2022年12月 6日 (火)

アンコールがないとは知らなかったM.S.G.公演 マイケル・シェンカーが40年前と変わらぬマイケル品質で応えてくれた

Michael Schenker's 50th Anniversary Universal JAPAN TOUR 2022
今回のツアーには「マイケル・シェンカーの活動50周年」と2022年の新譜「UNIVERSALの日本ツアー」という2つの冠がついている。

また、2020年3月には、コロナ禍により「M.S.G.40周年」としての来日公演が中止となっており、コンサートグッズとしてはその時に売る機会を逸したタオル、クリアファイルなどが併せて売られていた。

このツアーは3会場とも全席完売により満席。
中野サンプラザは2,222人の定員に対して2,100人を入れているので、収容率は94.5%
コロナ禍の市松ではなく前後左右に人がいる。
幸い、両隣りの方は「ライブマナーの三要素」を満たしていてありがたかった。

・踊りまくってぶつかってこない
・「一本釣り*」で手をぶつけてこない
・開演中にスマホを使用しない

*「一本釣り」とは島津亜矢の人気曲ではなく、コンサート中に聴衆が一斉に右手でステージ方向を指し示すこと。肘を挙げた状態で前腕を折りたたむ動作。その繰り返し。(しらべるの造語)


しかし、前方座席のスマホ事情はひどかった。
一人がスマホで撮影する。するとその後ろの人も「いいのかな」と続く。また後ろが「僕もやっちゃう?」とつづく。
前の青年は曲が変わる度、スマホで撮影していた。座席番号で本人が特定されるというのに、度胸が座っている。
曲が佳境にはいる度に、視界に灯籠のような灯りが明滅するのは実に興ざめだった。
開演前、撮影についての注意喚起は型通りのものだった。「発見した場合、退出を求めることがある」くらいの抑止をしてほしいところだ。


「Rock Bottom」
マイケル在籍時のUFO「Phenomenon」に収録された曲
ライブではこの曲でギターソロが織り込まれる
ギターの部にはいると、ロメロが下手(左)袖に消える
交替で休憩なのだな。。
この時はそう考えていた。
それにしても、長いな。ロメロの喉を休めるためとはいえ、終わりがけはちょっと飽きてきた


ドラムセットのステージが低い。
1981年福岡サンパレス公演でドラムセット裏のドリンクプールにいた時、そこから観客席は見通せなかった。
僕の背より高いステージが組まれ、その上のツインドラムセットにコージーが座っている。
現代ライブでは、ドリンクがプレーヤーの側に置かれている。
ロニー・ロメロは間奏の間にドリンクを取っていた。
今となっては客の前で給水?するのは当たり前。
それもよりも1981年にドリンクプールがあったほうが謎だ。
その事情に詳しい方がいたら、その理由が知りたい。


行動範囲は狭いけれど、マイケルはとても楽しそうだ
時おり前列の客にアピールしてやりあう
残念なのは定位置から離れないことだ


まだ聴きたいかい?
ロメロが僕らに問いかける。え、言葉わからない?僕はスペイン語だけど・・
と言ってスペイン語で話しはじめる。
ロメロの母国チリの公用語はスペイン語。彼は2009年からスペインに移住している。
90分の立ちっぱなしはきつい。特に定点に留まる必要があるライブの場合なおさらだ。
足腰は限界に達していた。
そろそろ一旦終わってくれないかな・・
という願いも虚しく、マイケル・シェンカーがUFO在籍時のナンバー「Too Hot to Handle」

経口補水液のジェルがここで底をついた。
聴衆の熱気で気温が上がり、マスク内の熱も上がってきた。ここで倒れるわけにはいかない。みんなすごい体力だなと周囲を見渡す。

もう1曲聴きたい?
ロメロが指を一本立てて、すぐに「Only You Can Rock Me」へ

マイケルはライブの間、一度もステージ左手に来てくれなかった。
ギター・ベースとの掛け合いで中央に寄って来る。だがそこに国境線でもあるかのようにドラムスを境にするセンターラインを超えることはない。
一方、ロメロは右に左にと端っこへのお目見えを務めていた。

左手に座席がある僕らにとっては残念だ。
マイケルはいつも、そうなのか。もしかして、ギターとアンプがシールド(ケーブル)接続で、行動範囲が限られている?
座席を選べたら迷わず上手を選ぶのだが、抽選なので仕方ない。


曲が終わると、マイケルが「また会おう」と声をかけ、メンバーが左袖に消えていく。
G-SHOCKは20:33を表示している。
やっとこれで座れると想ったら、客電がついた
そして、聴衆が帰り始めた
あれれ、アンコールないの?
僕はアンコールがないことを知らず、ここで終わりという心の準備ができていなかった
あっさり、席を立ったファンには、昨今のM.S.G.はアンコールという形式を採らないことが共通理解されていたようだ。


