2021年7月21日 (水)

LOVE PSYCHEDELICO ここに来られなかったみんなのために唄います

今日はめいっぱい跳んでいる彼女たち
全力で自由を謳歌している
もしかすると、日頃はもうちょっと控えめに跳ぶのかも知れない。
ただ、今は左右にスペースがあり、少々からだがぶれても隣人にぶつかることがない
彼女の隣人である男性は、少し控えめに跳んでいる。

若い人の誰もが跳ぶわけではない
歳をとっても跳ぶ人はいる
僕はまだ、跳んだことがない


「Everybody needs somebody」
two of us では演目に入らず、唯一の心残りだったこの曲を今日は聴くことができた。
シンコペーションと歌詞が複雑なこの曲をマスターするのには、随分、時間を要したことを覚えている。今は唄うことはできない。でも、唄わないでいることにもう慣れている。
去年からJリーグではチャントがちゃんと歌えなくなったからだ。

きょう楽しみにしてきたのが「これをフルスペックで鳴らせるパワーアンプがない」とNAOKIが語っていたスピーカーの音
そして、それは序盤から僕の魂を揺さぶってきた
LOVE PSYCHEDELICO Premium Acoustic Live“TWO OF US"の時は開演前、BGMの時点で違和感を感じた)

いつものライブならば、せいぜい手拍子をとるまでだが、体を揺らして首を振って、わがままになることができた(孤独のグルメか)
もちろん、市松模様の間隔の恩恵が大きい
時折、足下を振り返り、自分が左右に移動していないかを確認する


「freedom」
恐らくこの曲が、デリコライブ本編ラストの定番となっているのだろう。
「Everybody needs somebody」のかっこよさが耳に残っているせいか、僕にはこの曲が間延びしたように感じられた
元春ライブでいえば、終盤に客電をつけて「約束の橋」を演るときのような感じ
皆が笑顔になり、ひとつの幸せを共有する場面だ


アンコール
「A day for you」

ここに集まってくれたみんな
ここに来られなかったみんな
のために唄います
KUMI

ここに来られなかったみんな
という視点が勉強になった
希望を果たせた人は、一方で果たせなかった人を思う。
それがマウントや偽善になってはいけないが、心に留めていきたい

KUMIが歌い終えた

時計は既に開演から2時間を回っている。コロナ禍の状況では、これ以上引っ張れないことは多くの聴衆が理解している。

すてきな夜をありがとう
また会おうね
すてきな毎日を過ごしてね
KUMI

サポートメンバーが先に引けて、KUMIとNAOKIがハイタッチ
KUMIがダッシュで、その後をNAOKIがゆっくりと左袖に消えた時、時計は21:07をさしていた。

規制退場により、密集することなく会場を出る。
セットリストの掲示はない。
さっきまで渋谷を濡らしていた雨は、もう上がっていて、僕らはいつもより閑散とした渋谷駅前交差点へと坂を下りていった

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2021年7月20日 (火)

LOVE PSYCHEDELICO 全力で跳ぶ女の子になりたかった

LINE CUBE SHIBUYAの入口に、ライブ看板は出ていないため、今回は撮るべきものがない。

「予習」で楽しみ
「本番」を楽しみ
「書いて」楽しむ
いつもならば、ライブは一粒で三度美味しく楽しむのだが、今回は予習の時間が取れなかった。
(BS日テレで録画しておいた立川のライブ映像はライブ翌日に見た)

それに、東京は四度めの緊急事態宣言入りを控えており、東京五輪2020は無観客が決まったばかり。
公演は行われるのだろうか?
ローチケや主催者のサイトを巡回して、開催情報をチェックしていた。

前日には、ローチケから「問診票」を事前提出するようメールが届く。
後日、感染者が出た場合に、座席番号、氏名を特定するための措置だ。
受付でリターンメールを見せればOK。事前回答していない人は、その場で紙に書いていた。


座席は市松模様に間隔を空けるコロナスタイル。
僕にとっては、佐野元春40周年ライブに次いで二度め。
皆さんが「投げ釣りポーズ」をする時、左利きの僕は手がぶつかって上げられないので、左隣が空いていると助かる。


