2021年9月22日 (水)

しらべるが行く 16周年

このブログ「しらべるが行く」は今日で16周年です。
いつも読みに来てくだっている皆さん、ありがとうございます。
最近来られたかた、よろしくお願いします。

今日は最近こられた方のために、このブログについて説明してみたいと想います。
といっても、これまでもあまり説明していませんが・・^^;)

 

このブログを始めのは、用語集「しらべる」公開から5年5か月が過ぎた2005年9月22日でした。
ちょうど、しらべる公開から2000日だったのですが、これは意図したわけではなく、後に連載日数を表示し始めた時に気づきました。


このブログを始める前は「しらべる」に私的な意見を書いていました。
随筆がそのまま1つのページになっている記事もありました。
2005年頃、世の中でブログというものが流行り始めていて、自分の考えを書くには「用語集」よりも「ブログ」の方が好適だと想ったのです。


タイトルの「しらべるが行く」は、学生の頃に読んだ「龍馬が行く」に影響を受けての命名です。
「しらべる」という名前は、3か月くらい考えていたある日、目黒駅のホームで突然おりてきました(笑)
ブログの名前は、やるならば、これしかないだろうなと想っていたもので、あっさり決めました。

きょう現在で「しらべる」は7845日連続更新「しらべるが行く」は5845日連載を続けています。
「しらべる」は毎日更新でやっていこうと決めていたのですが、ブログは「やれるところまで、しばらくやってみよう」と想っていました。


最近、こられた方で(今日ここを読んでいる方は)かなり忍耐強い方なのかと拝察します^^;)
「用語集」の流れで、どちらかというとアカデミックなテーマを想像していたら、ほとんど郷里のサッカーの話しじゃないか・・と、僕だったら想います。

そういう方はできれば、右ペインの「カテゴリー」から過去記事を読んでいただければと想います。
質はともかく、量的にはけっこうあるので、ヒマで仕方がないという時にはお役に立てるのではないでしょうか。


サッカー以外の連載ネタもあります。
過去に連載を終えたものは目次一覧を作っていますので、ご覧ください。

ブログのもくじのもくじ

最近では「ラジカセ生活再開」がそれに当たるのですが、サッカーや五輪選手村など、いろいろありまして、筆が止まっています。ラジカセファンの皆さんは、今しばらくご辛抱をお願いします(_ _)

もう書き始めていますが「五輪選手村」については(書ける範囲で)しっかり書いていこうと想っています。
ほかにも準備しているテーマがあるのですが、いつになるかわらないので、今言うのはやめておきます^^)

これからも、時々想いだして読みに来てください。
いつでも、お待ちしています!

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2021年8月15日 (日)

「戦没者」「靖国神社」と「全国戦没者追悼式」

2021年8月15日(日)
11:50頃からNHKで「全国戦没者追悼式」が生放送される。
2020年の式典より同内容はサイマル放送で「NHK+」でも見られるようになった。


■NHKプラス
NHKG、NHKEをインターネットで同時配信
見逃し配信サービスもある
NHK放送受信契約者、同一世帯者は追加料金なし
サービス開始:2020年4月1日

・利用開始まで
▼NHKのサイトからNHKプラスIDの申込み
 ↓↓
▼1~3週間でハガキが届く
 ↓↓
▼ハガキに記載された「確認コード」を入力


・時系列の記録

2015年
NHKネット同時配信実験実施

2019年5月29日
改正放送法成立 同時配信が可能になった

2020年4月1日
サービス開始

 

「全国戦没者追悼式」は毎年8月15日正午より、天皇皇后両陛下の御臨席を仰いで実施される。
主催者は政府、会場は日本武道館

コロナ禍初年となった2020年の式典では、両陛下はマスク着用で臨席された。
感染防止策として、国歌は演奏のみで斉唱なし。出席者は550人に抑えた。


式典の名称にある「戦没者」とは戦争で戦闘員として実際に戦闘したことにより死んだ人をいう。
空爆などによって亡くなった市民は含まれない。


日露戦争、日中戦争、第二次世界大戦などの戦没者246万人は、会場の日本武道館にほど近い靖国神社に祀られている。

毎年、この時期になると総理大臣が靖国参拝する・しないが話題となるのは「日本のために戦い、犠牲になった先人を敬い参拝する」ことが問題なのではなく、祀られている「戦没者」に「A級戦犯」が含まれるという主張に拠る。


