2021年2月15日 (月)

朝日新聞にでっかく、高く跳ぶ元春

元春、でっかく載ってましたね!

仕事始めの日、久しぶりに山羽君の姿を見かけた
名古屋に居た頃は、同じチームに居たが、今はまったく別の仕事をしていて、滅多に顔を合わさない。

やぁ、久しぶり。今年もよろしくお願いします
そう僕が声をかける。職場ではもう大半の人が年下であり、彼もその1人だが、丁寧な言葉を心がけている。冒頭の1行は、それに対する彼の答えだ。

1月3日付けの朝日新聞東京本社版の朝刊に、佐野元春40周年コンサートの全面広告が掲載された。
恐らくそのことを言っているのだろう。
僕は朝日新聞をとっていないので、その広告は見ていないが、元春仲間が話しているのを聞いていた。

ということは、山羽君の家は朝日だね。あの広告は朝日にしか載っていないから

僕がそういうと彼は間髪を入れず
「持って来ましょうか?」と返してきた。
これは、想定外だった
いや、そこまでして見なくてもいいよという断りの婉曲表現を思いつくことができない・・と、0.5秒でわかったので「え?いいの?」と調子を合わせた。

彼から届いた新聞紙はちぎらずに4ページ分が付いていて、そこに付箋が貼ってあった。
「自分は、1986年に横浜スタジアムへ行った記憶があります。」
恐らく、彼が言っているのは1987年9月「Café Bohemia Meeting」ツアーラストのことだ。元春はこの日初めて横浜スタジアムで単独ライブをおこなった。
当時、福岡に住んでいた僕はこのツアーには福岡で参加している。

ヤァ!40年目の武道館
佐野元春&THE COYOTE BAND
2021年3月13日(土)日本武道館
(元春65歳の誕生日)

ギターを抱えた元春がジャンプしている。
それもかなり高く
見事に足が折り畳まれていて、滞空時間の長さが強調されている。
今年、65歳を迎える元春「まだまだ跳べるんだぜ」と若さをアピールしている。
これだけ高く跳ぶには、十分な筋力と気合いで行かなければ、こうはいかない。
ライブのスナップ写真でたまたま撮れたのか
何度も跳んで撮り直したのか・・

「詳細は1月8日に発表」の予定だったが、緊急事態宣言発出と時期が重なり、一旦発表が延期。その後、正式発表された。

佐野元春&THE COYOTE GRAND ROCKESTRA

2月8日~15日 先行受付
2月20日 一般販売
3月13日 17:00開演
記念Tシャツ付きチケット:全席指定 15,000円

元春の武道館登壇は21年ぶり。
2000年3月11日
The 20th Anniversary Tour 佐野元春 and The Hobo King Band
佐野元春20周年ツアーファイナル

僕にとっては初めての武道館参戦で二階右側のステージを斜めに見る席だった。
20年ぶりの記念日も、できれば二階席から見たいと想う。
まずそれには、抽選に当たらなければいけないが。

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2021年2月 1日 (月)

音楽カセットコレクターの道に入る

気がついてみると、音楽カセット集めが新たな趣味に加わりつつあった。
元々コレクター体質なところに、懐かしのカセットという題材。
中学生当時のお小遣いでは買えなかったぜいたく品
その沼にはまるのは自然な流れだ

「音楽カセット」または「ミュージックカセット」は音楽家の作品をカセットテープに録音した商品。
その大半はレコードの内容と同じ音源を収録されたもので、かつて、アナログレコードの新譜発売と同時期に発売されていた。

レコードやCDと同様音楽カセットにも日本版、外国版がある。
音源は同じだが、外国版の一部には開始を告げる信号が収録されているものがあり、始めはなにごとかと思った。
大きく異なるのは紙ラベル(ジャケット)当然、言語は違うのだが、レイアウトもまるきり違う。
レコードジャケット画像が入っているのは共通だが、タイトル文字のレイアウトは千差万別。

