2021年5月 2日 (日)

五輪は平和の象徴。聖火リレーが故郷の佐世保にやってくる

2021年3月25日に福島を出発した聖火リレーは、7月23日の東京都庁ゴールセレブレーションに向けて、トーチがつながれている。
当初予定は2020年3月26日~7月24日。
五輪1年延期により、おなじ曜日で暦に合わせて1日繰り上げた「同日程」で行われている。
これは、本大会の競技が「同日程」で開催されるのと同じ。


■長崎県の聖火リレー

2021年5月7日(金)
南島原市→島原市→雲仙市→壱岐市→新上五島町→諫早市→大村市→長崎市

2021年5月8日(土)
長与町→時津町→西海市→五島市→対馬市→松浦市→平戸市→佐々町→佐世保市

聖火リレー長崎県

東京五輪2020のウェブサイトにはコースと時間帯が掲載されている。


■新上五島町(中通島)
上五島空港(2006年以来休港)を出発して、世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」に登録されている頭ヶ島天主堂までを走る。
この区域はマイカーの立ち入りが禁止されている。
2018年に訪れた時は、空港の駐車場にクルマを停めて、そこでシャトルバスに乗り換えて頭ヶ島天主堂へ入った。


■佐世保市
19:54 松浦公園
西九州自動車道高架下を走る
20:27 新みなと暫定広場

ジャパネットたかた本社、ハウステンボス、そして佐世保っ子のソウルストリート四ケ町は走らない。

しらべるが提唱する佐世保ハウステンボスマラソン


聖火リレーの模様はNHKがストリーミングでライブ配信。
また、その日の模様を5分にまとめた「デイリーハイライト」を地上波で放送している。

限られた時間のため、すべてのランナーが紹介されるわけではない。
かつてのオリンピアン(五輪出場選手)現役のパラリンピック競技者が紹介されることが多い。
宮崎県日南市を通った時は、かつての五輪マラソン競技者、谷口浩美さんが登場。
「こけちゃわないよう気をつけた」というコメントに笑った。
踏まれて脱げた靴を作ったのが、当時asicsの三村仁司さん(現在は2018年から5年間ニューバランスと専属契約)レース後、谷口さんに「脱げる靴を作っちゃいけませんよ」と言われたという。

一般人からは、それぞれのランナーが持つエピソードをNHKが判断してピックアップ。
「50代サラリーマン、一生の思い出にしたくて応募しました」
といった人は見かけない。本当はそう思っていても応募要項にそうは書かないと想う。
1人当たりの担当は200m、自身のペースでゆっくり走る。歩いてもよい。
ハイライトを見ると、皆さん実にゆっくり走っている。
人は気分が高揚すると、ついリズムが速くなる。
200mは、1km7分のゆっくりめのジョギングペースでも84秒で終わってしまう。

2019年に聖火リレーに応募した時は、マラソン練習のなかに「200mを左手を挙げて(トーチのつもり)いかにゆっくり走るか」というメニューを入れていたが、向こうから来るランナーに怪訝な顔をされた。

聖火リレーの応募はスポンサー4社と任意の1自治体の合わせて5口応募することができた。
第三者の推薦状が必要な自治体は諦めて、スポンサー企業4社には、精一杯の赤裸々なエピソードを盛り込んで応募したのだが、2次選考にも残れなかった。
歳をとるにつれて、世の中の基準と自分の基準がずれているのではないかと考える機会が増えていく。今回もその一つになった。

「人類がコロナに打ち勝った証としての五輪」は、この時代ゆえに生まれた新たなキャッチフレーズだが、本来、五輪は平和の象徴。日本が平和を維持して、人々が心の自由を謳歌している象徴として、大会最終日の9月5日まで、この火が灯され続けることを願う。

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2020年9月 9日 (水)

千年の時を刻む町ハウステンボス 神近義邦さん逝く

長崎オランダ村、ハウステンボスの創業者である神近義邦(かみちかよしくに)さんが亡くなった。

僕がハウステンボスを応援するようになったのは、1992年にハウステンボスが開業して2年後、尾張旭の書店で「ハウステンボスの挑戦」講談社 を手に取ったことで始まる。

郷里の佐世保市にできたテーマパークには既に1度、名古屋から足を運んでいたが、特別な思い入れは湧かなかった。遠来の客がよくいう「1度行けば十分」組に近い。

神近義邦という人は知らなかったが、郷里の一大事業について知っておきたいと思い1,700円を投じた「ハウステンボスの挑戦」は筆者がいう通り「成功物語」ではない。その生い立ちと1994年の今を描いたロードムービーだ。

