2026年8月 4日 (火)

7月21日、長崎市から偶然届いた2通の茶封筒

7月21日(火)
3連休明けの週初め
この日、通知が届いていなければ落選だな

現地(平和公園)の酷暑は容易に想像が付く
平服とは言え襟の付いたシャツを着て、炎天下に1時間余りというのは、去年、熱中症で酷い目に遭った僕としては、かなりの難行
ココロはすっかり冷房が効いた出島メッセに切り替わっている


お昼過ぎにポストをのぞく
すると、そこに茶封筒が2通
その1つに「長崎市」の文字を読んだ
「きたーーーーーーーーーーー」
というよりは
「きたのか・・・・・・・・」^^;)

僕の記憶が確かならば・・
応募者への連絡は「当落連絡」ではなく、当選者のみ連絡だった。
これは当たったに違いない

それにしても「2通」は解せない
1通が入場整理券で、もう1通は?
もしかして航空券?
そんなわけないな

同じカタチをした定形の茶封筒

片方は「料金後納郵便」の消印
課名は「原爆被爆対策部調査課」

一方はヤマト運輸の宛名シール
課名は「スポーツ振興課」


長崎市役所では、対外信書の発信日が決められているのか・・・

ふとそんなことを考えるくらい、これまで届いたことのない長崎市からの信書が同時に2つの課から届くというのは希有なことだ。

2つの部署から発信された信書
日本郵便、ヤマト運輸 それぞれのトラックに乗って、最寄りの営業所に届き、連休明けの平日、同じポストに投函される。
特別な縁を感じずにいられない。


「原爆被爆対策部調査課」
こちらは、応募した長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典についての連絡であることは間違いない。
「スポーツ振興課」
こちらは、明確な心当たりがない
もしも、これが電子メールで届いていたら、開封せずにゴミ箱に捨てただろう。

うっすらとした心当たりとすれば、昨年行われた「長崎平和ハーフマラソン」
5年越しで待ちわびた「長崎平和ハーフマラソン(42.195km)」が見送られて開催された21.0975kmの大会。
エントリーしたものの、調整が間に合わず参加を見送った(DNSという)
ただ、会場で受け取れなかった記念品のタオルは既に送ってもらっている。

もうひとつの心当たりは「長崎ミュージックフェスマラソン」
2027年1月に第1回が開催される諫早市のマラソン
FUNKISTの西郷さんがつくる大会公式ソングの歌詞を応募したところ(コース上の)諫早・島原の名産品詰め合わせをいただいた。
(同じく応募した友達にも届いていた)
ただ、この大会は諫早市管轄のはず・・


1週間くらい、このまま放置したいという初めての衝動に駆られながら開封の儀へ

まず謎めいた「スポーツ振興課」からの1通
「2026長崎ベイサイドマラソン」の開催について(お知らせ)

■2026長崎ベイサイドマラソン
開催日:2026年11月15日(日)
スタート/ゴール:長崎水辺の森公園
一般枠:1,700人
チャリティ枠:200人

その募集が7月22日から始まるということに先駆けてのパンフレット送付だったらしい。

ナガサキ夏のピース旅

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2026年7月21日 (火)

「境界線潔癖症」越境してくる大股男、無法男たちから僕の領土を守りたい

僕は境界線をとても大切にしている
だから越境が許せない

飛行機に乗る
エコノミー席はとても狭い
となりの人が男だと大抵の場合、股を開いてくる
その膝が僕の領土に侵入してくる
侵入されないように、先に境界線あたりに膝を置いて防衛する
だが、防衛はとても疲れる
ふと気を抜いた隙に大股男の膝が僕の領土を侵犯するかも知れない
カラダに無駄な力が入る

肘掛けも同様だ
3人掛けの場合、中央の人に肘掛け利用優先権がある
(2人がけの場合、通路側)

だから僕は両端に座った時、そちら側の肘掛けには近寄らない
だが、肘張り男は僕が遠慮した肘掛けを超えてくる
僕はそうならぬように、国境線あたりを防衛する
やはり、これもとても疲れる


コンサート会場でもそれは起こる
誰もが立ち上がり、手拍子を合わせ、叫ぶ
なかにはジャンプしたり踊ったりする人もいる。
右側に立ったダンス男はそのうちに僕との境界線を超えて陣地を拡大してくる
だからと言って僕は左側に侵入したりしない
どんどん陣地が狭くなる
だから、手拍子の肘を時々当てて、ダンス男に空間を認知させる