19:05
暗がりの中、サポートメンバー、NAOKI、KUMIの順で現れて開演
スタートは「Lady Madonna」

この日は「15,000歩」を歩いてきた帰り。体力はマイナス50ポイントあたりを指している。
前方の人が立ってもKUMIとNAOKIの姿が見えれば、座っていようと思っていたのだが、前の人が立った瞬間「これではいけない」と駆り立てるものがあった。

結局、2時間、立ちっぱなしだった。


KUMIは「三人分の声帯」をもって生まれてきたのではないか?
声が太い!太すぎる!
ただ、今日はそれに負けないくらいサウンドも厚い

アコースティックライブでは「地球の裏側、リオまで届くんじゃないか」と思えたKUMIの声、今日は音の中に隠れている。
今思っても、あのライブ「TWO OF US」は貴重だった。

■サポートメンバー
深沼元昭(Gu)
高桑圭(Ba)
富田政彦(Dr)
松本圭司(Key)

何処かで見たことがある顔だと思ったら(佐野元春のバンド)THE COYOTE BANDの深沼と高桑だ。
デリコは2020年2月8日にLINE CUBE SHIBUYAで開かれたライブ~新日本製薬 presents SONGS&FRIENDS 佐野元春「Café Bohemia」にゲスト出演している。


前方に陣取る女性たちが、懸命に飛び跳ねている
「私たち、今日は喜びを全身で表現するの」と言わんばかりに
その仕草がとても可愛らしい
僕も、全力で跳ぶ女の子になりたかった

つづく

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2021年7月19日 (月)

LOVE PSYCHEDELICO 20th Anniversary Tour LINE CUBE SHIBUYA

あれはもう2年前のことなのか・・
コロナ禍以降、総じて時の流れが遅いと感じていたが、あのライブはつい昨日のことのようだ。

2019年9月24日(火)
EX THEATER ROPPONGI Premium Acoustic Live “TWO OF US"

2004年にLOVE PSYCHEDELICO(以下デリコ)のファンになってから15年。なかなかチケットが取れず、ようやく漕ぎ着けた1stライブだった。

話しを少し遡ると、デリコを聴くきっかけは2004年春、映画館で観た「ホテルビーナス」
ドラマの切り換えに挿入される、どえらいいかしたロックナンバー。
それがデリコの「Everybody needs somebody」だった。


TWO OF USのエンディングでは「2020年には20周年ライブツアーを予定している」とKUMIが告知。
アコースティックライブに度肝を抜かれた僕は、当然、次はロックライブのチケットをゲットしようと思ったのだが、抽選で外れてしまった。

そこにコロナ禍
ツアーは延期。振り替え公演は行われるが、一旦払戻のうえ定員は50%
その減数分を埋めるために設営された「新規公演」が当たるという僥倖を得て、ここにやって来た。
「ここに集まることができた」うちの1人だ。


2021年7月9日(金)
LOVE PSYCHEDELICO 20th Anniversary Tour
LINE CUBE SHIBUYA

渋谷公会堂がLINE CUBE SHIBUYAとなってから初めて訪れる。
エントランスの位置が変わっている。
中に入るとホール自体がまったく別モノだった。
てっきり、渋谷公会堂(しぶこう)の命名権売買だと思っていたのだ。

だが、思い出してみれば(しらべるに書いているのを読むと)それは「C.C Lemon ホール」のことだった。
サントリーの命名権契約は5年で切れて、再び渋谷公会堂の名前が復活したあと、老朽化により渋谷公会堂は2015年に閉館。現在のLINE CUBE SHIBUYAが2019年にオープンしている。
(座席数 1956)


今回獲得したシートは前方の右端
ステージが近いのはありがたいが、今回は音(NAOKIのスピーカー)が楽しみなので、音のバランスがよい中央がよかったな・・
と思っていたが、実際にはやはり(ステージが近い)前でよかった。


「今回のツアーに合わせてスピーカーを作ってもらった。恐らく現時点における世界最高のスペック。ただ、これを(フルスペックで)鳴らせるパワーアンプがない」
(2019年9月24日 TWO OF US にてNAOKI談)

間近にNAOKIスピーカー(R)が見えている。
下段に大口径のウーファー、上段には小口径のコーンが密集していて、たこの吸盤(sucker)を思わせる。
開演が近づくと、BGMがローリング・ストーンズに代わった。
自然と体がリズムに乗っていくのがわかる