最初の5本くらいまではその違いを気に留めず和洋共に買っていたが、コレクターとしての拘りが頭をもたげる。
聴くだけならば和洋は問わない。
だが棚に並べた時の背見出しに統一感がない。
そこで、基本的に「日本版」を集めることにした。
縛りを作れば、やみくもに手を出さなくて済み、蒐集範囲を狭めることができる。
このメソッドは、かつて「仮面ライダー」蒐集に入ってしばらくした時、対象を「旧1号」に限定して出費を抑えたことで学んだ。
コレクターには「コンプリ癖」という厄介な病根があり、どこかで歯止めをかけないと「G-SHOCK同一モデル全4色コンプリ」のようなことをやってしまうのである。

日本版の音楽カセットは日本のレコードメーカー、音楽カセット専門メーカーが発売していた。
・ラベル(ジャケット)、ハーフラベルは日本語表記
・多くの商品に歌詞カードが小さく折り畳んで同封されているが、レコードに封入されるブックレットやライナーノートは省略される

音楽カセットがいつ頃から作られ始めて、いつ頃から作られなくなったのかを調べてみた。
「Google先生」はその問いズバリには答えてくれなかったが、馴染みのアーティストの作品から答えを類推した。

■始まり 1972年頃から
井上陽水の場合、1枚目「断絶」は作られておらず、2枚目「センチメンタル」以降からアルバムと同タイトルで発売されている

■終わり 1995年頃
QUEENは1995年のラストアルバム「MADE IN HEAVEN」のカセットが発売されている
佐野元春は1992年の「sweet16」まで。1993年の「The Circle」の発売品は見つからない


まずは、かつての「ラジカセ生活」当時に聴いていた音源を購入していく

陽水ライブもどり道
QUEEN 華麗なるレース
井上陽水の世界(夢の中へ・断絶)
井上陽水 二色の独楽
吉田拓郎 ONLY YOU
佐野元春 ハートビート
イーグルス ホテルカリフォルニア
イルカ イルカライブ
グレープ ベスト


46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年1月30日 (土)

1日の食費は500円でも、僕はSONY DUADを使い続けた

ラジカセ生活(4日め)
聴く前の巻き送り戻しで、窮屈そうな音が鳴るカセットがあった。
モーターに負担をかけそうなので、巻き送り・戻しによる「テープほぐし」はやめることにする

捨てずに残したカセットの大半は自分で編集したもの。
編集といっても「こんばんはmotoです。今日も聴いてくれてどうもありがとう」と音楽にDJをミキシングしたものではなく、CDシングルを順番に録音したものだ。

ラベルのタイトルは「SMASH HIT2」
シングルのヒット曲を集めているからこの命名
背ラベルはレタリングシートから転写した英文字で作られている。
大学でミニコミ誌を作っていた頃から、レタリングシートの常備は欠かさない。
これがあれば、素人の僕らでも"ほんとうの"雑誌の雰囲気に近づける気がした。

テープは SONY DUAD46
カセットハーフのラベルには[TYPEⅢ][TYPEⅠ]が併記されている。
フェリクロームテープはノーマルポジションで録音再生ができる高性能テープ。
クロームテープのくもった音が嫌いだった僕は、大学生の4年間、このテープばかり使っていた。
ラベルのゴールドが豪奢だ。
ノーマルテープと比べると3割ほど高かったが、1日の食費は500円に切り詰めても、音楽媒体の投資は惜しまなかった。

これもツメが折られていない・・当時は慎重さを欠いていたのか。
それとも、うっかり録音ボタンを押すようなヘマはしないぜと粋がっていたのか
1曲めは「Cat Moves」コージーパウエル
曲名を覚えているわけではなく、ラベルに曲目が書いてある
当時の僕は、すべての曲目をラベルに手書きしていた
でも背見出しは美しく揃えたかったのでレタリングシート
「カセットの音」と再会する前は、きっとレトロな音がするのだろうと考えていた。
レトロな音というのは、奥行きがあり、豊かさが感じられる、けれど、ちょっと曇っているかなという音を言う。僕の場合
ところが、今、目の前で走っている音はクリアだ。
ボリュームは「3/10」なのに、力強い

