2022年5月18日 (水)

憧れのビレッジプラザ

活動5日め
この日のシフトは「人誘導」
人誘導は大きい括りでは「ビレッジプラザ」と「入村」に分かれていて、それがさらに分岐するので、合わせると4種類に分かれる。どの役割になるかは、朝のミーティングで発表される。
選手村の活動は多岐に分かれているのだが、Field Castの役割は固定されていない。これが僕にとっては、たまらなくいいところだ。
もしかすると、人によっては、1つのことを続けて極めたいと想う人がいるのかも知れないが、未知の経験を広く浅くしたいと考える人にとっては、選手村活動はとてもスペシャルなものだと想う。
恐らくこれは、東京2020活動の中でも特異であり、スポーツボランティア界を見渡しても、他の例を知らない。
スペシャルオリンピックスでチーム付のDALのように、1日の中に多様な要素が混在する活動はあるが「長い期間にわたり」「日替わりである」という点で特異である。


朝のミーティングで、アサインが「ビレッジプラザ」だと発表されると、僕は心の中で握りこぶしをつくった。
ビレッジプラザは、一度も入ったことがない未知の場所だったからだ。

■ビレッジプラザ
オフィシャルショップ(飲み物、日用品あり。支払方法***)ヘアサロン、ATM、郵便局・・などがある建物。営業時間***
※選手村用語集より抜粋

オフィシャルショップには、東京2020グッズが売られている。
(中に入れないので詳しくは知らない)
選手村と試合会場以外に出かけることができない選手団にとって、ここは貴重な「お土産もの売場」である。

ビレッジプラザは選手団にとって憩いの場所であり、Field Castは立ち入ることができない。唯一入れるのは人誘導などで、ビレッジプラザ内に従事する時だけ。

僕もそうだが、サラリーマンは有給休暇を取ってボランティアに来ている。選手村仲間の中には職場から「選手村土産よろしく」と頼まれた人もいたが、Field Castはオフィシャルショップに立入禁止であり、買物はできない。
選手村仲間の前川さんは「選手村内で買えないから、町の東京2020公式ショップで買っていく」と言っていた。


僕らの仕事はビレッジプラザに出入りする人のアクレディテーションカード・チェック。
複数の出入り口があり、グループ毎に一定時間で交替していく。
ここでも、1日じゅう、1カ所で立ちっぱなしという退屈な仕事にならないよう配慮されていた。
いったい、どんだけ、決め細かい人たちが、このシフトを考えたのだろう。

一般的なスポーツボランティアは「1日」ですべてが終わるため、ローテーションという発想はほとんど無い。
1日じゅう、歩道橋の上で「立ち止まらないでください」と言うだけ、給水ペットボトルが入っていた箱を潰すだけの仕事というのが、現実に起こりうる。


ビレッジプラザ入口では、ポケトークが活躍した。
英語、フランス語、スペイン語・・
選手団はシャツのどこかに国旗、国名をつけているので、大抵は一見して言語を選ぶことができる。
ほとんどの方は、これから本格的に入村してくる選手たちのための事前リサーチに来ているようで「**は何処に行けばいいか」という質問が多かった。
中でも多かったのが「Galaxy」についての質問。

僕はこの時まだ、全選手にGalaxyが「アスリートフォン」をプレゼントするということ、その受け渡しが、ビレッジプラザ内Galaxyで行われることを知らず「わからない」と答えてしまった。


わからないことはしらべる。
しらべると自分の間違いに気づく。
ここでの受け答えは一期一会であり、取り返しは付かないが、次からは的確に応えたい。
それを、選手村仲間に情報共有したい。
そうして、自分の中での「選手村用語集」を役立つものにしたいという気持ちが高まっていった。

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2022年5月17日 (火)

研修の回数を重ねて、わかったこと

最寄り駅から電車に乗ると、同じ車輌に青シャツがもう一人。
Field Castには9種類の業務と、それぞれの活動場所(FA)があるので、同じシャツを着て同じ電車に乗っているからと言って同じ処に行くとは限らない。
その車輌に乗っているのは二人だけ。混んでいれば、マスク越しでも会話は憚られる。
周りはそれほど気にしていないのかも知れないが、ユニフォームを着て自宅からFAまで通う間、見ている人がどう想うかは、常に気にかけていた。

