2020年10月21日 (水)

パソコンで音楽を聴く時代に手に入れたBOSE M2

Technics SL-2000、TRIO KA-8100、ダイアトーンDS-25B お小遣いを貯めて少しずつ買いそろえたオーディオコンポを処分してから数年は、時折カーステレオで聴く以外、音楽から離れて暮らしていた

2001年11月にWindowsXPが登場
その翌年、SONY から発売された小型パソコン「バイオU」で僕は音楽生活を再開する
このパソコンにはSONY の音楽管理ソフト「SonicStage」がプレインストールされていた
この頃、パソコンで音楽を録音し、外部スピーカーをつなげば音が出せるという環境が整いつつあった
この方法ならば、場所をとるアンプやカセットデッキ、大口径スピーカーを置く場所が要らない
集合住宅では大音量で音楽を鳴らすことは叶わない。
新しい枠組みは「とりあえずそれなりに鳴ればいい」というニーズにばっちりはまった。

2004年には音楽配信「mora」も始まり、欲しい曲を250円程度という手頃な価格で入手できるようになった。ただ、光には影があり「音楽は盗み邦題」(佐野元春談)という時代も、ここから始まったことになる

場所をとらない

音が劣化しない
クリック一つですぐ聴ける

レコードをジャケットから慎重に取り出して、NAGAOKAのスプレーをかけてクリーナーで拭き取り、慎重に針を落とす位置を見定める・・という作業を知るものとしては夢のようだった。

それから10年が過ぎ、そんな便利な環境も当たり前になると、ダイアトーンDS-25Bの黄金律を懐かしむようになる
しかし、置き場所がない。そもそも、パソコンから直接つなげない
PCスピーカーで夢のような音が出るモノはないか?
タイムドメインには大いに惹かれたが10万円を超える。廉価版の「ライト」「ミニ」を買ってみようか。カートに入れては戻す日々
そんな時、立ち寄ったヨドバシマルチメディア館で「BOSE M2」に出会う
インターネット時代以降、3万円以上の機器を衝動買いしたのはこの一度きりだ

Computer music monitor M2
日本発売:2007年
実勢価格:32,400円(2015年3月)
コンピューターモニターとしての使用を前提として研究開発されている
スピーカーは小さくなればなるほど、自然な音を発する「点音源」に近づく(BOSEのパンフレットより)

PCモニターをはさみ46~92cmの間隔でLRを置く。慣れ親しんだ曲に新しい音を発見する。パソコンに入っている4000曲で4000回の感動を手に入れた
BOSEが上手に絵を描いた

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2020年10月14日 (水)

DIATONE DS-25BⅡの黄金律

TRIO KA-8100 の中央に鎮座したどでかいボリュームつまみを2時、3時まで回したい
しかし、スピーカーを買った後も、一度もその願いは叶わなかった

アンプを買ってから1年は小型のトランジスターからモノラルの平坦な音を聴いて過ごした
その頃、聞いていた音楽はチャゲ&飛鳥、カルメン・マキ、イルカ、イーグルス
それらは学部の友達、間借りの同居人から借りたレコードだった
貸しレコードが始まる1年前のこと。1日の食費500円で暮らす僕には、新たに出会った友達が所蔵するレコードが新たな音楽との出会いだった
今その頃を思い出しても、トランジスターラジオだからと言ってショボい音だったという印象はない。音楽はいつも僕の心の中で光り輝いていた。
その生活の最後に出会ったのが佐野元春。アツコ先輩が「moto君、このレコード録音してきて」と持たされたのが「Heartbeat」だった
レコードプレーヤー、アンプ、カセットデッキを揃えている学生は多くなかったのだ。

四畳半の間借りから六畳のアパートに引っ越してスピーカーの置き場所ができた。しかし、アルバイトで貯めるスピーカー資金は、目標金額まで届いていない。
そんな時、僕にとっての奇跡が起きた