「Private Eyes」ホール&オーツ
確か、この曲はパソコンの
Music Center for PCにも入っていたはずだ
いつでも再生できる準備をしておいて
スタジオ1980で聞き終えたところで、つづけて、PCで聴く
スピーカーはBOSE M2
低音がずっしりと鳴る
ステレオL・Rの中央で聴いているから、音が悪いはずがない
楽器の音に表情がある、いろいろな楽器が鳴っているとわかる

それと比べて言うならば、スタジオ1980の音は、明るく澄んでいて、人の声が前にでてくる音
まだ、ラジカセ生活再開4日めのこの時は、音にしか目が(耳が)いかなかった

SMASH HIT2
というタイトルは、自分にとってのスマッシュヒットを集めたテープ。記憶が確かならば、チャート1位を取っていない元春が「僕はまだスマッシュヒットを飛ばしていない」と自嘲していたのを受け売りした。

セットリストは邦楽と洋楽が混ざっている。
A面
Cat Moves:Cozy Powell
Stand and Deliver:Adam & the ant
Turn up the night:Black Sabbath
Kiss on my list:ホール&オーツ
Giant's Theme:こどもBand
B面
Sexuality:Prince
Private Eyes:ホール&オーツ
She's delicate:佐野元春
The Writter:UFO
Gravitations:井上鑑
Rosanna:TOTO

今となっては、この脈絡の無さが愛おしい^^;)
ただ、当時は忸怩たる想いがあったのだろう

"2"は第2集を現しているが"1"のカセットは残っていないし、このシリーズは"2"で終わっている
この後からは洋楽と邦楽を分けて、カセットを作り始めたのだった。


46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年1月19日 (火)

40年前に行われた無観客LIVE 第1回元春レディオショー

"第1回"元春レディオショーが入ったA面を聴き終えた。
ここまで45分。ところで、この裏面(B面)には何が入っているのだろう?
空けておくのもなんだから、なんか入れとこう、でもラベルに書くまでもないし^^;)
そんな音源が入っているのではないか?さっきNHKニュースが入っていたように。40年前の僕の気まぐれに期待が高まる。

無音の部分も、巻き送りせずに待つ。テープの巻きが乱れないように。これをマスター巻きというらしい。当時もそういう配慮は知っていたが、呼び名は「ラジカセ生活」再開にあたって知った。
がちゃんと音がして蓋が開く

テープの背、なんとツメを折っていないじゃないか
この音源を永久保存版とは思っていなかったということだろうか

ハサミの先を使いツメの重心をめがけてドンと押しこむとツメが折れる
このあたりの塩梅は体が覚えている
どんなモノでも捨てられなかった以前の僕ならば、このツメさえも記念にとっておこうかと想ったかもしれないが、ツメはすぐにゴミ箱へ
ツメのヨコにスペースがあるということは、これはpositionⅡつまりクロムテープだった・・
そういえば、どうも音がくぐもっている気がしていた
TAPE SELECT テープセレクトを「NORMAL」「Cro2」へ切り替えて、B面を投入

「ガラスのジェネレーション」のピアノイントロが流れてきた
こんばんは佐野元春です!今週からサウンドストリートやることになりました

なんと、第1週の放送が入っていた!
いいぞ、オレ
でもなぜ、B面が1週目なのか
ポジションを合わせたからなのか、音がさっきよりもクリアになったようだ

「ガラスのジェネレーション」が終わる
こんばんは佐野元春です
今週からサウンドストリートをやることになりました
みんなが知らないようなロックンロールをがんがんかけたいと思います
とりあえず、第一週目と二週目は僕とハートランドで
生のLIVEをきいてもらっています
では、2曲目聴いてください。素敵な夜にしたいという歌です。ナイトライフ!