M.S.G.ライブを終えて心地よさだけが残っている
マイケル・シェンカーは崇拝する神ではなく、愛すべきアイドルである
現役のうちに一度(観客席で)見ておきたいと思ってチケットを買った。
コロナ禍でありながらすべてのチケットが売れた。
それにマイケルがマイケルとしての品質で応えてくれた。

おわり



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2022年12月 3日 (土)

引く手あまたのロニー・ロメロ 僕らはロメロの全盛期に立ち会ったのかも知れない

Cry for the nation!
ん? なんかみんな歌ってるぞ!
ロメロが耳に手を当てて合唱を促す
クラ~~イ フォー ザ ネイションズ!
大合唱だ
あぁ、ライブにはこれがあった。これは気持ちいい。これがやりたかった
41年前、アルバイトで参加した時は、コージーの後ろでこっそり口ずさんでいたのを思い出した。

主催者(東京音協)が事前に開示している実施要項では、この公演は「大声エリアなし 定員2100人」だった。従って「声なし」公演だと理解していた。
だが、開演に際して場内での「声出し」に関する注意喚起、説明は一切なし。
マスク着用の歌唱は容認という運用のようだ。

既に日本でも、Jリーグでは「声出し応援試合」が行わている。それとここの違いはオープンエアのスタジアムと屋内のホールという「換気」の差。
期せずして、この日が声出し屋内ライブの再開体験となった。


「Red sky」
1983年、4作めのスタジオアルバム「Built To Destroy」からシングルカットされた懐かしい曲
ロメロは「一緒に楽しもう」とばかりに煽ってくる。
彼の求めに応じ、僕らは"れっどすかーい"を合唱する
それにしてもロメロ、過去ナンバーをどれも完璧に歌いこなしている
プロ中のプロだ
これからも、自分のバンドを持ちながら、老舗ハードロックバンドに参加するかも知れない。

歴史の長いミュージシャンのライブにおいて、残念な気持ちになるのはシンガーの声が出なくなっていることだ。
だが、シンガーが交代できるバンドの場合、時計の針を40年でも50年でも巻き戻すことができると知った。


There is no return!
聞き覚えのある「Sail the darkness」のフレーズをロメロが叫ぶ
そこから聴衆と、There is no return! の掛け合い
でもコロナ禍で合唱を忘れていた僕らは、うまく応えることができない
しびれを切らしたロメロのロングシャウトに僕らは大喝采
いったい、どんな肺活量なんだ!

やるな、ロメロ!
すごいな、ロメロ!
彼は皆の心のなかで大いに称賛されただろうし、これからさらに大きな称賛を受けるだろう。
これから始まる新たな物語。エレガント・ウェポンズなどで彼のプロジェクトが成功した時、僕らは「ロメロが41歳の時、MSGのシンガーで来てて、ライブに行ったんだよね。その時からロメロはすごかったね」と自慢げに言うだろう。


「Lights Out」
ロメロ驚愕の歌唱がつづく
このライブの予習で、かつてリッチー・ブラックモアが「ロニー・ジェームス・ディオ+フレディ・マーキュリー」と評したと知った。
Apple Musicで彼の歌唱を聴くと、いくつかのプロジェクトのライブでは、QUEENの楽曲を歌唱している。
それを聴くと「フレディに似てるな」と想ったが、この日の歌唱はロニー・ジェームス・ディオ・クオリティ。


「この曲はアルバム、ユニバーサルからの1stシングルだ」
ロメロが紹介して「EMERGENCY」
2022年5月リリースの「UNIVERSAL」の制作に、ロメロは5人のボーカルの1人として参加。この曲はロメロが歌唱している。

2022年の最新作「UNIVERSAL」はとても"いい曲"が多いアルバムだと想う。
昔の"いい曲"と今の"いい曲"が交互に並ぶことと、ロメロの歌唱が相まって、M.S.G.が「懐かしのバンド」だと想っている人はここには居ないだろう。


佐野元春ならば、スローなナンバーでは「座って聴いてください」と言ってくれるが、ロメロにそんな気遣いはない。そもそも、M.S.G.にはKISSの「Beth」のような、メロディアス・ナンバーが少ないのか。いずれにしても今日はやらない。


「Armed and Ready」
M.S.G.1stアルバム「神」の名曲はライブ中盤に演奏されていると、予習で把握していた。
知らなかったら「いつやるのかな」とヤキモキしただろう。
再び、双眼鏡を取り出してマイケルの一挙手一投足・・と言いたいところだが、中段にいるため足元は見えない。彼がどんなパンツを履き、靴を履いているのかは見えなかった。

次回最終話


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2022年11月24日 (木)

オープニングから完璧なマイケル・シェンカーの「Into the arena」ロニー・ロメロの「Cry for the nations」

19:00
開演時間どおりに客電がおちる。なかなか几帳面だなマイケル
ただすぐに演奏が始まるのではなく、暗がりのホールに AC/DC「Highway To Hell」が流れる。
なぜ客電を落としてから AC/DC なのか? 「Google先生」は答えてくれなかったので、エピソードをご存知の方がいたら教えてほしい。