サトウさんはアクレディテーションカード(身分証明書であり通行証)の担当。任務は5月から始まっており(パラリンピック従事者への配布が終わる)7月で終了するという。
ウエストバッグには、Field Castが活動回数に応じてもらえるピンバッチ。
「これ、抽選で当たったんです」
と言って腕時計をみせてくれた。
FAによって、回数は異なるが、一定の回数に達した際、くじが引けるらしい。
「当たり」というからには、外れもあるのか?この時は知る由もない。
ただ、青いベルトのスウォッチは、とても魅力的だ。

ちなみに記念ピンバッチもFAにより、もらえる活動回数が異なる。
選手村の場合、3回で「銅」5回で「銀」10回で「金」という3種類だった。
大会が無観客になったこと、海外からの観戦客もいないことで、Field Castの役割も大幅に減っており、初回活動でバッチをもらったというFAもあったようだ。


(レジセン初回の)新人さんへの研修の回数を重ねてきて、Field Castの皆さんの傾向・特徴がおぼろげながらわかってきた。

■女性が多い
まず一目瞭然なのは、女性が多いこと。

2018年に大会ボランティア募集が締め切られた際の数字
応募者数 204,680人(定員8万人)
男女比:男性 36%、女性 64%

2019年9月、8万人に絞り込んだ際の数値は、応募者の「6割が女性」と報道されている。

他のFAのことはわからないが、選手村の女性比率は、控えめに言っても7割を超えていると想う。
活動中、同じシフトに男は自分だけという日も数日あった。


■五輪が初めてのボランティア
研修時に聞き取ってわかったのは、スポーツボランティアに限らずボランティアが初めてという方がとても多いこと。

中には、スポーツ大会が一定の規律・ルールのもとに運用されているという感覚に欠ける方もいた。
この感覚は、座学で得られるものではなく、ボランティアを経験するうちに身に付くのだと想う。

僕が、スポーツボランティア現場で信条としていることに「主催者の悪口を言わない」がある。

特にリーダーが「主催者の準備が悪い」「マニュアルが不備だ」ということを言うべきではない。
完璧なステージの上では、完璧にやるのが当たり前。ただ、それでは窮屈だ。
少々不備があった方が工夫の余地があるし、そこに、人の「出番」があるのではないだろうか。
そういう意味でも、選手村マニュアルに書かれている「自身の得意分野を活かし、チームの活動にあたります」は名文だと想う。
ボランティアの現場は自発的な創意の場であって欲しい。

これは、同性だから言うのだが、運用を非難するのは大抵男性の方。
そういう意味では、女性が多い選手村の現場は、ストレスが軽かったと想う。


新たに習ったこと、質問・リクエストへの対応、出会った言葉は、手元のマット紙にメモをとる。
家に帰って「選手村用語集」に加筆するためだ。
用語集に書くからには、名詞は正確にしなければならないし、曖昧な知識では載せられない。
「用語集に載せる」という、勝手に自らに課した使命が、好奇心を旺盛にして、仕事をより貪欲にさせていった。

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2022年5月16日 (月)

大学生に質問を受ける

選手村の1日はTPCで始まる。
所定の検査をパスすると、Field Castはチェックインカウンターへ進む
そこで、Field Castとして就業のチェックイン。この手続により1日あたり1,000円の交通費が発生する。
カウンターでは食券、熱中症対策用品を受け取り、それを東京2020ウエストポーチに押しこんで、いざ入村となる。
この時、カウンターに置かれていたキラリと光る品に目を留めた。
それなんですか?
「3回め、5回めのバッチです」
3回目の時もらっていないと申告すると、ミライトワとソメイティがあしらわれた銅のピンバッチを渡されて、拍手してもらった。こういうの嬉しい


今日はレジセンで14時からの遅番。
40分前に集合場所に着く。大半の人は10分前にやってくるので、いつも一番乗りなのだが、珍しく先客が一人。
聞けば「13時集合なのだが、迎えが来ない」のだという。既に20分が過ぎている。
どこかで聞いた話しだな・・
と思いつつ、確認のため一番近いB棟に向かう。
すると、向こうからちょうど佐野さんがきて「今日もいいですか?」となり、行き先が決まった。


この日は遅番6人中5人が参加して、30分間の「レジセンサマリー」研修。
続いて20分間の「ポケトーク講座」
青木さん、筑波さんから「研修してもらってありがとうございます」とお礼の言葉をいただいた。
教えるのが三度の飯より好きで、愉しんでいますので!
お礼を言いたいのはこちらである。