資産家でもない西彼町役場の公務員だった神近さんが、当時一世を風靡した「長崎オランダ村」を立ちあげ、やがて「ハウステンボス」を創る。
「半沢直樹」も真っ青。まさに「事実は小説より奇なり」の展開に何度も目を疑った。

NETHERLANDSと江戸の街作りに倣い、日本のハイテクが支える「エコロジー&エコノミー」環境と経済を両立した街作りを具現化した「ハウステンボス」のビジョンに心打たれた。
その後、20年近く「ISO14001」に携わることになったのは、そこに感銘を受けたからだ。ハウステンボスはテーマパークというより町そのもの。実際に佐世保市ハウステンボス町という行政上の町である。

「ハウステンボスの挑戦」273ページに及ぶ書のなかで、最も心に刻まれたのは「エンスージアスト」という言葉だ。頼んでもいないのに企業寄りに立って発言してくれる熱狂的ファン「エンスージアスト」をどれだけ作れるかが成功の鍵だと神近さんは言う。

この本で神近義邦さんの虜となった僕は、その後「寝てもテンボス、醒めてもテンボス」「三度の飯よりテンボスが好き」という10年間を過ごす。
係留気球「ルフティ」の名付け親、朝日新聞全国版の記事広告掲載など貴重で心躍る時間が流れるなか、常に「いつか神近義邦さんに会いたい」という気持ちがあった。会って「あなたはまさにエンスージアストだね」と言われたかった。

一度だけ、主宰していたニフティFPARKハウステンボス会議室などのログをフロッピーディスクに入れて送ったことがある。返事は来なかったが、念じていれば、いつかきっと会えるとも思っていた。

2003年6月、メインバンク興銀(現:みずほ銀行)から202億の債務免除を引き出したのを機に経営責任をとり神近さんは辞任。
その後もお元気に暮らしておられると聞いていたが、現役を引かれた神近さんとのご縁はつながらなかった。

享年78歳。ご冥福をお祈りいたします。
あなたが創ろうとした「千年後、子供たちの明るい笑い声が響きあう町」
そのバトンを誰かが見付けてくれることを祈る。

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2019年10月11日 (金)

パスワードを復唱するカウンターのおばちゃん

肩越しに重要な情報を盗み見ることをショルダーハッキングという。
パソコン、スマホのパスワードを入力するところを盗み見ること、銀行ATMでパスワードを入力するところを盗み見ることなどを指す。
「ショルダーハック」「ショルダーサーフィン」という人もいる。

しかし、パスワードを盗み見るのではなく「ガン見」する人も少なくない。
たとえば、パソコンの設定方法をサトウさんに習っている時だ。
設定を変更後、パソコンが再起動を求めて来たのでパソコンを再起動する。
ログイン画面でパスワードを入力する。
すると、サトウさんは後ろからじっと見ている。
サトウさんに盗み見しようという意図はないと思うが、少し気味が悪い。
こういう人に「パスワード入れているので・・」と配慮を求めると
「は?見てませんよ。第1非表示になって見えてないし」
と憤慨されたりする。手元は見えてるでしょ?と反論すると人間関係にヒビが入りそうなので、そこは飲み込む。

目の前にいるヤマトのおばちゃんは、僕がパスワードを打ち込む度に一文字ずつ「復唱」している \^^)オイオイ
確かに「クロネコメンバーズ」で他人のIDを乗っ取っても、それほど悪いことはできそうにないが・・


佐世保の最後に、もう1度墓参り
「私はそこにはいませぇん♪」と歌う人もいる。
確かにその通りだろう。日頃、自宅で遺影に手を合わせるのと、墓前で手を合わせることに、物理的な意味合いの違いはないだろう。だが、そこに遺骨が安置されている以上、特別な感情を持たざるを得ない。


夕飯は近隣のお店から「チキン南蛮」をテイクアウトして、義兄とビールで晩酌。
TVのニュースは、台風が上陸して大半の飛行機と山陽新幹線が止まっていると言っている。だが、明日僕が帰る頃には正常に戻る見通しだ。
そういえば、これまでに欠航で何処かに足止めされたという経験がない。天候に恵まれるということは、人生の中核を担う僥倖だと思う。

