2021年11月28日 (日)

出過ぎた真似はダメだけど、出しゃばりは遠慮なく

最初の三連勤を終えた翌日はオフ
コロナワクチンの第2回接種日をここに入れておいた。

すでにこの頃、高い確率で副反応が出ることが知られていて、翌日のシフトは、その先の別の日に振り替えてもらった。

ワクチンの順番を待つ間、この三日間をふり返った。

実際始まってみると、頭の中は混濁している。曖昧な日常感と言ってもいいかもしれない。それでも冷静に次だけを見ることもできている。

まだプレオープンの段階なので、さほど質問やリクエストは受けていないが、これからたくさんの質問を受けることになるだろう。
僕ら選手村のField Castが選手団にできる「おもてなし」は情報だ。

プレオープンを迎えた今、設備やサービスを拡充するのには限度がある。
しかし、今あるものを的確に伝える「情報」はまだ整理されていない。
今のうちに準備できることはないだろうか。

1万人ほどの選手団が来るわけだから、寄せられる質問は多岐にわたるだろうが、ある程度の部分で重複すると想われる。

かつて、2週間の洋上研修に出た時「船内新聞」を作ったことがあった。「選手村新聞」のようなものがあれば楽しいだろう。
ただ、それは基本的な情報が整備された次の段階。

僕らが社内ヘルプデスクで作っているような「FAQ」をまとめられないだろうか。
誰かがそれを作ったとして、さて、どうやって配るか。

手配りするならば、パウチして紙で配るということになるが、それでは拡がりがないし、一旦、配ってしまうと、情報が更新できないので、古びてしまう。
配布がしやすくて、拡がりがあり、情報が随時更新できるとなると、ネットで共有か。


最初の3日を終えて「活動が楽しめないかも知れない」という不安は消えた。
7月13日に開村してからが本番。そこで本領を発揮したい。
ただ、これから何かを積み上げるという段階ではない。「健康」を維持して、アサインされているシフトどおりやり切ることだ。

出すぎた真似はダメだけど、出しゃばりは遠慮なく
この時は、そう考えていた。

接種を終えて会場を出ると、東京に夏がきていた。
屋外に1日立ちっぱなしというような仕事は、厳しくなりそうだ。

接種から半日後、ここ数十年見たことのないような熱が出て、まる1日寝込むことになった。シフトを空けてもらっておいてよかった。

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2021年11月27日 (土)

お役に立つためにする、楽しい残業

お昼は初めて定食メニューを選択。「ハンバーグ定食」と言われて、それを体験したいという衝動は押さえられない。
割と美味しかった。今風にいえば、ふつーに美味しかったというところだ。

この日は本来16時終了のシフトだったが、予め事務局にお願いして、2時間繰り上げてもらっていた。
1000人に近いボランティアのシフトを回すこと自体、気の遠くなる仕事だが、そのうえ、こうした細かい変更にも対応してくださって、本当に事務局の皆さんには足を向けて寝られないと想っていた。
面談員の活動を通じて、オリパラ組織委員会の皆さんが、どれだけ激務かを見ている。
僕のようにスポーツボランティアが趣味で好きで来ているのとは訳が違う。
仕事として責任を負っている。だからこそ、世間の五輪への冷たさは世知辛かった。

14時で午前シフトがお役御免となるのと入れ替えに、午後シフトのFCがやってきた。
ドアを開けて、恐る恐る入ってくる面々。
(いきなりハイテンションだったら、それも気持ち悪いが)
当たりの様子を窺う人、感情を表に出さないよう何かのスイッチをオフにしている人・・
この時、僕らFCは今日はどんな場所で、どんな仲間と活動するのだろうと考えている。
日常生活で、これほど初対面の人と見知らぬ環境に放り込まれることはない。
この瞬間の、なんとも言えない、よそよそしさが後になれば懐かしい。


