2021年2月 3日 (水)

言論の自由 東京五輪2020をディスる人たち

「心ない言葉」は人を悲しませる、落胆させる、時には傷つける
だから、他人には、身近な人、特に親しい人には「心ない言葉」は控えたほうがいい
今ここを読んで頂いているあなたならば、賛同してくださると思う。

心ない言葉はインターネット上に溢れている
匿名で書き込める場所では、いやな気持ちになる人の顔が見えない。
どっちみち皆、知らない人だ。自由にモノを言ってなにが悪い?

日本には言論の自由がある

そう言い放つ人を何度か見たことがある。
だが、僕の考えは少し違う。

憲法は国と民の約束だ。
国がその民に思想信条表現の自由を保障している。
政府を批判したからといって、秘密警察に見張られることはない。
日本は自由に溢れている、幸せな国だ。

しかし、国民と国民との約束ではない。
それを規定しているのは法律だ。

「お前の母ちゃんでべそ」
と他人の名誉を傷つけていいかというとダメだ
それは、憲法で保障された「表現の自由」に当たらない。

人と人が話す時、そこに「言論の自由」が保証されているわけではない。
人は人の心を思い、共感が得られる言葉を使わなければならない。


1月末、IOCバッハ会長は「東京五輪の延期などの憶測報道は選手を傷つけている」と話した。
五輪出場と活躍を目標に掲げてきたアスリート達にとって「ムリムリムリムリ」「実際やれないでしょ」といった言葉は「心ない言葉」だ。

それと同じく、大会招致の頃から長丁場に渡り、開催に向けた準備を進めてきた方々にとっても、それは、かなり「心ない言葉」だ。

朝日新聞が"東京五輪・パラリンピックをどうするのがよいか"頻繁にアンケートを採り、開催支持者がこんなに少ないと記事にする。
批判する、反対することは「言論の自由」だが、それを突きつけられる当事者はとても辛い。

僕らスポーツボランティアも同じ思いをしている。

定例で開いているオンライン呑み会で、知人のサトウさんがいつもこの話題を出す。

「motoさん、オリンピックもうダメですね!」
またか・・僕は目が点になり絶句する
「もうこれだけ感染者が多いと、できないでしょ」
僕は聞こえない振りをする。同時にピタリと動きを止める
そうすれば"ネットが固まっている"ように見えるからだ

でも、サトウさんは追及の手を止めない
「あれ?motoさん!もうムリですよやらない方がいい」

他の参加者が空気を察して、話題を変えてくれるまで、僕は聞こえない振りを続ける。
ただ、人の気持ちに共感できない、想像力に欠けている、一家言ぶちたいだけのことだ。
その話題を振ること以外は、気のいい人なのだ。言葉を荒げる必要はない。

宗教、スポーツ、政治の話題は思想・信条・嗜好が一致しない場合、人前ですることは慎重になる必要がある。

言論の自由は隣人に対しても保証されているわけではないのだ。

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2021年1月21日 (木)

中学に上がり、毎日の日記が書けなくなった僕は何をしたのか?

あと数年が経てば、AIが僕の代わりに日記を書いてくれるかも知れません。
(このブログもAIが書いてくれたら・・)
現代ならば、iPhoneのSiriに向かって「ミスドのBBQパイ美味い」などとつぶやいておけばメールが届き、タイムスタンプと共に時系列の記録が残ります。数日後、芋づる式に記憶を辿り、その日の日記をでっち上げることはお手の物。

しかし、当時はスマホやパソコン、電子手帳もありません。

一学期が終わる間際のある日
その日、学級当番だった僕は、級友が部活(陸上部)に出払った教室で1人、学級日誌を書いていました。

学級当番はその日の授業開始終了の挨拶や反省会(夕礼)の司会を担い、その日の欠席者(ほとんど居ない)などを日誌に書き込むという役割を担っています。

僕はその時、Good idea をひらめきました。
そして、そのアイデアを心に温めて、土曜日の午後を待ちました。

迎えた土曜日のお昼休み
僕は職員室に担任の磯崎先生を訪ねて、こう切り出します。

今日と明日、学級日誌を貸してください
月曜日には忘れずに持って来ます

「持って帰ってどうするんだ、そんなもん」
そう言った先生は笑っている。
筋を通せば話しのわかる先生だと、僕は信頼を寄せていたので、ここはありのままを話します。

「実は小1から6年間、毎日、日記をつけているのですが、このところ、陸上の練習がきつくて、なかなか書けないんです(←ここは脚色)それで日誌を見ながらまとめて書きたいんです」