ただ、まだこのライブにどう向き合うか、態度を決めかねている

つづく
LOVE PSYCHEDELICO Premium Acoustic Live“TWO OF US"

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2021年6月19日 (土)

1976年に発売されていたQUEEN初のベスト版

もう洋盤には手を出さないと決めた数日後、
「TheGAME」の日本版を手に入れた。

PKF-5100E
当時定価 2,500円
ワーナー・パイオニア
アポロンのクレジット版ではない

ギンギラギンに輝くジャケットは、30m先からみても「THE GAME」だとわかる(QUEENファンならば)

このアルバムは、前作のJAZZでとっちらかった感のあったQUEENが「売りに来た」アルバムと捉えている。
1978年発売当時「JAZZ」の満足度は高くなかった。
つづいて出たのは「ライブキラーズ」
2年ぶりの新作には、そろそろ、どかーんと来てほしいという期待があった。

その期待は裏切られなかった。
35分36秒という短めの収録時間のなかに「地獄へ道連れ」「愛という名の欲望」といったヒット曲が並ぶ。B面最後は「SAVE ME」が締める。
ただ「THE GAME」で得たのは最低限の「満足」
結局、最終作まで「QUEENⅡ」から「世界に捧ぐ」で得ていた陶酔感は味わえなかった。


つづいて手に入れたカセットは「クイーンのすべて」
この時点のしらべでは「戦慄の王女」「QUEENⅡ」の日本版発売が確認できていなかった。
そこで購入に踏み切ったのが、このカセット。


クイーンのすべて QUEEN BEST 16
ワーナーパイオニア版(PKG-3001)アポロン版(YLA1016E)の2種類がある
当時定価:2,800円
発売:1976年
歌詞カード付き

ワーナー版のラベルには「テープだけの編集企画。クイーンの全てがここにある。」とクレジットされている
ワーナー版は黒地、アポロン版は白地のラベル

曲目
これはクイーンにとって初めてのベスト版で「戦慄の王女」~「オペラ座の夜」までの4枚から16曲を収録している。

■SIDE ONE
KEEP YOURSELF ALIVE
MY FAIRY KING
LIAR
MODERN TIMES ROCK'N ROLL
SON AND DAUGHTER
SEVEN SEAS OF RHYE
FATHER TO SON
WHITE QUEEN

■SIDE TWO
SOME DAY ONE DAY
OGRE BATTLE
KILLER QUEEN
NOW I'M HERE
FLICK OF THE WRIST
LILY OF THE VALLEY
LOVE OF MY LIFE
BOHEMIAN RHAPSODY

これを買っておけば「戦慄の王女」「QUEENⅡ」が手に入らなくても納得しようと、この時は考えていた。

LPレコード初のベスト盤
「GREATEST HITS」が1980年に発売される4年前、カセットでベスト版が出ていたことを「三度の飯よりQUEENが好き」と豪語していた僕は知らなかった。


46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年6月13日 (日)

アポロン版とワーナーパイオニア版がある、QUEENの音楽カセットテープ

QUEEN のSHEER HEART ATTACKをまた手に入れた。
今回は日本版。音楽カセットの道に入ってすぐ、メルカリで見つけたのは米国版だったが、その後、コレクションは「極力、日本版」という軸を決めたため、買い直した。
米国版の3倍ほどの値段だったが、それでも発売当時の元値とさほど変わらない。
外国版には米国、UK、香港などさまざまな国のものがあるが、カセット規格はひとつ。どこの国の製品でも、僕のラジカセでは同じ音が鳴る。
それでも、日本版のほうが高値で取引されているということは、僕のように、飾った時に背表紙に日本語が並ぶと、温かみを感じる人が多いのだろう。

日本版 SHEER HEART ATTACK
YSA-1033E
当時定価 2300円

発売はワーナーパイオニアだが、販売はアポロンとある。この名前は昔からよく見かけるが、なんだかまがい物のような印象を持っていた(失礼)
その誤解を解くために、しっかりと事実関係をしらべる。