都久志会館のLIVEで「♪髪も整えたらタクシーで11時までに」のところで、人差し指を2本立てる振りを覚えた
なにも決まっていなかったし、確かなものはなかったけれど、僕らは元春を聴けば、街に同化して、いかした気分に浸ることができた。

「僕は先月25歳になりました」
そして唄い始めたのは「2人のバースデー」
僕は生涯初LIVEで元春が歌ったこの曲で、あぁLIVEはいいなと思った。
「♪here with me」の後に奏でる短い電子ピアノのフレーズが、レコードでは聴いたことがない音だったからだ

このテープから40年の時が流れ、元春は65歳になった。
今でも彼が歌い続けてくれるから、僕らの元春仲間はずっと友達でいられた

第1回放送のラストは「哀しきレイディオ」(表記は悲しきRADIO)
レコードバージョンかと思ったら、ライブ同様のロングバージョンで演奏されていた。
ラジオを聴く側だった元春が演る側に回った記念すべき初回にこの曲を演奏したことは、彼にとって感慨深いものだっただろう

40年前、無観客で行われた演奏を、この時代に聴くことができた僕は「ラジカセ生活」を再開した感慨に浸っていた

ちなみにB面はNHKの時報でぷつりと終わっていた


46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年1月18日 (月)

2009年、元春レディオショーをパソコンで毎週録音したかった

「元春レディオショー」は佐野元春がDJを担当するラジオ番組。

始まりは1981年4月
NHK「サウンドストリート」月曜日DJを担当した。
これが「第一次」元春レディオショー

第1回と第2回はスタジオライブ。
観客は入れていない。
今聴くとこっちがひっくり返りそうな、高くて若い声の元春が、目の前には観客が居ないというのに、がんがんに飛ばしている

この時「元春レイディオ・ショー」は番組の副題。
新聞のラジオ欄は「サウンドストリート」
番組の節目節目に「元春レディオショー」と歌うジングルが流れていた

1983年4月
元春は新たな創作環境を求めてNEW YORKへ
およそ1年間、NY移住した際も番組はつづく
インターネットが普及した現代ならば「そんなの当たり前」と思うかも知れない。
令和の現代ならば、素人の僕らでもNYと日本を結んで生出演といった芸当ができてしまう。
しかし、インターネットが本格的に人々の暮らしに入り始めたのは1997年以降のこと。

当時はとてもアナログな手法で番組継続作業は行われた。
まず、元春が彼の住むアパートの部屋でデンスケ?あるいはラジカセ?に向かって声を吹き込む。
媒体はオープンリールなのか、カセットなのかは不明だ。

現代ならば、その音源をメールに添付して送ることだってできるが、当時はエアメール。つまり国際郵便。
NHKの番組スタッフは、その青と赤の斜線で縁取りした封筒が「無事届きますように」と神田明神にお参りしたかも知れない。

当時の模様は佐野元春公式ウェブサイト「Moto's Web Server」に紹介されている

1987年3月
サウンドストリート放送終了
最後は元春がリスナーと電話をつないでの対談

その頃、僕はラジオから離れていて、放送が終わったことすら当時は知らず、1992年以降にパソコン通信「NIFTY-Serve」を通して出会った「元春HP」の仲間が、エアチェックテープをダビングして送ってくれた。
このカセットも確か捨てずに残している


2009年3月31日
元春がラジオに復帰する
番組の正式名称は「元春レイディオ・ショー」
NHK FM 毎週火曜23:00-24:00

今度は聴き逃したくない!
そう思った僕には「Google先生」という強い味方ができていて、朗報をもたらしてくれた。
2008年に番組予約録音ができる、パソコンに接続して聴くラジオが発売されていたのだ。
今ならば「ラジコ」で「聞き逃し再生」すれば済むことだが、当時はパソコンでラジオを録音できるなんて夢のようだった。

Radio Mate USB AM/FMラジオチューナー NV-UR001
■当時価格:6,052円
■番組予約:時刻指定して録音できる
「毎週火曜 23:00~24:00 NHKFM 」といった予約ができた
■音声形式はMP3/WMA/WAVで音楽プレーヤーに転送することもできる