二言目には「いかがなものか」と苦言を呈する人で溢れている現代のようなややこしい時代ではない。

磯崎先生は僕を信頼して日誌の持ち帰りを認めてくれた。


勉強机に向かって学級日誌と日記帳を並べる
日誌は横組み、下から3分の1に横罫が5行ほど引いてあり、そこに当番が「雑感」を書き込むスペースがある。

ところが、これがまさに「雑」だった

「moto君が今日も数学で寝ていて怒られた」
といったトピックが書かれていれば、そのタグから記憶域にアクセスできるのだが、ほとんどの当番が「今日は暑かった」「雨が降った」といった1行にも満たない記録しか残していない。

飛ばし飛ばしに、思い出せそうな日の日記を埋めていったが、とても一ヶ月の空白はつながらない。

万事休す
その日、僕は6年余毎日続けた習慣の終焉を決意した。


これが「毎日続けていることに終わりが来た」時のお話です。
ちなみに「全員強制 陸上部」は一学期で解除。
・最初に基礎体力を作る
・希望者が少ない陸上部に引っ張る候補を見いだす
という目的で、初めからそう決まっていたと、後に先生が教えてくれました。

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2021年1月20日 (水)

「毎日続けていることに終わりが来た」時のお話

今日でしらべるは7600日、このブログは5600日を迎えました。
毎日更新、連載しているので7600日連続更新、連載は5600日です。
いつも読みに来ていただき、ありがとうございます。

こうして毎日続けられる理由は、2016年に「ブログが3900日つづいた理由」で触れています。
母の薦めにより小学校に入学した日から毎日、日記を付けていたことで「ある1つのことを毎日続ける」力が養われたようです。

しらべるは7600日、20年以上続いているわけですが、日記は小学校からずっと今まで続いているわけではありません。
それは、中学校に上がったある日終わりました。
中学生の僕も「せっかく6年間続けていることだから、なんとか続けたい」と抗ったのです。
今日は「毎日続けていることに終わりが来た」時のお話です。


僕が入学した上五島にある魚目(うおのめ)中学校では、すべての1年生に部活への参加が義務づけられていました。
楽ちんの「文化部」というものは一切なく、すべて「運動部」

しかも、僕が入学した年は、誰の気まぐれかは知りませんが「全員が陸上部に所属」することになったのでした。
ほんと、えらい迷惑でした。

僕は小さい頃からあらゆる「球技」が大好きでした。
野球、サッカー、ドッジボール・・
なんでも人並み以上にできていたと思います。
その中学校を入れ違いに卒業した姉はソフトボール部でしたが、男子は野球のみ。野球部は死ぬほどキツイと聞いていたので、僕はバレーかバスケ部に入るつもりでした。
球技が得意なので、高校では弓道部に入ったほどです。
違うかぁ^^;)フルッ

しかし、それ以外の体育は全て苦手
いわゆる運動神経がない方の子供だったわけです。
水泳は1mすら泳げなかったし、50m走はいつもビリでした。
それが、いきなり陸上部です。

100m走×5
サーキットトレーニング
農道一周(長距離)
陸上部顧問による本格的メニューを1学年の75人全員がこなすわけです。


毎日、それだけでへとへと
家では勉強は一切しなかったので、日記を書く時間はあったはずですが、その頃「音楽」に出会ってしまい、ラジオやラジカセに大半の時間は消えて行く

小学校6年間は、毎日その日のうちに書いていた日記が1日たまり、2日たまり、数日分をまとめて書くようになりました。

恐らく皆さんもそうだと思いますが、中学校の頃というのは「人生で一番記憶力がいい」時期です。
(本当かどうかは知りませんが)
その頃、聴いていたQUEENの「タイユアマザーダウン」や「ボヘミアンラプソディ」は、数十年が経った今でもそらで歌うことができます。

