2026年3月22日 (日)

東京マラソン ボランティアの歴史 -後編-

再合成された僕の記憶では、東京マラソンのスポーツボランティアが【先着】から【抽選】に変わったのは、2008年の第2回大会からだったが、実際には大きく違っていた。


■東京マラソン スポーツボランティアの歴史(つづき)

2010年10月18日

東京マラソン2011ボランティア募集開始
定員10,000人【先着】(1日で達して)締切

 

2011年10月25日
東京マラソン2012ボランティア募集開始
定員10,000人【先着】(1日で達して)締切

 

2014年
東京マラソン2014
2012年大会から東京マラソンを支援していた日本マクドナルドがボランティアパートナーとなりボランティアは「TEAM SMILE」と名付けられた。
企業がスポーツ大会のスポンサーに就くことは一般的だが、ボランティアに絞ったスポンサーは東京マラソンが初めてだったと想われる。
マクドナルドとしても「ボランティアスポンサー」就任は初めて。
ボランティア全員にマクドナルドのロゴが入った専用のウェアが支給された。
「TEAM SMILE」としての取組は2015年まで。

2016年11月9日~25日
東京マラソン2017ボランティア受付
【先着】→【抽選】へ移行
定員11,000人を超えて【抽選】
公式ボランティアクラブ「VOLUNTAINER」発足
一般個人ボランティア<リーダー<リーダーサポートという認定制の階層化が始まる

2017年11月
東京マラソン2018ボランティア受付
定員11,000人を超えて【抽選】

2019年
東京マラソン2019
定員10,000人 1.4倍の応募があり【抽選】

2020年
東京マラソン2020
定員11,000人 初めて(一般開催が)中止
ボランティアの役割はなくなったが、MGCはリーダー以上のボランティアが運営に当たった

2021年
東京マラソン2021 東京マラソン2020 活動予定者に役割付与したが大会が中止された

2022年
東京マラソン2022年
東京マラソン2020 活動予定者に役割付与

2023年
東京マラソン2023
定員10,000人
コロナ禍明け日本への渡航解禁後の初回。
この大会から出走者の外国人比率が高まり始める。ボランティアがランナーにかける言葉は英語比率が高まった
→東京マラソン 外国人比率

2024年
東京マラソン2024
定員10,000人 3.2倍の応募があった

2025年
東京マラソン2025
定員10,000人

2025年10月30日~11月24日
東京マラソン2026 ボランティアエントリー期間
定員10,000人

2026年10月6日~11月23日
東京マラソン2027 ボランティアエントリー期間
定員10,000人(予測)


東京マラソンは安定的に1万人のボランティア定員を確保している。
応募者総数・倍率は公表されておらず、実際にどれくらいの人が東京マラソンでボランティアを希望しているかはわからない。
2023年以降の大会は出走者に占める外国人比率が徐々に高まり、直近2年はおよそ45%だった。現場では英語でのコミュニケーションが増えており、外国人と話す機会を求めている方にとっては、ワクワクのボランティア体験になっている。

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2026年3月21日 (土)

東京マラソン スポーツボランティアの歴史

人は遠い昔のことは覚えていない。
いや僕はよく覚えている!という人も、実は過去の事実を自分の解釈で再合成したものを覚えていて「これが事実だ」と確信していたりする。

僕の場合、先日の東京マラソンについて振り返った際、記憶の齟齬があった。
・第1回大会(2007年)のボランティアは特に定員が設定されず、思いのほかなり手が集まり、第2回からは抽選になった。
実際に記録を紐解いてみると「定員は1万人」であり、抽選に切り替わったのも2年めではなかった。

日本にスポーツボランティアを根付かせた東京マラソンのボランティアについて、手元の記録から歴史を振り返る。

■東京マラソンスポーツボランティアの歴史

2006年10月21日
東京マラソン2007ボランティア募集開始
定員10,000人
ランナー当落通知後に募集が始まり、多くの出走落選者が参加した(僕もその一人)
ボランティア説明会・直前説明会開催
ランナー・ボランティア受付:東京ドーム

東京ドームで行われた説明会。僕が担当したスタート前荷物預かり(新宿都庁そば)は内野指定席二階で行われた。説明会は時間帯ごと数回に分けて行われた。
活動当日、僕とはちがうキャップをかぶっているサトウさんがいた。僕はグレー地に東京マラソン2007とネームが入ったオリジナルだったが、サトウさんは無地のアシックス帽。
「なぜ違うの?」と尋ねたところ、遅い時間帯には物品が足りなくなり、急遽、汎用品が配られたという。EXPO販売用のキャップ在庫を急遽、振り当てたのだろうか。
サトウさんは僕のキャップを見ながら「それが欲しかったなぁ」と恨めしそうだった。そのキャップはしばらくランニングに使っていたが、今は大切に枕棚に仕舞っている。
第1回大会では定員は設定されていたが【先着】という概念はなく「まさかボランティアに1万人も集まらないよ」と想っていたのだろう。それは僕も同じで、後日届いた感謝状に「12,670」の数字を見た時は、すごいところに立ち会ったなと身が引き締まった。

僕がボランティアに参加した理由は、ランナー応募の落選通知が来たタイミングでボランティアが始まり「お、これをやっておけば、来年当たるかも」と想ったからだ。これは後にランナーやボランティアと話した際、ご同輩が多く見られた。