最終日
義兄に佐世保駅まで送ってもらう
佐世保駅に隣接したスーパー「エレナ」で、念願のロンサンド(ベーコンエッグ)をゲット。
みどり8号の車中でロンサンドを食べるのが、帰京時最大の楽しみだ。こんなに美味しいサンドイッチが東京で売られていないのが惜しい。


福岡空港に着くと、台風の影響で使用する飛行機の到着が遅れ、出発は45分遅れとのことだった。空港に缶詰になったり、1日延泊せざるを得なかった人たちを思えば、これくらいどうってことない。

お土産を品定めしていると、この旅で初めて見知らぬ人から話しかけられた。
「それ、涼しいんですか」
僕がかぶっているエアピーク(風が通り抜けるので帽内温度があまり上がらない帽子)について聞きたいらしい。
後でしらべると、二ヶ月前に改良版が出た際、再びテレビ番組で紹介されており、それ以来、品切れが続いているのだった。
お土産店に菓子を納品する業者のお兄さん、テレビで見てとても気になっていたらしい。製造を手がけるビルマテルの社員になり代わり、僕からその効能をじっくり説明しておいた。


搭乗カウンターにて
「当便は満席となっておりますが、座席数が不足しております。座席をお譲りいただける方には、次便の座席を確保したうえ、お礼として1万円をさしあげます」というアナウンスが入る。
この手のアナウンス後「はいはい、僕が譲りますよ」と申し出る人を見たことがない。いつ、どのようにして申し出て、手続きが行われているのだろう。それが謎なだけに「1万円かぁ、おいしいな」と思っても、迂闊に手が挙げられない。

夏の旅の話し(おわり)

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2019年10月10日 (木)

今年も同じ失敗を繰り返し、白十字パーラーのミルクセーキに「きーん」となる

佐世保 3日め

三日つづけて、四ケ町を散策
直線アーケード日本一を誇る四ケ町だが、それほどチェックする店が多いわけではない。
買う物といえば「長崎物語」「松露饅頭」「さが錦」「ぽると」
つまりお土産ばかりだ。

白十字パーラーで「ぽると」を買う。
「ぽると」は佐世保でしか売っていない佐世保の銘菓。
ざらめのついたクッキーでゆずの味がほのかに漂うザボンの餡をはさむ(ザボンは原材料に入っていない)
1951年に開店した白十字パーラーが、1955年に発売したので64年の歴史がある。

2019年2月には「りんごぽると」が発売された。
これまでも大きさのバリエーションをつけた「ぽると」はあったが、餡の味そのものを変えたのは初めてだと思う。
そして、これはとても美味しかった。
これならば、子どもの頃の僕も大好きになったと思う(子どもの頃、ザボンが苦手だった)


二階の喫茶室のオープンを待って「ミルクセーキ」
いつも、頭が「きーん」となるので、今日こそはゆっくり!と言い聞かせ、慎重に食べ進めるが、やはり「きーん」となった。
二日酔いの時に「もう酒は止めだ」と思っても、何度でもやってしまうのと似ている。


夕方からは車で諫早のトラスタへ。
高速の上は豪雨だったが、着いてみると諫早はくもり。
天皇杯三回戦は延長、PKの末、 V・ファーレン長崎が勝利した。
初めてのホームゴール裏。4回も見知らぬ同士たちとハイタッチしたことは、この夏一番の思い出になった。


佐世保 4日め

4日つづけて、四ケ町へ
「サンプラザ(旧称:三ケ町)」から「四ケ町」につづく直線アーケードの長さ 1.2km は日本一。
(直線商店街としての日本一は戸越銀座の1.6km)
1997年には四ヶ町、佐世保玉屋、三ヶ町商店街に「さるくシティ4○3」(○が玉屋のこと)という愛称がついたが、地元ではそれを知っている人の方が少ないと思う。

特になにを買うというわけではなくても、ついつい行ってしまう四ケ町。佐世保の人はそれを「四ブラ」と呼ぶ。
「四ケ町でブラックコーヒー」ではない。
四ケ町を歩くと佐世保に帰ってきたなとほっとする。
もしも四ケ町が無くなったら、えらいことだ。


最後にMARUHAハンバーグを確保。
買っておいた箱に荷造りをしてヤマト運輸へ荷物を出しに行く。
佐世保から東京は2日で届く。

送料が安くなる「クロネコメンバーズ」料金にしてもらおうと、端末にログインを試みたのだが、パスワードが受け付けられなかった。事前にメモを見て確認してから来たのだが・・