僕らはこうした魔法の機械の情報を「元春HP」で情報交換した。
結論からいうと、僕の部屋では受信がうまくいかず、実用には到らなかった。まだラジオは本当に宙を飛んできていたのだ。

2009年の第1回放送は生で聴いた。
28年前と比べてぐっと低い声になった
誰も椅子から転げ落ちない、脳天からではない、飛ばさない元春の声が流れてきた。

この放送は2014年まで5年にわたって続くのだが、手元には何も残っていない。もうカセットに録音する機械も家には無かったのだ。


46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年1月17日 (日)

[PAUSE]ボタンが大好きな僕がレコードをカセットに録音する手順

独立行政法人の話しは、さぁこれからというところでぷつりと切れてしまった。
恐らく、数十年前の僕はそこで「切り忘れ」に気づいたのだろう。
音の断面から、それが[PAUSE]ボタンではなくいきなりSTOPボタンが押されたのがわかる。
録音の開始と終了は[PAUSE]ボタンと相場が決まっていた。

僕は[PAUSE]ボタンが大好きだった。
今でも写真を撮る時は「はいチーズ」ではなく「はいPAUSE」と言ってしまう(笑)

1970年代半ば以降のラジカセには大抵[PAUSE]が装備されていたが、当初は旗艦モデルの特典。
どの機種が初めて[PAUSE]を装備したかはしらべていないが、父の引き出しから発掘したテレコに[PAUSE]はなかった。


テープが[PAUSE]ではなくSTOPで終わっているところに、当時の情景が見えてくる。
プロのスタジオミキサーを目指していたわけではないが、ラジカセ時代の僕は「音の継ぎ目」にシリアスだった。
きっと、当時オーディオマニア予備軍だった同輩ならば、わかってくれると思う。


僕がレコードを録音する時の手順はこうだ。
録音開始ポイントで磁性体がヘッドに触れているとノイズが残る恐れがある。

まずは準備段階
1,えんぴつを使って一旦磁性体が見える所までテープを回す。そこから逆に巻いて磁性体を消去ヘッド位置の手前まで戻す。
2,テープをラジカセにセット
3,[PAUSE]+[REC]+[PLAY]押下

ここからが本番
4,レコードの針を盤面外周ぎりぎりに落とす
これは、[PAUSE]を押下して録音開始したあと、リーダーテープが送られて、磁性体が録再ヘッドを通り過ぎるまでの時間を稼ぐため
リーダーテープと磁性体は接着されているため、接合部分には厚みがある。そこでは音が暴れる恐れがあるため、磁性体がピンチローラーに到達した後、1曲目が始まる必要がある
5,[PAUSE]ボタン押下で録音開始
6,窓から覗く。1曲目が始まる前に進行方向のハブに磁性体が巻き取られたのが見えたことを目視して、作業完了

録音が始まった後も、他の家電を触ったりはしない。ブツッというノイズが記録されてしまうからだ。
僕がレコードを録音している時は、何人たりとも蛍光灯の紐を引くことは禁忌とされていた。

当時の僕は、部屋が暗いからと言って紐を引いた姉に散々な文句を言った。姉がその時なんと応えたかは覚えていない。
今度きいてみよう。
きっと「あんた、よぉそんな昔のこと覚えとるね」と言われると思う


46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年1月16日 (土)

脳天から声が出ている元春のエアチェックテープ

ラジカセ生活(3日め)
音楽カセットテープをヤフカリで探すのと並行して、30年間捨てずにとっておいたカセットを聴いていく。
ヤフカリはヤフオク+メルカリの造語(今つくった)


この日、スタジオ1980にセットしたカセットのタイトルは「元春レディオショウ第1回サウンドストリート」
テープはTDK DJ・2 90
テープはA面が終わったところで巻き取られている。
テープはA面から聴くものなので、巻き戻しが1回で済む。
巻き戻しの音が静かだ。80年代以降に作られたテープは作りがしっかりしているのかな