2007年9月3日
東京マラソン2008ボランティア募集開始
定員12,000人【先着】で締切

 

2008年10月1日
東京マラソン2009ボランティア募集開始
定員13,000人【先着】で締切

第3回を終えた時点でボランティアQ&A
【Q】「ボランティアをしたらランナー抽選で優遇されるか」
【A】「その予定はない」

 

2009年10月5日
東京マラソン2010ボランティア募集開始
定員13,000人【先着】(5日で達して)締切
第1回~3回大会まで、スポーツボランティアの研修や運営に笹川財団が関わっていた。
笹川財団は早くからスポーツボランティア育成に力を入れており、ボランティア団体「JSVN」を組織して人材育成を行った。その活動が東京2020ボランティアを下支えする人材を多く輩出した。

東京マラソンでは第4回大会の2010年大会より、笹川財団がサポートから外れた。これは東京マラソンボランティアの歴史では大きな節目だった。

つづく

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2026年3月 6日 (金)

東京マラソンスポーツボランティア日記

僕が「日記」というと、まただらだらといつ終わるのかわからないような記録を書くのかと身構える人が1~2人いると想うが^^;)
今日のは1日限り(の予定)

3月1日(日)
Finishエリアの集合は 9:00
新宿で小池百合子都知事が号砲を打つのが9:10なので、ちょうどその頃、Finishエリアボランティアの1日が始まる。
解散は例年 16:45頃なので 7時間45分程度の活動になる。

他のマラソンにはボランティアに「QUOカード」「弁当」「水」などが出る大会もあるが、東京マラソンでは「活動の対価です」といったものは提供されない。
事前受付で配られる用品一式には協賛各社の品が入っている。以前は手指消毒のスプレーが入っており、コロナ禍では重宝した。

去年までは東京駅構内のコンビニでお昼と水を買って来たが、今回はカロリーメイト、THE NORTH FACEソフトボトルに入れたOS-1を持ってきた。
集合場所の近くにはAbbottWMMブースがあり、スタッフは準備に余念が無い。AbbottWMMを転戦し今日が6大会めとなるランナーにとってみれば、ここで 6 star メダルを受け取ることが大会のフィナーレとなる。

定刻には全員が揃い、活動場所へ移動する。
スタッフオンリーのエリア内にはいると、写真撮影は禁止。

大迫傑選手たちがゴールするのは11時過ぎだが、一般ランナーのゴールはそれよりも遅い。
大迫傑選手がゴールした頃、僕らは導線の設営と配布物の準備をしていた。
準備をしていると仲間が「motoさん水がこぼれてます」と教えてくれた。
買ったばかりのソフトボトルから水が漏れて、ナップザックの中身が水浸しになっていた。
(ダウンジャケットを洗うのが大変だった)
どうやら、満水状態で持ち運ぶのは禁忌らしい。

この大会の放映権はフジとニッテレが交互で持っており、今年はニッテレの番。
しっかり録画予約してきた。東京マラソンが始まって間もない頃は、市民ランナーの競技が終わる16時過ぎまで放送している局もあったが、近年それはなくなっており、CS放送のネット配信機能でつづいている様子。

ランナーのボリュームゾーン(Finishが集中する時間帯)が来る前に、手分けして休憩をとる。
お昼前には昼食がてら2度目の休憩。
スターバックス コーヒー 皇居外苑 和田倉噴水公園店の前には多くの外国人が日向ぼっこ中。
時折、そこをジョギングしている人がいて係員に注意されている。
噴水公園にはボトル給水用の水栓があり、午後からの給水がしっかりできた。
ソフトボトルいい!ポケットに納まってかさばらない。
次からは中身は別に持ってきて現地で注水しよう。

それにしても、外国人が多い
外国人には「congratulation!」 
日本人かなと想ったら「おめでとうございます」
と言い分ける
congratulation congratulation あ、おめでとう congratulation 
こんな感じ
時折congratulation というと「日本人です」と言われたりする^^)
ちなみに、Gemini3からは 「congratulation ではなくcongratulations なのだ」と後で指摘を受けた。

いったい外国人比率はどんだけ上がったんだろう
目の前を通るランナーは、少なく見積もっても70%が外国人
帰宅後に速報値をみて出走者に占める海外居住者は 45%(去年とほぼ同じ)と知った。

大手町側にAbbottWMMテントが設営されていたところをみると、外国人の大半は僕が担当した大手町側導線に流れたのだろう。
速報値:外国籍完走者は 17,179人


日中の気温が上がったこともあり、ランナーは概ね辛そうだった。

■気温 湿度
スタート時 16.6度 33%
競技終了時 22.4度 22%

現場に居合わせた皆さんには言うまでもないが「暑いレース」となった。
暑かったですよねと水を向けると、皆さんが苦笑いを浮かべていた。そのなかで「風が強くて大変だった」という方がいた。

当日の気象は最大風速8.5 m/s北西の風が強く吹いた。
最大瞬間風速15.2 m/s を13時過ぎに記録。これは帽子が飛ばされるレベル。

運がいいとか悪いとか人はときどき口にするけど(さだまさし)この強風を追い風で受けたか向かい風で受けたかはランナーによって運不運が分かれる。
ただ、板橋Cityマラソン、とくしまマラソン※1 のように河川敷で20kmにわたり一定方向の風を受ける大会とは違い、東京マラソンのコースは猫の目のように方向が変わる。
従って「風がきつかった」という声は限定的だった。