シフトは19時までだが、食事休憩の1時間を前倒しして18時には帰ることができる。
18時で3人が食事経由で帰宅する際、僕はしばらくその場に残る。
他のメンバーは女性ばかりで、そこに一人混ざるのは気が引けた。
食堂では食事中の「黙食」が求められているので、一塊で座っても話すことはない。それでも、僕が居ない方が、皆は気楽だろう。

開村前ということもあり、仕事はほとんどない。
手持ち無沙汰にしていると、遅番の一人、スズキさんが話しかけてくれた。

大学在学中だという彼女は、僕が研修中に話したことに興味を持ってくれたようだ。

マラソンはなにが楽しいか
スポーツボランティアのこと
見るスポーツについて
などなど

スズキさんの大学生活についても尋ねていると、そばで聞いていた筑波さんが「同じ大学じゃん」と仲間に加わった。
筑波さんが大学の1つ先輩らしい。

話しのつづきは、若い二人に任せ^^;)
お暇して、ひとり食堂へ
今日はコーヒーやコーラなど種類が増えていた
ようやく本気出したな、コカコーラボトリング
と心でつっこむ

本日の丼モノは「野菜カレー」
丼モノというのは、紙製の丼に入っているという意味であり「かつ丼」や「親子丼」の丼ではないことは後で知った。

初めてのカレー。カレーと言われたら避けては通れない。
いわゆる普通のカレーで、小皿に肉団子付き。
まぁふつーに美味しかった
これから先もいろいろなカレーが登場するのだろうなと思いを馳せていたが、二か月通って、カレーと出会ったのはこれを含めて二度に留まった。
明日は開村日。
選手が来るまではまだ5日ある。
とりあえず、先は見ずに、目の前の一分に集中しよう

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2022年5月14日 (土)

たった一人、連絡先を交換した選手村仲間との出会い

大月さんとの出会いは衝撃的だった

外回り営業をしていた頃は、訪問先でよく怒鳴られたものだが、IT部門の内勤になってからはほとんどない。
選手村活動の二ヶ月間では、感謝の言葉は何度か聞いたが、誰かに怒鳴りつけられたのはこの1度きりだ。
本来ならば、こんな人ほど「一期一会」で終わりたいと思うところだが、現時点で、大月さんは閉村後に会った唯一の選手村仲間となっている。


この日のシフトは「受付②」で、数カ所あるレジセンの何処かに入る。
Field Castは皆、集合場所に集まり、そこに、レジセンの職員さんが迎えに来て、その日の行き先が決まる。
誰が迎えに来るかは日時によって異なり、その役割を僕は勝手に「お迎え」と呼んでいた。

Field Castがその日、どの棟に行くかは、予め決まっているのではなく、たいていは「英会話に自信があるか」「レジセンが初めてか」「(行きたい棟の)希望があるか」といったやりとりが行われ、スキル、経験、希望によって決まる。

「お迎え」に来る職員さんは、たいてい2人
今日は既に顔なじみになった佐野さんと銀座さん
さぁどうしようか・・と出席簿から目を上げた銀座さんと目が合う。僕は特に意味もなくにっこり笑う
「じゃ、motoさんはうちで」
すると佐野さんが慌てて「ダメですよ。うちがキープです」とやり返す

後にお約束になる、2人による争奪戦
僕はそれを見ながら大げさに笑う。照れ笑いだ。
冗談とはいえ、自分を巡って誰かが争うなんて、こんなの見たことない。

僕は最初に研修を任せてくれた佐野さんが居るB棟に入り、リーダー役を任された。
朝の時間帯は選手団からのリクエストはまばら。
手が空いている時間を初期研修に充てる。

それは、会議室で「レジセンサマリー」の説明を終えて、レジセンに戻り、カウンター周りの仕事について説明しようとした時だった。

「誰も迎えに来ないとはどういうことだ」

背後から怒声が響いた
驚いてふり返ると、僕よりは年配と思しき男性。青シャツを着ているところをみると、僕らと同じボランティアだ。

集合時間どおりに集合場所に来たら、誰も迎えに来ていなかった。そこで、A棟に行ってみたところ、B棟、すなわちここに行くよう言われた
彼は張りのある声で、手短に述べた

語気は荒いが、身の危険を感じるということはない。
ココがどこかの繁華街で見知らぬ人だったら怖いが、ここは選手村であり、相手は事務局によって素性が把握された人である。