西新のベスト電器に行くと、いつもスピーカー売り場で時を過ごす。各社が投入する新製品をチェックして、最後に足を止めるのは高校生の頃から憧れていた1台だ

オーディオ機器には僕なりの黄金律がある
ラジカセならば、左にカセット、大口径スピーカー、その斜め上にツイーター(ツィッターではない)これはSONY スタジオ1980に結実されている
カセットデッキならば、左にカセット、その下にロジカルコントロールの丸ボタン、右上に二連の四角いピークメーター
そして、スピーカーならば下にウーファー、斜め上にツイーター、その右にコントロールスイッチ。これがDIATONE DS-25B 1台28,000円 1976年発売
その頃には代替わりした DS-25BⅡが出回っていたが56,000円には手が届かない

ところが、その日、ベスト電器の店頭でDS-25BⅡが現品処分価格で売られていた。
ツイーターが心ない客によりつぶされて凹んでいたのだ。
見た目から入る僕としては、本来、その瑕疵は許されない。凹んだ銀色のコーンを見る度、気が滅入りそうだ。しかし、カバーを付けておけばわからない。何より、今ならば、憧れのDS-25BⅡが僕の部屋にくる。僕はすぐにお店の人に手付けを打って、銀行へ走った

DS-25BⅡはそれから20年近く、いつも部屋の主役を張っていたが、しばらく音楽から離れる時代が続き、アンプ、デッキ共々処分した。
今も有楽町のビックカメラに行くと必ず、スピーカー売り場で一時を過ごす。そこに、かつての黄金律を探してみるが、見当たらない。もしも、見つかったとしても、それを鳴らすアンプもない。それ以前に置く場所がない。そもそも、大きな音を鳴らす住環境がない
一軒家に住み、防音設備を施したオーディオ部屋を構える夢を見る
部屋の灯りを落とし、ディレクターチェアに座り、アンプのボリュームを二時まで回す
そんな暮らしをいつ諦めたのだろう。いや、そもそも真剣に目指さなかったのか
人生になにか悔いがあるかと問われれば、この案件を真っ先に挙げるだろう
時間貸しでそういう部屋を使えるサービスがあったらいいんだけどな

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2020年10月 9日 (金)

すべて異なるメーカーの装置でコンポを組むという理想

大学に通うため福岡に引っ越した時、家から持って来たのは、初めて自費で買ったTechnicsのレコードプレーヤ-「SL-2000」 おじさんがお下がりでくれたTEACのカセットデッキ「A-630」そして、父から譲り受けたSONY のトランジスターラジオ

しかし、これでは音が鳴らない
オーディオに詳しい人ならば、すぐにわかると思うが、興味のない人にはわからないと思う。
今でこそ、パソコンにスピーカーをつなげば、そこそこの音が出るわけだが、そういう時代になったのは2000年代に入ってからだ。

オーディオ・セットで音を鳴らすためには「入力」「増幅」「出力」装置を揃えなければならない。
「レコードプレーヤー」「カセットデッキ」「FM/AMチューナ-」などが「入力」
「スピーカー」が出力
入力装置から来た信号をスピーカーで鳴るよう増幅させるのが「アンプ amplifier」である

入学するとすぐ、西新の町にあるベスト電器に、なかなか品揃えのいいオーディオ売り場を発見した。何処の町に住んでもベスト電器はいつも僕の憩いの場所だった。

早速、アンプの選定にはいる
選定ポイント
【1】オーディオ通のブランド
【2】未知のブランド
【3】専門誌がリスペクトしている機種

「価格の割に高機能」「デザインがいい」のは、言うまでもない

【1】TRIOはかつて存在していたオーディオメーカー
2011年にJVCケンウッドに吸収された
オーディオ専門誌によると、TRIOはチューナーのトップメーカーと目されていたが、その頃からアンプでも高い評価を受けるようになっていた

【2】ラジカセから音楽の世界に入り、オーディオに目覚めた僕は「すべての装置を異なるメーカー」で組むコンポを理想としていた。
昔から家にあった家具調ステレオは、当然だが1つのメーカーの製品
だが、規格が統一されているオーディオ・コンポーネントの世界では、世界中の異なるメーカーからお気に入りの装置をピックアップして組むことができる
一つのメーカーで統一しないことは、子供心にとてもかっこいいことだった