※1 とくしまマラソンは吉野川の河川敷がコースの80%を占めており特に中間点までの往路は土手の上を走るため、もろに風の影響を受ける。第1回からつづいたこのコースは2026年3月22日開催「とくしまマラソン2026」まで。2027年大会からはコースを大幅変更。河川敷が20%、市街地が80%と比率が逆転する。


帰宅して録画しておいた「東京マラソン」を見る。エリートランナーのレースは見応えがあった。
終盤には対面通行する市民ランナーが映るが、画面からは「半分は外国人」ということは伝わってこない。やはり、東京マラソンは「走る」「見る」「支える」ライブ参戦に限る。

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2026年1月28日 (水)

快晴のMUFGスタジアム「ひよこ」の皆さんが42.195mを駆け抜けた!

2026年1月25日(日)
「第23回新宿シティハーフマラソン・新宿区民マラソン」にスポーツボランティアで参加した。

コロナ禍以降は小規模大会が減ったこともあり、ボランティア機会も目減りしているが、この大会は募集がある度に必ず応募している。
この大会に集まるボランティアは地元のリピーターが多く、嬉々として参加していると想う。

地方の大会ではボランティアのなり手が少なく、沿道住民らに動員がかかる。楽しんで参加する方も多い一方「弁当も出ない」といった不満を聞くこともある。

新宿区にはスポーツを通して「笑顔と健康を手に入れる」というマインドを持った方が多いのだろう。


宇佐美彰朗さん(元五輪マラソンランナー)が提唱する「日本にもスポーツボランティア文化の定着を!」に賛同してスポーツボランティア界に入り今年で20年。
当時と比べるとボランティアの老齢化は否めないし「ボランティア増員の好機」だった東京2020を経てもその傾向は変わらないようにみえる。
ただ、それ自体がネガティブなことだとは想わない。

10年ほど前、ボランティア現場に放送局が来て車座インタビューを受けた。居並ぶ高齢者たちにレポーターがスバリ聞いた。

「皆さんはどうしてボランティアをするのですか?」

しーん
互いが顔を見合わせる

僕がきれいなこと言ってお茶を濁そうかと想った時
1人の長老がすっくと立ってひとこと言った

「ヒマだからに決まってるだろ。年寄りはヒマなんだ」
僕は吹き出したが、誰も笑っていないのですぐ口元を隠した。

働く世代・子育て世代は日々の暮らしに追われる
若い頃、あれほど聴いていた音楽からも1時離れるほどに

「お金で買えるもっとも素晴らしいものは、時間と自由と静けさだと僕は考えています」と言ったのは村上春樹
老年を迎え定職を離れると"お金で買わなくても"時間と自由が手にはいる。
その時間を使って「笑顔と健康が手に入る」のがボランティア活動。
老齢比率が高いことはごく自然なことだ。

若い頃、たとえば東京2020でボランティアを経験した方も、やがて老い時間ができればここに戻って来るだろう。「飽きても嫌いにならなければ、人はやがて戻ってくる」というのが僕の持論だ。

ただ、僕のような年寄りは口うるさい^^;)
経験を積んでいるだけに一家言ぶちたくなる
日頃、上からモノを言う機会がないので、言い始めると長い

主宰者は長年の積み重ねの元に周到な準備をしており、大抵のことは織込済。
僕らボランティアは、主宰者の意向を尊重して、参加者(アスリート)に楽しんでもらうのを念頭に、どんな現場も愉しもうという姿勢で臨みたい。


さて、新宿区民マラソン。今年も「ひよこ」でお座敷がかかった。
「42.195m」を走るという洒落のきいたレギュレーション
MUFGスタジアム(国立競技場)のトラックを走れるプレミア感
「ひよこ」は「たんのカレーライスマラソン」と並んで、日本の二大名物に推したいと想う。
未就学児を持つ親御さんは、誰もが「ひよこ」を走りたいだろう。
(考えには個人差があります)

エントリーはここ数年増えている(Gemini3が公式運営データを引用)
2024年 536組
2025年 547組
2026年 577組


前年につづき競技名「ひよこ」に因み、ひよ子の協賛があった。
"福岡の菓舗" ひよ子吉野堂さん提供による「hiyone」が Finish後、参加賞とは別に配られた。

「hiyone」はひよ子吉野堂がつくる三大アレルギーフリーの米粉養生菓子。
国産米粉 九州産ミズホチカラ 使用
販売開始:2024年2月1日

昨年同様、今年も配られたのは米粉のクッキー ひよね(福岡県飯塚市で製造)
フレーバー:さつまいも・とまと・えだまめ・にんじん・とうもろこし・かぼちゃ
配布品には、そのうち2種が封入されていた。

"参加賞とは別に"配布するのは"割れやすい"ため
「1つずつ手渡しでお願いします」
細かい事が気になるのが僕の悪いクセ
事前説明を聞きながら僕は「どうやって足で渡すのだろう」と考えていた・・


去年しらべた時、hiyoneは 福岡地区限定販売だった。
その後はどうだろう?と今 Gemini3に聞いたところ以下の通り。
(ここから)
「基本的には現在も福岡・佐賀・大分の一部店舗を中心とした「エリア限定」での販売が続いています。」
(ここまで)