彼がまくし立てる間、僕はこんなことを考えた
どうしよう、怒ろうかな
いや、こちらにも怒る理はあるが、今はその局面ではないだろう。この場を任せてくれている佐野さんとの信頼関係の方が大事だ。
僕は、この選手村活動に入る時、謙虚に冷静に努め、少々想うところあったとしても、いがみ合うようなことはすまいと心に決めていた。

研修をしているため、僕だけが違う向きであることから、彼の矛先は僕に向いていた。
さぁ、どこに落としどころをつけようと考えていると、声を聞きつけた佐野さんがバックヤードから顔を出し、こう言った。
「そういう言い方はやめてください。この方も、あなたと同じボランティアさんです」

どんな手違いがあったのかは置いた佐野さんが詫びて、大月さんは、そのまま同じシフトに入り、僕の説明を静かに聞いた後でこう言った。
「motoさんの説明はわかりやすい。滑舌もいいし」


僕は「煙たがられている人」と仲良くなることが多い。
きっと、僕自身が同類の人間だからだろう。

大月さんの名誉のために言っておくと、彼は多くのField Castから慕われる人気者となった。
もちろん、彼を煙たいと想った人もいたと想うが、それは、彼が諭す必要を感じた相手だろう。


大月さんと僕は、その後、選手村のあちこちで顔を合わせ、同じシフトに入り、軽口をたたき合う仲になった。
選手村(晴海)は二ヶ月にわたり千人規模の人が従事するFA。
九割方の選手村仲間とは「一期一会」だったが、互いに40回も足を運べば、出会う確率も高まる。
大月さんは、連絡先を交換した唯一の選手村仲間となった。

初めて会った時のことを、酒の席で大月さんに聞いてみた。
文句を言っている時、どんな気持ちだったのかと。
「はじめにがつんと言わなきゃと思って言ったが、言っているうちに悪いなという気持ちになった」
わかっていて、聞く方も聞く方だが・・

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2022年5月12日 (木)

選手村用語集に得意分野が活きる「50音用語集」作りのポイント

選手村用語集への板橋さんの評価はすこぶる高かった
「スゴイスゴイ、アンダーパスとかも書いてある!これ自分で作ったんですか?」
まぁそうですけど^^;)
僕は褒められると、素直に喜びを表現するのが苦手だ

すると、そのやりとりを見ていたササキさん「私もスキャンさせてください」と話しに参加して、スマホを翳してくれた
活動に纏わる情報があると知れば、自分も手にしたい。そう多くの選手村仲間が想ってくれるのではないか・・
板橋さんの評価はもちろん嬉しかったが、この時のササキさんの反応に選手村用語集の手応えを感じた

ここをスキャンしてください
それ以来、初対面で少し打ち解けたかなというところで、マット紙を取り出すのがルーチンとなっていった
大抵の人はスマホを取りだしてスキャンしてくれた

「こういうのが欲しかったんです」と言ってくれる人もいれば「ダマされたと想って一応」と顔に書いてある人もいる^^)
「大丈夫です(けっこうです)」
と言われたのは5%以下、片手で余る人数に留まった


「しらべる」を始めた2000年代であれば、連絡先を知らない他人にURLを教えるには「Google先生」にキーワードでトップに表示してもらうしか方法がなかった。
今はこうしてQRコードを持っておくだけで、初対面の人にも手軽にURLを伝えることができる。

QRコード(二次元バーコード)は、愛知県のメーカー、デンソーウェーブ(当時デンソー)が1994年に開発。特許を解放したことで広く普及した。
キーワード「QRコード」で検索すると、複数のQRコード作成サービス(無料)がヒットする。
そこで、任意のURLを入力するとQRコードが表示される。
それを画像ソフトで切り取れば、印刷物やウェブページに利用できる。


HTMLファイルでつくるウェブページの良さは、日々、情報を「追加」「修整」「削除」できることだ。

当初は50項目ほどで公開を始めたが、毎日、新しい記事を「追加」して、最終的には100項目を優に超えた。

選手村は現実の村であり、同じ施設やサービスでも変化があり、そこは「修整」していった。
当然、1人の人間では選手村全体を把握できないわけだが、時折、選手村仲間から用語集経由で「ここは変わっていますよ」と情報がもたらされて助かった。