こんばんは!佐野元春です

元春の声が椅子から転げ落ちそうなくらい若い。
とてもクリアな彼の声が脳天から出ている。
そう。第1回放送はスタジオからのライブなのだ。

2020年にはデビュー40周年を迎えた元春も、この頃は20代
僕らは彼の時に暴力的、時にチャーミングなトリックに翻弄されていた。

元春はこの日が初めての無観客スタジオ。
目の前に聴衆が居ない演奏に「戸惑っている」と口では言っているが、かなりのハイテンション。
戸惑っているとわざわざ言わなければ誰もわかりはしない。

ハートランドメンバー6人だけのスタジオで、ダディ柴田のサックスが吠える。なんと贅沢なことだろう
ここで、トイレに行くために「初PAUSEボタン」
おぉ止まった^_^;)
エアチェックはいいね
想像もしなかったアレンジ
レコードを録音したテープじゃ、こうはいかない

MCで元春は「2週つづけてスタジオからライブを聴いてもらっています」と言っている。
このテープはずっと「第1回」だと思っていたが、ここに収まっていたのは第2回放送だった。
第1回はどうしたんだろう?

思えば10数年前、聴かなくなった大量のカセットを処分する必要に迫られていた。
その時、30本が収まるケースに入る分だけを選び、残りは廃棄したのだった。
「どのカセットを残そうか」
と取捨選択した10数年前の僕が、このテープを残してくれてよかった

元春がハートビートを歌い終えると番組が終わり、午後11時の時報がはいっていた

ぷっぷっぷっ、ぷ~

3回溜めるのがNHK、2回が民放だったと思う
テレビの映像やラジオの音がまだ素直に空中を飛んでいた「アナログ」時代の名残だ。

あぁ昔はこうだったんだ。
時報に続いてNHKのアナウンサーがニュースを読み始めた。
恐らく当時の僕にしてみれば、テープ止め忘れのミスなのだが、それが今や貴重だ
どんなニュースなのか聴いていたかったが、独立行政法人の話しが始まったところで、テープは終端を迎えてぷつりと終わってしまった。



46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年1月 8日 (金)

ポリドールは「断絶」のカセットを作るべきだった

「陽水ライブもどり道」のカセットを手にしたことで、かつてラジカセで聴いた"他の陽水"もスタジオ1980で鳴らしたいと思うのは自然な流れだった。

「氷の世界」「二色の独楽」と続く絶頂期の2作品は、レコードレーベルのポリドールから出ているものが、割と安い値段で見つかった。
そうなると「二枚目最強論」を唱える僕にとって、喉から手が出るほど欲しいのが「陽水Ⅱセンチメンタル」(ポリドール版)
これも、希少ながらメルカリで見つけることができた。

僕がリアルタイムで聴いた初作「招待状のないショー」(フォーライフレコード)はPONYが販売したものが手に入った。

ということで、ポリドール時代のアルバムでは「断絶」だけがカセット版が作られなかったということになる。
そこで、やむを得ず、中古流通量の多い「夢の中へ断絶/井上陽水の世界 」をゲットした。

「夢の中へ断絶/井上陽水の世界 」
井上陽水の世界 夢の中へ断絶 傘がない・紙飛行機

<全20曲>
SIDE/A
夢の中へ○
いつのまにか少女は○
神無月に囲まれて☆
あこがれ★
人生が二度あれば★
傘がない★
小さな手★
ハトが泣いている★
感謝知らずの女★
東へ西へ☆

SIDE/B
断絶★
夏まつり☆
つめたい部屋の世界地図☆
夜のバス☆
紙飛行機☆
あどけない君のしぐさ☆
帰郷(危篤電報を受け取って)☆
もしも明日が晴れなら★
愛は君★
白い船★

1st「断絶」から10曲(★)収録されていないのは「限りない欲望」「家へお帰り」の2曲のみ
2nd「陽水Ⅱセンチメンタル」から8曲(☆)
シングル「夢の中へ/いつのまにか少女は」(○)