従って、今も福岡に行かないと買えないが ⇒ひよ子オンラインショップでお取り寄せができる。

福岡に旅した場合、確実に買える場所はひよ子に問合せ、以下の通り確認した。
○福岡空港(国内線ターミナルビル 2F)
L’UNIQUE(リュニック)ひよ子
○博多駅
ひよ子本舗吉野堂 マイング店


Finishエリアには、新宿に因むマスコットが勢揃い!
参加したひよこキッズとの記念撮影で賑わっていた。

新宿あわわ(ハンドソープから生まれたキャラクター 新宿区食品衛生協会手洗推進部長)
ゆげじー(新宿区の公衆浴場(銭湯)の公式キャラクター)
しんじゅくま(JR新宿駅公式キャラクター)

日頃、ヴィヴィくん、はねぴょんを推している僕としては、立場上ふれ合えなかったのは残念だったが、間近で見られて役得だった。

また「世界一をめざす」サッカークラブ「クリアソン新宿」(現在はJFL)アカデミーU-18の皆さんが、てきぱき・きびきび・はつらつと動きまわり、現場を支えてくださった。
まずはチームのJ3昇格、かつてV・ファーレン長崎に所属した浅沼優瑠(すぐる)選手の活躍を祈りたい。
くりあにゃん(クリアソン新宿の公式マスコット)が来ていたことは後にX投稿で知った。


今年もまた「これでもか」と世界中の青空を集めたような快晴に恵まれた。

2026年大会のエントリーは 2025年9月8日から開始されていた。
2027年大会のひよこ競技で「子どもと国立のトラックを走りたい」と想われた方は、今すぐスケジュールアプリに登録を!

→ど素人!スポーツボランティア講座

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2025年3月 8日 (土)

東京マラソンスポーツボランティアの歴史 -後編-

■2017年
第11回
ボランティア定員:11,000人
従前の「先着巡」から「抽選制」へ移行
「VOLUNTAINER」が機を同じくして始まる。

VOLUNTAINER
「VOLUNTEER」と「entertainer」を掛け合わせた造語
正式名称:東京マラソン財団オフィシャルボランティアクラブVOLUNTAINER
読みは「ボランテイナー」だと想うが「ボランティナー」だと言う人もいる^^)

2016年10月6日
東京マラソンのボランティア登録制度「VOLUNTAINER」の登録受付開始
11月6日~11月25日
VOLUNTAINERのメンバーが応募
先着順→(定員を超えて)抽選となった
リーダーは登録制となり、登録者がエントリーできるようになった
VOLUNTAINERにより、東京マラソンボランティアは「第3の時代」に移行した。


■2018年
第12回
ボランティア定員:11,000人 抽選


■2019年
第13回
ボランティア定員:11,000人 抽選


■2020年
第14回
VOLUNTAINERの役割に「リーダーサポート」が加わった。
役割はリーダーを支え、大会スタッフと現場をつなぐこと。
他の大会でいうところの「ブロック長」的な役割といえる。
VOLUNTAINER"中の人"は「リーサポ」と呼んでいる。

初めてボランティアオリジナルグッズが(ネット通販で)販売された
コロナ禍により大会がMGCファイナルのみに縮小
既にアサインされていた11,000人から(リーダークラスの)800人に削減


■2021年
第15回
2020年大会従事予定者をアサイン(役割付与)
大会が延期され、この年は開催されなかった


■2022年
第15回
東京マラソン2021として開催
東京マラソン2020従事予定者をアサイン
体調管理アプリにより2月24日から大会をはさんで3月20日まで体調報告が求められた。


■2023年
第16回
2019年大会以来の"通常"開催
外国人参加者が激増して英語対応が増えた


■2024年
第17回
定員:10,000人
新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行(2023年5月8日)を受け、声出し・マスク等への言及がなくなった


■2025年
第18回
定員:10,000人
東京ビッグサイト内の受付会場が(EXPOを開催する)南展示場から会議棟に代わった。
当日背負うナップザックがマチ付きになった(細かい)手指消毒液(ビオレu)の配布は継続
2024大会から参加している「Team DMHCランナー」を応援する取組としてマクドナルドハンバーガー1個無料券が配られた。
大会は最高気温☀のもとで行われた。ランナーの皆さんにとって過酷であることはもちろんだが、ボランティアにも過酷な条件となった。
ランナー向けにはスポンサーから飲料が用意されるが、ボランティアには水一滴すら渡されない。近くにコンビニや自販機がない場所(皇居に近いフィニッシュエリアなど)では、お昼には水が尽き困った人がいたという。


僕は東京マラソンボランティアを「3つの時代」に区分している。
1.2007-2009 笹川財団 時代
2.2010-1016 東京マラソン財団 時代
3.2017-現在 VOLUNTAINER 時代

VOLUNTAINER時代に移行してからは、より実績(積みあげ)を重んじる階層構造となり、国内では他に類のない安定した質と量のボランティア組織となった。
リーダーは講習を受け実践を積んでいる。

ただ、この仕組みが成立するのは「東京マラソン」が人を吸い寄せる人気大会であるがゆえ。
東京マラソン財団がプロデュースする「長崎ミュージックマラソン」において、どのようなボランティア活動が展開されるか興味深い。