アポロン音楽工業株式会社
1971年
設立
1996年
「バンダイ・ミュージックエンタテインメント」に社名変更

ワーナーパイオニアが発売するレコードの音楽カセットを販売していたようで、手元にある「華麗なるレース」もアポロンだった。

■アポロンのカセット例
QUEEN LED ZEPPELIN DEEP PURPLE
アンルイス 太田裕美 沢田研二 森進一 山下久美子


ここで、QUEEN 日本版を重点的に買っていく。
ライブ・キラーズ
PKI-3004
当時定価 3800円
同じQUEENでもこちらはワーナーパイオニア版
作品が出た時期により、どの会社で売るかという棲み分け方が違ったのだろうか。
「ラジカセ生活」「音楽カセット集め」自体が、少数派の趣味であるためか、そのあたりの事情が書かれた資料は、なかなか出てこない。


LPレコードは2枚組で、鮮やかな緑とオレンジのカラーレコードだった。当時、QUEENステージの照明はこの2色を中心に構成されていて、この取り合わせがもっとも映えるのだという解説を読んだ記憶がある。それが、ライナーノートだったか、専門誌だったかは覚えていない。
「death on two legs」のMCでフレディ・マーキュリーが放送禁止用語を言っていて、レコードにはなかった「ピーピーピー」という目隠し音で消している。

1本のカセット表裏で89分47秒を収録しているので、1度かけると長い時間聴くことができる。
そして、収納場所をとらないのが嬉しい。



46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年6月 4日 (金)

Beatlesホワイトアルバムとストーンズ スティルライフを手に入れた

メルカリで「ロックス」を手に入れた。
できるだけ蒐集は日本版に限定したいのだが、他では見当たらない。
米国版「ロックス」は他の商品とセット売りだったが、出品者に単品売りを交渉する。
こうした「ばらし」の交渉ができるところが、メルカリの面白いところ。
交渉が成立すると、出品者が一旦出品を停止して「ロックス」単品を「**様専用」として出品する。
そこを、すかさず購入ボタンを押す。

この「**様専用」として単品売りされる商品は、時に他の利用者からも魅力的に映るのではないか。もしも「**様」ではない人が「メルカリの習わし」を知らずに購入したら、どうなるのだろう・・
と考えると怖いので、出品のお知らせが来るのをパソコンの前で待ち構える。

このやりとりは、わりかしリアルタイムで行われるので、先方が反応までに5分でもかかると、とても"待たされてる"感がある。

ちなみに「ロックス」は、その後、ヤフオクで日本版の出品があったが、競り負けてしまった。


「アビーロード」の入手に失敗した(送られてきた中身が違っていた)ビートルズだが「ホワイトアルバム」を手に入れた。
この作品は1968年11月22日「The Beatles」というタイトルで発売された2枚組のレコード。それが2本組カセットに収録されていて、当時定価4400円が、ほぼその値段で買えた。

ZP22-5590・91 2本組
東芝EMI 日本版

中古とはいえ、50年前のカセットがプレ値なしで買える。音楽カセット集めは、とてもお財布に優しい趣味といえる。
「ホワイトアルバム」は後に「1本もの」つまり、2枚組アルバムを1本のカセットテープに収録したものが出品されていたので買い直した。

ZR44-1010
東芝EMI 日本版
当時定価 4400円

2本組の場合、全部聞き終えるまでに3度カセットを入れ替えなければならないが、1本ものは1度で済む。
その分、テープが長いのでラジカセには負荷がかかるのだが・・

かつてのラジカセ生活でも、よく90分テープの表裏で2枚のアルバムを入れるということをやっていた。
オートリバース機能がない、ラジカセならではの工夫である。

2枚組の「ホワイトアルバム」は「EXPANDED DYNAMIC RANGE」と記されていたが、1本ものとの音の違いは僕の耳ではわからなかった。


ローリング・ストーンズ「スティルライフ」は、かつてただ1枚だけテープを持っていたアルバム。
1981年9月25日~12月19日の全米ツアーを収録。
1982年6月1日発売
「アンダーマイサム」から「サティスファクション」までライブのいいとこを9曲だけ集めているので、短い時間でベスト盤的に聴けるのがお気に入りだった。
ファンの方は異論があるかも知れないが、このアルバムは落ち着き、楽しさ、心の平穏という、まるでロックらしからぬ気持ちにさせてくれる。これこそ長く愛聴していきたいテープだ。

ZR25-697
東芝EMI 日本版
当時定価 2500円


46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年6月 3日 (木)