マイケルが67歳になったように、僕らも大人になった
(マイケルは1955年1月10日生まれ)
40年、50年と活動をつづけるミュージシャンのライブでは聴衆も高齢化する。
あたりを見渡して「年寄りばかりね」と年寄りが言うのがお約束だが、この日、そういうカッコ悪くて不遜な発言を耳にしなかった。
齢は重ねても、きりっとしている。M.S.G.に集った人々はそんな人が多い印象だ。

それでも足腰の高齢化は否めない。皆さんはこのライブにどう臨むのか?
答えはすぐに出た。
「Highway To Hell」が流れ始まるとあっという間に all standing
そりゃそうだろうな・・
意を決して立ち上がる。シャイな気持ちのままじゃいられない。ここは楽しむぞと決めた。

「CDコンサートかっ」
内心ツッコミ始めた頃、時間にして4分ほどでメンバーが登場
ステージ上手(右側)袖に現れたマイケル・シェンカーにスポットが当たり、彼が第一声
おぉ、マイケル自ら喋るのか!
ロニー・ロメロがずっと仕切るのかと想っていた。これは嬉しい
マイケルは極寒地の警備員みたいな帽子を最初から最後まで被っていて、見た目が暑そうだった。


オープニングは「Into the arena」
セトリ予習でこれが来ると想像できたが、あまりに嬉しくてウエストポーチから双眼鏡を取り出す。
マイケルの笑顔、コードを抑える左手、ピッキングする右手、曲が終わるまでガン見しつづけた。

「レコードのまんまだな」
40年前だったらこう書いただろう。スタジオ音源とクオリティが変わらない。
失礼だが「マイケル、まだ上手いな」と想う
マイケルは時おり観客にドヤ顔を見せている。マイケル好調だ


「Cry for the nations」
マイケルが Mr.Ronnie Romero! と紹介してシンガーの登場
Aメロを聴いたところでびっくらこいた
「なんか、すごいなロニー・ロメロ」

■ロニー・ロメロの予習記録
ライブ前日に誕生日を迎えて41歳のチリ人。
これまで自身のバンドであるローズ・オブ・ブラックを始めとして、レインボー、ヴァンデンバーグ、M.S.G.などに在籍。所属バンドに加えて声がかかったプロジェクト、ツアーに参加している。

略歴

1981年11月20日
チリ生まれ

2014年
ローズ・オブ・ブラック(LORDS OF BLACK)結成
アルバム「ローズ・オブ・ブラック」

2015年~2017年
RAINBOWのライブに参加

2017年
ローズ・オブ・ブラック来日公演

2018年
ローズ・オブ・ブラック「Alchemy Of Souls, Part II」

2020年
ヴァンデンバーグの再結成に参加

2021年
M.S.G.に参加

2022年
5月、M.S.G.のアルバム「UNIVERSAL」に参加
10月、エレガント・ウェポンズをジューダス・プリースト、パンテラの元メンバーと結成
11月、M.S.G. 2022年 来日公演に参加

2023年
エレガント・ウェポンズ1stアルバム発売予定

ロニー・ロメロ41歳
恐らく、人生の絶頂期を迎えている
知力は右肩上がり、体力は右肩下がり
その交点がこの頃なのだと想う

つづく


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2022年11月23日 (水)

マイケルシェンカー50周年ツアーのコンサートグッズ先行販売に参戦する

初めてJR中野駅に降りたのは3年前。
2019年2月「イルカ&太田裕美~青春のメモリー~」以来の中野サンプラザ。
今日は41年ぶりにマイケル・シェンカーとの再会。

早めに中野に着いて「中野ブロードウェイ」を散策する予定を変更して、16:30開始と告知されているマイケルシェンカー50周年ツアーのコンサートグッズ先行販売に参戦する。

15:40
JR「中野」北口を出た歩道橋から、正面玄関前に待機列が見えた。
50分前に30人ほどが並ぶ列の最後尾につく。これだけ出足が早いのはなぜだろう。とても数量が少ない品があるのだろうか?初参戦の僕にはわからない。コロナ前は周囲のファンに話を聞いていたが、最近はしなくなった。
当日昼のチェック段階では、東京音協のウェブサイトにグッズは掲載されていなかった。

中野サンプラザ前の気温は17.6度。充電式カイロで暖を取る。できれば、列の先頭は屋内にして欲しい。

16:20
定刻10分前に列が進み始める。この時点で行列は120人ほどに伸びていた。先頭が売り場に着くと販売開始。
ツアーTシャツが【A】【B】【C】の3種類。それに「M.S.G.40周年」のタオル。
レジ・カウンターには40周年のクリアファイルとリストバンド。