一方では弊害もある。
階層構造が固定すると"できあがった組織"が生まれる。
組織の悪しき部分である"内向きの"状況が生まれやすい。顧客(ここではランナー)満足、それを前面で担うボランティアの満足よりも、組織の上意下達しか通じないという世界観。
また、スポーツボランティア組織にありがちなことだが、選考が「実績」「情意」に偏り「適性」の比重が下がる、それは一般参加者の満足感低下につながる。
言葉遣いが横柄、フレンドリーさに欠ける、上から一刀両断のような姿勢の人が上にいる組織を想像してみてほしい。
それでも、東京マラソンは参加者が集まってしまうので、見逃されがちだ。その組織のなかで生き残るためには、そこに迎合するしかないというのはサラリーマン社会に似ている。
おわり

東京マラソン講座

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2025年3月 7日 (金)

ちょっと詳しすぎる 東京マラソン ボランティアの歴史

コロナ禍が一区切りしてスポーツ大会が再開した2022年秋以降、有志を募り東京マラソン、横浜マラソン、湘南国際マラソンのボランティアにグループ参加してきた。
そのなかで東京マラソンだけが「抽選」
東京マラソン、名古屋ウィメンズマラソンのように「出走権」が抽選となる大会はいくつかあるが「ボランティア参加」が抽選となる大会は希。
*リーダーが抽選という大会はある(さいたまマラソン)

過去例では「ラグビーW杯2019」のボランティアが抽選だった(外れた)
「東京2020」や「世陸2025」などは選考があるが「抽選」ではない。
2022年に始まった「東京レガシーハーフマラソン」は応募がVOLUNTAINERリーダーに限られ、応募多数の場合は抽選。ただ僕はリーダーではないので応募したことがない。

ここでは、ちょっと詳しすぎるというより、誰も書かないだろう東京マラソン・スポーツボランティアの歴史を書いていきたい。


【東京マラソン ボランティアの歴史】

■2007年
スポーツ振興のオーソリティ 笹川財団がサポート
応募者全員をアサイン
私の記憶が確かならば・・
予め定員の設定はなく、選考、抽選といった概念もなかった。

交通費の支給はないが、パスネット1,000円、クオカード1,000円、合計2,000円分のプリペイドカードが支給された。

2006年10月21日 募集開始
2007年1月 複数回に分けて説明会
大会前日 受付・直前説明会場は東京ドーム(この1度きり)
東京マラソン・オリジナルのキャップは途中で在庫切れ。遅くきたボランティアはasicsロゴ入り無地のキャップを受け取った。応募人数に対して歩留まりをみていて、まさかこんなに来るとは想っていなかったのかもしれない。

当日、僕はスタート会場の荷物預かりを担当した。
集合時間の6時には強い雨が降っており、急遽「東京メトロ」のロゴが入ったポンチョを配ることになった。この対応について事前に聞かされていなかったが、我も我もとポンチョを求めるランナーが喜ぶ顔をみて僕らには高揚感があった。
(毎回のルールだが)ボランティアはユニフォームの上に何かを羽織ることは禁止されているので、ずぶぬれで対応した。活動を終えてすぐ 仲間とマクドナルドに駆け込みホットコーヒーで生き返った。

当日は12,670人が参加
4月3日、メール便で「Thank you 12,670」と銘打った感謝状が届いた。
後年、感謝の言葉はメールで届くようになったが、この時はまだ「紙」だった。

阪神淡路大震災が起きた1995年は、日本の「ボランティア元年」と言われている。
第1回東京マラソンが行われた2007年は日本の「スポーツボランティア元年」と呼べるだろう。


■2008年
第2回
リーダー500人を一般公募
リーダーは終日研修を受講(受講費2,000円)
一旦締め切った11日後、2度めの募集メールが届いた
ボランティア定員:12,000人
先着順 9月3日に募集開始→10月1日定員に達して〆


■2009年
第3回
ボランティア定員:13,000人
先着順 10月1日に募集開始→11月7日定員に達して〆
この大会をもって笹川財団のサポートが終了した


■2010年
第4回
ボランティア定員:13,000人
リーダーは過去に東京マラソンでリーダー経験がある者に限られた
先着順 10月5日に募集開始→10月10日定員に達して〆


■2011年
第5回
ボランティア定員:10,000人
先着順 10月18日に募集開始→10月19日定員に達して〆


■2012年
第6回
ボランティア定員:10,000人
先着順 10月25日に募集開始→10月26日定員に達して〆
日本マクドナルドがボランティアパートナーとなり「TEAM SMILE」と名付けられた。

つづく

東京マラソン講座

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2024年12月 7日 (土)

清らかなスポーツマン集う、ゴミが落ちていない湘南国際マラソン

2024年12月1日(日)
「トラスコ湘南大橋」の欄干から青い空と富士山が見えていた。
この小さなプレートで果たしてネーミングライツを買った割に合うのかと思いつつ、遮るものがない青空と15度と表示された気温は、ランナーにはキツいかなと想っていた。
 
その日、僕は湘南国際マラソンの給水ボランティアだった。
 
この大会のボランティアは5月頃に募集が行われており、ここ3大会は東京2020の「選手村仲間」チームで参加している。
まさか、この日に応援するチームの大切な試合が入るとは想わなかった。
(本来シーズンは終わっているはずだった)
とりまとめのリーダーが「すみません。都合が悪くなりました」というわけにもいかず、4時台に起きて予定どおり茅ヶ崎へ向かった。
 