A級戦犯が戦没者と一緒に祀られていることを「合祀」という。
A級戦犯を別の場所に祀ることを「分祀」という。
総理の参拝が問題というならば「分祀」にすればよいという意見もある。

だが、靖国神社は宗教法人となって解体を免れた経緯があり、今も宗教法人。憲法の保護により宗教法人に政治は介入できない。


日本のために戦い、犠牲になった先人を想う
今、目の前に平和があることを実感する
そこから、一歩踏み出していく

世界の平和実現

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2021年4月20日 (火)

しらべる21周年

2021年4月20日
「ミレニアム」と呼ばれた2000年に始めたしらべるは、おかげさまで21周年を迎えました。

いつも読みに来てくださっているあなた!
最近、見始めたというあなた!
ありがとうございます。

しらべるは毎日更新なので、今日で7690日連続更新です。
さて、これから先、どれくらい長く続けられるでしょうか。

ここからも毎日、続けていくためのキーワードは「健康」と「BCP」だと想っています。

まず「健康」
この20年で二度の入院がありましたが、事前にわかっていることというのは準備してなんとかなります。
病院に居ても、24時間のどこかで時間を作ることができます。
困るのは予期せぬこと。病気や事故などがないよう注意深くありたいと想っています。

そしてもう1つは「BCP」
BCPとは Business Continuity Plan
事業継続計画です。
しらべるは今のところ事業ではないですが・・

2011年の東日本大震災以降、震災対策としてのBCPが日本で始まりました。
出発点がそこだったので、ほとんどの企業がやっているBCPは方向が誤っていると推察します。
BCPを勉強したうえで、策定や維持をやっている方ならば「そうそう」と頷いていただけると想いますが、大抵のサラリーマンは「BCP」と「防災」を混同しています。
頭の中は「BCP訓練=防災訓練」

こちらがBCPというと、訳知り顔でこんなことを言い始めます。

「BCPの想定はなんなの?地震は東京で起こると決まっていないよね。北海道かも知れないし九州かも知れないんだよ。曜日だって平日なのか休日なのかで全然違うし、時間帯だって日中なのか夕方の退社後なのかでも違うよね」

それは防災です。事業を守るBCPと命を守る防災を混ぜないでください

そういうと、70%くらいの人が納得できない顔になります。
「BCPと防災を混同する」人は10年前も今も同じくらい居ます。それは、従業員にBCPを理解させようとしていないからです。

そんな中、今から7年前、BCPの話しをした時に「事業中断にはパンデミックも想定した方がいいんじゃないか?」と言った人がいました。
それはそれで「防災」が「感染防止」に替わっただけで、BCP本来の守備範囲ではありませんが、今想えば、先見の明があったと想います。


さて、しらべるが継続していくための「BCP」は何かというと「電力の確保」です。
停電が続くと、記事のアップロードができません。
まずはバッテリーで動くノートパソコンの確保。そこにアップロード環境をつくること。コンテンツの予備を置いておくこと。
それから足回りはスマホのテザリング。こちらはキャリアの電波が24時間以上止まらないことを願うばかりです。
その前提は災害時の「在宅避難」

災害はできるだけ小さく起きて欲しいと祈ります。

また時々、しらべるを読みに来てください!
moto

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2021年4月 1日 (木)

サラリーマン最大の功績

サラリーマン時代、私の最大の功績は戦略人事システムを入れたことだ。
システム担当者の間では「HR(えいちあーる)」と呼ばれている human resorce の分野だ。

たんなる人材管理ではなく、その人の業務を数値化して定量評価する機能を盛り込むのが戦略人事システム。

それは、営業をやっていた頃の事務員さんのひと言で始まった。

サトウさん
「私たちの仕事って、営業の皆さんみたいに数字が出ないから、印象評価なのよね。真面目にやっても、やらなくてもそういうところが評価されるわけじゃなくて、若くて可愛いとか、こびを売るとかそういうことなのよ」