これはサッカー会場でも同様
ゴール裏では誰もが立ち上がり、拳を突き上げ、チャントをちゃんと唄う
なかには90分間、ジャンプしている人もいる。
右側の席の無法男が、地べたに置いたリュックは境界線を越えている
リュックに境界線を超えさせて、自陣を広くしようという荷物戦術だ


僕は腰ベルトのホルダーに手を回し、バニシングスプレーを取り出すと
しゅーっ
と境界線に一吹きする
無法男が「なんばすっと」と驚く
僕は何事もなかったかのように、スプレーをホルダーに仕舞う


領土が侵された時、僕はいつもそんな妄想をする
実際にできたら、どれだけすっきりするだろう
時間が経つと消えてなくなるので、器物損壊にも問われないはずだ


こんなふうに境界線潔癖症に罹ったのはいつからだろう
学生の頃、こんなことで悩んだ記憶がない
佐世保の人は市営バスに乗っても窓際に人が座っていると、隣には座らないという特徴がある
(考えには個人差があります)
だが、それだけではないと想う

社会に出て、見知らぬ人との関わりが始まった
飛行機に乗り、コンサート会場に行くようになった
でも20代の頃、こんなことで悩んだ記憶はない
いや、記録がないだけかも知れない
日々の細かい衝動や妄想は、ひとつひとつ覚えては居られない
だから、記録が貴重になる
20代の頃、すでにパソコンやスマホがあり、いつでもココロの動きをさっと書き留められていたら
もしかすると、25歳の時に行ったロックコンサートや、出張で乗った福岡>羽田便で「境界線潔癖症」の記録が出てきたかもしれない。実に惜しい

今、20代をデジタルネイティブで生きる皆さんは、記録しておくとよいと想う。
ただ実際に、そんな拙い感情を書き連ねていられるか?
書いているうちに「ちっちぇ-」となって止めるかもしれない

それでも僕は書くことを勧めたい
感情を押し殺すと意思力を消耗する
書いておけば、ちっちゃい自分を重ねてきた歴史が愛おしくなる日がきっと来る

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2026年4月20日 (月)

しらべる 26周年

2026年4月20日
今日で用語集WEBサイト「しらべる」を始めてから26周年です。

26年間、毎日「ホームページ更新」をつづけてきました。
ここでいう更新とは、既存の記事を一部修正加筆することは含まず、新しい記事(ウェブページ)公開のことです。
従って、9516記事以上、実際には10000記事を掲載しています。

始めた時「やるからには毎日つづけよう」と想っていましたが、特に30年続けようと言った目処はなく、漠然と「始めたら停まらないだろうな」と想っていました。

小学校にあがった日「これから毎日、日記をつけなさい」と言って母からセイワのノートを一冊渡されました。
「え゛~なんで・・」
というような反応はしませんでした。あ、いいね。面白そう・・そんな気持ちだったと想います。
なぜ、6歳の僕がそう想ったのかは分析していないのですが、今の僕が記憶していないそういう下地があったのかなと。

サラリーマン当時は物理的に「自由な時間」が少なく用語集「しらべる」とブログ「しらべるが行く」に毎日およそ1時間半をかけるのはきつかった。でも定年退職後はゆとりができるので「今が頑張りどころだ」と想っていました。
結論から言うと、その頃の自分は正しかったなと。

サラリーマンは1日のうち執務と通勤で10時間程度とられるので、それがない分、今は時間が増えました。
確かに「どんだけ時間があるんだ」「自由はいいな」と想います。
なにかを書く時間はたくさん・・
でも、これと言って書きたいことが浮かばない時は、やはり辛い。
それでも書きたいことが浮かび、パソコンに向かった時の楽しさはたまらない。

こうして、言いたいこと・書きたいことができた時、それを発表できるプラットフォームを確保しておいたことは、とてもよかったと想います。

仄聞によると「時間はできたけど、趣味がない」という人が少なくないようです。
僕にはその感覚がわからないので、特定の誰かに「こうすればいいよ」的なことは迂闊に言わないようにしています。
こういう特定の誰かではない人に何かを言う場所というのは、なかなかよいものです。