 
東海道線はガラガラ。僕はお気に入りにのクロスシート4人掛けを1人占めできた。
「もうランナーの皆さんは(二宮に)行った後なのだな」
そう想っていたが、そうではなくて戸塚あたりから一斉にランナーが乗ってきて、クロスシートはいっぱいになった。
 
となりに座ったサトウさん(名前不詳)の左シューズに計測タグが結わえられているのをみつけ僕は声をかけた。
「きょう、走られるのですね。僕は給水します」
サトウさんは気さくに応じてくれた。しばらく、湘南国際マラソンオリジナルボトルがメルカリで4,000円で売られていることや、2年前の大会でバナナが大変美味しかったらしいという大会に纏わる話しに花が咲いた。
 
僕が茅ヶ崎で降車する時、サトウさんは立ち上がり「今日はよろしくお願いします」と握手してくれた。
これまでにも、出走するランナーに話しかけたことはあったが、握手を求められるのは初めてで、もしかするとこの何気ない会話が、走る前の緊張を和らげ、少しの活力になったのかなと喜んだ。
 
 
湘南国際マラソンはコロナ禍を経て再開した2022年の第17回大会より「マイボトル補給システム」によるマイボトルで走るマラソンに生まれ変わっている。
ランナーは400mlの水量を携行できる容器を持参。
給水所は200か所設置されており、水ボトル、スポーツドリンク等ジャグの蛇口を自ら捻ってボトルに注ぐ。
エイド数最大級といわれる横浜マラソンが18か所だから、400か所というのがいかに多いかがわかる。
 
この世界初の取組により、初回の第17回は(前回比)8,000kgのゴミ削減を達成した。
本来、給水ボランティアの主な仕事は「紙コップ準備」「ゴミ回収」
湘南の場合、紙コップは存在しない。準備は給水所にテーブルを置いて、ボトルとジャグをセットするだけ。
ゴミ箱は設営しない(コース上にゴミ箱はない)
仕事量が少ないので、1給水所あたりのボランティアは1~2人。
いつも以上に「応援」に力を注げる。
 
 
ちなみに前年大会で給水担当した時は「1人」今回は「2人」だった。
去年は「横浜マラソン」「湘南国際マラソン」共にボランティア不足が顕著で、人の手薄感が垣間見えた。
ところが今年は両大会ともに、手厚い人がアサインされていた。
どのような策を打ったのか興味深いが、僕らにはわからない。
(想像でものをいうのは控える)
 
 
ボリュームゾーンのランナーが一区切りした頃、サトウさんがやってきた。
彼はマイボトルに水を汲みながら「暑いです」と言いながら楽しそうにみえた。
 
往路のランナーが過ぎて撤収が終わると、しばしの休憩。
「選手村仲間」とお茶をしながら、ボランティア談義に花が咲く。
たいていこういう場合、その部署の運営やリーダーさんが話題になる。
 
休憩後は復路の給水所へまわる。
*湘南国際マラソンは1WAY往復コース
復路もサトウさんが立ち寄ってくれた
背中を叩いて「がんばって」と押し出す
何歩か走ったあと振り返って言った
「バナナ、ふつーでした」 ^^;)
2年前の大会で仲間たちが「生涯で一番美味しかった」と口を揃えた伝説のバナナの
謎はまだ解けていない。
 
しばらくすると、いつも横浜と湘南のコース上で会うV・ファーレン仲間が通り過ぎた
「V・ファーレンがんばれ!」と声をかけると、振り返って手を振ってくれた。
彼も内心ドキドキしながら、目の前の1歩に集中している
 
最終ランナーが通り過ぎる頃には、応援するチームの試合が始まっている。
僕はそのことを忘れることにした
最終ランナーが往くとコースに出て、家から持ってきたレジ袋にゴミをひろう・・・
それが「コース監察」「給水」のお約束なのだが、ゴミが落ちていない
この大会では、時間帯別にゴミ袋を持った「エコランナー」が走っていて、皆さんがひろってしまったのだ。
それでも、目を皿のようにしてごく小さなゴミを探すが、ない。
 
僕の場合、マラソンを走っている時、摂り終えたスポーツジェルの包装などはゴミ箱に捨てたいと想う。
だが、ここを走る皆さん、ジェルを摂るとそれをポーチに仕舞って走り出して往った。
 
来季、スポーツであちこちの町に出かけた時、自分もこうありたいと想う
湘南国際マラソン、素晴らしいものを見てしまった。

ど素人!スポーツボランティア講座

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2024年11月24日 (日)

5分でわかる「東京2025世界陸上」のボランティア

世陸(せりく)のスポーツボランティア受付が始まっている。
 
世陸こと「世界陸上競技選手権大会」は2年に1度開催。
日本での開催は2007年大阪大会以来18年ぶり、東京では1991年以来34年ぶりの開催。
 
 
■スケジュール
2024年11月1日 (金) 10:00から12月16日 (月) 12:00 正午
ボランティア募集期間
 
2025年3月上旬頃
採用決定通知メール
 
2025年5月下旬
活動内容、活動日および活動時間案内
 
2025年7月中・下旬
共通研修
 
2025年8月中旬頃
会場・役割別研修
 
2025年9月13日~21日までの9日間
「東京2025世界陸上」大会開催
 
ボランティアの活動は 2025年 8月下旬から 9月23日までのうち 7日間程度。
 
 
■活動内容
競技・イベント運営が中心であり、東京2020のような理美容師、看護師といった専門職の募集はない。
 
要項には活動場所が"国立競技場、ロード競技会場、練習会場、都内ホテル、羽田・成田空港 等"とされている。
東京2020シティキャストでは空港等で「観戦客」対応があったが、今回は「大会関係者」の誘導に限定している様子。
今大会には「選手村」はない。残念ながら・・・
 