CUSCOとインカ帝国とコーヒー

長い間、CUSCOを聴かなかったのは、僕がなにものかに捕らわれていたからだろう。


CUSCOは2人のドイツ人、マイケル・ホルム(作曲、キーボード)とクリスチャン・シュルツ(作曲、シンセサイザー、プログラミング)によるシンセサイザー音楽ユニット。
すべてのアルバムジャケットは風景写真であり、音楽家本人は登場していない。
だから、それが個人なのか、グループなのか、どこの国の人なのかすら、これまでずっと知らなかった。

レコーディングは、その都度、他に3~4人ほどが参加。7作めapurimacのライナーノートには6人が映っている。
CUSCOの楽曲をパソコンに録音すると、音楽データでは「ニューエイジ」にカテゴライズされている。

クスコはインカ帝国の首都の名前。
インカ帝国は14世紀頃~1532年にかけて、南米中央アンデス(ペルー、ボリビア)にあった国。
僕は子どもの頃から、インカ帝国という名詞には、無条件で共感している。

小学生の頃、山口市美術館で行われた「インカ帝国の謎」(私の記憶が確かならば、こういう名称)の会場で、僕は初めてコーヒーを飲んだ。
ローソンの店員が通勤路で配っているような、とても小ぶりな紙コップにわずかな量のコーヒー。
マイクを向ければ「楽しかった」しか言わないくらいの小学生時分。
その味を評する明確な言葉を持たなかったが、それはとてもとても美味しかった。だからと言ってすぐにコーヒーにはまることはなかったが、自由にお金が使えるようになったら、コーヒーの趣味を持ちたいと考えていた。

西新の喫茶店ロッキングチェアで「Desert Island」を聴いていた頃、CUSCOがインカ帝国つながりであるとは知らなかったが、僕はその店でコーヒーを学んだのだから、遠からぬ縁があったようだ。


■CUSCOの歴史

1941年
マイケル・ホルム ミュンヘンで生まれる
1945年
クリスチャン・シュルツ フランクフルトで生まれる

1980年
デビューアルバム「Desert Island」当時はLPレコードで発売されていた

1982年
音楽CD発売が始まり3作め「クール・アイランド」からCDでの発売が始まる
1983年
4作め(惑星旅行)あたりから創作作業にFDを使い始める
FDとはSONYが開発して、パソコン界の1stストレージとなったフロッピーディスクである。

1986年
8作め「アランフェス協奏曲」からすべての楽器をマシン製作(プログラミング=打ち込み)に移行

1991年
デビューアルバム「デザートアイランド」がCD化された

2003年
この年に出た17作「Inner Journeys」を最後に新譜は確認できない
「Inner Journeys」はAmazonプライム特典として無料で聴くことができる

CUSCOのいくつかのアルバムは Amazon musicのストリーミングで聴くことができる。
中古販売、レンタル、サブスクを活用して全17作品を一通り聴くことができた。
だが、結果的に音楽カセットで手に入れたのは「Desert Island」と「THE BEST OF CUSCO」のみ。


CUSCOのベスト盤は以下の6種類が確認できた。

1984年
Sightseen
「Desert Island」~「ヴァージンアイランド」からのベスト盤
1988年
THE EARLY BEST OF CUSCO
1980年「デザート・アイランド」~1986年「アランフェス協奏曲」からのベスト盤。同じ曲目で、1996年「クスコの世界」と改題して発売されている
1988年
Mystic Island(日本未発売)
1992年
2000(日本未発売)
1993年
2002(日本未発売)
1997年
THE BEST OF CUSCO



46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年5月29日 (土)

17枚もあったCUSCOのオリジナルアルバム

「Google先生」が、いけずしてなかなか CUSCO の素性を教えてくれないので、僕はまず始めに全作品を調べ上げた。
それから1枚ずつ手に入れて、そこから情報を得ていく。
かつては2作品しか知らなかったCUSCOだが、この機会に一通り聴くのも一興・・
と思ったのだが、それが甘かった。
CUSCOさん、とても、多作な人たちだったのである。

