がトレーニングに励んでいる時は、ガン見することなく、左右に首を振って周辺を窺う。

選手から質問があれば、英語対応する。
ここでも、ポケトークが役(訳)にたつ。
対応を追えると、するすると職員らしき青シャツがやって来て「何を言われたのか」と確認がはいり、こう対応したと話すと「次はこうするべき」という指導が入る。

朝の7時台ということもあり、トレーニングする選手の姿はまばら。
誰もが黙々とマシンや器具に向き合っている。
長い時間をかけて備えてきた競技は目の前。人生を賭けた大一番という選手もいるだろう。
ぴりぴりとした緊張感が漂う。だが、それも悪くない。

ここは、競技に直結したトレーニングの場であり、選手村の中では最も競技に近い場所なのだ。
選手村は選手が住む場所であり、いつもの仕事は選手にリラックスを与えることが主眼。
だが、今日一日は、こういう競技に近い場を楽しもう。
この時点では「温泉卓球」を熱望していたユルい気持ちは忘れていた。


9:00
案内をしてくれた職員のスズキさんがやってきた
「今日はレクをお願いします」

元々はレク希望だったが、ジムがいいなと思っていたところに青天の霹靂。
でも、これが正解だった。
本来ならば、ジムかレク、どちらか一方しか経験できなかったのだ。
それが、ジムからのレク。両方、体験できる。なんと、美味しい話しだろう。

レクリエーションセンターのオープンまで、まだ1時間ある。
Field Castたちは
それぞれの器具の使い方を試して過ごす。
「先生、卓球しようよ」
大月さんがやってきた。初対面の日に僕の研修を受けたことで、彼は僕をこう呼んでいた。
選手村生活の2か月間、誰かと2回以上同じシフトに入ることは希だったが、大月さんだけは例外。互いに40回ほど通ったので、それだけ会う確率も高かったのだ。

年は僕より上、体力も格段に上の大月さんだが、すぐに飽きてしまったようだ。「疲れた」と言って、どこかへ行ってしまう。
すると、近くにいた若い女性が「卓球しましょう」と、後を引き継いだ。
「元卓球部」級の腕前ではないが、素人の中では上手いほうだろう。そこそこにラリーがつづく。
次第に、マスク着用ということもあって息が上がってくる。
だが、彼女の表情は一向に変わらない。
彼女から止めましょうと言ってくれそうにないので「ちょっと休憩」と打ち切った。

結果的にこの特訓が活きた

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2022年8月 2日 (火)

MFCで狙っていたこと

選手村オフの明け方、僕は大木さんとオリパラに向けた会議をしていた。
互いに青シャツを着ていないので、それは大会前だとわかる。
選手村の施設ではないので、そこは、どこかのオフィスなのだろう。

大木さんは、まだField Castとしてのアサインをいただく前から、お世話になっていた方。
責任感が強く、是々非々の感覚がしっかりしていて、ことなかれ主義では済まさないという潔さに、僕は大きな信頼を寄せている。

目が覚めて、大木さんに例の懸案を話してみようと考えた。
それは「なぜ、リーダーじゃないんですか」の件だ。
こればかりは、今さら言っても始まらないし、恐らくこの先、誰にも言うことないだろうと想っていた。

詳しくは触れないが、大木さんからいただいたお返事に、僕が今進むべき道が示されていた。
この日を境に、考えるのは止めた。
いや、止めよう。そして、閉村までの40日をエンジョイしようと決めた。

アサインが選手村だった僥倖
これまでの活動が仲間に支持されていること
日々、新しい仲間が増えること

論えば切りが無い幸せな状況が目の前にある。
これをエンジョイしないでどうするの?
大木さんの言葉が、スイッチを入れてくれた。

 

その日のシフトは、初めての受付①
僕のアサインは大半が受付②(レジセン業務)で、オリパラを通じて受付①はオリが1回(MFC)、パラで1回(ビレッジプラザ)の2回のみ。
周りには同様に②が多くて①が少ないという仲間が多かった。
ただ、①が多くて②が少ないという方も希にいた。
それが、面談で判断した適性なのか、選ぶ側の理由は、もちろんわからない。

受付①には「MFC」と「ビレッジプラザ」の2種類がある。
「MFC」はMFC棟にあるレクリエーションセンター、トレーニングジムの担当。
「ビレッジプラザ」は、ビレッジプラザ内ヘアサロンの担当。


たった一度のMFCということもあり、楽しみにしていたことがある。
それは「温泉卓球」だ。
そこに温泉施設があるというわけではなく、浴衣とスリッパでやるような、ゆるい卓球をいう。
選手村の役割別研修を受けた際、レクリエーションセンターには卓球台があり「選手と卓球ができる」という幸運があるかも知れないという話を聞いていた。

僕は卓球部だった経験こそないが、大学受験前には県北会館の卓球センターに通い腕を磨いた(地元の人しかわかりません)
そこで、編み出した技が「温泉サーブ」
投げ上げサーブを打つと見せかけて、すかさずペンホルダーの裏面(ラバーは貼ってない)で対角線に打つサーブだ。
卓球用語集

左利きの僕が対角線に打つと、右利きの人のバックハンド。しかも、ひと呼吸早くボールが来るので、大抵の人は意表を突かれて返球に失敗する。
2度めからは対応されるのだが、1回めの成功率は100%だった。
ただ、これがネットを超えないと、せこさで笑えない空気になるという難点もある。
これを、五輪選手団にお見舞いしてやろうというわけだ。