公開内容に何らかの問題が生じれば、項目を「削除」することもできる。これが「紙」や「ファイル」の成果物で配るものに対する大きな利点だが、幸い、削除要請などは寄せられなかった。


「50音順用語集」の利点は、アナログな調べやすさ。
「アンダーパス」という言葉が確か載っていたなと思ったら「あ」の処を見ればよい。
最初の一回、上から順にひととおり目を通したら、あとは読みたい時に読みたい処だけ読む。

「その後、なにか情報が増えてるか」
のチェックは、テーマが限定された用語集では、利用者の多くが行う。
日々、情報が増えていく用語集では「更新履歴」が欠かせない。
しらべるがそうであるように、選手村用語集も開村中は毎日更新を続け、その日、何を追加し修整したかがわかるよう「今日の更新」リストも作った。


選手村用語集の周知対象は選手村従事者限定とした。これは今も変えていないので、皆さんに内容を示すことはできない。

Field Cast(職員、ボランティア)コントラクター、契約社員などがこれにあたる。
周知をしていくなかで「これって(周囲と情報を)共有してもいいですか」と言われた時は、その限定枠を話した。


大会期間中は、単なる情報共有手段として作った「非公式選手村用語集」が、その後、選手村仲間のつながりを紡ぐツールとなることは予想だにしなかった。
(その話しは閉村後編の中で)

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2022年5月10日 (火)

非公式選手村用語集 手渡しで公開スタート

選手村用語集は用語の解説に、実際にあったQ&Aや、エピソードを交えたもの、イメージとしては「村新聞」みたいなものを考えていた。

それを50音に並べ、HTMLタグをつけ「Google先生」から見つからないように対策を施したうえで、ウェブ上にアップロード

さて次は、これをどうやって選手村仲間たちに伝えるか
「しらべる」のようなウェブページならば「Google先生」が見つけてくれるよう、ページ内容を研ぎ澄ませていくだけだが、非公式選手村用語集は想定する対象が限られており「Google先生」の力は借りられない。

選手村仲間には積極的に話しかけるが「連絡先を交換しましょう」と言えるはずがなく、連絡先を知っている人は一人もいない。
事務局には、非公式で用語集を作ったことは報告したが、非公式の資料を事務局が周知することはない。
自分も会社という組織の人間なので、それは理解できる。


解決策は「マット紙」だった

選手村活動では、仲間は日替わりだが「職員さん」と呼ばれる人たちは、部署にほぼ固定されている。

※ここで言う「職員さん」とはオリパラ組織委に属する方。ボランティアではなく、仕事として来ている方。所属企業・団体から出向で来た方、臨時雇用の方など。職員さんもボランティア同様「Field Cast」であり、青シャツ・灰パンの同じユニフォームを着ている。


2ヵ月の活動期間中、同じ部署に複数回入る。
ボランティアどうしでも後日、道路や食堂ですれ違うこともあれば、同じシフトに入ることもある。
できれば、1度会った人の名前は憶えたい

だが、僕は人の名前を憶えるのが苦手だ。
本来「人の名前が憶えられない」「顔と名前が一致しない」ことは長所ではないが、昨今、多くの人が自慢げに語るのが不思議だ。世の中に「かまってちゃん」が増えているのだろう(自分も含めて)

そこで、裏ワザを考えた
ウエストバッグに入れるミニファイルに、これまで会った人のリストを入れておくのだ。
日付、場所、名前、簡単な特徴のリスト
この情報を組み合わせれば、相手がどの人かはわかる
次に会った時、こっそりリストを確認して名前で呼ぶと、相手の反応が違う。
「よく人の名前を憶えてますね」と感心されたこともある。
職員の青木さんにリストを見られて「なんのために、そんなことするんですか」と訝しがられたことはあったが・・


その日の活動を終えて帰宅すると、エクセルのファイルに書き出して、それを印刷するのがマット紙。
その日新たに会った人や、Q&Aを書き留めておくのに手頃な厚さがある。

「選手村仲間リスト」以外にも、レジセン業務研修のテキストとなる「レジセンサマリー」を、マット紙に印刷して持ち歩いていた。
これが、それを見た職員さんや選手村仲間から「その紙が欲しい」と言われるようになり、PDF化したものをウェブ上に置き、QRコードで渡せるようにした。