オリジナルアルバムだけでも、以下の17枚がみつかった。

【1】1980年
デザートアイランド
これが、デビューアルバム。僕がロッキングチェアで出会ったのは、その翌年ということになる。

【2】1981年
クスコ2
Fujisan(富士山)収録

【3】1982年
クール・アイランド

【4】1983年
惑星旅行

【5】1983年
ヴァージンアイランド

【6】1984年
アイランド・クルーズ
Kyusyu(九州)収録

【7】1985年
apurimac
邦題「インカ伝説」apurimacはアマゾン川源流の川の名前。
日本テレビ制作、インカ帝国の末裔を描いた特別番組のサウンドトラックとして作られた。

【8】1986年
Back To Future-Concierto De Aranjuez
邦題「アランフェス協奏曲」

【9】1987年
伝説の地

【10】1989年
リング・オブ・ドルフィン

【11】1991年
ズィールマン2000
ハインツ・ズィールマンが地球最後の楽園をドキュメントしたテレビシリーズのサウンドトラックとして作られた。
「デザートアイランド」の「ガラパゴス諸島」をミュンヘン交響楽団と演奏した「INSELN VON GALAPAGOS」を収録

【12】1993年
CUSCO&Philharmonic Orchestra Australia
「Australia」と省略表記される。邦題「命の楽園」
Apurimac収録の「Flying Condor」、クール・アイランド収録の「North Eastern」が別テイク収録されている

【13】1994年
apurimacⅡ 邦題「インカ幻想」

【14】1995年
A "Cusco" Christmas

【15】1997年
apurimac3 邦題「インカ帝国」

【16】2000年
Ancient Journeys: A Vision Of The New World 邦題「古代への旅」

【17】2003年
Inner Journeys

まず、エクセルにデータを打ち込んで、1枚ずつ手に入れていく。
コメントに記した内容は、それぞれに同梱されたライナーノートから引用した。


46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年5月28日 (金)

いきつけの喫茶店でマスターが教えてくれたCUSCO

いきつけの喫茶店ロッキングチェアには、レコードプレーヤーと僕が欲しかったSONY のカセットデッキがあった。
念のために言っておくと、アンプとスピーカーもあった(それがないと音が出ない)

いつも、店内にはゆうせん放送が流れているが、時々、マスターがカセットをかける。
ある夏の日、僕がアイスコーヒーを一口ずつ大切に飲みながら、ビッグコミックスピリッツを読んでいると、流れてきたのは波の音がする心地いい音楽だった。いわゆるBGMというやつだ。

マスター、これなんていうと?
クスコたい。よかろ?

それが、どこのどんな人達なのかに興味は持たなかった。
現代ならば、すぐにスマホを取り出して、「Google先生」にクスコって誰?と尋ねるところだが、当時はまだパソコン通信すらない。
もし、広く投網をかけて、ものを尋ねたければ、雑誌の「教えてください」に投稿するしかなかったし、それは採用される確率が低く、もともと、情報収集の手段としてはあてにできなかった。

僕はマスターからレコードを借りて、SONY DUAD46分テープに録音させてもらった。
CUSCO Desert Island
背ラベルはレタリングシートで作った。
このカセットはすり切れるまで・・と言うのはウソで、SONY DUADはどれだけ聴いても、すり切れたりしないが、とにかく聴いた。
今ならば、すぐに「他にもアルバムが出ているんじゃないか」となるところだが、なにせ情報のない時代。
結局、僕が聴いたCUSCOは後にレンタルで借りた「Apurimac」と
2枚のアルバムで終わっている。


梅雨時に再開したラジカセ生活は、2020年夏にさしかかっていた。
音楽カセットコレクター方針に沿って、夏にラジカセで聴く曲が欲しいと考えている。

「音楽カセット」コレクター方針(再掲)
1,中高のラジカセ時代に聴いていた、あるいは、LPレコードを保有していた懐かしのタイトル

2,大学~社会人にかけて、カセットデッキがメインレコーダーだった時代に聴いていた、あるいはCDを保有していた思い出深いタイトル

そうだ、CUSCO 聴こう
そう、思いたった時、僕は長年の謎に挑むことにした。

CUSCOってだれ?
バンド?個人?どこの国の人?
Desert Islandで、CUSCOに出会って数十年。時々「そう言えば、CUSCOってどういう人たちだったんだろう」と思っては「まぁしらべるまではないか」と、その場で忘れていた。
「Google先生」がいつも、側にいる。
本当に必要な時には、すぐに教えてくれるだろう。
そう思って、先延ばしにしていたのだ。