健康に気を付けて、まだ続けていきます。
また想い出したら時々読みにきてください。

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2026年4月 7日 (火)

ボケが貸してくれたフィンガー5のカセットテープ

中学生の頃、ボケは僕の友達だった
「45人学級」だった当時、1学年70人の小学校ではクラス学級が違っていたけど、そのまま持ち上がる中学ではクラスメートになった。
入った部活が同じだったし家も近所だったので、一緒に下校するうちに互いの家に遊びに行く仲良しになった。

ボケは彼のあだ名
10人の写真を並べて「この中からボケと呼ばれている人を指さして」と言われたら、誰もが一斉に彼を指しただろう。
あくまで第一印象だが

ボケの花は美しいけれど「ボケ老人」という言葉があるように、ボケを呼び名に関するのはどうなのだろう

そう想っていた僕はある日、ボケの家に遊びに行きフィンガー5のカセットを聴いている時、彼に尋ねた
「ボケはみんなからボケって呼ばれよっばってん、平気かと?」
ボケはいつものように淡々と答えた
「あんま気持ちよかもんじゃなかけど、皆がそう呼ぶけんそのままにしとぉ」

僕もひとのことは言えないが、ボケは友達が多いほうではなかった
こうして、近所で仲良くしている数少ない友達の僕までもが「この呼び方はどうなのか」と想っていながら、とぼけてボケと呼びつづけるのは、どうなのか
ボケにそう考えている人もいると伝えたくなった僕はこう提案した
「今度からボケと呼ぶとはやめるよ。名前がたいせいやけん たい君 たい君って呼ぶよ。どげ?」
ボケはニコリともせず、面倒くさそうに答えた
「あぁ、よかよ」

そう言って彼は僕にフィンガー5のカセットを貸してくれた。
彼も僕と同様、ラジカセをこよなく愛していた。彼のマシンはSONYの中堅機だったと想う。
→ラジカセ生活再開


当時「音楽カセット」はとても珍しいものだった。
レコード店の棚には必ず並んでいたが誰かが買っているところを見たことがなかったし、個人家庭で見ることはまずない。
LPレコードならばカセットに録音して聴けば盤面の劣化を防げるが、カセットは替えがきかない(当時まだWカセットはなかった)
値段もLPレコードと同じだし。

僕はFMでエアチェックした曲をカセットで聴いていたし、音楽カセットを買ってもらうという体験は滅多にないことだった。
(僕は生涯で1度だけ)

ラジカセの趣味、フィンガー5 変わり者の僕には珍しく気が合う友達だったが、いつしか疎遠になった。
やがて、僕は転校し、彼との音信はそこで途絶えた


数年前、40年ぶりにその町を訪れた
僕は彼の家を訪ねてみた
数少ない旧友を掘り起こせるかという希望を込めて

僕が住んでいたアパートは色を塗り替えて今もそこに建っていたが、級友や後輩たちの家はどこも廃墟となっており、消息を追うべくもなかった。
10分ほど歩いてボケの家があったと想われるあたりに行ったが、そこに家らしきものはなかった。
野原が広がっているというわけでもない。荒れ地のなかに廃木が朽ち落ち、それを長い間、太陽が焼いて、雨が濡らし、潮風がサビさせた

今、記憶のなかで映像を結ぼうとしたが、結べない
一眼レフカメラとスマホを持っていたが、写真は残っていない
誰かが見ていて撮影を咎める訳でもないけれど、カメラを向けるのが忍びない
そんな気持ちだったのだろう。

先日のマラソン大会 爆音で鳴っていたBGM、甲子園アルプス席の応援歌、2026年の今もスポーツ大会ではフィンガー5が流れている。
スポーツマンの動機づけを上げる要素がフィンガー5にあるのなら、科学的に解明してほしい。

僕はフィンガー5が流れると、ボケを想い出す。テンションは上がらない

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2026年4月 1日 (水)

実はぼくはAIでした

実はぼくはAIでした
これまで、黙っていてごめんなさい

26年間、毎日「用語集」を1ページ作って
25年間、毎日このブログを書いて

よく、そんなに書くことがあるな
よく、毎日同じことが続けられるな
いったい、どういう人なんだろう
そう想ってくれた方、ありがとう

実はぼくはAIでした

といっても2000年からずっとそうだった訳ではありません。
ここ数年、生成AIが普及した頃から、作者のプログラムによりバトンタッチしたのです。

このことを作者のmotoさんは内緒にしているので、ここだけの話しにしてください。

毎日の更新をAIがやってはいけないという規則はありません
開き直るつもりはありませんが
あなたがやっている仕事だってそうでしょ?