このカセットは1枚めから2枚めまでのベスト盤的な意味合いで企画されたようだ。
カセットの背見出しとカセットハーフには「夢の中へ・断絶/井上陽水の世界」とクレジットされているが、ラベル正面には「井上陽水の世界 夢の中へ断絶 傘がない・紙飛行機」と記されている。

火曜サスペンスかっ

「音楽はオリジナルアルバム単位で聴くもの」という固定された概念を持たない人が、ふらりとレコード屋さんを訪れて、ふと棚を見ると陽水のカセット。
「ん?こんなアルバムあったかな?」
と手に取ると"なんだかいい曲"がたくさん並んでいる。LP2枚+シングル買うよりお得かも・・とお買い上げ!

ポリドールのカセット担当者が、そんな妄想を抱いていたのかは知る由もないが、その判断は誤っている。記念すべき陽水のデビュー作「断絶」のアルバムカセットを世に残すべきだったと思う。

※参考
「断絶」収録曲
<全12曲>
A面
あこがれ
断絶
もしも明日が晴れなら
感謝知らずの女
小さな手
人生が二度あれば
B面
愛は君
ハトが泣いている
白い船
限りない欲望
家へお帰り
傘がない

「陽水Ⅱセンチメンタル」収録曲
<全12曲>
A面
つめたい部屋の世界地図
あどけない君のしぐさ
東へ西へ
かんかん照り
白いカ-ネ-ション
夜のバス
B面
神無月にかこまれて
夏まつり
紙飛行機
たいくつ
能古島の片想い
帰郷:危篤電報を受け取って

なんだったら、今からでも遅くないぞ!



46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年1月 7日 (木)

井上陽水の「夏まつり」に、出会わなかった妹を思う

ラジカセ生活(2日め)
カセットを入れて、プレイボタン押下
むむ、テープが回らない・・
いきなり、壊れたのか?
血の気が引いたが、
表と裏を反対に入れていた。

昨日はセレクトスイッチにノータッチだったので、しっかり動作を確認していく。
あ、TAPE SELECTが「CrO2」になっている
ノーマルテープなのに
スイッチを向こう側に倒して「NORMAL」に切替え
これで音がクリアになった^^;)

初期のラジカセ生活時代、スタジオ1980の倒すスイッチに憧れていた。
おや?METER SELECTが「TUNE」になっているぞ
道理で昨日は動きが変だなと思った・・
「LEVEL」にすると振れ方がシャープになった。
(それでもピークメーターほど、きびきびしていない)

それにしてもメーターの針があまり振れない。つまり音のレベルが低い。こんなに小さいレベルで録ったのか。それとも、この機械が古いということか・・
もしかして、大きな音で聴いたら針がもっと振れるのかと試してみたが、変わらなかった。そりゃそうだよな。

3桁のアナログなカウンターもしっかり回っている
表裏、あっという間の60分が過ぎた。
それにしても、40年前にエアチェックしたカセットテープが伸びもせず、きちんとまともに動いていることに驚く。


続いてこの日届いた「陽水ライブもどり道」をかける。
古いカセットなので、初めて再生する前は、巻き送り>巻き戻し。
きゅー スゴイ鳴きが入る
胸が締め付けられる
大丈夫なのか・・
巻き戻しという作業は、古いモーターには過酷な負荷なのではないだろうか。