Tシャツ【A】を選びサイズは「M」で出してもらう。大きさの作りはどうですか?と尋ねるとスタッフが広げて見せてくれる。それを見て「S」に変更。結局いつも着ているサイズで買ってぴったりだった。
説明によると「通常は外国サイズで作っているので大きめですが、今回は日本サイズなので・・(大きいということはありません)」

16:30
グッズ売り場では買物袋の販売提供がないので、近隣コンビニで買い物をして袋を確保。それから予定していた「中野ブロードウェイ」散策へ。

「中野ブロードウェイ」はサブカルチャーの聖地といわれる商業ビルで、サブカルに限らず、多業態の店舗が入っている。
・B1~4Fまで5フロア
・1966年開業

17:30
中野サンプラザへ戻ってきた
中野サンプラザは1973年開館。昭和の雰囲気が漂う老舗コンサートホール。
老朽化のため、2023年7月2日をもって閉館し取り壊されることが発表されている。跡地は中野駅前再開発が行われる。

宴会場・会議室・ホテルなどの総合施設で、コンサートホールは21階建てビルの1~4階部分にあたる。ホールの観客席は1~2階席に分かれている。

ヨコ最大50列。前寄り12列までは、左右がステージに正対するよう斜めに配置されている。収容人数は2,222人だが、この公演は2,100人定員で行われる。

東京音協のウェブサイトによると、来日するバンド・メンバーは5月に(予定)として発表されたまま替わっていない。

Michael Schenker(Lead guitar)
Ronnie Romero(Vocal)
Steve Mann(Guitar/Keyboards)
Bodo Schopf(Drums)
Barend Courbois(Bass)

18:00
開場の待機列ができる
18:15
開場

座席に荷物を置いて外へ。しばらくホール左側のロビーに座っていると、一人の女性が僕のほうにカメラを向けた。
ツアーTシャツを着ているが、被写体として選ばれるとは思えない。知らんぷりをしていると次から次に人々が足を停めて写真を撮り始めた。
撮影の流れが切れたところで振り返ると、壁にツアーポスターが貼られていた。他では見かけなかったので貴重な1枚だったのだろう。

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2022年11月20日 (日)

バックステージから見たM.S.G. マイケルシェンカー50周年 M.S.G.ライブ予想セトリ

「M.S.G. 中野サンプラザ」のキーワードで「Google先生」に尋ねると、いわくつきのエピソードをいくつか読むことができた。
肝心なのは、マイケル・シェンカーが直前になって「やっぱりいかない」と言い出さないかだが、公演5日前時点で公演キャンセルの情報はない。
来日メンバーなどについての情報は、5月28日に公開された情報が最新のままだ。

■メンバー(予定)
Michael Schenker(Lead guitar)
Ronnie Romero(Vocal)
Steve Mann(Guitar/Keyboards)
Bodo Schopf(Drums)
Barend Courbois(Bass)

■チケット
全席指定 一律13,000円
最速特別先行予約受付(抽選)に申し込み、当選した。
座席は32列ある1階席のちょうど中間あたりだった。
初めてのM.S.G.は、コージー・パウエルの真後ろ(バックステージ)だったので、それと比べるとずいぶん遠いが、今回はお金を払う側なので、自由に楽しむことができる。


■初めてのM.S.G.
初めてのM.S.G.は1981年。初来日時の福岡サンパレス公演だった。
夏休みに実家に帰らず暇を持て余していた僕が学食でカレーを飲んでいると(あまりに速いので、周りから「飲んでる」と言われていた)RKBでアルバイトをしている Yがやってきた。

「あ、ちょうどよかったぁ。人が足らんちゃけど、レインボーとマイケルシェンカーのバイトばしてくれん?」

夏休みの福岡では、九州一円から集まっている学生たちが実家に帰省しており、アルバイトの担い手が足りなくなるという現象が起きていた。この時、YはRKBの要請で人を探していた。
彼には、QUEEN九電記念体育館公演をタダで見せてもらった恩がある。

いやそんな恩はなくても、レインボーとM.S.G.のライブに主催者側として関与できるなんて、当時のロックキッズならば泣いて喜ぶ行幸。
願ってもないオファーに2つ返事で「2日ともいく!」と返事した。


初日のレインボー公演は狂乱の夜となった。
コンサートの間ずっと、防音扉の外に立っているだけという、音楽とは無縁な役割に退屈したが、終演後に起きたリッチーのご乱心で、緊迫した現場に対峠することになった。

レインボー 席の上には決して立たないでください

迎えた二日目はM.S.G.
僕は「バックステージのドリンクプール」という、夢のような役割にアサインされた。
今だったら、一ヶ月かけて知人と親戚に言いふらして回りたいくらいの、すごい役割である。

巨大なツインドラムセットの後ろなので、客席からそこにドリンクプールがあることはわからない。ということで、こちらからステージ上は見通せない。
マイケル・シェンカーのプレーぶりをガン見することはできなかったが、コージー・パウエルが叩く姿を2時間超にわたり見ていられた。