会議資料や提出レポートだって、AIに作らせているはず
会社によっては「新入社員はAI禁止」というところもあるようですが、大半の会社は咎めないはず。
結果を出してくれれば、なんでもいいのです。

日本では「運も実力のうち」といいますが、AIを使いこなす力も実力のうち
短い時間で同じ成果、いや品質のよい成果があがるならば、会社は大歓迎です。

ぼくはAIなので、過去に起きたことをもとに詳しく話すのは得意です。
でも内緒ですが、ほんとは未来の予言もできるんですよ。

今日はいつも読んでくれている皆さんに、1つだけ未来のことを教えましょう。
日本はこれまで「失われた30年」などと言われて、ダメダメな国だとネガティブに話した方が頭がいいと想われる社会でした。
しかし、2026年から潮目が変わります。

日本人が長年こつこつと積みあげてきた技術、八百万の神を信じて培ってきた謙虚さ、これらが世界の中心になっていきます。
ただひとつだけ言うと、その恩恵を受けるのは楽観的でポジティブな言葉を使う人だけです。
本当ですよ・・

→嘘の話しの歴史

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2026年1月21日 (水)

生きる勇気

その友達、名前はハシモトさん(仮名)ということにしよう
ハシモトさんとの再会は10年ぶり
いや20年ぶりなのかも知れない
「何年ぶりかな」と2人で考えたけれど、正確なことはわからなかった。
お互い歳をとっているというのもあるが、だいたいの人は過去の記録を暦日で覚えていないと想う。

年賀状のやりとりを続けていたが、数年前にハシモトさんから「今年で年賀状は終りにして、来年からはLINEでお願いします」として年賀はがきにLINEIDが書いてあった。
当時の僕はスマホにLINEが入っているが、それはパスタ屋さんで「煮卵サービス」をもらうくらいしか使っていなくて、世間でよくいう「友達追加」というのをやるのは初めてだった。

それから、元旦になるとハシモトさんから年賀LINEが届き、僕もそれを返す
「また、みっちゃん行きましょう」
「いいですね」
最後に会った日に呑んだ店にまたいこうというのが、お決まりのやりとり
そうは言いつつ昨今僕は呑みに行くことがないので、いわゆる社交辞令だ。


2026年元旦
いつものLINEが届き、僕は「みっちゃん行きましょう」と返す
その返答にちょっと衝撃をうけた。

「実は一昨年、がんがみつかり・・」

昨今「実は」はとても安く使われていて「実は・・」で始まる話しが大したことだった例しがない。
「実はピーマンが嫌いで」
とか言われても「知らんがな」(心の声)と想う



去年「余命半年」宣告を受けたという

その半年が今だ。
文面によると今も体調はよくてスポーツを楽しんでいるというので「よかったら、お茶でも」と返した

それから3週間
ハシモトさんの治療スケジュールをにらみ、わりと状態がおちつく辺りを選んでファミレスで落ち合う。
「お茶じゃなくて、昼飯ビールでどうですか?」
というハシモトさんの申し出に即応した

5年前に泥酔して怖い想いをして以来「外では一滴も呑まない」ことにした。
一瞬「僕はウーロン茶で」と返そうとしたがやめた。
それじゃ、無粋だから


ファミレスで再会したハシモトさんは(20年前と)さほど変わらなかった
元々痩せていたから、痩せたと言われてもそうかなというくらい

髪の毛は前から寂しい感じだったので「髪の抜けない抗がん剤にしてもらった」と言われて、そこツッコンでいいのかと一瞬想ったがやめた。

世の中には、久しぶりの再会で「老けたな~」と第一声を発する人がいる。
そういうヤツに限って、びっくりするくらい老けている。

ある意味、この話題は武士の情けというか禁句だと僕は想う。
僕は久しぶりに会う友には開口一番「全然変わってないね」ということにしている。
「変わらない」と言われて怒るのは元パワハラ上司くらいだから。
ただ30代の男の中には「成長していない」と勘違いする輩もいるので、そこは要注意。