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2019年10月 9日 (水)

カフェこもれびが近くにあれば、毎月通うと思う

佐世保 2日め

まずは、墓掃除
割と最近まで、お墓というのは近寄り難い存在だった。
「オバケが出る」と思っているわけではないが、いつも墓地の側を通る時は、うつむき加減で足早に歩いていたと思う。
しかし、両親が浄土で待っていて、いずれ自分がそこに入る墓ができてからは、お墓に対するアレルギーのようなものが消えた。
もちろん、両親が待つ墓には愛着を持っている。

猛暑ということもあってか、思ったより墓参りの人が少ない。
墓石を水洗いして、タオルで吹き上げて、手を合わせる。
毎日、自宅でも遺影に向かって手を合わせているが、あれとこれとは何か違うのだろうか?いや、同じはずだ。


国道沿いのスーパーに入り、サンポー焼豚ラーメンを購入。
帰省する度に、東京では売っていないサンポー焼豚ラーメンとMARUHAのハンバーグを購入し、宅急便で送る。
サンポー焼豚ラーメンは大抵のスーパー、コンビニの定番だが、MARUHAのハンバーグを置いている店は、こちらでもとても少ない。
つづいて、ヤマト運輸でそれらを送る箱を買う。
着いて、もうから(=すぐからもう)帰り支度をしている自分に「なんだかな」とツッコむのはいつものことだ。


「カフェこもれび」へ
僕はクラウドファンディングに初めて参加した。
店主の祖父母が使っていた納屋を改築した喫茶店。
定期的に「生き生きこもれびサロン」やギター教室といった、地域コミュニティの場となるイベントを開催しており、過去数回、テレビで紹介されている。

2017年7月
開店

2018年9月28日
クラウドファンディングで目標金額(100万円)達成
調達資金で駐車場を増設

住所
佐世保市横尾町311
前日、岡田が「わかりづらかばい」と言っていたので、スマホのナビで向かったが、なかなかたどり着けない。結局、地図をみて「およその感覚」で走ったら、すんなり着いた。

「わかりづらいけれど、たどり着けた人だけに憩いの一時が待っている」
僕だったら、そんなキャッチコピーをつけるだろう^^;)
出資により完成した広い駐車場に車を停めて店を訪ねる。


その場で豆から挽くアイスコーヒーを淹れてもらい、カウンター越しに店主と話す。

東京には駅チカにチェーンのカフェはたくさんあるのだけど、住宅街には喫茶店がない。だからお年寄りたちは集う場所がないんです。といったことを話す。
ここが自宅の近くにあれば、月に1度は来ると思う。


少しだけ四か町をさるいて、玉屋サンドを買って帰る。
佐世保には美味しい二大サンド「玉屋サンド」と「ロンサンド」があり、僕は帰郷時のお昼はサンドばかり食べている。

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2019年10月 8日 (火)

アルカスで行われていたはずの、V・ファーレン長崎の展示

佐世保駅を出ると、そのまま歩いて「アルカス佐世保」に直行する。
同級会までの1時間で「 V・ファーレン長崎展示」を見るつもりだ。
僕が住んでいた頃、アルカスはまだなくて、イベントといえば名切の市民会館だった。いつも、外からみてカッコイイ建物だなと思っていたが、中に入るのは初めて。

時間を節約するため、はじめに事務所に寄って「 V・ファーレン長崎の展示はどこですか?」と尋ねる。
V・ファーレン長崎HPの告知ではとうに始まっているはずだが、係の方の歯切れが悪い。
「まだ準備ができてなくて・・24日には間に合うと思います」
その日は、ここでレノファ山口-V・ファーレン長崎戦のパブリックビューイング(PV)が行われる。
それまでには間に合わせるということらしい。
ちなみに、PVの日に知人が訪れた時も「展示はまだやっていません」という回答だった。


時間が空いたので、四か町を散策する。
アーケードの天井からかかっている懸垂幕、今年はヴィヴィくん!