選手村用語集にも、その「QRメソッド」を応用する。
「選手村用語集」の一部を刷見本として視覚的にイメージできるようにして、そのとなりにQRコードを載せた

ある程度、人前に出せるところまで来て、いよいよ「選手村用語集」デビューの日
その日のシフトは、入村の人誘導
集合時間より30分早く来て、集合テーブルについていると、20代女性と想われるササキさんが前に座った
おはようございます。人誘導は初めてですか?と水を向ける
「はぁ、初めてです」
相手の様子に鑑み、ここで会話を止める
そこに、前夜、同じシフトに入り、かちどき駅まで一緒に帰った板橋さんがやって来た
初対面ではないので、切り出しやすい。早速、ミニファイルからマット紙を取り出す。

これ、用語集作ったんですけど・・
板橋さんはマット紙を手に取り「えぇ?これ誰が作ったんですか」と興味を持ってくれたが、そのまま、刷り見本を凝視している

スマホあったら、QRリーダーでここを・・
一瞬、きょとんとしていたが、言われるがまま、スマホを取り出してQRコードを読み取る
すると、スマホ画面に刷見本と同じ選手村用語集が現れる

QRコードに馴染みのない人は、紙がスマホに入り込んだことに目を白黒させる
もちろん、それがウェブ上に置かれたHTMLファイルであるといった理屈はわからない

そして、次にこうくる
「それで、これ、どうすればいいんですか?」
お気に入りとかに入れられません?というと、大抵はなんとかなった

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2022年5月 8日 (日)

得意分野を活かすため、選手村用語集を思い立つ

選手村活動を始めてから3日めが終わり、2回めのワクチン接種に向かう朝、iPhoneのメモにこう記している

8:07
FAQの回答をパウチで作る
ネットで共有


今回、五輪ボランティアでは「リーダー」ではなく、一般の「メンバー」としてのアサインなのだが、活動開始以来、このリーダーとメンバーの棲み分けがよくわからなくなっていた。

スポーツボランティアに携わっていなくても、リーダーとメンバーの違いくらいはわかると想う。
リーダーを広辞苑 第七版 で引けば最初に「指導者」と書いてある。
サラリーマンの世界では、課長、係長といったマネージャーの一歩手前、あるいはライン職ではない実務指導者的な位置づけの人にリーダーなる肩書きを振る。
正式な人事の職制ではないことも多く、部門長が独自に任じている。
中には自称リーダーもいて、
僕がサラリーマン時代、IT部門の先輩で勝手に「リーダー」と名刺に載せている人がいて、驚いたことがあった。

スポーツボランティア界のリーダーも上下関係を示すものではなく、指導係やまとめ役という位置づけだ。
いくつかのスポーツボランティア団体では、一定の経験を積み講習を受けた方にリーダーというライセンスを出している。
東京2020Field Castでは、本人の希望、面談の具合により、リーダーかメンバーのどちらかがアサインされている


ところが、選手村活動では、リーダーの役割が曖昧に見受けられた。
実際、僕が新人さんの研修を担っている。
そこで、いま1度、マニュアルを読み返した時、僕はそのキーワードを見つけることになる。

マニュアルには、リーダーとメンバーそれぞれの定義が載っていたが、両者に共通する役割として次の言葉があった。

「積極的にチームのみなさんとコミュニケーションをとりながら、自身の得意分野を活かし、チームの活動にあたります。」
※ボランティアマニュアル~選手村(晴海)~より


「人見知りだが目立ちたがり屋」の僕は、日頃はとても人付き合いが苦手だ。しかし、ひとたび(仕事の)営業や、大勢の前で演説するような場に立つと、水を得た魚となる。
「君は中心にいるか、壁の花になるかが両極端だ」
大抵の人は気づかないが、生涯でただ1人、名古屋支社に居た頃のキャサリン先輩だけには見抜かれていた。

要はスイッチを入れるか、入れないかだ
東京2020Field Castには「私は輝く」がボランティアミッションして謳われており、ここは輝く恰好の舞台。スイッチは入っている。
初対面の人には積極的に話しかけているし、困っている選手団にも同じ。マニュアルにある「積極的にコミュニケーション」はできている。
では「自身の得意分野を活かし」ってなんだ?
その時、僕の中の井戸から、ぶくぶくと水があふれ出した

用語集でいいんじゃないか

僕が日本じゅうの誰よりも得意と嘯いているのが用語集づくり。
ならば、選手村仲間との情報共有の手段として、僕が選手村用語集を作ればいい

ワクチン接種を終えてすぐに取りかかると、それまでに得ていた知識だけで30ほどの項目ができた

つづく

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2021年12月22日 (水)