過去一週間くらいまでは、断片的な記憶から紐付けて思い出し、なんとか書くことができたのですが、その"宿題"が1か月分たまった時、ついに「その日(どの日)に何があったのか」を思い出せなくなりました。

普通の人ならば「別に毎日書かなくてもいいよね。日記なんて無理して書くものじゃないでしょ」と思うでしょう。

しかし、日記習慣により「几帳面さ」も身につけていた僕は往生際が悪かった。
そこで、ある行動を起こします。

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2020年12月31日 (木)

真逆の2020年

2020年は輝かしい最高の1年になるのだと思っていました。
それは2020年夏期五輪がロゲ会長の「とっきょぉ」というすっとんきょうな声で東京に決まった時から、ずっとそうでした。

しかし、予想と現実は違いました。
「真逆」という言葉は、こういう時に使うためにあるのだと思います。

真逆
【まぎゃく】正反対という意味の形容詞。
1990年代後半に言葉が生まれ、2004年の流行語大賞候補にノミネート。2006年頃から頻繁に使われるようになった言葉です。

概念的に、対極の立場であること。たとえば「彼らはリベラルとは真逆の人たちだ」というような場合。
また、物理的に180度の角度差の時に「真逆から照明を当てて!」と使うこともあります。

2010年時点では、主要事典に収録されていませんでしたが、2018年の広辞苑 第七版には収録されていました。
象徴的な出来事や時代背景から発生したことばではなく、地道に普及したものです。

■キーワード「真逆」ヒット数の推移

2008年10月現在
YAHOO! 3,250,000
Google 1,090,000

2010年7月現在
YAHOO! 8,690,000
Google 747,000

2020年12月現在
YAHOO! 230,000,000
Google 180,000,000


では、最高の1年の真逆だから、最低の1年だったという訳でもありません。
休みの日、外に出かけなくても罪悪感を感じなくて済むのは、僕にとってはとてもありがたいことでした。

それまでは、休みの日、空が何処までも青いのに、家の中にいて記録に残らない時間を過ごす。これでいいのか?と思っていたのです。
外に出なければ、なにかをしたということにならないと考えていました。

家に居てもよくなった春先、村上春樹の言葉を繰り返し思い起こしていました。

「お金で買えるもっとも素晴らしいものは、時間と自由と静けさだと僕は考えています」

stay homeのそこには「時間」「自由」「静けさ」がある。でも、それは今になってお金で買ってきたわけではなく、ずっと前からもそこにあった。
以前は手にしていながら「これでいいのか?」と思っていたのが、今や「これでいいのだ!」になった訳です。


必ずしも、良いことの真逆は悪くないということを学んだのが2020年でした。

今年も「しらべる」「しらべるが行く!」を読んでいただきありがとうございました。
2021年も時々読みにきてください。お待ちしています。
よい年をお迎えください!

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2020年12月30日 (水)

しらべるが選ぶ2020年の5大ニュース

【5】オンライン呑み会定着

年末で、オンライン呑み会がちょうど30回を数えた。
オンラインで誰かと集うのは15年ぶりのことだった。
1990年代、土曜日の深夜になると僕らはニフティのRTに集った。
遅くに集まるのはNTTの電話代が安くなる時間帯だからだ。

RT(あーるてぃー)は Real Time meeting
チャットによるオンラインミーティングだ。
僕らは時には夜が更けて朝刊が届く時間まで話し込んだ。

その後、パソコン通信はなくなり、後を受けたmixiなどのコミュニティも過疎化し、僕らは集う場所をなくし、それぞれのリアルに戻っていた。

当時の仲間とは年に数回「オフ」で冷え切った親交を温める。
オフは offline meeting
ネットで会うonlineと対比して、リアルに会う言葉として 1990年代に生まれたのが「オフ」

2000年代に入ると、ネット先住民ではない後発組が「オフ会」と言い始める。
offline meetingを省略してオフなので、オフ会は「オフ会会」という二重呼称だ。「お不快」という語感もよくない。
しかし、大手新聞紙上でも「オフ会」が定着してしまった。

2020年11月、ジャパネットが「オンラインオフ会」を企画していたが、これは二重呼称ではなく概念が真逆だ。実際会うからオフ。それをオンラインにした時点でもはやオフではない。