少し早めに会場の「とり金本店」へ
開店前なので、暑いなか表で待つ。それに輪を掛けるように暖気を吐き出すエアコンの室外機に「あつっ」とツッコんでいたら、岡田が来た。

彼はいつも「お帰り」と言って、手を差し伸べて握手をしてくれる。僕はこれがけっこう嬉しい。
そして、僕をみて開口一番

「ガンやなかと?」

痩せたね?と言っているのだ。
ひと昔前ならば「栄養失調じゃなか?」というところか。
エンゲル係数が高いほど、太りやすいジャンクフードを摂取する現代では、もはや栄養失調で痩せている人がほとんどいなくなったので「ガン」になったのだろう。
別に岡田に悪気があるわけじゃない。
令和初日から始めた節制により、確かに体脂肪率が落ちており、結局この旅で会った親戚、知人全員から「痩せた?」と言われた。


「とり金」は焼き鳥が美味しい人気店。
お盆の時期は帰省客が多く、なかなか予約が取れないのだが、僕がこの店がお気に入りなのを知っている親友が早めに予約しておいてくれた。
僕はこの店で特にお気に入りの「卵焼き」を独り占めして堪能した。

数年前、僕らは「不健康自慢」に終始した。
そして、ここ数年は、近況を語り合い、船やクルマの自慢をした。
今回も何を話したか、議事録がないので、思い出せないのだが、互いに人の話をよく聞くようになったと思う。

 

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2019年9月14日 (土)

駅前不動産スタジアムにツッコム乗客たち

「あか~ん」
を連呼するノリヤス(呼び捨てになっている)
少しずつ僕の心に苛立ちの雪が積もる。
このフレーズを連呼されると、思い出す人がいる。

数十年前、社会に出て間もない頃、気味の悪いとっちゃんぼうやの様な先輩がいた。
僕の上司でもないのに、得意先の前では勝手に上司を名乗り、的外れなギャグで失笑を買うことが仕事のような人だった。
その人の口癖が「いか~ん」だったのだ。
なにか、困ったことがあると「いか~ん」を連発する。
悩むなら1人で悩めよ。もう聞き飽きたし・・
とはさすがに口に出しては言えず、苛立ちで積もった雪は屋根の高さを超えそうだった。


ノリヤスのゲームがまだ続いている中、僕らを乗せた佐世保行き特急みどり号は「鳥栖」に入線した。
駅のホームに下りて中央軒のシウマイを買いたい、かしわうどんが食べたいと思っても、わずか1分の停車時間ではそれも叶わない。
昔(JR在来線で車内販売をやっていた時代)は、鳥栖から乗ってくるシウマイが楽しみだったが、今の楽しみは車窓左側に見えるサガン鳥栖のホーム「ベアスタ」(ベストアメニティスタジアム)だ。
前年限りでメインスポンサーが撤退し、その際、スタジアム改修費を寄付するとニュースで読んだが、その後どうなったのだろう?と見やると、そこには衝撃の映像が・・



「え、駅前不動産スタジアム??」
えぇっ何それ
そのまんまだねぇ
安直というか・・

車内から複数の違和感の声が上がり、カシャカシャとスマホのシャッターが切られた。
駅前不動産と言っても鳥栖駅前にある不動産屋ではなく、ネーミングライツを取得したのは久留米市に本社を置く「駅前不動産HD」である。

僕が驚いたのは、そのネーミングよりも、Jリーグサポーターの貸し切り列車でもない、この一般客車において、スタジアムにツッコミをいれる人がこんなに多いということだ。


特急みどりは鳥栖から向きを西に変えて、佐世保をめざす。
新鳥栖を出たところで、僕に僥倖が訪れた。

わがまま坊やノリヤスが父親のとなり席へと戻って行ったのだ。
佐賀に着く頃には大人しくなった。

やばいよ、やばいよ
何処かのリアクション芸人のような台詞で父親が言う
「ここで寝られたら最悪だよ。ここは頑張って起きててくれて、船で寝てくれるのが最高なんだけど」

船?ということは、どうやらこのご一行は佐世保から船に乗り五島か小値賀へ帰るのだな。
恐らく、船では(指定席ではない)二等船室をとっていて、雑魚寝フリースペースの二等でノリヤスに走り回られたら手に負えない・・
ノリヤスが赤い絨毯の上を走り周り、周りの人たちから親が睨まれる光景が目に浮かんだ。

しかし、そんな父の儚い希望も空しく、ノリヤスはことんと眠りに就いた

「おわった」
父親がそう嘆いた時、ヤンママは既に知らん顔で眠っていた。
そして、周りの客からしてみれば、これでやっと「気ままな列車旅」が始まったのだった。

 