サラリーマンを長くやっていると、仕事や職場にワクワクすることはない

1日のオフでワクチン2回めの熱は下がり活動4日め。
東京はいよいよ夏本番の様相を呈しており、そろそろ青ジャケが暑くなってきた。

*トップスはポロシャツ(青シャツ)と上に羽織る長袖のジャケット(青ジャケ)が支給されている


「オリンピックのボランティアですか?がんばってください」

急な雨に遭い、傘を買うために立ち寄ったローソンで、女性店員さんが声をかけてくれた。
この時点で大会までは10日ほどあり、競技映像で頻繁に青シャツが映るのはまだ先の話。
恐らく、香取くん達が着て登場したユニフォーム発表会を見たのだろう。


「3日めが始まる前、あんな1日が待っているとは想わなかった。今日はどうかな、ワクワクするね」
この時、iPhoneのメモにこう記録している。

サラリーマンを長くやっていると、朝、職場に向かっていて「ワクワクする」なんて想うことはない。断言する。
「新人のマリちゃん可愛い」とか「新人のショウ君超イケメン」みたいな人がいれば、ワクワクということもあるかも知れない。
だが、それは対人間のはなし。
仕事の内容そのものに対して「ワクワク」という言葉は無縁だ。


通勤電車で寒色の衣服に身を包み、ビル群に向かうサラリーマンの行軍は空気が重い。
満員電車に押しこまれ、言葉さえなくしたように見える大人たちを見て「あれはムリ」と歌の道に進んだ尾崎豊に共感する。

今日の月次営業会議、未達成の言い訳が通るかな?
とワクワクする・・ことはない。
企画プレゼン、部長からゴーが出るかワクワクする?
かというと、それはドキドキくらいだろう。

ワクワクはそこに自分ではない誰か、人という要素がないと起こらない。
選手村の仕事は「何をするのか」「誰とするのか」ということが、その日により違い、その日にならないとわからない。
しかも、その「誰」は「見知らぬ誰」かだ。

これは、サラリーマンに置き換えれば、朝、出社したら「サトウさん、今日は田中商事のスズキさんという人とチームで、経理伝票の仕分けです」と言われるようなものだ。

常日頃、企業にもこんな趣向があっていいと想っている。
年に1度「他部署体験ウィーク」があって、いつもと違う仕事を、いつもと違う仲間と共に取り組む。

「経験した事が無い仕事は、本当のところはわからない」
というのが僕の持論だ。

相手と少し話しただけで(インタビューと言う)すべてわかったかのように話すコンサルやSE。

そんな何もかもわかった口を聞くやつを「親しげじゃないか」と佐野元春は柔らかく唄っているが※、僕ならば「あなたに一体何がわかるのか」と想う。


朝行くと、その日誰と何をするのかが決まる。
そんな仕事が2ヵ月つづく。
それが、選手村の貴重さだ。
これはオリパラスポーツボランティアという経験でもあるが、選手村という特異な境遇の経験である。

ただ、そう気づいたのは、後に活動も半ばになった頃。
ようやく、目の前の境遇を落ち着いて整理して考えられるようになってからだ。
この頃はまだ、次々に現れるワクワクに心奪われ始めていた。

※佐野元春「ブルーの見解」
アルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」に収録

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2021年11月28日 (日)

出過ぎた真似はダメだけど、出しゃばりは遠慮なく

最初の三連勤を終えた翌日はオフ
コロナワクチンの第2回接種日をここに入れておいた。

すでにこの頃、高い確率で副反応が出ることが知られていて、翌日のシフトは、その先の別の日に振り替えてもらった。

ワクチンの順番を待つ間、この三日間をふり返った。

実際始まってみると、頭の中は混濁している。曖昧な日常感と言ってもいいかもしれない。それでも冷静に次だけを見ることもできている。

まだプレオープンの段階なので、さほど質問やリクエストは受けていないが、これからたくさんの質問を受けることになるだろう。
僕ら選手村のField Castが選手団にできる「おもてなし」は情報だ。

プレオープンを迎えた今、設備やサービスを拡充するのには限度がある。
しかし、今あるものを的確に伝える「情報」はまだ整理されていない。
今のうちに準備できることはないだろうか。