プレイボタンを押下する。拍手が鳴って陽水が「夏まつり」を唄い始める(JITTERIN'JINNではない。あちらは「夏祭り」)
♪もらったおこづかいなくすなよ
と妹に諭す兄の光景が目に浮かび、あぁ自分にも妹が欲しかったなと中学生の僕は考えていた。
そういえば、小学校の低学年の頃だったか、母にこう尋ねられたな
「妹か弟か、どっちか欲しいかね」
突然の質問に真意が測りかねた。
僕の家は姉と僕という2人兄弟が確定していて、そこに、僕が望んだら「はい、妹できました~」となるわけがない。母は僕をからかっているんだろう。それにしても、聞いても意味の無いことを・・
人類誕生の仕組みを知らなかった小学生の僕は「そんなん聞いたってしょうがないやん」と少し腹を立てたように答え、その後、2度と母はその話題を出さなかった。
もしも、その時、これからでもなんとかなる(笑)ことを知っていたら、僕は「下ネタかよ」とは言わなかったとしても、恥ずかしくて答えられなかっただろうし、まだ陽水に出会う前だったので、妹が欲しいとはこれっぽっちも思っていなかった。


VUメーターがさっきよりもよく振れ始める
プロが作ったテープだから、これがこの機械本来の姿なのだろう。
振れるといってもレベル5あたりまでで、レッド(0~3)まで振れることはない。
ピークメーターで録っていた頃、ピークが一瞬レッドに掛かるくらいにレベル設定していたが、このカセットが作られた昭和48年当時はこのくらいが標準だったのかも知れない。


46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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2021年1月 6日 (水)

ハブが見えなきゃ、ラジカセじゃない!

今回ラジカセ生活再開の機種選びでこだわったポイントに「ハブの回転がこの目で見えること」があった。

カセットは物理的に音を出す機械
(パソコンの音楽ソフトは論理的)
ラジカセはハブが回ることで音が出るという仕掛けを目で見ることができる機械だ。
せっかくのその機会を失いたくない。

令和のいま、現役販売されているラジカセはハブを隠しているものが大半。外観から機械が苦労しているところを見せないのは、洗練されたデザインのつもりなのだろうか。
いま、カセットに回帰しようとしている人がそんなデザインに惹かれないことは、少し考えただけでわかりそうなものだ。

テープが徐々に左側のハブに溜まり、右側が少なくなると、あぁもうすぐ終わりだなわかる。
これは、紙の本とKindleの違いに似ている。

紙の本は読み進めていくうちに、左手の厚みがうすくなってきて、あぁもうすぐ終わりなんだ、名残惜しいなと想う。もちろん「早く終わってくれ」と想う本もある(むしろ、その方が多い)

残量が数値ではなく、だいたいの分量で見えるのがアナログということだ。

現代は「アレクサ、年始に聴きたい琴の音色をかけて」と口にするだけで、音楽が流れてくる時代。
それが、どのような仕組みなのかを大体説明できるが、それはとても不思議なことだ。


ヤフオクで購入した1980の出品写真には、オープンリール風のカセットが映り込んでいて、ハブが見える1980にとても映えていた。
こんなのあるんだ・・
商品説明欄には(カセットテープは付属しません)とあったので別途しらべる。

ハブが金属製オープンリールの外観を模している「オープンリール風カセット」は1980年代に売られていた。僕がラジカセを卒業した後であり、道理で知らなかったわけだ。

■時系列の記録
1981年
THORENS(ターンテーブルを主力とするオーディオメーカー)が「Super LH-60」発売 当時価格650円

1980年代
東芝(RD-**)ナショナル(C-52)、がオープンリールタイプを発売
TEACが湿式クリーニングカセット(クリーニングピットクルー)発売

1983年
TEAC「STUDIO**S」発売
以降、TEACは STUDIO**G、SOUND**X、SOUND**S、COBALT**S,X を順次発売

1984年
TEAC OPEN CASSETTE=オー・カセ 発売 リールホルダー+リール5巻セット ノーマル3,800円、ハイポジション4,550円、メタル5,300円
YAMAHA MUSIC XX 52 発売 当時価格750円


大半の銘柄はノーマルポジション。テープを着せ替えできる「オー・カセ」にはハイポジション、メタルがあった。
2020年現在、現役生産モデルはない。ヤフオク、メルカリで新古品、中古品が販売されていて、出品価格は3,000円以上と他の生テープと比べて高めに設定されている。



46年の時を超えて、憧れのスタジオ1980を手に入れた

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