1990年代、オンラインで出会った仲間がオフに進んだ場合、その集合(コミュニティ)は「友達」になり、オンで終わった集合はその後、離散した。

オンライン呑み会はオフで繋がっている(リアルでも会ったことがある)集合で成立する。
かつての「顔の見えない」RTとは違い、オンライン呑み会は顔が見える。見知らぬ者どうしが、顔を出し合うのは抵抗がある。


オンライン呑み会を始めた時、それはいいこと尽くめだった。

・距離に負けない
東京と大阪のように遠くに住んでいる、終電が早いといったハードルがない

・タバコを吸われても平気
オフでは「タバコいい?」と言われても断りづらい。間接喫煙がなくなった世の中で、オフは苦行の場になっていた。

・費用が安い
初めのうちは酒とつまみを買っていたが、いまは炭酸水のみ 75円
それに白湯を詰め替えていても、誰にもばれない^^;)
往復の交通費もかからない


ところが、同じ集合で3回めを超えたあたりから、悪い面も目につき始める。

・下ネタを話す人
できあがった(酔っ払った)参加者は「下ネタは止めましょう」と言うと、さらに調子に乗る

・宗教スポーツ政治の話しをする
セリーグは弱いですね
政治には期待できない
五輪は無理でしょう。

利害が不明な場では、オンでもオフでもしてはいけない話しであり、オンライン呑み会ではなく常識の問題である。

・コロナ評論会になる
東京は1,000人行くんじゃないですか!
ガンになっても手術できないんじゃないですか
変異種で若い人も危ないみたいですね
ワクチンは効かないですかね
ワクチンが努力義務とか胡散臭いですね
(陰謀論に持っていくな!)
運転の時マスクしてると下のほうが見えないですね
(トラックか)

年寄りは悲観的だ。気分が滅入る。
だから、若い人は年寄りと話したくない。
これはコロナに限らず普遍的なテーマだ。
年寄りの入口に立つ者として自戒したいと思う

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2020年12月29日 (火)

しらべるが選ぶ2020年の5大ニュース

【4】マラソン大会中止

2月17日
東京マラソン2020(3月1日開催予定)中止発表

日本政府が新型コロナウイルス感染症対策専門家会議を受けて学校の休校を要請する8日前、東京マラソンが中止を発表した
この時点では東京五輪2020は開催予定だったので、選考レースのみが行われた。

スポーツボランティアは極少数の人員に絞られて、大半は任を解かれた。
僕は既にウェアとキャップを受け取っていたが、それを身につけることはなかった。

2月23日
五島つばきマラソン開催
東京が中止を発表した週末、当時感染者数0だった長崎県で行われたこの大会が「コロナ以降」では唯一の大会となった。

6月30日
日本陸連が「ロードレース再開についてのガイダンス」を公表
「ネットタイム」の採用、開会式等の中止など

11月8日開催予定だった国東とみくじマラソンは「大会開催の流れを作る」と気概をみせていたが、中止に転じた。

8月4日
湘南国際マラソン(12月6日開催予定)が初めて直近時期(2021年2月28日)への延期を発表

大概の大会が「中止」と表記するなか、長崎平和マラソンを皮切りとするいくつかの大会が「延期」とした。
ただ、延期時期を明示しておらず、出場者からみれば「中止」と何ら変わりない。
みえ松阪マラソン(12月20日)だけが、1年後同時期の延期を公表しただけだ。
そのなかで、湘南国際マラソンは3か月後に延期時期を設定。一歩踏み込んだ姿勢を見せた。

■湘南国際マラソンの取組
・定員縮小(25,200人18,000人)
・ブロックスタート廃止
・ウェーブスタート
・マイボトル持参
・除菌スプレー配布
・沿道応援規制

その運営内容は、2021年以降の大会開催モデルと言えるものだった。
しかし、設定されていた催否確定期限の12月10日、中止が発表された。

恐らく「18,000人」という人数の密集が、ランナーが排出する飛沫の課題をクリアできないということだろう。

大規模スポーツ「開催」で選考するNPB、Jリーグの場合、市松模様※に座席指定できるため「間隔」を担保できる。

※二色の正方形(または長方形)を交互に配した模様。前後左右が空くよう座席を売ることで間隔を担保。着席者の場所を記録。濃厚接触者の特定ができる。

マラソンでは、号砲が打たれひとたび路上に出たランナーに対して「あなたはこの位置を走ってください。前後左右のランナーと2m距離を取ってください」と指定することは難しい。
誰ひとり追い抜くことはできず、18,000人全員が「キロ7分」のように指定されたペースで走るのは現実的ではない。