【3】選んだ機種は、発売から2年を過ぎており、専門誌の評価が定まっている機種だった
TRIO KA-8100 ¥63,000(1978年発売)
ハイスピードDCインテグレーテッドアンプ

何より、デザインに惹かれた。中央に配置された不必要なくらい大きく丸いボリュームつまみ
「どんな音でも鳴らしてみせるぜ。警察が来て苦情を言われても知らないぜ」
と僕を挑発している

僕はこのアンプを鳴らすために、家からラジオを持って来ていた
スピーカーを買うお金が無かったのである
父から譲り受けたSONY のラジオは1960年代に登場したコンパクトなもの
「ただ音がしている」とも言えるショボい環境は、お金が貯まってスピーカーが買えるまで1年つづいた

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2020年6月27日 (土)

音が揺れるNational RQ-552 これがワウフラッター?

令和の今、インターネット記事やオーディオ専門誌で、時折ラジカセ&カセットが取り上げられている。
そこに「Nationalのラジカセは回転系が優れている」という記事が散見される。
いくつものラジカセを所有することはできないので、僕には目の前の「National RQ-552」しかない。ただ、それを使っている時は、回転系には少し不安を感じていた。
使い始めて1年が過ぎた頃から、曲の終わりがけに音が頼りなく揺れた。
テープの巻きが固いのか、モーターがへたってきたのか、あるいは音源がそうなのか、分析できるだけの知識も材料もない。ただ「あぁあまり揺れないでくれ」と祈るしかない

昭和の楽曲はフェイドアウトで終わるものが大半だった。
徐々に音が小さくなるのがフェイドアウト。突然ばしっと終わるのはカットアウト。
逆に音が始まる時はフェイドインとカットイン


かつて佐野元春がカットアウトについて語っている
(佐野元春の口調で)
「ナイアガラトライアングル2」の「彼女はデリケート」のレコーディングで、僕はこの曲をフェイドアウトで作っていたんだ。当時はそれが当たり前だったからね。ところが大瀧詠一さんは「何をやってんだ、佐野君!ロックンロールはカットアウトだよ」と言って、録り終えていた音源を編集してカットアウトにしてしまったんだ。こんなことができるんだ!って僕はスゴいなと想った」

ちなみにこの曲「出発間際にベジタリアンの彼女は東京に残した恋人のことを想うわけだ。そう空港ロビーのサンドイッチスタンドで・・」という科白で始まるが、僕は佐野元春が喋っていると信じて疑わなかった。ところが「あれは大瀧詠一が元春の口調を真似ている」と元春ファンから聞かされた。本当だろうか


このカットインなどの用語は「RQ-552」を買った時に、おまけで付いてきたラジカセ読本で学んだ。恐らくNationalがどこかの版元に委託して作らせたものだろう。
この本は実によくできていた。
「ナマ録」「エアチェック」「ミキシング」というラジカセの楽しみ三本柱と「BCL」について、イラスト付きで易しく解説。コミックス一冊くらいの分量にまとめている。
読み進めるにつれて、これからこのラジカセと共に広がる楽しい世界を夢見ることができた。
今でもふと読みたくなって、ネットで検索するのだが「Google先生」の耳には届いていないようだ。
誰か同じ思いをした人が何処かにいないだろうか。当時を知るラジカセファンと、いろいろと話してみたいと想う。

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2020年6月26日 (金)

「Fリク」でハガキが読まれなくなった理由

FMリクエストアワー通称「Fリク」で僕のハガキがぱたりと読まれなくなってから1年が過ぎていた。
それでも僕は番組を聴き続けていたし、リクエストハガキも送っていた。
それは、この番組が最新のシングル曲を仕入れる唯一の頼りだったからだ。
(アルバムは「夕べのひととき」で入手)