それを聞いて僕はこう考えた。
それは、営業の僕らだって同じだ。
確かに数字は出るけれど、それじゃ数字の順に給料が上がるかというとそうじゃない。
同じ数字を上げるにしても、新聞に巨額の広告宣伝費をかけたり、おおどころの取引先を毎晩のように接待して販売促進費をかける人がいれば、自分の足で稼いで数字を積み上げる人もいる。
営業における「数字」というのは「売上」のことで、誰も「利益」なんか見ちゃいない。
いや、個人ごとに利益を計算していないんだ・・

そうか、それならば会社が、制作や営業、そして管理部門の人も、その成果を数値化してくれればいいんだ。
そうすれば、盆暮れの付け届けがマメだったり、毎晩のように上役の呑み会について回るような人との違いが数値化される。

そう考えていた僕は、後にSEとなった時、数年がかりで上司を説得して、このシステムを入れた。

入れるまでは抵抗勢力との戦いだった。
「社員をコンピューターに管理させるのか」
といった、少し考えればわかるような的を外した意見もあった。
これは、文部科学省が学習指導要領に「パソコンの活用」を謳った時
「教育を機械にやらせるのか」といった意見が出たのと似ている。

コンピューターでできる部分をコンピューターに任せ、創出した時間で人は人だけができることをやる。

文字にすればとてもシンプルだし、異議を唱えるほうが難しいことだが、実際にそう理解して、行動する人は3割も居ないというのが、僕の実感だ。

「数字だけではリーダーは作れても、マネージャーは作れないぞ」
そんな意見も根強かった。
仰るとおりである。組織においてのマネージャーは、目を三角にして数字をたたき出す人よりも、まん丸い目で優しく包んでくれるような人が向いている。
誰だって「褒めて育てて欲しい」と心底では想っているのだ。

戦略人事システムは、実績という「定量」と上司の情意評価という「定性」をそれぞれポイント化して、職種ごとに定めたパラメーター(変数値)を掛けて総合評価をつけた。

だが、僕がこの仕組みを入れたことで、誰かに褒められたとか、出世したといったことはない。
非難は部下が受け、功を為すのは上司というのが、サラリーマンだということは、これだけ長くやっていれば、当たり前のようにわかっている。

ある時、社員食堂で見知らぬ若手の社員たちと相席になったことがある。
まだ、コロナのコの字もない遠い昔のことだ。
2人の若者は、その会話内容からして外回りの営業のよう。2人は食堂で一番安いカレーを食べていた。

スズキ君
「冬のボーナスどうだった?オレなんか全然上がんない。数字はけっこう上なのにな」
タナカ君
「数字はきっちり把握されていても、上司がそこに重きを置かない人だとそうなるよね」

そして、この次にスズキ君が言った言葉が、僕のサラリーマン生活で最高の宝物だ。

「ただ、こうして数字が残っているから、今の上司は見てなくても、次の上司か、あるいは何処かで誰かがきっと見てくれるって確信は持てるよね」

嘘の話しの歴史

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2021年2月 3日 (水)

言論の自由 東京五輪2020をディスる人たち

「心ない言葉」は人を悲しませる、落胆させる、時には傷つける
だから、他人には、身近な人、特に親しい人には「心ない言葉」は控えたほうがいい
今ここを読んで頂いているあなたならば、賛同してくださると思う。

心ない言葉はインターネット上に溢れている
匿名で書き込める場所では、いやな気持ちになる人の顔が見えない。
どっちみち皆、知らない人だ。自由にモノを言ってなにが悪い?

日本には言論の自由がある

そう言い放つ人を何度か見たことがある。
だが、僕の考えは少し違う。

憲法は国と民の約束だ。
国がその民に思想信条表現の自由を保障している。
政府を批判したからといって、秘密警察に見張られることはない。
日本は自由に溢れている、幸せな国だ。

しかし、国民と国民との約束ではない。
それを規定しているのは法律だ。

「お前の母ちゃんでべそ」
と他人の名誉を傷つけていいかというとダメだ
それは、憲法で保障された「表現の自由」に当たらない。

人と人が話す時、そこに「言論の自由」が保証されているわけではない。
人は人の心を思い、共感が得られる言葉を使わなければならない。


1月末、IOCバッハ会長は「東京五輪の延期などの憶測報道は選手を傷つけている」と話した。
五輪出場と活躍を目標に掲げてきたアスリート達にとって「ムリムリムリムリ」「実際やれないでしょ」といった言葉は「心ない言葉」だ。