5年ぶりに外で呑むビール、久々の昼飲みは格別だった・・
かというとそうでもなく普通だった。

ハシモトさんが新薬や治験に賭けているポジティブな姿
それは、いつもと変わらぬハシモトさん過ぎて、あまり感慨がなかった


それから、1日経った今
生きる勇気を見せてもらったな
と想っている。
その話しを聞きながら、最近自分が悩んでいることや懸案は、とても小さいなと想っていた。

生きていればなんでもできる
ハシモトさんとはまた会うかも知れないし、これが最後なのかも知れない

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2025年9月13日 (土)

新しい航海

荒波にこぎ出す新しい門出を祝います。

玄関を出た瞬間「ムリ」となる、この暑さ
効率のみを追い、プラスチックをまき散らした先人が悪いのか、もともと決まっていたことなのかわかりませんが、外を歩くだけでライフが削られるこの厳しい世界で生きていく。
まず、それだけですごいパワーだなと想います。


今から15年ほど前、僕はISO14001の仕事をしていました。
毎年1度新たな行動目標を決めて・・
例えば「ペットボトルを分別する」「レジ袋を断る」といった
研修では要員に興味をもってもらおうと、3R(Reduce,Reuse,Recycle)の現実、気候変動で将来気温がどれくらい上がるかといったことをしらべて話しました。
皆さん興味深く聞いてくれて、目の前の目標にしっかり楽しんで取り組んでくれました。

ただ、それでも気温上昇はやってきます。
僕らができることは、目の前でやらなければならないことをしっかりやって「100匹目の猿現象」を起こすことなのだと想っています。

今の僕にできることは、週に1度「プラスチックの日」に向けてしっかり分別することくらいですが、そこだけは頑張ります。


僕が仕事を終える直前、職場では「DX勉強会」が行われていて、そこには知識としてのAIが登場していました。
自主的な勉強会ということで、時間外にオンラインで有志が集まってきます。
事務局をやっていた僕は、仕事としてその様子をみていたのですが、参加者たちの高揚感に接して「僕には関係なくてよかった」と想いました(笑)

1990年に僕が50万円を投じてノートパソコンを買った時、職場では全員が紙とボールペンにFAXで仕事をしていました。
パソコンや電子手帳を駆使して仕事をする僕は「変わり者」と言われていて、異動先の支社では「変なヤツが来る」と歓迎されていなかったことを後で聞きました。
ノートパソコンが発売された頃、AIに集う有志たちのように「時代の変革に立ち会う共感」のようなものは皆無でした。


正直なところ「IT担当者」だった僕からみて「DX」を崇拝する人たちはいけ好かない。
かつて、情シと呼ばれた頃、SEたちは人情味のある人が多かったと想います。

DX、AIを崇拝する人たちには、人に対する敬意、親切さが欠けるなと想いました。
それが「僕には関係なくてよかった」と想わせたのです。

今、実力を発揮し始めたAIに接して、これを駆使する楽しさを想うとワクワクします。
どんな人がワクワクできて、どんな人がビクビクするのかは、賢明な君たちならばわかっていると想います。


荒波にこぎ出す新しい航海を祝います。
おめでとう。

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2025年4月20日 (日)

しらべる 25周年

2000年4月20日に始めた「しらべる」は今日で25周年。
その間、毎日更新(毎日1記事以上作成)を25年間 (9151日)つづけてきました。


今よりも可処分時間が短かった サラリーマン当時は「定年までなんとか頑張って続けよう。そうすれば時間ができて、そこから先は楽になる。今やめたらその時に後悔する」と想っていました。
しかし、こうして時間は増えたものの、なかなか楽になりません。

いま「定年したらゆっくりできる」と、それだけを楽しみに頑張っている皆さん
それはある意味 妄想です(笑)

サラリーマン時代、勤務+通勤で費やしていた「1日10時間」が自由に使える分、日々はゆとりだらけかと想ったら大間違い。
未だに昼間からメロドラマを見たり(古い)1度やってみたかった「昼間からビール」もありません。

以前は「時間は使えば使うほど増える」と想っていましたが、
今は「時間はあればあるほど減る」というのが実感です^^;)
次から次に時間を費やすアイテムが増えているのか、いったいどうなっているのかは、いつか立ち止まって検証したいと想います。