 
従事者にはユニフォーム一式(ポロシャツ、レインジャケット、キャップ、ナップザック、パンツ、シューズ)が支給される。現時点では東京2020同様「返却不要」の予定とアナウンスされている。
製造メーカーは東京2020と同じくasics。
 
 
■応募
WEBのみ
応募の際、事前順部が必要なのは「顔写真」
「6ヶ月以内に撮影されたもの」という条件があり、東京2020で使ったものを使い回すことはできない^^)
データサイズ10MB以内という制限もあるので、スムースに応募するには事前に撮影して準備しておくとよい。
 
今大会では「グループ参加」の制度はない。
申込内容は募集期間中であれば修正できる。
 
 
募集人数は 3,000人程度
・東京2020は8万人
・毎年開催の東京マラソンは1万人
大会規模に鑑みれば、とても少なく「狭き門」といえる。
 
 
■東京2020応募者データ
応募者:204,680人
男女比:男性36% 女性64%
国籍:日本国籍64% 日本国籍外36%
 
東京2020応募資格は「2020年7月に満18歳になっている人」で、それは2002年7月以前生まれの人だった。
今大会は「2025年4月1日時点で満18 歳以上」で、それは2007年4月1日以前生まれの人。
 
経験は財産。ぜひ多くの方に応募をオススメしたい。

→東京2025世界陸上 大会情報サイト「ボランティア」

ど素人!スポーツボランティア講座

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2024年8月31日 (土)

大相撲巡業 土俵作り ボランティア経験談(詳細?)

2024年8月22日
令和6年夏巡業城南大田場所前日

集合時間より15分ほど早く集合場所に着いたが、既に大半の人は集まっている。予定より早めに出欠確認が行われて、いよいよ館内へと入っていく。
さて、ここから経験した土俵づくりボランティアを詳しく・・
と言いたいところだが、応募時の注意事項には次のようにあった。

(以下引用)
・ボランティアスタッフとして業務上知り得たことを、個人 HP やブログ、掲示板、Twitter、SNS 等に書き込むことは一切禁止となります。
(引用おわり)

"スポーツボランティア界"の情報発信対応は 一切禁止>制限付き許可>言及なし(制限なし)まで主宰者により様々。
「東京2020選手村」活動の時は、情報発信にくわえ活動中の写真撮影も禁止だった。

人気の高さ(やりたい人の多さ)と情報発信制限は比例関係にある。
僕が知る限り、年次開催イベントで応募者が定員を超える「抽選大会」は東京マラソンのみ。
担い手不足に泣いている大会では、細かいルールの言及がないことが多い。

コロナ禍以降、スポーツ大会では「する」側の参加者が減っている。
「支える」ボランティアは「ラグビーW杯」「東京2020」「ワールドマスターズゲームズ」と続く"黄金の三年"が「スポーツボランティアを文化にする」ビッグチャンスだったのだが、僕の肌感覚として担い手は増えていないと想う。

今回のように"一切禁止"の文言に「個人HPやブログ」を例示するケースは珍しい。
「個人HP」は2000年代前半 「ブログ」は2005年頃から流行していた媒体で、2024年の今「下火」といえる。
これはその両方をやっている僕の(数値に裏打ちされた)実感だ。この2つを例示に加えてくれたことは(自分が規制される側でありながらも)嬉しかった。


もしも誰かが仕事内容をネットに書けば、将来「大相撲ボランティアなんて面白そう、やってみたい!」と想った人にとっては"ネタバレ"になる。
初めての人は、今回の僕がそうであったように「土俵ってどうやって作るんだろう?」というところにワクワクする。
発信者の反響獲得のために内情が表に出ることなく、内実が謎めいているのはよいことだ。


さてここからは主宰者の意向に沿い「ボランティアスタッフとして業務上知り得たこと」を除いて、何が書けるかを試してみたい。

(事前資料で公開されていた内容)
・会場内の養生作業、マス切り作業、座布団並べなど
・土俵造り作業土俵の土運搬、土の形成など (力作業)


土を運ぶのは土木アルバイト(大学在学時)以来(一輪車を倒して、よく怒られた^^;)
今回はスタッフの方の的確なアドバイスもあり、ミスなく乗り切ることができた。
土を運びながら「こんなに体力がないのか」と自分を責めたが、美味しい仕出し弁当をいただいた午後からは力が出た。
サラリーマンでSEをやっていた頃、質より量の仕事を「力仕事」と呼んでいたが「あれ?今日は力が出ないな」ということはなかった。こうした物理的な「力仕事」には朝ご飯が必要だったらしい。


「いつも巡業のボランティアをされているんですか?」
休憩で隣りに座ったサトウさん(仮名)に話しかけたところ、気さくに応じていただき話が弾んだ。
サトウさんは大相撲ファンで本場所から巡業まで足を運んでいるが、ボランティアは初めてという。
巡業についていろいろと教えてもらい、それが翌日の観覧には大変役立った。