それと同じく、大会招致の頃から長丁場に渡り、開催に向けた準備を進めてきた方々にとっても、それは、かなり「心ない言葉」だ。

朝日新聞が"東京五輪・パラリンピックをどうするのがよいか"頻繁にアンケートを採り、開催支持者がこんなに少ないと記事にする。
批判する、反対することは「言論の自由」だが、それを突きつけられる当事者はとても辛い。

僕らスポーツボランティアも同じ思いをしている。

定例で開いているオンライン呑み会で、知人のサトウさんがいつもこの話題を出す。

「motoさん、オリンピックもうダメですね!」
またか・・僕は目が点になり絶句する
「もうこれだけ感染者が多いと、できないでしょ」
僕は聞こえない振りをする。同時にピタリと動きを止める
そうすれば"ネットが固まっている"ように見えるからだ

でも、サトウさんは追及の手を止めない
「あれ?motoさん!もうムリですよやらない方がいい」

他の参加者が空気を察して、話題を変えてくれるまで、僕は聞こえない振りを続ける。
ただ、人の気持ちに共感できない、想像力に欠けている、一家言ぶちたいだけのことだ。
その話題を振ること以外は、気のいい人なのだ。言葉を荒げる必要はない。

宗教、スポーツ、政治の話題は思想・信条・嗜好が一致しない場合、人前ですることは慎重になる必要がある。

言論の自由は隣人に対しても保証されているわけではないのだ。

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2021年1月21日 (木)

中学に上がり、毎日の日記が書けなくなった僕は何をしたのか?

あと数年が経てば、AIが僕の代わりに日記を書いてくれるかも知れません。
(このブログもAIが書いてくれたら・・)
現代ならば、iPhoneのSiriに向かって「ミスドのBBQパイ美味い」などとつぶやいておけばメールが届き、タイムスタンプと共に時系列の記録が残ります。数日後、芋づる式に記憶を辿り、その日の日記をでっち上げることはお手の物。

しかし、当時はスマホやパソコン、電子手帳もありません。

一学期が終わる間際のある日
その日、学級当番だった僕は、級友が部活(陸上部)に出払った教室で1人、学級日誌を書いていました。

学級当番はその日の授業開始終了の挨拶や反省会(夕礼)の司会を担い、その日の欠席者(ほとんど居ない)などを日誌に書き込むという役割を担っています。

僕はその時、Good idea をひらめきました。
そして、そのアイデアを心に温めて、土曜日の午後を待ちました。

迎えた土曜日のお昼休み
僕は職員室に担任の磯崎先生を訪ねて、こう切り出します。

今日と明日、学級日誌を貸してください
月曜日には忘れずに持って来ます

「持って帰ってどうするんだ、そんなもん」
そう言った先生は笑っている。
筋を通せば話しのわかる先生だと、僕は信頼を寄せていたので、ここはありのままを話します。

「実は小1から6年間、毎日、日記をつけているのですが、このところ、陸上の練習がきつくて、なかなか書けないんです(←ここは脚色)それで日誌を見ながらまとめて書きたいんです」


二言目には「いかがなものか」と苦言を呈する人で溢れている現代のようなややこしい時代ではない。

磯崎先生は僕を信頼して日誌の持ち帰りを認めてくれた。


勉強机に向かって学級日誌と日記帳を並べる
日誌は横組み、下から3分の1に横罫が5行ほど引いてあり、そこに当番が「雑感」を書き込むスペースがある。

ところが、これがまさに「雑」だった

「moto君が今日も数学で寝ていて怒られた」
といったトピックが書かれていれば、そのタグから記憶域にアクセスできるのだが、ほとんどの当番が「今日は暑かった」「雨が降った」といった1行にも満たない記録しか残していない。

飛ばし飛ばしに、思い出せそうな日の日記を埋めていったが、とても一ヶ月の空白はつながらない。

万事休す
その日、僕は6年余毎日続けた習慣の終焉を決意した。


これが「毎日続けていることに終わりが来た」時のお話です。
ちなみに「全員強制 陸上部」は一学期で解除。
・最初に基礎体力を作る
・希望者が少ない陸上部に引っ張る候補を見いだす
という目的で、初めからそう決まっていたと、後に先生が教えてくれました。