この時以来、初対面のFCに、レジセンに入るのは何度めですか?>この棟は何度めですか?というのが定番の質問になった。

聞けば、全員がレジセンは初めてだという。
出過ぎた真似はよくないが、ここは、お役に立てる場面だと思い、少し残って午後の方の研修をしましょうか?とサノさんにお伺いを立てると
「いいんですか?よろしかったら、お願いします」
サノさんの言葉に忖度はなかった。
そこからは、リクエスト入力システムの使い方、レジセンの概容、そしてポケトークのお話。

ある人はニコニコと笑顔で、ある人は目を輝かせて、ある人は真剣にメモを取って聞いてくれた。もちろん、ノリが悪い人が居ないわけではないが、人にはいろいろな考え方がある。

1時間残業の帰り際、職員のアオキさんが「先生、ありがとうございました」と声を掛けてくれた。彼とはこれから2か月間、親しくお付き合いさせていただくことになる。
僕には、この言葉が大きな宝モノになった。


残業したお蔭で、頃あいよく退村。勝どき駅のコインロッカーで荷物をとってトイレで着替えると、LOVE PSYCHEDELICO 20周年記念公演が行われるLINE CUBE SHIBUYAへ。
早朝から選手村で働き、夜はライブ。コロナ禍でstay homeつづきの体には、けっこうな強行軍。
ライブの途中で居眠りしないよう、会場そばでアイスコーヒー。1年半ぶりに入る喫茶店は、人影もまばら。
マスクをずらして、コーヒーをすするのは、最初のうちなかなか慣れなかった。

→⇒LOVE PSYCHEDELICO 20周年ライブの話し

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2021年11月26日 (金)

表情を読まれないマスクという強い味方

活動3日目、この格好で外を歩くのにも慣れた。
道行く人は誰も反応しない。視線は感じるけれど(気のせいか)

この日はお昼のシフトで集合は 7:00
目覚まし時計は 4:45 にセットして、二度寝なしで準備しないと間に合わない。


集合場所では、昨日とは違う棟へアサインされた。
そこで、僕は驚愕の言葉を聞くことになる。僕のような平凡な人生にとっては青天の霹靂と言えるほどだ。

レジセンに着くまでの道すがら、お迎えに来てくれたサノさん(注:登場人物はすべて仮名)に、これまでのシフト経験について問われて、昨日初めてレジセンに入り、お客さんも少なかったので、しっかり教えてもらいましたという話しをしていた。
その日のFCメンバー他2人は初レジセンだった。

レジセンに到着して、自己紹介を済ませると、サノさんが僕に向かってこう言った。
「今日はリーダーをお願いします」
僕は目が点になったのを悟られないようにして、はいわかりましたと即答した。
こういう時、マスクをしていると表情を読まれなくて便利だと、つくづく想う。


レジセンがある棟には各国選手団が利用する予約制の会議室があり、その棟にも複数の会議室があった。早朝の時間帯は大概空室である。
そこで、定員が最も小さい会議室を使わせてもらって、レジセンサマリー(概要)の研修をすることにした。
サノさんは、こうした僕の提案に対して「いいことは、どんどんやってください。お任せします」と背中を押してくれた。

僕が2か月間の選手村生活を多いに楽しめたのは、サノさんのお蔭だ。
もちろん、これからたくさんの方のお世話になるのだが、最初のサノさんのひと言から、すべては始まっている。


ホワイトボードを背にして、板書しながら喋ることが、三度の飯より好きだ。人になにかを教えるということがライフワークなのだが、中でも板書しながらというのがいい。
パワポの場合、事前準備(スライド作り)である程度、がちがちに仕込んでいるので、その場ではむしろ「書いていないことは喋らない」つまり脱線しないことに気をつけて、淡々とした語り口になることが多い。
板書は頭の回転が命だ。頭に入っている知識を、目の前の人の特徴に合わせて、伝わりやすい展開を即興で繰り出す。講師の醍醐味は板書にある。