そんなとき、こんなハガキが読まれた
「以前はいつも読まれていたのに、最近はぴたりと読まれなくなり枕を濡らしています。それでもこの番組はいつも応援していますよ」
DJの2人(男女)が応える

女「それは申し訳ないですねぇ」
男「そうですねぇ、ただ、たくさんの方から(ハガキを)頂きますからねぇ」
女「これからも、懲りずにリクエストをお待ちしています」

録音していたわけではないが、記憶を辿ればおよそこういう文脈だったと想う。40年前のことをこれだけ覚えているのは、それが、僕が探していた答えだったからだ。

この1年間、なにか僕に落ち度があったのか?放送局としてそういう方針に転換したのか?ハガキが読まれない理由を探して堂々巡りをしていたが、答えは見つからなかった。
そこにあるリスナーから嘆きのハガキ。これで僕の悩みは氷解した。
僕だけじゃなかったんだ・・

その日は、徐々に日が長くなる春先だったが、時間帯は恐らく5時を回っていて、日が長い日本の西端にある長崎でも、僕の部屋にはセピア色の夕べが訪れていた。


この話しを書くにあたり「Google先生」に「Fリクって知ってる?」と聞いてみると、どえらい詳しく知っていて驚いた。
世の中の人は、こんなに「Fリク」が好きだったんだ・・
そして、2020年4月からNHKがこの番組を「R1=ラジオ第1」で復活させる計画があると出ていた。

NHKのウェブページより
(引用ここから)
ラジオ第一の午前の新番組『らじるラボ』(月~金 午前8時30分~)内で、毎月第1、第3金曜で放送します。
(引用ここまで)

"大半の人がラジオはインターネットで聞いている"
という前提なのだろう。この番組は中波(AM)の番組として企画されているようだが「Fリク」をAMでやってどうする。それじゃ「Aリク」じゃないか。
「Fリク」の魅力はラジオの電波を捕まえて、カセットでエアチェックするところにある。
今でも、ラジカセやカセットデッキ+チューナーでエアチェックを楽しんでいるファンにとって、AM放送での復刻は興醒めである。

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2020年6月25日 (木)

読まれなくなったハガキ FMリクエストアワー

「◆さんはいつもハガキが読まれて羨ましいです」
他のリスナーのこんなコメントが紹介されたこともあった。
もちろん、僕は有頂天。足下を見つめて精進しますとは想っていない。

数年後、清岡教授退任の講義で
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
という言葉を教えてもらった時は「早く言ってよぉ」と松重豊になった。


上記の◆には僕が使っていたペンネームが入るのだが、恥ずかしいので伏せ字にしている。
大人になってから同年代の長崎県出身者と「Fリク」の話題になり、僕は◆というペンネームで投稿してましたと口にしたところ「え?◆さんですか?よく覚えていますよ!確か、毎週のようにハガキ読まれてましたよね」と言われた。やはり、嬉しかった。


「◆さんのハガキ、いつもスゴイですよねぇ」
とDJからお褒めの言葉をいただいてから数ヶ月のことだ

確かそれは春だった
年度が替わり、僕は学年が1つ上がった4月
その最初の土曜日、いつもの「Fリク」にダイヤルを合わせる

その日の3曲めあたりで、僕がリクエストを送っている曲がかかる
よし、来た!
DJがハガキのエピソードを読み上げる。つづいて名前だけの紹介がつづき「それでは**です」
曲に行ってしまった。
僕はキツネにつままれた。いや、もしかすると曲の後にもハガキを紹介するという趣向に変わったのかも知れない。年度替わりだし
しかし、その読みは外れて粛々と次の曲へ移る。

なにかの間違いだろう
郵便屋さんが届け損なったのかも知れないし
それとも、ハガキのクオリティが下がったことを見透かされたか
そういえば確かに、ちょっとやっつけ仕事で書き上げた1枚だったように思えてくる

しかし、次にリクエストした曲も、またその次も。
僕のハガキはスルーされた

他にもたくさんのハガキが届いているのだから"今日は◆さん1回お休み"ということなのかも知れない。
確かに、これまで、ちょっと読まれ過ぎ。読まれる率100%はできすぎ君だったのだ。
その日は、納得はいかないものの、なんとか自分を落ち着かせてエアチェックを終えた。