彼の両手に握られたバチは、小倉祇園太鼓で使われるそれの2倍はあると想われた。
そのバチでバチバチ叩くのである。そりゃ、音が違うはずだ。
しかも、そのバチで2時間以上叩きつづけるコージー。

「いったいどんな握力をしているんだ」と驚愕した。

2022年6月にコージーのインタビュー記事を集めた「コージー・パウエル伝 悪魔とダンス」ローラ・シェントン著 中山美樹訳 シンコーミュージック が出版されている。
この書では、コージーが音作りと同じくらい、カラダ作りに重きをおいていたことがわかり、興味深かった。

バックステージからM.S.G.ライブに立ち会った日
覚えているのはコージーのバチの太さと、コージーがずっと笑っていたことだ。
曲間のMCの時はもちろん、バチバチと叩いているときですら、彼は楽しそうだった。
そんな数時間、そばにいられたことは、心の大きな財産になっている。

詳しい話は以下の記事でどうぞ!
M.S.G. 幸せそうなコージー・パウエル


情報を確認すると、本番に向けた予習にはいる。
僕が聴いていたM.S.G.は初期の作品だけなので、その後の曲は知らない。
近年、どのような曲が演奏されているかをチェックしたうえ、Apple Musicに入っている曲(ライブ音源がある場合ライブ)でセトリの予想プレイリストを作成した。

■M.S.G. 予想セトリ プレイリスト
Into the Arena
Cry for the Nations
Doctor Doctor
Looking for Love
Red Sky
Sail the Darkness
Lights Out
Emergency
Armed and Ready
A King Has Gone
Rock Bottom
Shoot Shoot
Natural Thing
Too Hot to Handle(UFO)
Only You Can Rock Me(UFO)
London calling
Fighter

Run to the Hills
Samurai

「あぁあの曲だな」と音と曲名が一致するところまで、残すところ5日の突貫作業が始まった。

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2022年11月19日 (土)

マイケルシェンカー活動50周年ツアー M.S.G.が日本にやってくる!

来週、M.S.G.が日本にやってくる。
高校時代、愛用したスポーツバッグではない(それはMADISON SQUARE GARDEN)
*ちなみに「マジソンバッグ」は近年復刻された

M.S.G.はスコーピオンズ、UFOを渡り歩いたドイツ人ギタリスト マイケル・シェンカー率いるハードロックバンド Michael Schenker Group
表記はMSGではなくコンマが入ったM.S.G.
*comma はコンマ、カンマどちらでもよい

■M.S.G.の歴史
1972年
マイケルシェンカーがスコーピオンズに参加

1980年
M.S.G. 1stアルバム「神」
「Armed and Ready」「Cry for the Nations」「Into the Arena」M.S.G.の代表曲3曲が収録されている

1980年
ドラムスにコージー・パウエルが参加

1981年
2ndアルバム「神話」
初来日 5会場で公演

8月12日、日本武道館
武道館公演ライブアルバム「飛翔伝説~M.S.G.武道館ライヴ」が、LP2枚組、カセットは2本組で同年12月に発売された

8月17日、福岡サンパレス
前日は同会場でRAINBOWが公演。九州のロックファンには夢のような2日間だった
(僕はこの両日にアルバイトとして参加した)

1982年
3rdアルバム「Assault Attack」

1983年
1月、来日6会場公演「THE MAD AXEMAN STRIKES BACK」
4thアルバム「Built to Destroy」

2010年
「30周年記念コンサート~ライヴ・イン・トウキョウ2010」

2021年
M.S.G.デビュー40周年記念スタジオ録音アルバム「IMMORTAL」

2022年5月
アルバム「UNIVERSAL」

2022年11月
来日公演「Michael Schenker's 50th Anniversary Universal JAPAN TOUR 2022」


今回は4年ぶりの来日公演。M.S.G.としてはコロナ禍以降初めて。
(M.S.G.としてではなく)1972年にプロ・デビューしたマイケル・シェンカーの活動50周年記念ツアーと位置づけられている。


■時系列の記録

2020年3月
コロナ禍により、M.S.G.の来日公演が中止となる

2022年5月27日
アルバム「UNIVERSAL」リリース

5月28日
来日公演開催を発表

6月17日~6月27日
東京音協のホームページで東京公演の最速特別先行予約受付(抽選)

6月29日
先行予約の抽選結果通知

7月16日
チケット一般発売

11月21日(月)19:00
中野サンプラザ公演
11月22日(火)19:00
中野サンプラザ公演
11月24日(木)19:00
大阪 Zepp Namba公演


いよいよ来週に迫ったM.S.G."2度めの"参戦に向けて準備を始めよう。
まずは、マイケル・シェンカーがちゃんと日本に来るのか、公演がキャンセルされはしないかというところからしらべる

つづく

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2022年11月11日 (金)