2021年1月24日に予定されている「新宿シティハーフマラソン」はロード開催を取り止めて、国立競技場で「3000m」競技を行うが、その定員は 60人である。


2020年暮れの今、マラソンの再開は見通せていない

2021年1月~3月 34大会の内訳
2 開催
2 地元居住者限定開催
29 中止・延期
1 未公表

開催
名古屋ウィメンズマラソン、とくしまマラソン

地元限定
五島つばきマラソン、四万十桜マラソン

中止・延期29大会のうち 11大会が「オンライン開催」を発表している。
当初はかぞえるほどだったが、京都木津川マラソンのように「皆さんからの声にお応えして」取り組む大会が加わっている。


1万人を超える「する」「みる」「支える」の人々が集い、誰と誰がどれくらいの時間接触したかがわからない取組「マラソン」
日本において効果的な予防と対処の方法が確立され、旅行、飲食、音楽LIVEなど大概の活動が平常に戻った後のラストランナーになりそうだ。

障害物のない公道をひたすら走るマラソンだが、スタートラインに立つ前のハードルはとても高い。ただ、時を待つだけではなく、新たな価値を生み出したければ、路上に立つしかない。

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2020年12月28日 (月)

しらべるが選ぶ2020年の5大ニュース

【3】安倍晋三 総理大臣を退任

米国、中国、ロシアという大国のトップと「いずれも敵対していない」という希有な調整役が退任したことは、2021年以降の世界にとって大きな損失だった。
世界を1つの国に準えれば「世界の国益」を損なったと言える。

8月24日、連続在任期間が歴代最長となった
8月28日、潰瘍性大腸炎の再発を理由に首相辞任表明
*任期満了は2021年9月だった
9月21日、66歳


「日本の国益」にも大きな貢献をしたと思うが、退任後のコメントには心ないものが多かった。

■TBS「news23」星浩
「一次政権の時に政権を投げ出したと言われたのでそう言われたくないと言う思いがあったんだと思う。コロナ対策のパッケージをまとめて次の政権に引き継ぐと言う形にしたかったんでしょう。ただまた政権を投げ出したと言う印象は拭い切れない」
8/28 TBSニュース23

■立憲民主党 石垣のりこ参院議員
「総理といえども「働く人」。健康を理由とした辞職は当然の権利。回復をお祈り致します。 が、「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物」を総理総裁に担ぎ続けてきた自民党の「選任責任」は厳しく問われるべきです。その責任を問い政治空白を生じさせないためにも早期の国会開会を求めます」
8/28 本人twitter

「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物」
については、その日のうちに枝野党首が注意を与え、本人が謝罪のtweetをしたが、それはあまり詫びているとは思えないものだった。

■芸能人 ラサール石井
「望んでいたことだが、全く喜びも感慨もない。何とも言えぬ脱力感。記者会見はヌルく、まるで番記者と総理のお別れ会のよう。3年B組金八先生か。てかプロンプターなしでできるんじゃん。最初からそうすりゃいいのに。まだまだ闇は続く。何も終わらぬ。何も変わらぬ。みんなで見続けるしかない」
8/28 本人twitter


一方、辞任を惜しむ声、労を労う声もメディアでは多く取り上げられた。
どちらが大勢を占めたのか比率を挙げることはできないし、できたとしても意味は無い。
古来より日本に伝わる諺に「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」がある。
「その人を憎むあまり、その人に関わるすべてのものが憎くなる」例えだ。

一方、日本には「是々非々」という言葉もある。
立場にとらわれず良いことは良い、悪いことは悪いとすることを言う。

好きな人でも失態や短所は咎める姿勢を持ちたい。
嫌いな人でも実績や長所は認める懐の深さを持ちたい。


安倍総理退任会見の映像を見て、橋下徹はCX「Live News it!」で次のようにコメントした。
「(会見の報道各社質問で)お疲れ様でしたと1人の記者しか言わないが、あんなものなんですか(メディアは)厳しく言うところは厳しく言えばいい。7年何ヶ月総理されて病気でこうなっていたというところに関しては お疲れ様でしたと言ってもいい」