昨晩、習ってから3時間後には家で復習したことで、レジセンサマリーはしっかり頭に入っていた。
幸い、二人の生徒は「わかりやすい」と言ってくれた。

概容が終わると、次は「ポケトーク講座」

英語は職員さんが話せるし、FCにも話せる人が多い。
だが、スペイン語、ロシア語、フランス語、中国語・・そういった多言語を操る人はいない。そして、ここ選手村はまさに多言語の村だ。

ポケトークを触ったことがない人に、まずは「こんなことができるよ」「ポケトークは楽しいよ」ということを伝えたかった。
ポケトーク講座どうですか?というと、二人ともぜひ!と乗ってくれた。

こうして、僕の選手村生活に、レジセン新任者への概容研修、ポケトーク講座という2つの仕事ができた。
ちなみに「概容」「ポケトーク」それぞれ、話しをする前に予め希望を聞いた。
人の指図を受けたくないという人も中にはいるだろう。
実際「けっこうです」という人も居た。
胡散臭そうな顔をされることもあったが、動じず笑顔は絶やさなかった。それが、ここでの役割だと想っていたからだ。
僕らが常時装着しているマスクは、目さえ笑っていれば、にこやかな印象を与えることができる。この2か月間、強い味方だった。

選手村の暦が進むにつれて、レジセン経験者が増えていくわけだが「まだよくわかっていないから」と言って話しを聞いてくれる人の方が多かった。その謙虚さに、僕も応えなければいけないと想っていた。

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2021年11月25日 (木)

選手村活動、会話と知識に目処がついた

某国選手団のリクエストに対して、職員さんが答える。
英会話のやりとりだが、およその内容はわかる。
僕が驚いたのはその回答内容だった。某国の方は「Oh my God」と言わんばかりに苦笑いしている。

自分の常識で答えられることは、ほとんどない。
この村での運用ルールや事実を頭に入れていないと「いや、ちょっとわかりません」となる。
その場合、誰が知っているかを知っていればいいのだが、それは、そこに誰かわかる人がいるという前提になる。

経理部のサトウさんと総務部のスズキさんのやりとりではない。
互いの名前、連絡先もわからないなか「後でご連絡します」はここでは難しいのだ。

英語は一朝一夕にペラペラにはなれないが、ここ選手村についての知識は突貫で頭に入れていかなければならない。


結局、問合せはこの一件だけで、残りの時間は職員さんからの研修を受けた。
マニュアルを元に一つ一つ、説明がとてもわかりやすい。
はい!(手を挙げる)
「はい、motoさん」(指名される)
講師(職員さん)の話しの区切りがいいところで細かいところまで聞いていく。

この日、およそ4時間にわたり、みっちり受けた研修が、意外なカタチで翌日の活動で役に立つことになる。

最後にとても気になっていたことを質問する。
自分のポケトーク使っていいですか?
いえいえ、自分の実力で勝負してくださいと言われたら、この2年準備してきたポケトーク戦術は使えない。

ドラちゃん(POCKETALK S ドラえもんEdition)をバッグから取り出して見せると、意外な答えが返ってきた。

「ポケトークですか?ここにもありますよ。まだ使ったことがないですけど」
レジセンにはポケトークが常備されていたのだ。
実機を確認すると、それはドラちゃん(POCKETALK S)が出る1つ前の機種だった。
常備されているくらいだから、ポケトークで翻訳することが規定に抵触するということはない。これで、ひと安心。ただ、ポケトーク会話が実用に足るのかは、やってみなければわからない。


シフトを終えると、その日の選手村仲間と一緒に食堂(フィールドキャストブレイク&ダイニング)へ。
今日は14:00からだったのでご飯は出ないと思っていたから、夕飯が出てありがたかった。
この日の丼メニューはキーマカレー。美味しかった。ただ、キーマカレーはこのあと2か月間の活動で再会できなかった。
選手村仲間の話題の1つに「食堂のメニュー」があるが、他にキーマカレーを食べたという話しは聞かなかったので、登場回数が少なかったようだ。