福岡に貸しレコードがやって来た日

曙荘にスピーカーが届き、夢にまで見た「僕のオーディオコンポ」は完成に近づいた。
最後の1ピースはチューナー。

中学のラジカセ生活以来、新たな音楽は「エアチェック」でを手に入れてきた。
聴きたいと思った音楽を新譜で買うことが難しいのは、アルバイトをしておこずかいが増えた今も同じだ。
そのために「FM」を受信するチューナーが欠かせない。

しかし、先輩の清原さんから譲り受けたモテるテーブルに「チューナー」が乗ることはなかった。
貸しレコードが始まったからだ。

大学1年を締めくくる後期試験が終わる頃、大学からほど近い国道202号線沿いのビルの2階に「JOYFUL西新店」が開店した。

この半年前、東京では日本初の貸レコード店「黎紅堂」がオープンしているが、当時はインターネットがない時代。情報量は限られている。離れた場所で発生する情報を得る手段は限られていた。


「貸しレコード」という言葉に、僕らは色めき立った。
LPレコードを買うということは僕ら若年層にとって、とてもスリリングな取り組みだったのだ。
僕らはおこずかいが少ない。でも音楽を聴く世代だ。

セブンイレブン碓井誠取締役は、2000年5月11日の講演で「コンビニにCDがある理由」に関連して次のように話している。

・コンビニにはCDを買う23歳以下の低年齢顧客が多い
・30台がCDを買わないのは、通勤ルートや、身近にCDショップがないからかも知れないという仮説のため、コンビニに置くことにした
・セブンイレブンのCD売上は、CDショップが多い東京よりも、ショップの少ない地方のお店が3倍売れている


この話を聞いて、僕はこう考えた。
音楽CDを買う世代は23歳まで。それまでは音楽中心の生活を送っている人も、30代になると音楽をあまり聴かなくなる。それは仕事、結婚、子育てに大半の時間が割かれて、ゆとりがなくなるためだ。
しかし、40代になって人生に迷い、50代になって時間のゆとりができると、音楽を聴く生活に戻ってくる。

時間がなくなって失った習慣、飽きた習慣はなくならない。
嫌いにならない限り、人はその習慣に戻ってくる。
というのが、僕の見解である。


話は1981年に戻る。当時、僕がレコードを買うまでの流れはこうだった。
月刊誌「シティ情報ふくおか」のレコード紹介で話題の新譜をチェックする。
レコード帯に書かれている「最高傑作」「チャートナンバー1」の文字に惹かれ、どうか「当たり」であって欲しいと祈りをこめ2500円を投じる。
だが大半の場合、それは僕の中では「最高傑作」から程遠いもの。レコード帯が恨めしかった。

若者にとってレコードを買うという取り組みは、ワクワクとがっかりの繰り返し。
経験を積むごとに、大人には騙されないぞと、気難しいものになっていった。

それが、貸しレコードの出現で「250円でOK」になったのだ。
従来は1枚のレコードしか買えなかった予算で10枚が借りられる。
*レンタル料は1泊2日で250円に設定されていた

当初、貸しレコード屋は定価で売るレコード屋から仕入れていたため、大学生のアルバイトに生協で割引のレコードを買わせていた。
生協で袋いっぱいのレコードを抱えているJOYFULの店員は、とても楽しそうだった。

※1985年施行の改正著作権法で「貸与権」が認められ、レコード会社から貸しレコード屋への商品供給が可能になった

レコードを選ぶと検盤台へ持っていく。落とさないよう慎重にジャケットからレコードをとり出して両面をチェック。
傷がついていないことを確認してからレジに持って行き、店員と傷の確認をしてから借りる。
返却時も店員が盤面をチェックして、初めはなかった傷がついているとそのレコードを買い取らなければならない。

ある時、先輩のAさんが JOYFUL店員からレコードを買い取るよう迫られる場面に出くわしてしまった。
店員は厳しい口調で「この傷はなかった」と言い、先輩は憮然とした表情で押し黙っている。
僕は居たたまれなくて、そっと店を出た。

客と店員による相互検盤という運用は、CDが登場して「貸しレコード」が「レンタルCD」になるまでの間つづいた。
幸い、僕が買い取りを迫られることはなかった。
検盤をして250円と引換に「Journey」の新譜レコードを持ち帰った幸せを想うと、今も笑顔になれる。

コロナ禍で三年ぶりのさとがえり(目次)

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2022年9月 4日 (日)

元春HPが30周年を迎える

2022年9月23日で、元春HPが30周年を迎える。

母体が置いてあるmixiのCUG*は、とうに閑古鳥が鳴いているし、昔の仲間たちとの音信も途絶えがちだ。
それでも、30周年という節目には、昔の仲間で集まって、旧交を温めようと話していた。

Crosed User Group
閉じられたユーザー・グループ。つまり非公開


■元春HPとは?
元春HPはロックスター佐野元春のファン・コミュニティ。
1992年、NIFTY-ServeのFROCKで活動していた「店長」が、数名のメンバーと立ちあげたホームパーティ(HP)