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2020年12月27日 (日)

しらべるが選ぶ2020年の5大ニュース

【1】コロナ

2019年12月
中国 武漢市で初の感染確認
2020年2月11日
WHOが病名を「COVID-19」と命名
2月24日
WHOと中国の専門家チーム共同記者会見
COVID-19はコウモリからセンザンコウを介して広がった可能性があるとの認識を示した

2月24日
日本政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が見解公表「これから1、2週間が感染が急速に進むか収束できるかの瀬戸際となる」
2月25日
専門会議見解を受けて学校の休校、企業のテレワーク、興行の中止が広がった
2月27日
日本政府が全国すべての小中高校などに3月2日から春休みに入るまで臨時休校とするよう要請することを発表

3月12日
WHOがパンデミック(感染症の世界的流行)宣言
3月13日
日本で「緊急事態宣言を可能にする法案」成立
4月7日
7都府県(東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡)に対して、改正特別措置法に基づく緊急事態宣言

以上がコロナの始まりとフロントサード(4か月)の推移。
その頃は「いつ終息するのだろう」が焦点だったが、8か月が経った今、かからないようにする「ワクチン」と、かかった後の「治療薬」がいつできるのか?
そして、それは日本人にとって安全かつ効果的なものなのか?というところに焦点が移っている。
日本の製薬メーカー、研究機関がその技術を確立してくれることを願ってやまない。


【2】東京五輪2020延期

2020年2月25日
IOCディック・パウンド委員 非公式発言
「新型コロナウイルスの感染終息のデッドラインは5月24日前後。事態が収束できていない場合は中止を検討するだろう」※AP通信
すべては、この「観測気球」と思われる発言から始まった。

すぐにIOCや政府首脳はこれを打ち消し、それを大手広告代理店のニュースソースを匂わせるジャーナリストが「無理無理」とさらに打ち消す展開は、延期日程に向けて動いている現在も続いている。

3月24日
20時、安倍総理とIOCバッハ会長が電話会談して延期を確認

3月30日
(2021年の)延期日程発表


コロナ禍に於いては「医療従事者」や「大学教授」
五輪に於いては「広告代理店」や「スポンサー」
をニュースソースと称して「自分は本当のことを知っている」と騙る人が溢れている。
「感染メカニズム」「終息時期」や「経済再興時期」について、悲観的な言葉を言いたくて仕方ない人に、うんざりする。

2020年は「ほんとうの真実」が確定するまで、動じずに目の前のことに集中することが幸せと気づく人と気づかない人が明確になった。

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2020年12月 1日 (火)

子供の頃の夢 ジャパネットのMC

ウェザーニュースLiveに出演しているお天気キャスター山岸愛梨は子供の頃は美少女戦士、その後アナウンサーになりたかったという。そして今、ほぼその夢を叶えている。
次の夢は80歳でもお天気キャスターらしいが、彼女だったらそれも叶えるのではと思えてしまう。


僕がものごころ付いた時、初めになりたかったのは
とーちょっきゅうの運転手
(超特急のまつがい)
でも本当はプロ野球の選手を夢見ていた。
周囲の野球仲間には居なかった左利きの僕は、王選手のように一本足打法でホームランを打ちたいと想っていたが、子供心にも理想と現実のギャップを把握していて、運転手ならば手が届くと考えていた。

まだ新幹線は大阪までしか来ていなかったが、テレビで図鑑で見るひかり号、後に0系と呼ばれる列車に憧れた。
(0系と呼ばれ始めたのは100系登場後)
ぴかぴかの一年生の文集に、将来の夢は「しんかんせんのうんてん手」と書いた。

しばらくして運転手という響きに輝きが薄れてからは「新聞記者」
これは、学級の新聞がかりだった影響だと思う。
でも本当になりたかったのは、テレビ局のアナウンサー。
誰にも言わなかったが、就職活動を始めた時ですら、心の底にその希望を抱いていた。
ある日突然「motoくん、君は喋るのが得意だから、うちに来ないかね」と
テレビ局のお偉いさんから誘われるのを妄想していたが、結局お偉いさんは現れなかった。