MFCの集合は、選手村生活でただ1度、再早(さいそう)の6:30
始発電車に乗ってぎりぎり。
もしかすると、MFCの人は近くに住んでいる人なのか?
とこの時想った。

ガラガラの大江戸線の車輌は、僕ともう1人、青シャツの男性。
FAを尋ねると「移動サポート」だという。
わずかな時間だが、互いの仕事内容の話に花が咲く。
築地市場で降りて行く際「今日はお話ありがとうございました」と言ってくれた。
こういう、謙虚で、礼儀正しく、感じのいい人が職場に欲しい(実感)

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2022年7月18日 (月)

謙虚なリーダー、松下さんの意外な行動

2日つづけて、レジセン遅番シフト
いつものように、少し早めに集合場所に着くと松下さんがいた。

松下さんは、B棟のレジセンで1度ご一緒したことがあるField Cast仲間。
僕は「メンバー」アサインだが、彼は「リーダー」アサインを受けている。
スポーツボランティア経験は浅いという。

B棟はボランティアのリーダーを明確にせず、職員さんの指示を仰ぎながら、それぞれの考えにより動くというスタイルを取っていた。
こうしたスタイルは棟ごとに異なっており、その棟を任された職員の責任者の考えに拠っていたようだ。

ボランティアが結集して担う東京2020の現場において、こうした裁量の振り幅があることは、とてもよかったと想う。
何もかもがマニュアルに規定されていれば、指示待ち族は心地いいだろうが「動きたい」と想って来ている人は窮屈だ。


その部署での知見、スポーツボランティア経験に関わらず「リーダー」というアサインを僕は尊重した。
すべてのField Castは、面談を経てアサインが決まっている。選ばれる理由があるのだ。

僕はまず松下さんの意向を態度から汲み取った。
リーダーには、大きくわけて2つのタイプがいたからだ。
1、リーダーとして動こうとする人
2、リーダーとして動こうとしない人

リーダーに選ばれるということは、面談時「リーダーを希望する」にチェックを入れた人だと想うのだが、2のタイプが居ることは、オリパラ活動が終わるまで謎だった。
(いつか、誰かが教えて欲しい)

松下さんはリーダーとしてのプレゼンスを示したがっていた。
そこで、状況を見ていて「ここでのリーダーは、このようなことをするとよい」と気づくことを、そっと耳打ちした。

その日の仕事を終え、僕が帰ろうとすると松下さんが駆け寄ってきて「今日は本当にありがとうございました」と声をかけてくれた。
奢らず、謙虚に、前向き。礼を尽くす松下さんの気持ちが嬉しかった。


さて、その松下さん。集合場所で意外な行動に出る。
A棟の佐野さんがお迎えにくるなり「motoさん今日はA棟で」と切り出した。
すると、松下さんが佐野さんにちょっと、ちょっとと手招き。
「折り入って相談があります」と耳打ちを始めた。
もちろん、彼がなにを相談したのかはわからない。

全員の配置が決まり、僕はA棟に向かって佐野さんと歩いていく。
すると、佐野さんが切り出した。
「motoさんなんでリーダーじゃないんですか?(事情により中略)希望しなかったんですか?」
僕は率直に応える
「なぜでしょうね?希望はしたんですけどね(事情により後略)」

なぜ、この流れでその話題だったのかはわからない。
ただ、佐野さんが言ってくれた言葉が、僕には大切であり宝物となった。
アサインを受けてから1年3ヵ月、何度も「なぜだろう」と自問自答して、モヤモヤし続けた気持ちがすっと楽になった。


菅野さんを真ん中に丸くなって遅番の朝礼。
A棟の責任者である菅野さんは、優しい眼差しがとてもフレンドリー
なんかいい感じ
この光景をみていて、僕はオリパラで1度やりたいと想っていたことを想いだしていた。

昨日に続き竹田さんもここに居る。
今日は施設ガイドツアーはないようだ。


夕方からI&I担当職員の瀬戸さんが、ヘルプでA棟にやってきた。
ブレスレットをいただいたA国の入国手続でご一緒した方だ。
大会も中盤にさしかかると、新たに入村する選手団は少なく、I&Iはヒマになる。
こうして、余剰人員が他部署のヘルプに回るのは、昨今の企業・自治体で散見される。
各組織から送り込まれた精鋭が担うオリパラ組織委ならではのやり繰りだ。

「よくわかってないんですけど、これ、どうやってるんですか?」
彼女は選手村用語集のことを覚えていてくれた。
資料(用語集)、ウェブページ、QRコードの関係性を話す。
わかりやすく話せたかは自信がない。


18:00でシフトを終え、あとは夕食をいただいて退村。
定食の列に一人も並んでいないのは、これが最初で最後だった。

カウンターの外でバナナを配っているField Castに「こんなに空いてるの初めてみました」というと
「バナナ何本ですか?」と問われた。
時折、食後のデザートとしてバナナが提供されるのだが、いつもならば「バナナいかがですか」である。きっと、多めに残っているのだろう。

つい「2本で」と応えてしまった。
子どもの頃から、期待に応えたい性格なのである。

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