僕はそこで初めて、謙虚という言葉を身にしみて知った
だが、そのまま、僕のハガキが読まれることはなかった。
翌週も、翌月も、半年後も。

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2020年6月21日 (日)

FMリクエストアワー1回の放送で3回ハガキを読まれる

FMリクエストアワー、通称「Fリク」
NHK FM長崎では、毎週土曜日午後3時から3時間ほど。
私の記憶が確かならば・・
前半が邦楽、後半が洋楽のようにコーナーが分かれていたと想う。
その名が表すとおり、かける曲はすべてリスナーからのリクエスト。
「RKBベスト歌謡50」のようなランキングではなく、リクエストが多いものだけがかかるわけではなかった。
僕にこの番組によって「アワー」という単語を「楽しい時間」と記銘したので、大人になって「ラッシュアワー」に悪いイメージが沸かない。
もしも尾崎豊が「Fリク」で育っていたら、今頃どこかでサラリーマンとして暮らしていたかも知れない。

 

次の曲は甲斐バンドのバス通りです
甲斐バンド、新しいアルバムが出ましたね
さてリクエストは島原市の夢見る少年さんから
「**さんこんにちは!(こんにちは)
毎週聞いています(ありがとうございます)
私の一週間はこの番組を中心に回っています
甲斐バンドのバス通りをリクエストします
この歌詞を聴くと憧れの女子のことが目に浮かび、胸がきゅんとなります^^;)
これからも、がんばってください!」
といただきました。
同じような声をたくさんいただいていますねぇ

・・・と、こんな感じで数人のハガキが読まれる
(当時、絵文字はない)
メッセージを紹介するのは1曲につき1人か2人。あとはペンネームだけが読み上げられる

僕はこれに人生を賭けていた(笑)

よほどのことがない限り、メッセージは書かない
ただ、ペンネームを読み上げて欲しいだけ
初めの頃は曲名、歌手名、ペンネームだけを書いたシンプルなハガキだったが、凝りだしたら止まらないのが僕の悪いクセ

エアチェックしたい曲の発売情報を得ると、引き出しから買い置きのハガキを取り出す
鉛筆で下書きをしながらハガキのレイアウトを決める
そこで、本来ならば参考書を塗りつぶすために、親から買い与えられた緑・黄・オレンジの「蛍光ペン」が登場
文字を色分けしながら立体的に浮かび上がらせていく作業だ
今のようにフリクションはないので、失敗しないよう集中する
作業時間は日増しに長くなり、ついには1枚を仕上げるのに1時間はかけていたと想う。

その甲斐あって、僕のハガキは毎週のように読まれた
多い時は1回の放送で3~4回読まれることもあった
まさに「常連」である

ある時、ハガキを読む女性パーソナリティがハガキのクオリティに言及した
「◆さんからいただきました。この◆さんのハガキ、いつもスゴイですよねぇ。蛍光ペンで書いているんですよね~、お見せできないのが残念なのですが、毎回、すごく力作を送ってくださるんです」

僕は感無量だった・・
かというと、そうではなかった
なにせ、若くてお調子者なのだ。まだ、謙虚という言葉をよく知らない

賞賛に気をよくして、さらにハガキ作りに時間をかけるようになり、止めておけばいいのに「これを書くのに1時間かかりました」といったことを書き添えた

幸せの絶頂にいる時は、その幸せがいかに脆いかを気づかない

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2020年6月20日 (土)

90分テープにバラバラな音楽が同居する時代

前回の話しを読み返していて、気づいたのだが、想えば「夕べのひととき」のエアチェックには90分テープを多用していた気がする。
当時のLPは大半が両面で45分以内。90分テープならばテープを裏返さないで、そのまま1枚が録音できる。
45分テープでエアチェックした場合、LPのA面が22.5分で終わらないというリスクもある。90分テープならばそこは安心だ。