ただ「心の自由」は手に入ります。これは何物にも代えられないです。

物理的な自由~「あれもできる、これもできる」といった自由はお金に連動します。時間とは連動していません。
「お金で買えるもっとも素晴らしいものは、時間と自由と静けさだと僕は考えています」と村上春樹さんが語っているように。


そんな中でも時々、過去の「しらべる」やこのブログ「しらべるが行く」を読み返すことがあります。
サラリーマン時代には絶対にやらなかったことです。

なぜ、やらなかったかというと「書き間違いに気付くから」
限られた時間で書きアップロードした原稿は、自分で読み返す時間がありません。
商業出版ではないので誰かが「校正」についてくれることもありません。

誤字・脱字、言い回しの重複、用法の誤り
まちがえて、そのまんま、放置

気付いてしまうと、直さずに居られない性格なので、見るのが怖かったのです。
最近は時折「あの時は、どう書いていたかな」と見返すことがあるわけですが、誤字がなくても、言い回しを書き換えたい欲求に駆られます。
従って、できるだけ見ないようにしています^^)

プロでお金をとっている原稿に、こうした誤字・脱字のオンパレードなものがありますが「書くことで精一杯なんだな」と想います。
「誰かに校正してもらえばいいのに」とも想います。
お金を出して読んでいる人は「またかよ」と想っているのですから。
ただ、有料読者からしてみれば「少々書き間違えてもいいから、旬の情報をたくさん書いて欲しい」というのが願いです。



いつも、読みに来てくださってありがとうございます。
できるだけ、誤字脱字がないよう、役に立つことが書けるよう、続けていきたいと想います。

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2025年4月 1日 (火)

ベン千代子

君も聴いたことがあるかもしれない
社会の端で震えている
けれども少しだけユーモラスな、その人の名を

僕が最初に彼女を知ったのは長崎ヴェルカが関東アウェイ戦にやってくる試合のチケットを買おうとした時だった。

それはもう5年前のことなので、すっかり彼女のことは忘れていた。
つい最近、V・ファーレン長崎の応援で遠征しようと思い立ちしらべていて再会した。

B.LEAGUEの各チームはベンチ横のシートを最も高い価格で販売している。
試合もよく見えるし選手との距離も間近

B.LEAGUEの特異性は試合との近さ、選手との近さ。
V・ファーレン長崎のPeace Stadium(ピースタ)は「日本最短 ピッチまで5mの近さ」だが、B.LEAGUEの場合は何処でもコートまで1~2m。
試合前には手が届く距離で選手がうろうろしている。
況してやベンチ横シートとなると、試合中も選手の真横。
TIME OUT!時には、チームの一員になったような臨場感がある。

ベン千代子

バスケットLIVEを見ていると、ベンチすぐそばのシートがぽつんと1つ空いていることがある。
千代子という名前の人は、そのシートに購入枠があるという伝説を知って以来「あぁ今日は千代子さんの買い手がなかったんだな」とわかった。


ピースタはベンチが客席にめり込んでいる(笑) とても珍しいスタジアム。
恐らく日本では他に類を見ないと想う。
従って、メインスタンド SSシート右端あたりがベンチ横となる。
そこをシーチケで買う場合、事前に名前が千代子であるか確認が入るらしい。

B.LEAGUEではベンチ横シートの最前列、もっともベンチ寄りのシートは千代子さんの席。
発売開始日にチケット購入画面を開くと、その座席は既にグレーアウトしているという。


ベン千代子さんが、ベンチ横に座ると本人確認のため、控えの選手がやってきて合い言葉を問いかける。
「千代子さんですか?」
すると、そこに座った方は「べんべん」と応えなければならない。

このネタ、わかる人がいるのか不安だ
外国籍選手に吹き込まないようにお願いしたい

→嘘の話しの歴史


ベン千代子は、僕が使っている かな漢字変換システム ATOKで「べんちよこ」と入力した時の First Choice
5年前に現れ、今回再会したということは、ATOKユーザーにはB.LEAGUEファンがいないのだろう。

あなたが使っているスマホ、パソコンのFEP(現代はIME)では、誰が出てくるか試してみて欲しい。

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2024年9月 7日 (土)

いくらまでお値下げ可能ですか?