帰宅すると、パソコンに向かい今日習ったことを復讐する。
レジセンの業務をツール、スキルによって分類したマトリックス(表)にした。
この表は誰に見せるわけでもない。自分にわからせるためのもの。
受験勉強の時から、自分あての参考書を編集するようにまとめると、不思議に頭に入っていた。
これは、社会人になってからも変わらない。
ただ、ツールは大きく遷り変わった。
受験の時は紙と蛍光ペン
社会人になると、着脱可能なルーズリーフノート
そして、1990年以降はノートパソコン
2000年以降はWEB
自分だけの知識が、手軽に周りの仲間にお裾分けできるようになっていった。


二日めの活動を終えて僕はこんなことを考えた
なにやるんだろという不安はなくなっている、楽しみでもある

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2021年11月24日 (水)

「選手」と「選手団」という便利なことば

集合場所に立っている間、僕らは動きを止めている。
その間も、他の役割のスタッフがそこを通り過ぎて職場へと向かっていく。
同じユニフォームのField Cast、警備、ハウスキーピング、それぞれのユニフォームを着た人たち。
僕は「おつかれさまです」と挨拶する。
中には「おつかれさまです」と返してくれる人もいるが、ほとんどの人は聞こえなかったように通り過ぎていく。
これだけ人が多いと、いちいち挨拶してられないってことだな。

来る途中に雨に遭って、あちこちに水たまりができている。
そのうち、靴に水が浸みてきた。GEL-BREEZE 防水性はそれほど高くない。

他のFCを見ていると、指定外のバッグを持って来ている人が少なくない。事前説明では、手荷物は専用の東京2020バッグに入る範囲に収めることとされていた。
この東京2020バッグの収納力は半端なかった。
財布、スマホ、チェックインカウンターで支給される備品、予め支給された水筒、折りたたみ傘まで納まる。
これならば、スポーツボランティア活動には事足りる。
それなのに、それ以外にトートバッグ、デイパックを抱えている人たちは、何を持って来ているのだろう。

これは、日頃から想っている疑問で、世の中の人は荷物が多い。
どこに泊まりに行くと?なんに備えとると?
思わず聞いてみたくなる(同僚には何度か聞いたことがある)


この日、任務に就いた棟のレジセンは閑散としていた。
それは、そうだ。まだ、選手村はプレオープンの段階であり、選手は入村していない。

選手たちの入退村ルールは「入村は競技の5日前以内、退村は2日後以内」と決まっている。

この時点で入村しているのは選手団。
ここで「選手」と「選手団」という言葉について説明しておこう。
「選手」は競技に出場するアスリート。
「選手団」は選手と役員・スタッフを含めた総称。
そこまで言うと、細かいことが気になる人は「選手団-選手」つまり役員・スタッフだけを指す言葉はないのかとなる。
それには五輪では「NOC」パラリンピックでは「NPC」という言葉が使われていた。

■NOC
National Olympic Committee
国内オリンピック委員会(日本はJOC)

■NPC
National Paralympic Committee 国内パラリンピック委員会(日本はJPC)

この「NOC/NPC」という言葉は、指し示す意味が広くて便利だった。
FCどうしで「ある国の五輪選手団」という時には「NOC」と言えばいいし、選手に「あなたの国のスタッフに相談して」という時は「NPCオフィスに相談して」というように使えた。


着任して、それぞれが手荷物を置いたところに、初めてのお客さんが来た。そこはレジセン。タワマンの一階受付にイメージが近い。ホテルのフロントでもいい。ただ、コンシェルジュとまでは行かない。

某国選手団の方が英語で質問をしている。
それに職員さんが応対する。基本的にレジセンにアサインされた職員さんは英語が話せる人たちだ。
僕らは、興味深く状況を見守る。

そのやりとりを聞いていて、僕はこう理解した。
ここで必要なスキルは
1,相手の質問の意図を汲み取ること
2,質問の答え、解決方法を知っていること
 あるいは自分が知らなくても、知っている人を知っていること

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2021年11月23日 (火)