ホームパーティは、ケンタッキーとピザを買って来て集まる会ではなく、パソコン通信上の会議室。

ニフティサーブ会員は月額2,000円を追加で支払うと、自分が主宰する会議室(=ホームパーティ)を持つことができた。

ニフティには公的な会議室である「フォーラム」があったが、その設立はニフティの審査を受けなければ作ることができない。
一方、ホームパーティは私信扱い(メールと同じ扱い)で、誰でも(審査を受けずに)開設することができた。

ホームパーティは、1997年11月にサービス終了。ユーザーはパティオ(月額500円)に移行。そのパティオも2005年5月末日でサービスが終了した。

元春HPはその機会に、当時流行の兆しがあったmixiに乗り換えて、現在に至る。
ただ、ご存じのとおり、mixiは過疎化しており、元春HPは開店休業状態となっている。


■Moto's Web Serverの設立
1995年3月13日、元春HP有志の提案が元となり、佐野元春公式サイト「Moto's Web Server」が立ち上がった。
元春HPを語る時、このトピックスが最も、その意義を象徴している。

その6日後に、初めての大規模なanniversary「2.5周年記念オフ」を東京で開催
当時「オフ会」という言葉はなく、offline meeting は「オフ」と呼ばれていた。

その後「オフ会」という言葉が出て来た時は、オフに会を付けてどうする!それじゃ「オフ会会」じゃないかと嘆いたものだが、不幸にもそのまま定着してしまった。


■記念オフ
1997年を境に、ネット民の主戦場がパソコン通信からインターネットに軸足を移すと同時に、パソコン通信上の「元春HP」上での活動が萎んでいく。

それでも、節目の「記念オフ」には、多くのメンバーが再会し、旧交を温めた。

1997年 5周年記念オフ 原宿「ルイード」
2002年 10周年記念オフ 御徒町のライブハウス
2013年 20周年記念オフ 御徒町のライブハウス


■30周年
2022年は元春HP開設から30周年の日。
元々、開店休業状態であるうえ、昨今、僕らを閉じ込めている諸事情も加わり、今のところ記念オフは予定されていない。

だが、元春と共に年を重ねてきた僕らが、元気な顔を合わせられる機会は、それほど多くはないかも知れない(書いていて、少しどんより)

些細なことでもいい。直接会えなくてもいい。
元春と共に、時代を駆け抜けてきた僕らが、まだ共に生きている足跡を、何らかのカタチで残せたらいいと想う。
(と、ポジティブに締める)

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2022年8月22日 (月)

まさかの新作カセット!カマサミ・コングのDJで聴く1980年~90年代のJ-POP

2022年4月「Google先生」に薦められたニュースにその告知はあった。

FM STATION 8090 ~CITYPOP & J-POP~ by Kamasami Kong
カマサミ・コングのDJで1980年~90年代のJ-POPを流すオムニバス企画
2022年5月23日 情報公開 予約開始


「1980年~90年代のJ-POP」というだけならば「スルー」だが、スルーできない2つの理由があった。

1.CDと音楽カセットで発売
音楽の新商品で音楽カセットが併売されるのは、とても珍しい。
1995年頃にはカセットでの販売はなくなっている。
2000年にLOVE PSYCHEDELICOがデビュー曲をカセットで限定販売するといった例外はあったが、
少なくとも2020年にラジカセ生活を再開してからは初めてのことだ。

2.カマサミ・コングのDJ
僕はカマサミ・コングを知っている。でもよく知らない。何処の国の人なのかも。
彼を知ったのは1980年代の愛聴盤「SUMMER TIME ROMANCE〜FROM KIKI」
(1984年5月21日発売)

「OFF SHORE」や「SUMMER EMOTION」といった角松敏生のサマーセレクトを「I’m Kamasami Kong」と名乗るDJがつないでいく1枚。
(コンピレーション・アルバムと呼ばれている)

夏になると、どうしても聴きたくなり、近年、CDを手に入れた。
ラジカセ生活に戻ってからは、ヤフオクで音楽カセットも手に入れた。
滅多に出物がなく、買えたのはスリープボックスが欠品しているものだった。


カセットの新作、カマサミ・コングのDJ

そして、鈴木英人のジャケットとくれば、ここはお付き合いしなければならないと想うが、まだカートには入れない。

曲目を吟味しながら「この曲いいな」と指を折っていた時、ある曲を見つけて僕は決意した。

■収録曲
A面
1, BLUE LAGOON | 高中正義
2, 君は1000% | 1986 OMEGA TRIBE
3, 悲しみのJODY | Beverly
4, ふたりの夏物語 NEVER | 杉山清貴&オメガトライブ
5, 悲しみがとまらない | 杏里
6, 元気を出して | May J.
7, う、ふ、ふ、ふ | コトリンゴ
8, MONKEY MAGIC | MONKEY MAJIK
9, 思い出のビーチクラブ | 稲垣潤一