・座椅子はレンタルあり(当日1,000円で借りた)
・サインをもらうには色紙と筆記具持参
・力士との写真の撮り方

僕が「若元春贔屓」と言うとスマホから巡業で撮った若元春関の写真を探して送ってくれた。若元春はとても人柄がよさそうな青年だった^^)


準備活動の終わりには、参加者全員で"ある儀式"を行った。
長年スポーツボランティアをしてきて、こうした格式に則った儀式に参加するのは初めて。とても特別な経験になった。
たいていの場合「儀式」は主宰者と来賓でやるもの。主宰者は来賓に粗相がないよう集中している。ボランティアが参列することはない。


8月23日(金)9:00-15:00
令和6年夏巡業城南大田場所開催
昭和の時代に「プロ野球を10倍楽しく見る方法」という本(江本孟紀著)が人気を博したが、サトウさん情報により「夏巡業を2倍以上楽しく見る」ことができた。

大相撲通のサトウさんが「次は来年×月に大田区総合体育館*で城南大田場所が開催される」と教えてくれた。
「土俵ってどうやって作るんだろう」というワクワクはもうないけれど、来年もボランティア+観覧で参戦したい。
次こそ若元春関に「佐野元春は好きですか?」と聞いてみたい(笑)

*大田区総合体育館は特定天井その他工事のため2024年4月1日→12月27日の期間使用停止。そのため今回は日本工学院アリーナ開催だったものと推察する。
大田区総合体育館がホームコートのB.LEAGUE|B3クラブ「アースフレンズ東京Z」は、開幕からのホーム8試合を秦野市総合体育館(神奈川)浦和駒場体育館(埼玉)世田谷区総合運動場体育館(東京)で行い、12月28日の山口戦から大田区総合体育館に戻ってくる。


「力仕事」の当日、左足だけが痛くなった
***の作業で軸足に負担がかかったのだろう
翌日には痛みは右足にも広がり、さらに翌々日には歩くのが難儀だったが、その翌日にはすっかり治った。
あの日以来、体組成計で計測すると「筋肉量」が増え「体脂肪率」が下がっている。健康に生きるため人は「力仕事」が必要だ。
(おわり)

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2024年8月30日 (金)

経験がない「真夏の屋内ボランティア」の準備

大相撲城南大田場所のウェブページ「ボランティア募集について」の項目には「ボランティア応募者が多数の場合、実行委員会にて選考させていただきます」とあった。

巡業当日はチケットを買っているので、参加できるのは前日準備のみ。
「2日間通しでご参加いただけますと有難いですが、1日だけでも結構です。」と募集要項にあったので、前日準備のみ参加の旨を書いて応募。
待つこと3ヶ月、届いた知らせは「当選」だった。

あとで考えてみれば、ふつーは逆である。
前日準備に取組はないし力士も来ない(今回の前日は福島で巡業)
お客さんとの心の通い合いもない。ただ労働があるだけだ。
日頃ボランティアをしている「マラソン」などの競技でも競技当日の人気が高い。
ただ今回は「土俵づくり」がある。ほんのわずかな時間でも携わることができたら貴重な「体験」として記憶できる。
果たしてどんな役割に割り振られるのか? 当日を楽しみに待った。


2024年8月
夏巡業ボランティアの3週間前
これまで滅多に経験がない「真夏の屋内ボランティア」の準備に取りかかった。
真夏の屋内といえば「東京2020選手村」で経験があるが、あの時とは環境もやることも違う。
以前に携わった屋内会場設営では(節約のためか)空調が切られていて、しんどい想いをした経験がある。
いつものボランティア前とは違う緊迫感がある。


■「真夏の屋内ボランティア」の準備

①体力づくり
猛暑のなかウォーキングはムリなので、リズム体操・スクワットなど室内でできる範囲で体を動かす

②栄養管理
毎日の体組成計チェックでは体重ではなく「筋肉量」を重視。筋肉を落とさぬよう栄養を摂る

③備品
・氷冷ペーパー
・(水を浸して首に巻く)クールタオル
・冷えピタ
結論→準備会場はしっかり空調で冷却されており、これらは使わずに済んだ。

④装備
・体育館シューズ
・東京2020ウエストバッグ
・軍手
結論→ウエストバッグはセルフケア用品、給水(300ML)ボトルを取り出すのに好適

⑤服装
・asicsジャポニズムグラフィックポロシャツ
 襟付きで肌触りがよく夏場の外出に重宝する
・東京2020灰パン
 asicsがボランティア用に開発しただけあって機能的に最高のボランティアウエア(今回ほかにも数人の方が履いていた)
「灰パン」は僕がつけた愛称。灰パンを履いていると「五輪ボランティアされたのですね(FA=Function Area は)どこでしたか?」という話題で1分くらい会話ができる^^)

⑥補給
・OS-1 500ML×1
・300ML×1
いずれも前夜から冷凍庫で冷やした
結論→館内は汗を掻かぬ程度に空調が効いていたが、消費カロリーは大きく、ちょうどこの量を飲みきった。


2024年8月22日
令和6年夏巡業城南大田場所前日

蒲田の朝はまだ動き出していない。
夜は賑わう駅前の通りも人影はまばら。
それでも、横断歩道を渡り日本工学院アリーナが近づくと「もう全員揃ってるんじゃないか」と想うほどの集団が形成されていた。
日頃のスポーツボランティアで、これだけ早く参加者が揃っているのは見たことがない。

次回【最終話】

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