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2021年1月20日 (水)

「毎日続けていることに終わりが来た」時のお話

今日でしらべるは7600日、このブログは5600日を迎えました。
毎日更新、連載しているので7600日連続更新、連載は5600日です。
いつも読みに来ていただき、ありがとうございます。

こうして毎日続けられる理由は、2016年に「ブログが3900日つづいた理由」で触れています。
母の薦めにより小学校に入学した日から毎日、日記を付けていたことで「ある1つのことを毎日続ける」力が養われたようです。

しらべるは7600日、20年以上続いているわけですが、日記は小学校からずっと今まで続いているわけではありません。
それは、中学校に上がったある日終わりました。
中学生の僕も「せっかく6年間続けていることだから、なんとか続けたい」と抗ったのです。
今日は「毎日続けていることに終わりが来た」時のお話です。


僕が入学した上五島にある魚目(うおのめ)中学校では、すべての1年生に部活への参加が義務づけられていました。
楽ちんの「文化部」というものは一切なく、すべて「運動部」

しかも、僕が入学した年は、誰の気まぐれかは知りませんが「全員が陸上部に所属」することになったのでした。
ほんと、えらい迷惑でした。

僕は小さい頃からあらゆる「球技」が大好きでした。
野球、サッカー、ドッジボール・・
なんでも人並み以上にできていたと思います。
その中学校を入れ違いに卒業した姉はソフトボール部でしたが、男子は野球のみ。野球部は死ぬほどキツイと聞いていたので、僕はバレーかバスケ部に入るつもりでした。
球技が得意なので、高校では弓道部に入ったほどです。
違うかぁ^^;)フルッ

しかし、それ以外の体育は全て苦手
いわゆる運動神経がない方の子供だったわけです。
水泳は1mすら泳げなかったし、50m走はいつもビリでした。
それが、いきなり陸上部です。

100m走×5
サーキットトレーニング
農道一周(長距離)
陸上部顧問による本格的メニューを1学年の75人全員がこなすわけです。


毎日、それだけでへとへと
家では勉強は一切しなかったので、日記を書く時間はあったはずですが、その頃「音楽」に出会ってしまい、ラジオやラジカセに大半の時間は消えて行く

小学校6年間は、毎日その日のうちに書いていた日記が1日たまり、2日たまり、数日分をまとめて書くようになりました。

恐らく皆さんもそうだと思いますが、中学校の頃というのは「人生で一番記憶力がいい」時期です。
(本当かどうかは知りませんが)
その頃、聴いていたQUEENの「タイユアマザーダウン」や「ボヘミアンラプソディ」は、数十年が経った今でもそらで歌うことができます。

過去一週間くらいまでは、断片的な記憶から紐付けて思い出し、なんとか書くことができたのですが、その"宿題"が1か月分たまった時、ついに「その日(どの日)に何があったのか」を思い出せなくなりました。

普通の人ならば「別に毎日書かなくてもいいよね。日記なんて無理して書くものじゃないでしょ」と思うでしょう。

しかし、日記習慣により「几帳面さ」も身につけていた僕は往生際が悪かった。
そこで、ある行動を起こします。

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2020年12月31日 (木)

真逆の2020年

2020年は輝かしい最高の1年になるのだと思っていました。
それは2020年夏期五輪がロゲ会長の「とっきょぉ」というすっとんきょうな声で東京に決まった時から、ずっとそうでした。

しかし、予想と現実は違いました。
「真逆」という言葉は、こういう時に使うためにあるのだと思います。

真逆
【まぎゃく】正反対という意味の形容詞。
1990年代後半に言葉が生まれ、2004年の流行語大賞候補にノミネート。2006年頃から頻繁に使われるようになった言葉です。

概念的に、対極の立場であること。たとえば「彼らはリベラルとは真逆の人たちだ」というような場合。
また、物理的に180度の角度差の時に「真逆から照明を当てて!」と使うこともあります。

2010年時点では、主要事典に収録されていませんでしたが、2018年の広辞苑 第七版には収録されていました。
象徴的な出来事や時代背景から発生したことばではなく、地道に普及したものです。