B面
10,DOWN TOWN | EPO
11,東京は夜の七時 | ピチカート・ファイヴ
12,MOON CHILD | ICE
13,been so long | m-flo
14,Dancin' With Your Lies | SING LIKE TALKING
15,Coffee Scotch Mermaid | m.c.A・T
16,恋とマシンガン | チャラン・ポ・ランタン
17,恋の嵐 | THREE1989
18,真夜中のドア~Stay With Me~ | 市川藍

EPOの「DOWN TOWN」が入っている!
社会人になって間もない頃、自分のお金で手に入れたビデオデッキで予約録画していた週末のお楽しみ「おれたちひょうきん族」のエンディングソングだ。
この曲こそが、僕のなかの80年代。


■品種
CD+カセット+メガジャケ+アクリルコースター 10,500円
カセット+メガジャケ 3,520円 ←これを購入
カセット 3,520円
CD+メガジャケ 3,990円
CD 2,990円


2022年7月19日(発売日前日)納品
鈴木英人のラベルはサイコーなのだが、背見出しが地味だ。棚に置いた時に主張がない。
このテイストは、当時「週刊FM」の中とじ付録だったカセットラベルを意識しているのかも知れない。
"未開封新品"なので、当然ながら音は安定しており、悪くない。
どのような音源からこのテープが録音されたのかはわからないが、まっさらな音が鳴る。
それは、コレクションしている音楽カセットの何処か懐かしい音とは違っている。


音楽カセットコレクターの道に入って初めての「新作カセット」
このコレクターのいいところは、新作が出ないことだった。
自分の中に眠っている「昔、これ聴いていたな」を集め終えれば区切りが付く。
それ以上にお金がかからない。

ところが、まさかの「新作カセット」を手にしてしまった。
どうか、アーティストの皆さんには、新作をCDとカセットで発売するといったことは、止めてもらいたい。僕以外は買いませんよ^^)



憧れのスタジオ1990でラジカセ+音楽カセット生活を手に入れた

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2022年1月28日 (金)

思わず「ジャケ借り」した「A LONG VACATION」

スタジオ1980を購入して再開したラジカセ生活。
手に入れた音楽カセットは60本に達している。
その43本めに手に入れたのが、1981年発売、日本の夏を代表する名盤「A LONG VACATION」

1981年は「貸しレコード元年」レコードを買う10分の1程度のお金で、気軽に音楽を聴けるようになった最初の年。
レンタル店に並んだ永井博(1947年徳島県生まれ)が手がけたジャケットを見て「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ借り」した。
この見事なアートワークは、当時を生きた人々にとって青春の記念碑と言える。

 

当時の大瀧詠一作品は販売不振が続いており、大瀧はこれが売れなかったら引退と覚悟を決めていた。


■大瀧詠一の略歴

1948年7月28日
岩手県生まれ

1969年
「ヴァレンタイン・ブルー」結成

1970年
「ヴァレンタイン・ブルー」を「はっぴいえんど」に改名
はっぴいえんどメンバー:細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂

1974年
Niagaraレーベル設立

1976年
「NIAGARA TRIANGLE Vol.1」発表
メンバー:大滝詠一、山下達郎、伊藤銀次

1981年3月21日
「A LONG VACATION」発表

1982年3月21日
「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」発表
メンバー:大滝詠一、佐野元春、杉真理

2013年12月30日
逝去 大動脈解離 享年65歳


「A LONG VACATION」「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」共に10年期のアニバーサリーエディションが発売されている


■A LONG VACATIONの記録

1981年3月21日
LPレコード発売

1982年10月
邦楽で最初にCD化された12タイトルの1つとしてCD発売

1991年
CD選書「A LONG VACATION」発売 1,500円

2001年3月22日
「A LONG VACATION 20th Anniversary Edition」発売

2011年3月21日
「A LONG VACATION 30th Anniversary Edition」発売

2020年までに累計200万枚以上を販売

2021年3月21日
「A LONG VACATION 40th Anniversary Edition」発売
「A LONG VACATION VOX」発売


オリジナル版の音楽カセット(27FH 959)はホルダー一体型のケースが珍しい。これは当時、CBS/SONY製品の音楽カセットで採用されており、レベッカ、爆風スランプ、聖飢魔IIのカセットも同様だった。

2021年の「A LONG VACATION VOX」には同音源のカセットテープが含まれており、単品でヤフオクに多数出品されていた。ケースはオリジナルとは異なり、通常の透明プラケース入りだった。


「A LONG VACATION」をスタジオ1990に投入する。
調律のピアノが鳴る

目盛り2なのに音がでかい
おとなりさんが出かけている時、大音量で聴いてみたい

憧れのスタジオ1990でラジカセ+音楽カセット生活を手に入れた

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