1万人ほどの選手団が来るわけだから、寄せられる質問は多岐にわたるだろうが、ある程度の部分で重複すると想われる。

かつて、2週間の洋上研修に出た時「船内新聞」を作ったことがあった。「選手村新聞」のようなものがあれば楽しいだろう。
ただ、それは基本的な情報が整備された次の段階。

僕らが社内ヘルプデスクで作っているような「FAQ」をまとめられないだろうか。
誰かがそれを作ったとして、さて、どうやって配るか。

手配りするならば、パウチして紙で配るということになるが、それでは拡がりがないし、一旦、配ってしまうと、情報が更新できないので、古びてしまう。
配布がしやすくて、拡がりがあり、情報が随時更新できるとなると、ネットで共有か。


最初の3日を終えて「活動が楽しめないかも知れない」という不安は消えた。
7月13日に開村してからが本番。そこで本領を発揮したい。
ただ、これから何かを積み上げるという段階ではない。「健康」を維持して、アサインされているシフトどおりやり切ることだ。

出すぎた真似はダメだけど、出しゃばりは遠慮なく
この時は、そう考えていた。

接種を終えて会場を出ると、東京に夏がきていた。
屋外に1日立ちっぱなしというような仕事は、厳しくなりそうだ。

接種から半日後、ここ数十年見たことのないような熱が出て、まる1日寝込むことになった。シフトを空けてもらっておいてよかった。

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2021年11月27日 (土)

お役に立つためにする、楽しい残業

お昼は初めて定食メニューを選択。「ハンバーグ定食」と言われて、それを体験したいという衝動は押さえられない。
割と美味しかった。今風にいえば、ふつーに美味しかったというところだ。

この日は本来16時終了のシフトだったが、予め事務局にお願いして、2時間繰り上げてもらっていた。
1000人に近いボランティアのシフトを回すこと自体、気の遠くなる仕事だが、そのうえ、こうした細かい変更にも対応してくださって、本当に事務局の皆さんには足を向けて寝られないと想っていた。
面談員の活動を通じて、オリパラ組織委員会の皆さんが、どれだけ激務かを見ている。
僕のようにスポーツボランティアが趣味で好きで来ているのとは訳が違う。
仕事として責任を負っている。だからこそ、世間の五輪への冷たさは世知辛かった。

14時で午前シフトがお役御免となるのと入れ替えに、午後シフトのFCがやってきた。
ドアを開けて、恐る恐る入ってくる面々。
(いきなりハイテンションだったら、それも気持ち悪いが)
当たりの様子を窺う人、感情を表に出さないよう何かのスイッチをオフにしている人・・
この時、僕らFCは今日はどんな場所で、どんな仲間と活動するのだろうと考えている。
日常生活で、これほど初対面の人と見知らぬ環境に放り込まれることはない。
この瞬間の、なんとも言えない、よそよそしさが後になれば懐かしい。


この時以来、初対面のFCに、レジセンに入るのは何度めですか?>この棟は何度めですか?というのが定番の質問になった。

聞けば、全員がレジセンは初めてだという。
出過ぎた真似はよくないが、ここは、お役に立てる場面だと思い、少し残って午後の方の研修をしましょうか?と佐野さんにお伺いを立てると
「いいんですか!?よろしかったら、お願いします」
佐野さんの目は輝いているように見えた。言葉に忖度はなかった。
リクエスト入力システムの使い方、レジセンサマリー、そしてポケトーク講座。

ある人はニコニコと笑顔で、ある人は目を輝かせて、ある人は真剣にメモを取って聞いてくれた。もちろん、ノリが悪い人が居ないわけではないが、人にはいろいろな考え方がある。

1時間残業の帰り際、職員の青木さんが「先生、ありがとうございました」と声を掛けてくれた。彼とはこれから2か月間、親しくお付き合いさせていただくことになる。
僕には、この言葉も大きな宝物になった。


残業したお蔭で、頃あいよく退村。勝どき駅のコインロッカーで荷物をとってトイレで着替えると、LOVE PSYCHEDELICO 20周年記念公演が行われるLINE CUBE SHIBUYAへ。
早朝から選手村で働き、夜はライブ。コロナ禍でstay homeつづきの体には、けっこうな強行軍。
ライブの途中で居眠りしないよう、会場そばでアイスコーヒー。1年半ぶりに入る喫茶店は、人影もまばら。
マスクをずらして、コーヒーをすするのに、なかなか慣れなかった。

→⇒LOVE PSYCHEDELICO 20周年ライブの話し

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