ただ、都合よく同じ歌手のアルバムが2枚手に入ることはない。
従って、僕のカセット・ライブラリーには

A面「ホテルカリフォルニア」イーグルス
B面「イルカライブ」イルカ

のように、全くテイストが違うどころか、和洋バラバラの音楽が入ったものが散見された。
幼少より几帳面な性格だった僕は、そういうカセットの背見出しを見て忸怩たる想いだったが、今ならばとても懐かしく微笑むことができる。

1981年に「貸しレコード屋」ができるまでこの傾向は続いた。
レコードの10分の1の値段で、好きなレコードが借りられるようになってからは"同じアーティストのリリース順にアルバムを揃える"といった音源収集ができるようになり、カセットライブラリーは、几帳面な僕の納得いくものになっていった。


あらゆる世代間ギャップにおいて「○○登場前後」というものがある。
パソコン、インターネット、携帯電話、電子ゲーム、在宅勤務^^;)
大概の場合「登場前」を知っている世代は、登場の前・後を知る幸せを懐かしみ、登場前はどれだけ不便だったかを嘆いてみせ、それでいて、そこには幸せがあった。その幸せを君らはわからないだろう・・と独りごちて「登場後」の世代に嫌がられる。

「貸しレコード」の登場はラジカセファン、オーディオファンの暮らしを飛躍的に幸福化した。
今でも、ジョイフル西新店で検盤をして250円と引換に「Journey」の新譜レコードを持ち帰った幸せを想い、笑顔になれる。
(結局言ってるし)


「夕べのひととき」と並んで、僕のラジカセ生活に欠かせなかったのが「FMリクエストアワー」(以下「Fリク」)だ。
僕の一週間はこの番組を中心に回っていたと言っても過言ではない。

父の異動で僕は中3に上がる時、五島から佐世保に引っ越した。もちろんラジカセ「National RQ-552」を持って。
魚中(うおちゅう=魚目中学校)では全校生徒に部活加入(しかもすべて運動部)が求められており、バレーボール部に入っていた僕は、転校先の佐世保の中学では帰宅部に入った。
「バレー、入ればいいやん」と誘ってくれた友達に対しては、表向き「五島ん時もレギュラーになれんかったけん、佐世保のレベルには付いていけんよ」ということにしておいたが、土曜日の午後「Fリク」を録るためだったのだと想う。

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2020年6月19日 (金)

DJとミキサーとリスナーの信頼感

スタジオのレコードをかける人(ミキサーかな)はエアチェックしている僕らの気持ちを察して、DJの声をマイクオフしてから2秒ほど間を開けて静寂を作ってくれる。
僕らはその猶予の間に[PAUSE]ボタンを上げればよい
この安心感が僕らとこの番組をつなぐ信頼。今風にいえば絆だ。

AMの番組は音質がいま1つということもあり、エアチェックには向かないが「RKBベスト歌謡50」を録音するリスナーはいた。
こういった番組ではDJの声と音楽の頭や終わりが被ることも珍しくない。そこは保証されていないというのが、僕らの認識だった。

ある時、リスナーからの「エアチェックしているから配慮して欲しい」という投書に対して、ハヤシさんは「この番組はエアチェックを想定していません。DJと音楽の妙を楽しんで」と明確に応えていた。
多くのリスナーはそれに異論がなかったし、僕はハヤシさんのように、誤解を恐れずしっかり主張を通せる大人になりたいと想った。
これはけっこう本当である。
そうか、僕のこの性格はハヤシさん譲りだったのか・・
今気づいた


さて「夕べのひととき」では、LPのA面が終わる
3秒ほど間を置いて、DJが再登場する
NHKなのでCMは入らない
そろそろ終わりかなとは想っているものの、A面がいったい何曲入っているのか、どれがA面最後の曲なのかわからないので、DJの声を聞いてテープを止めていた。