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2019年9月13日 (金)

「謝らない族」は言いなりママ

謎の「一ヶ月前母娘」はとなりの車両へと去って行った。
2人がいなくなると、ヤンママ夫婦が呆れている。
「だいたい、有効期間は一ヶ月やないよね?だいたい、どないして改札通ったんやろ?」
どうやら関西在住らしきママが不思議がる。
「新幹線からの乗り継ぎで入れてしまったんじゃないかな」
割と標準語の旦那が訳知り顔で推察する。

そうして、この4人家族はバラバラに座った。
ヤンママが僕のとなり。廊下を隔てて旦那。その窓側に男子幼児。お姉ちゃんが1人で旦那の前。
恐らく、直前に切符を取ったのだろう。

計画性というものはないのかな?
いや、急に休みがとれたのかも知れない・・
いずれにせよ、僕の知ったこっちゃない

そして、この家族のおかげで僕の気ままな列車旅は台無しになるのだった。

列車が二日市に着く前に、早くもそれは始まった。
旦那のとなりでぐずっていた男子幼児、仮にノリヤス君としよう。
ノリヤス君が「ママのとなりがイイ」と言い出した。
ママはダメだよと言ったが、旦那は強く静止しない。
きっと、彼も日頃の仕事で疲れているのだ。

ママのとなりは僕の席だ。
「じゃ譲りますね」という訳にもいかない。
ノリヤス君はママのお膝にできるだけ抽象的な恰好でダイブする。
そして「こっちがイイ」と言って足をばたばたさせる。
その足がジャージを履いた僕の足を連打する。

するとママは軽くノリヤス君の足の位置を修整
僕は次の言葉を待つ
「・・・」

ママは無言だ。
そうだ。彼女も「謝らない族」なのだ。
「謝らない族」を研究している僕の調査によると、東京の都市部では非常に比率高く分布している。そして、ママの言葉からすると関西にもそれは広がっているようだ。
今回の里帰りで、佐世保の人々を観察したところ、佐世保では「謝る族」の比率が高かった。
それに、そもそも佐世保の人は体の接触を嫌い、見知らぬ人とは距離をとる。
路線バスでは、2人がけ席の大半は1人が窓際に座っていて、そのとなりは空席。しかし通路にはたくさんの人が立っている。東京ではあり得ない光景だ。


ノリヤス君は足をばたつかせるのは止めたものの、ぐずるのを止めない。
そこでママが「ばぁばのケータイしよか?」と提案すると、彼はすぐにそれを受け取り何やらゲームを始めた。

ぴゅん、しゅっ、ずどーん

公共交通機関内では、周囲の人に配慮して音は消して欲しい。
そんな僕の願いも空しく、ノリヤス君はさらに音量を上げる。
さすがにママが「ダメ」と言って音を下げると
「あか~ん」
ママが「ママもちょっとさせて」と言うと
「あか~ん」
ママが「他のしようか」と提案すると
「あか~ん」

「謝らない族」は、いいなりママだった。

 

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2019年9月12日 (木)

一ヶ月前に買った一ヶ月前の切符で乗車する謎の老婆

あまりの暑さと足の痛みで天神散策を30分早めに打ち切った僕を待っていたのは、蒸し暑い博多駅のホームで30分「特急みどり」の到着を待つことだった。
あいにく使用列車の到着が遅れ、出発間際に入線してきたみどりはいつもの清掃を省いて僕らを車内に招き入れた。

指定席の軟券を見ながら、JR九州のウェブサイトで1ヵ月前に予約しておいた窓際の座席に陣取る。
これであとは終点「佐世保」まで寝てよし、起きてよし、本読んでよし。気ままな二時間の列車旅だ。

しかし、そうは問屋が下ろさなかった。

出発間際、おばあさんとその娘らしきおばさんがドヤドヤと乗り込んで来たかとおもうと、娘が僕のとなりにどかっと座った。
世の中の大半の人は腹筋が弱っていて、座る時に体を支えきれないため、ジャンプして座るような恰好になる。するとどすんと大きな音がして、となりの人はその反動で体が浮き上がったりする。

それだけならいいのだが、その娘は抱えきれないほどの紙袋(お土産らしい)を僕の足下に置いた。
おいおい、そこは僕が足を置いているだろう?ジャージを履いている僕の足、君には見えていないのかな。
そう言ってもよかったが、とりあえず、電車が出発するまで、小言は保留した。