どれくらいの人が、オリパラ後、スポーツボランティアを続けるだろう

選手村活動は初日から3連勤
今日はその二日め
シフトは14:00~19:00

シフト時間は最長で8時間の時もあれば、この日のように最短で5時間ということもある。
午前からのシフトばかりが続くかというと、そうでもない。

この日の午前、JSVNから「東京マラソン2021 VOLUNTAINERチーム」の活動が確定したとメールが届いた。
2021年10月17日(日)開催のこの大会が、オリパラ終了後、スポーツボランティア・リスタートの活動となる。
終わった後の予定が1つでも決まっていることは、僕がこの先もスポーツボランティアの世界に留まる礎になる。

今回、Field Castとして活動する7万人のうち、いったいどれくらいの人が、オリパラ後もスポーツボランティアに残ってくれるだろう。
スポーツボランティア界の末席を濁す僕としては、これから、日本にスポーツが文化として定着するかどうか、その大きな節目であると考えてきた。
だが、コロナ禍による大会延期、不十分な準備、世論による反対。
思い描いていた一本の道筋に気持ちを集中することが難しくなっていた。
だからこそ、僕は携帯するマニュアルを入れたクリアファイルにこう書いていた。

目の前の役割に
集中し全力を注ぐ


いや、今日は2時からですよ
受付で僕に食券(バウチャー)を渡そうとするFCに、僕は念を押した。
間違えていると思ったのだ。
「いえ、4時間以上のシフトには食事が出ますよ」
これには、驚いた。19:00にシフトを終えたら、帰りにコンビニで夕飯を、サンドイッチとアジフライでも買って帰ろうと思っていたのだ。

僕の場合、すべてのシフトは5時間以上なので、お昼のシフトには昼食、午後からのシフトには夕食が出ることになる。
なんと手厚い。


受付②の集合場所に、大勢のFCが集まってくる。
選手村という特別な空間では、国名がわかるユニフォームを着た選手と、役割毎に異なるユニフォームを着た人しかいない。無地のTシャツと短パンで歩いているような人は、もちろん居ない(はず)
同じFCのユニフォームを着ているから、恐らく、今日同じシフトにはいる仲間だということはわかるが、そこに、知っている顔はない。

お迎えの職員さんが来て、行き先の割り振りが始まる。
「英会話はどうですか?」
設問はこの1つだ。
スポーツボランティアの経験があるかとか、得意分野は何ですかといったことは問われない。

受付②の仕事は選手団が住む棟の区画毎に設けられたレジデンシャルセンター(レジセン)の業務全般。
基本的に選手団との会話は英語。この時は事情がわからなかったが「英語が得意」な人は英語圏選手団の居住棟に割り振られていたらしい。


僕は「英語ペラペラです」と言った訳ではないのに、なぜかレジセン初日は英語圏の棟に配属された。
そして、このことが、これから2か月の活動を大きく左右することになる。もちろん、この時は右も左もわからず、目の前の一分に集中していた。

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2021年11月20日 (土)

選手村が花形だよ

選手村の自販機に入っている青いのみもの。
僕が「なんだろう」という好奇心を放置するわけがなく、選手村から帰るとすぐ「Google先生」に教えてもらった。

■POWERADE MOUNTAIN BLAST
ブルーハワイのような青色が特徴的なコカコーラのスポーツドリンク
日本未発売。アクエリアスが売られている国では発売されていない。


初日のお昼に選んだのはピリ辛冷やしうどん。そのサイドにコロッケがついている。滅多にお昼ご飯を食べない僕としては、お昼から「定食」は重すぎる。かといって、ファスティング(欠食)すると、体力が心配になる。今は体型より体力。
その後も「丼」として提供されるソースかつ丼や豚丼は願ったりだったし、冷やしうどんや冷やし中華といった麺類は暑い日にありがたかった。