周囲に新聞記者志望を公言すると下関のおばちゃんに諭された。
「新聞記者は人の話を聞くのが商売じゃ。あんたは喋るのが得意かも知れんけど、新聞記者が喋っちゃいけん。なりたいんなら、人の話を聞く練習をせにゃいかんぞね」
小学生には難しい、含蓄深い言葉だ。事実、あまり心に響かなかった僕は人の話を聞く練習を怠ってしまった。
あの時、謙虚に受け止めておけば、また違う人生だっただろう。


ここ数年、研修の仕事を進んで引き受けるようになった。
それは「人の前で話したい」という夢がくすぶっているからだろう。

「人の前で話す」というのは割とハードルが高い。
まずは登壇する場が必要だ。
何らかの著名な属性、評判があり、それを求めてお座敷がかからなければ、壇にも上れない。

そんな時、ジャパネットのMC募集が目に留まった
勤務地はスタジオがある佐世保。それよりも僕はある「条件」を探した。
年齢制限だ。
条件や要項を目を皿のようにして見たが、それは書いていなかった。

V・ファーレン長崎の応援を始めて以来、ジャパネットの通販番組を録画して見るようになった。
いつも、お世話になっているので、何か入り用のものがあればお布施したいと思って見始めたのだが、今ではエンターテインメントとして楽しんでいる。
明しゃちょー(高田明氏)が退いた今も、後継者がしっかり育っているジャパネットのMC陣。
滑舌良く、謙虚、清潔感に溢れている

僕にもできないだろうか
生き様を前面に出して、よく学び、きれいな日本語で話す
それでよければ、できるかも知れない
この年齢であっても

ラジオだったら・・

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2020年10月13日 (火)

しらべる7500日 しらべるが行く5500日

1日遅れですが・・
しらべるは2000年4月に始めてから7,500日を迎えました。
いつも、読みに来てくださる皆さんのおかげです。
ありがとうございます。

毎日更新なので、連続更新も7,500日
恐らく、世界中を探しても、このようなホームページ連続更新日数にこだわっている人はいないと思います。
何度か「ホームページ 連続更新」というキーワードで「Google先生」に確認しましたが、そういう奇特な方は見当たりませんでした。

今、ご覧になっているブログ「しらべるが行く」は2005年9月に始めてから5,500日を迎えました。
「毎日1話」なので、ブログ連続更新日数は5,500日
これも、他には無いようです。

ホームページとブログが、共にキリがいいのは偶然です。
「ホームページも軌道に乗ってきたから、2000日めにブログも始めよう」となったわけではないのです。

もしかして、忘れているだけかと、ブログを始めた日の記録を見たのですが「しらべるが行く連載開始」と書いてあるだけでした。


数年前、ホームページとブログを毎日書くことがしんどいと感じる時があり「しらべるはライフワークだから続けるとして、ブログだけでも不定期にしようか」と考えていた時期がありました。
ただ「あと数年頑張れば、時間にゆとりができる。ここが辛抱のしどころだ」と踏ん張ったお蔭で「連続」が途切れずに済みました。
今もそれなりに大変ではあるのですが「しんどい」という感覚はなくなりました。

2016年9月に「しらべる6000日」を書いた時は、ニフティによる「@homepage」閉鎖を控えていました。その後、4年が過ぎましたが、依然として2016年当時のページビューには戻る兆しが見えません。

このブログ「しらべるが行く」については、ニフティ側の閉鎖はないのですが、最近は大きなリニューアルがありました。リニューアルと言ってもご覧になっている皆さんからはわからない、我々書き手側の画面インターフェースの変更です。
これが、けっこうくせ者で、以前よりも作業が一手間増えてしまいました。
今も、一部の環境では「それまで見られていた画像のリンクが切れる」という問題に悩まされています。

この下に上五島で撮った海の画像を貼り付けています。Google Chromeの一部環境では、これが見えていないと思います。 浦桑の海


これからも、できれば読んでいただく皆さんに少しでも役に立つことを書いていきたいと想います。
時々、想いだして、読みに来てくださいね!

moto

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