ところが、CUSCO、なかなか一筋縄ではいかなかった。



46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年3月31日 (水)

ビートルズの日本版「アビイ・ロード」を手に入れた。A面の1曲目に入っていたのは・・

井上陽水で音楽に出会った僕の三大アイドルは「井上陽水」「QUEEN」「佐野元春」なのだが、60年代の御大、音楽界のジャイアント馬場とも言えるビートルズにも多いに興味と関心を払ってきた。
リアルで聴いていた時代はないものの、すべてのアルバムを一度はカセットに落としている。
今こうしてラジカセ生活を再開した時「再会したいビートルズはどれか?」と自分に問いかけて、次の3枚がターゲットに浮かび上がった。

●Abbey Road
●Sgt. Pepper's Lonley Hearts Club Band
「ビートルズの二大名作だ」と級友のロック・ギタリストである筒美くんが教えてくれた。
そして、彼の言う通り、頭1つずつ、合わせて頭2つ抜けている。

この2枚がいいと想う理由は、A面の1曲めからB面の終わりまでが一本のストーリーに乗っていることだ。音楽評論家はそれをコンセプトアルバムという。
QUEEN「QUEENⅡ」「オペラ座の夜」「華麗なるレース」JUDAS PRIEST「運命の翼」といった作品に心酔し「アルバムはコンセプトだ!」と考えていたので、この2作品は格別なものだった。

●リボルバー
ビートルズで唯一持っていたLPレコード。
母から「誕生日にレコードを1枚買っちゃる」との申し出があり選んだ1枚。

子供の頃から「レコードは自分で買いなさい」と躾けられていたので、特別な思い出になっている。
既に「Abbey Road」「sgt~」を始め大半の作品は筒美くんが持っていて貸してくれた。彼のコレクションになかった中で一番よさそうなものを「週刊FM」などの少ない情報源で検討して決めた。
インターネットがない時代なので、世の中の人がどう想っているとか、どれくらい売れているといったことはわからない。
レコードを売りたい人たちの二枚舌とのせめぎ合い。当時、レコードを買うという行為は、一ヶ月のおこずかいに相当する大金を賭けた博打のようなものだった。
そして「リボルバー」は十分、僕の期待に応えてくれた。

「ビートルズ カセット」で探していたある日「Abbey Road」を手に入れた。
東芝EMIが出した日本版(ZR25-1012)2500円
背ラベルには「ザ・ビートルズ アビー・ロード NO.12」と記されている。東芝は当時、ビートルズ作品をナンバリングして販売していた。ナンバーはLPレコードと共通のもの。
英語と日本語訳の歌詞カード入り
ラベルは日焼け、オレ、スレ、欠け無し。かなり状態がいい。
「Abbey Road」の日本版は前にも後にも中古市場で目にしていない。まさに千載一遇。これだけ状態のいいものが廉価で手に入ったのは僥倖だった・・

早速、スタジオ1980にセット。プレイボタン押下!
しゅつ とぅとぅるるるーん
と始まる「Come together」が、テープに音うつりしたように数秒前に脳内で鳴る

楽団が練習する音
ざわつく場内
ジャジャジャジャ ジャカジャーン ジョンがエレキギターをかき鳴らす
♪Sgt. Pepper's Lonley Hearts Club Band

おいおい、ちがうだろ?
Abbey Roadを買ったのに「sgt」が届いたのか?
あたまが混乱する
テープを取り出してみる
ハーフ・ラベルには The Beatles
曲目はと言うと
[1]サージェントペパーズ~
[2]ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンド
[3]ストロベリーフィールズ・フォー・エヴァー
っておい、なんかいろいろ混ざってるぞ
いったい、何が送ってきたんだ?

「Google先生」に意見を聞いたところ、どうやらこれは「THE BEATLES」というタイトルで売られていた企画モノカセットテープ(ET-003)1100円

出品者に確認したところ、ビートルズのことはよく知らなくてどこかで入手したものを転売した様子。故意ではないことは明らかだった。
「アビイ・ロードの日本版といえば、ラベルだけでも貴重なものですから、このままいただきます」と連絡して、この取引を終えた



46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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