初日の作業をしている頃、品川区から「1DAYしな助」中止の連絡がきた。東京都区が公道での聖火リレーを中止したため、沿道の役割がなくなったのだ。
これで聖火リレーについての絡みが完全になくなった。
聖火ランナーに落選して、せめて沿道ボランティアで、聖火を目の当たりにして成果にしようと考えていたのだが。
既に競技ボランティアも落選していたので、これで、僕にとっての東京2020は、ここ選手村の活動だけとなった。この時は「想定内だな」と軽く片づけた。それは、肝心のオリパラ開催すら危ぶまれていたからだ。
数ヶ月経ち、コロナが少し落ち着きをみせた時に振り返った時、一生に一度の体験を逃したのは勿体なかったと想う。

東京2020にスポーツボランティアで一枚噛みたいと想った時、それは競技会場で、目の前で五輪競技が行われているところで活動することを意味した。
だから2020年春、オリパラ共に「選手村」のオファーが届いた時は落胆した。
でも、その時すぐに立ち上がれたのは、ボランティア仲間のひと言だった。

「選手村が花形だよ」
オファーが競技会場ではなかったと伝えた時のことだ。
彼が言うには、もちろん競技会場もいいけれど、選手村は五輪でしか経験ができない※。そして四六時中、世界中の選手たちと接することができる。だから、羨望の的なのだと。

※複数の競技を行う国際的な大会には選手村が作られる。アジア大会2026名古屋でも選手村は設営される

ありがたい仲間の励ましで少しは前を向けたが、それで納得するほど僕は素直ではない。
競技への未練があったからこそ、聖火リレーや車椅子マラソン沿道のボランティアに応募を続けていたのだ。

今はここしかない。目の前の一分に集中しよう
初日のこの時点では、ただ、邪念を捨てることだけが僕の目当てだった。

昼食後、午後は会議室にこもっての仕事。
備品の仕分け、チェックをチームでおこなう。
「地味な作業」ですよねと女性職員。
プレオープンのこの日、ボランティアがシフトに入ったことで劇的に「人手」が増えた。
聞けば、ここ数日は職員が徹夜で、この地味な作業に当たっていたという。

人数をかければ、仕事はあっという間に終わる
これは、スポーツボランティアをしていると、よく目にする光景だ。
手が空いている誰かが「何をすればいいですか」と手伝いに入る。すぐに目ざとく見つけた仲間が追随する。
作業は劇的に片付き始めて、あっという間に終わる。
初めにやっていた人が言う。

人が多いと、あっという間に終わるんですね


初日を終えて、僕はこんなことを考えた
 なんとかやって行けそう
 今日もちょっと調子にのったところがあった
 気を引き締めていこう
 明日は受付②
 これはわりと淡々としているイメージ
 ただ、一番回数が多い役割なので、楽しめるといいな

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2021年11月13日 (土)

好きなドリンクが選べる幸せ

選手村ではお昼のシフトでは昼食、夜のシフトでは夕食が出る。
一日に両方を食べることはないので、昼と夜のメニューが同じなのか、異なるのかはわからないし、興味も持たなかった。

他のFAのField Cast(FC)がtwitterに上げている情報を見ると、ガストなどでご飯を食べていたらしい。
近くにレストランがない職場では、弁当支給ということもあったのだろう。

その点、僕らには食堂がある。
(正式名称:フィールドキャストブレイク&ダイニング)
長いので、この名前で呼んでいた仲間は一人も居なくて、誰もが食堂と呼んでいた。
名前に「ブレイク」が入っているのは、ここが休憩室としても使われていたため。
ただ、僕がここに食事ではなく、休憩に訪れたことは、二ヶ月の活動期間中に一度もなかった。
とにかく選手村は広い。10分ほど休憩するために、少なくとも往復20分はかかってしまうのだ。

選手たちの食堂は2つあった。
1つは「メインダイニング」世界中の料理が選べるビュッフェスタイルで、いわゆるバイキング方式だ。
活動が終わって時間ができてから、選手たちが食堂で上げた動画を見たが、なかなか美味しそうで、楽しそうだった。
FCは選手と同じ食堂を利用できないというだけではなく、この建物前の舗道を歩くことも禁じられていた。
その理由としては「声かけ行為」を防ぐこと。そして、コロナ対策として接触を避けることだと想われる。