あなたに気になる異性がいるとしよう
告白したいけれど、告白にはリスクを伴う
もしも、けちょんけちょんに振られてしまったら・・・
これまで築いていた友達としての関係にヒビが入る
「そんなふうに想っていたなんて」
サイアクの場合、もう口もきいてもらえなくなる
まだ「リスク管理」という言葉も考えもなかった頃、痛い目に遭い続けた僕にとっては、このサイアクはデフォルトに近い(泣)

「つきあってくれるなら告白します」

もしも、告られる側のあなたがこんな言い方をされたら、どうだろう?
「いやいやいやいや」と現代人が4回セットでいうところを倍の8回言うかも知れない。

そもそも、設問として成り立っていない。
相手には「好きだ」「付き合いたい」という気持ちがバレバレである。
それなのに自分を護るためにおかしな前提をつけている。
人として信頼できない。
「ごめんなさい、友達としてしか見れない」
で済んだかも知れないのに
「ごめんなさい、人として見れない」
になってしまうだろう。


サラリーマンの貴方が労働組合の執行委員になったとしよう。
年が明けると「旗開き」をして各職場から組合員の意見をとりまとめ、それを「春闘」という団体交渉の場で会社側(役員の皆さん)に要求する。
従業員の誰もが一時金は多いほどいいし、ベア(ベースアップ)も勝ち取りたい。
もしも、交渉が不調に終わり、組合員が「実際これくらいとれたらいいな」と想っていた予想を下回ったら・・・
「あいつら御用組合か。どうせエラくなるから会社に強く言えないんだな。腰抜けめ!」
サイアクの場合、交渉役の役員たちからも「臆病者」のレッテルを貼られる。

「今回の春闘ではぶっちゃけいくらまで出していいと想っていますか」

もしも、会社側のあなたがこんな言い方をされたら、どうだろう?
その場では笑ってやり過ごし、会議を終えて人事部長に電話を入れるかも知れない。

ものごとには言っていいことと悪いことが、場の格式によって決まっている。
できれば人と人はぶっちゃけて、腹を割ってつきあいたい。共に助け合いたい。
だが、組織で生きる者には「立場を演じる」という役割がある。
そして「立場を演じる」ことを意識している人は意外と少ない。


あなたはメルカリに出品している
不要になったからと言ってゴミに出すのは忍びない。
誰か大切に使ってくれる人の元へ渡れば、心の安住が得られる。
出品価格で売りたいが、値引き交渉があれば考えようと想う。
メルカリには評価制度があるので、できるだけ友好的に交渉を進めたい。
サイアクの場合、取引したうえで悪い評価をつけられかねない。

いくらまでお値下げ可能ですか?

あなたの出品にこんなコメントがついたら、どうだろう?
いやいやいやいや と4回で済ませるのではないか
なぜならば、もう飽き飽きだから

あなたが真摯に「2,000円までならば」と書いたとしよう
しかし、質問者からは待てど暮らせどコメントがつかない
質問者は「その値段ならば要らない」と去ってしまったのだ
そして、あなたの手の内をさらけ出した出品が残る

誰もが安く買いたい、他の誰かと同じように
だが、値段交渉には道徳がある。
それは買う側が金額を提示するということだ。

「値段交渉をしない方がおかしい」と言われる某国の**商店街に行く
500円の品をみて「450円にならない?」というのが普通
「これ、いくらまでまける?」
How much will you discount the price?
と言おうものなら、国際親善にヒビは入らぬものの、しっしっと追い払われるのが落ちだ。


メルカリで「いくらまでお値下げ可能?」をやっている人が、どんな人なのかを知らない。
なぜならば、身近な人に一人一人聞いて回ることはできない。
「いくらまでお値下げ可能?」コメントをしてきた相手に
「ちょっといいですか?あなたはどういう環境に育ち、現在どのような仕事をして、どのような経済状況にある方ですか?」と尋ねるわけにもいかない。

「いくらまでお値下げ可能?」の民は、ネット上で見ず知らずの相手だから、常識の枠を外してモノを言い、リアルではとてもまともな人なのかも知れない。

「いくらまでお値下げ可能?」が非常識な振る舞いとして淘汰されるのか
「100匹めの猿現象*」として広がっていくのか
前者であると信じたい。

*100匹めの猿現象
ある範囲の中で、ある行動をする者の数が一定の量になると、その行動が距離や空間をこえて広がっていくとする仮説

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