DJは僕らのために間をつないでくれる
いやぁ陽水いいですね、進化してますねぇ
と言ったかどうか知らないが、とにかく話しながら時間をつくる。
もしかすると、ここでリクエストハガキを紹介していたかも知れない。
この番組でどのレコードをかけるかは、リスナーからのリクエストに拠っていた。

親から「おいおい頼むから、もっとお金を使って減らしてくれ」と懇願される子供以外は、お小遣いで買えないレコードをリクエストする。
それは、大抵、発売されたばかりの新譜だ。
週刊FMの新譜紹介で「おっ甲斐バンドの新しかとのでとる」と見つけると、僕らは親からせしめた使わずに余った年賀はがきでリクエストを書いた。
1度だけ、僕のリクエストが叶いペンネーム(最近はラジオネームと言うようだ)が読まれたのは、友川かずきのLPだった。
「若いこだま」のDJをやっていたとはいえ、当時の友川はマイナーで(その後もか)正直なところ、そのLPがかかるとは想っていなかったので「あぁNHKに一生ついていこう」と誓ったのだった。


DJがツナグ間に僕らはカセットを終端まで巻き送りして[EJECT]
リードテープを鉛筆ときどき指で起用に回して磁性体のついた所に合わせて、さっきの裏面にしてテープを装着。再び録音スタンバイ
つづいてB面をエアチェック。


ラジオから録音したテープを個人で楽しむことは合法だとはいえ「夕べのひととき」ほどエアチェックファンに親切な番組は後にも先にもないと想う。

当時はレコードを録ることに必死で、それだけしか録音していなかったが、今となっては番組の始まりから終わりまでの一部始終を録っておけばよかったと想う。

ときおり、カセットに残っている消し忘れ、余計に録れた音が、後世にはとても貴重だ。

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2020年6月18日 (木)

LPをまるごとかけてくれたエアチェック御用達のFM番組

それは木曜の午後6時
週に1度、僕にとって最大のイベントの時間がやってくる

少し早めに部屋に入り、紐を2度引いて蛍光灯を点す。
二灯並んでいる蛍光灯の片方だけが点る。
ここから約1時間は、どんなことがあっても紐を引くことはない。
デンキをオンオフすると、それがラジカセに「ぶつっ」というノイズとして録音されてしまうからだ。

その時の強いプレッシャーが今も拭えないのか、調光できるシーリングライトを手に入れてからも、デンキの切替は最低限に抑える習性が身に付いている。
1日じゅう出かけない日は朝「白い色」をつける。
日が暮れる頃「全灯」に切り替える。
夜寝る前に消す。操作はたった3回だ。

ある時、僕がレコードを録音している時に、姉が部屋に入ってきて「デンキば明るくせんね」と言ってデンキを操作した。
僕は散々文句を言ったあと、録音を最初からやり直したのは言うまでもない(言うまでもないのか・・)


NHK FMを選局
といっても、長崎ではFMはこれ1局しか入らなかった。
AMならば福岡、SWならば海外の電波も入るのだが、FMの電波は遠くまで飛ばないので、長崎県内の放送局に限られるのである。

番組の名前を憶えていない
「音楽のゆうべ」
「夕べのひととき」
なんか、そんな名前だった気がする
いま「Google先生」に聞いてみたら「夕べのひととき」で合っていた。
先生はなんでも、知ってるな~


この番組はありがたいことに、LPレコードを1枚まるごとかけてくれた。
ぷっぷっぷっぷー
他局より1回多い NHK、6時の時報が終わるとDJが挨拶も早々に今日かけるアルバム名を紹介する。
それで、その日、エアチェックできるレコードがわかる。

よし、もらった!
今でいえば「きたーーーーーーーーーーー」

という日はまず[PAUSE]を押しこんでから[REC]+[PLAY]を押下してスタンバイ
息を殺して彼女の声に耳を傾ける(彼の時もある)
記憶にはないが、ここで、曲目と曲数の紹介があったかも知れない。

DJの「それではお聞き下さい」という言葉が終わったのを見極めて「PAUSE」ボタンを一旦押しこんで離す。
勢いよくカセットテープが回り始め、音楽が始まる。

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