この場所に限らず、FCには「Field Cast導線」というのが決められており、シフトの行き帰り、食事など休憩に行く時も、通る道筋が決められていた。

 

選手用、もう1つの食堂は「カジュアルダイニング」
日本食を通して日本文化を体験する食堂で、地域の特産品で献立を組み、固定ではなく「**地方」のように取りあげる地方が変遷していく。日本チームの選手をはじめ、リピーターが多いと聞いた。


僕らの食堂は選手が食べる食堂とは別の施設であり、選び放題、食べ放題ではないし、地域ごとの日本食でもない。
チェックインの際にもらったバウチャー(食券)を入口で呈示。手指消毒をして入場。

メニューは「定食」と「丼」の2種類
列が分かれていて、大抵、定食の列が長かった。
「丼」といってもかつ丼、豚丼のようにご飯ものとは限らず、うどん、冷やし中華といった麺類も「丼」に分類されていた。

壁には一面に冷蔵庫が設置されていて、そこにはワールドワイドパートナー、コカコーラが提供するドリンクが並ぶ。そこから、その時の気分に応じて一本をピックアップしてから、いずれかの列に並ぶ。

始めは選べるドリンクの種類が少なかったが、徐々に増えていき、選ぶのが食事の大きな楽しみだった。

8月に入ってからの人気者だったのが「青い飲み物」
これは、村内にある自販機にはいっていた。
コカコーラは各種ドリンクを無償提供しており、選手団は各自に配られたコカコーラキーチェーンというタグを自販機に翳して取り出すことができる。FCにはその権益はない。

「あの青いのは、なんだろう」
「どんな味なんだろう」
というのが、初期のFC間トピックスだった。

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2021年10月24日 (日)

僕らには、晴れがましい儀式はないけれど

大門で大江戸線に乗換、ここまで時間どおり。
同じ車輌に同じユニが一人乗っていた
少しホッとする^_^

Field Castのユニフォーム、通称「青シャツ」
選手村活動中は「ユニフォーム」と呼んでいた。
活動終了後、twitterでこの名詞をみつけた。
そもそも、Field Castが知り得たことは、SNS、ブログ等に発信できないため、Field Cast活動がSNSで語られていることを想像したこともなかった。しかし、実際にはField Cast専用アカウントとして、発信されていた様子。Field Cast仲間同士で"つながる"時のツールとしても機能していたのだろう。


この沿線には選手村だけではなく「移動サポート」の築地デポ、各競技会場もある。
これから日を追う毎に、青シャツの数は増えていき、多い時には1つの車輌に10枚の青シャツが乗り合わせていることもあった。


勝どきで降りて地上に上がり、指定された導線を往く。
道中には、多くのビジネスマンが吸い込まれていく晴海トリトンスクエアがある。僕らField Castはその邪魔にならぬよう、反対側の舗道を歩く。
選手村入口のTPCまでは 15分程度なのだが、この日は「地の果てか」と想った。
この辺りの地理に詳しい知人は「勝どきから遠いでしょう」「あそこは不便ですよね」と言っていた。
この時点では、僕にも異論はない。


初日シフトはI&I(あいあんどあい)

Inventory & Inspection 在庫検査
Inventoryは在庫、Inspectionは検査
選手が到着した際に1度、出発前に1度。合わせて2度、備品の数をかぞえる。
そこに差違がないかをしらべるのがI&I。
在庫の数をかぞえる役割なので、居住棟にある選手団の部屋で作業をする。

初日は某国の入室に立ち会うことができた。
ちなみに「入村」というのは、選手村の境界線を越えることをいう。通常のオリパラでは、たいていの国が「入村式」を行う。
事前に読んだ「オリンピック選手村物語1964」には、そうした入村式の情景が綴られていた。そんな晴れがましい舞台に、接することができるだろうかと思いを馳せていたが、時はコロナ禍。入村式は行われなかった。それどころか「開村式」も行われていない。僕ら選手村仲間にとっての2か月は、そういう儀式的な晴れがましさとは無縁に過ぎることになる。でも、儀式に関与できなかったことを不満に思っている人は、居ないのではないだろうか。