すると、意外な展開が待っていた。
発車のベルが鳴り止んだ頃、今度は両親とちびっ子、幼児の四人家族が乗り込んできた。
どこに座るのかな?と見守っていると「彼らは僕ら」のとなりでぴたりと停止した。

そして「おかしいな」とばかりに手元の軟券と座席番号を照合している。
そして、ヤンママがきっぱりとした口調でこう言った。
「そこ、座席合ってますか?確認してもらえます?」

こういう時、女のほうが強い。
男はたいてい、ちょっと尻込みするか、もう少し遠慮がちにものを言う
(考えには個人差があります)

すると、おばあさんがすっくと立ち上がった。
憤懣やるかたないといった風情だ。
これはおもしろくなった
じゃなくて、面倒なことにならなきゃいいがと僕は見守る。

「これ、見てみらんね。16のCやろ。ここじゃなかとね」
どうやら、座席は合っているらしい。

しかし、ヤンママは何かが気になった様子
「ちょっと、いいですか?」
そう言っておばあさんの手から軟券を取り上げて、まくし立てる。
「これ、一ヶ月前の日付ですよね?七月って書いてあるでしょ?これじゃ乗れませんよ」

おばあさんは反撃する
「だから一ヶ月前に買うたとよ。一ヶ月は有効やろうもん」

ヤンママと旦那は勝負あったとばかりに、冷静に引導を渡す。
「とにかく、これはココには乗れませんから。車掌さんに聞いてください」
しっしっ
とは言わなかったが、そう言わんばかりに、テキパキと荷物を網棚に載せて、はよ、どっかイケよ!という空気を作る。

さすがに、ここで万事休すと悟ったおばあさん、娘に「どうすりゃいいとね。ちょっととなり(の車両)行こう」と言う。
渋々娘が立ち上がり、僕の足下が自由になった。

 

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2019年9月11日 (水)

僕が博多に住みたいと想った理由

上下スポーツカジュアル(ジャージ)でスーツを買いに来る人は滅多に居ない。場違いな店に迷い込んだ僕に店員の皆さんも、どうしたものかと態度を決めかねている。
僕にとって幸いだったのは、店の作りを熟知していて、どこをどう抜ければ表通りに脱出できるかがわかっていたことだ。
天神の交差点がドアの外に見えた時、一瞬余裕を見せてスーツを値踏みするフェイントを入れたが、すぐに表に出た。

外は暑い。
すぐに次の商業施設へ入らなければ。
既に数年前「まんだらけ」は閉店している。
かつてショッパーズ天神だったビルは「ミーナ天神」
ダイエー跡はイオンショッパーズ天神に替わっていた。
一時代を築き栄華を誇ったダイエーの旗艦店をジャスコが買うなんて。僕はそこに世の栄枯盛衰を想いつつ、店内へ。

2Fはフロアまるごと「TSUTAYA」
人々が冷たいものを置いて本を読んでいるところをみると、どうやらここは代官山TSUTAYAの流れを汲むブックカフェらしい。

4Fはフロアまるごとダイソー
ひなびた店の昼下がり
ダイソーの前にたたずみ
ジャージの僕は、画一化の波をひしひしと感じていた。

ダイエーはかつて、最上階8Fまで店舗だったが、現在、店舗は4Fまで。5F以上はオフィスが入っている。


そろそろ、博多駅へ戻ろう
再び路上へ
しかし、まだ暑い
ここから地下鉄「天神」駅までのわずかな距離すら歩くのが辛い。
「運動には使用しないでください」
とタグに記されている「MEXICO 66パラティ」を履いてきたお蔭ですっかり左足を傷めてしまっていたからだ。

幸いそこは「ノース天神前」バス停
ちょうどやってきた博多行きのバスに乗車して、懐かしい博多の町を走る。
僕が受験でこの町に来た日、数年後に開通する福岡市営地下鉄の工事中で道路は大渋滞。博多駅から試験会場の西新まで50分を要した。

ふつうはそこでうんざりするのだろうが、僕はその真逆。
佐世保で50分もバスで走ったら平戸まで行ってしまうし、その間の車窓はずっと田園風景だ。
しかし、博多の街は行けども行けどもビルが途切れない。50分かけて西新に降りた時も周りはまだビル街のまま。
こんな光景見たことない。
それが、僕がこの街に住みたいと想った理由だった。

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