「重いモノ持つ自信のある方!」
職員の呼びかけに応じて、間髪を置かずに手を挙げた。

こういう時、周りの様子を窺って逡巡してはいけない。
自分はココに何をしに来ているのか?
ここに臨み、僕が望んでいるのは、ワクワクするような体験だ。
ならば、即断するしかない。
その国は屈指の大選手団で、その鍵はかなり重かった(翌日、筋肉痛が出た)大手デベロッパーの社員でも、これだけまとまった数の鍵を持ち運ぶ経験はできないと想う。

英語が話せない僕は、某国NOC職員とField Cast職員がやり合うのを、鍵を持って見守っていた。それだけのことだが、鍵が重かったこと。「あ、さっきから大事そうに抱えているその袋、重いでしょ。そこに置いてください」のひと言が欲しかったという、貴重な思い出をゲットできた。

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2021年10月23日 (土)

asicsが東京2020活動専用に開発したField Cast shoes GEL-BREEZE

Field Cast shoes(以下FC靴)のフィット感は悪くない。
いつものランニングシューズと比べると前が窮屈だが、長さはこれでいい。動く人向けだ。じっとしてると辛いかも知れない。

FC靴はすべてのField Castに1足ずつ無償貸与される。
貸与だけど返却は不要。当然だが、貸与だから転売はできない。

■品番:1021A138-020
■品名:GEL-BREEZE

アッパーはグレー地にネイビーのメキシコライン、ミッドソールは白。
同じGEL-BREEZEのオールブラックモデル(1021A520)が警備員らのコントラクター(contractor 請負業者)に提供されていた。

FC靴はベロに東京2020オリパラロゴ。コントラクターモデルはasicsロゴ。生産国は共にベトナム。

GEL-BREEZEは、東京2020大会役員・ボランティア・コントラクター活動を想定して開発されており、ランニングなどの激しい運動向けではない。
オリパラ終了後の9月27日、asicsのウェブサイトに「一般用途の靴ではない」と注意喚起が掲載された。転売された靴を買った人からの問合せがasicsに入ったのだろう。


2019年2月から行われたField Castオリエンテーション会場でユニフォームと共にお展示され、Field Castは試着して希望サイズをマイページに登録した。
2021年5月12日から行われた配布会場でも、再び試着して変更することができた。

僕の場合、asicsランニングシューズは27.0、ウォーキング用途の「HADASHIWALKER PLUS 536」は26.0。カテゴリーによって、基本的な大きさが異なっている。
FC靴は2019年2月には、数日にわたって試着を繰り返したが「26.5」に落ち着いた。そして、2021年5月に再度、試着したが、やはり選択は変わらなかった。


結論から先に言うと、2か月間の選手村活動は快適に過ごせた。
ただし、右足親指の外反がしびれるような感覚が生じた。これは活動を終えて2か月近くなる今も消えていない。
「やはり、靴が小さかったのか?」
とも思ったが(数mmサイズが大きい)左足は問題なかったことからして、自分の歩き方の問題なのだと結論づけている。

親しい選手村仲間が「この靴は甲が低くてムリ」と言っていた。それはムリもない。試着した(ワンサイズ上の)27.0で、甲が低くてどうしても足が入っていかない靴があった。個体差によるものだと思う。


両足の親指にはセラポアでテーピング。
これは、足の痺れを予知していたのではなく、支給された靴下に穴を開けないため。ただし日頃、ペーパーファイバーの靴下に慣れているので、支給品は蒸れてたまらず、1日でギブアップ。翌日からはいつものペーパーファイバーにした。

支給された布マスクは(2019年)当初は想定されておらず、ハットのサイズに合わせて支給された。従ってハットと同じ「L」だったが、ゴムが顔に型がつくほど食い込んで、こちらも1日限り。

靴下とマスク以外は、支給されたモノを自宅から着用して2か月間、通うことになった。

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