■キーワード「真逆」ヒット数の推移

2008年10月現在
YAHOO! 3,250,000
Google 1,090,000

2010年7月現在
YAHOO! 8,690,000
Google 747,000

2020年12月現在
YAHOO! 230,000,000
Google 180,000,000


では、最高の1年の真逆だから、最低の1年だったという訳でもありません。
休みの日、外に出かけなくても罪悪感を感じなくて済むのは、僕にとってはとてもありがたいことでした。

それまでは、休みの日、空が何処までも青いのに、家の中にいて記録に残らない時間を過ごす。これでいいのか?と思っていたのです。
外に出なければ、なにかをしたということにならないと考えていました。

家に居てもよくなった春先、村上春樹の言葉を繰り返し思い起こしていました。

「お金で買えるもっとも素晴らしいものは、時間と自由と静けさだと僕は考えています」

stay homeのそこには「時間」「自由」「静けさ」がある。でも、それは今になってお金で買ってきたわけではなく、ずっと前からもそこにあった。
以前は手にしていながら「これでいいのか?」と思っていたのが、今や「これでいいのだ!」になった訳です。


必ずしも、良いことの真逆は悪くないということを学んだのが2020年でした。

今年も「しらべる」「しらべるが行く!」を読んでいただきありがとうございました。
2021年も時々読みにきてください。お待ちしています。
よい年をお迎えください!

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2020年12月30日 (水)

しらべるが選ぶ2020年の5大ニュース

【5】オンライン呑み会定着

年末で、オンライン呑み会がちょうど30回を数えた。
オンラインで誰かと集うのは15年ぶりのことだった。
1990年代、土曜日の深夜になると僕らはニフティのRTに集った。
遅くに集まるのはNTTの電話代が安くなる時間帯だからだ。

RT(あーるてぃー)は Real Time meeting
チャットによるオンラインミーティングだ。
僕らは時には夜が更けて朝刊が届く時間まで話し込んだ。

その後、パソコン通信はなくなり、後を受けたmixiなどのコミュニティも過疎化し、僕らは集う場所をなくし、それぞれのリアルに戻っていた。

当時の仲間とは年に数回「オフ」で冷え切った親交を温める。
オフは offline meeting
ネットで会うonlineと対比して、リアルに会う言葉として 1990年代に生まれたのが「オフ」

2000年代に入ると、ネット先住民ではない後発組が「オフ会」と言い始める。
offline meetingを省略してオフなので、オフ会は「オフ会会」という二重呼称だ。「お不快」という語感もよくない。
しかし、大手新聞紙上でも「オフ会」が定着してしまった。

2020年11月、ジャパネットが「オンラインオフ会」を企画していたが、これは二重呼称ではなく概念が真逆だ。実際会うからオフ。それをオンラインにした時点でもはやオフではない。


1990年代、オンラインで出会った仲間がオフに進んだ場合、その集合(コミュニティ)は「友達」になり、オンで終わった集合はその後、離散した。

オンライン呑み会はオフで繋がっている(リアルでも会ったことがある)集合で成立する。
かつての「顔の見えない」RTとは違い、オンライン呑み会は顔が見える。見知らぬ者どうしが、顔を出し合うのは抵抗がある。


オンライン呑み会を始めた時、それはいいこと尽くめだった。

・距離に負けない
東京と大阪のように遠くに住んでいる、終電が早いといったハードルがない

・タバコを吸われても平気
オフでは「タバコいい?」と言われても断りづらい。間接喫煙がなくなった世の中で、オフは苦行の場になっていた。

・費用が安い
初めのうちは酒とつまみを買っていたが、いまは炭酸水のみ 75円
それに白湯を詰め替えていても、誰にもばれない^^;)
往復の交通費もかからない


ところが、同じ集合で3回めを超えたあたりから、悪い面も目につき始める。

・下ネタを話す人
できあがった(酔っ払った)参加者は「下ネタは止めましょう」と言うと、さらに調子に乗る

・宗教スポーツ政治の話しをする
セリーグは弱いですね
政治には期待できない
五輪は無理でしょう。

利害が不明な場では、オンでもオフでもしてはいけない話しであり、オンライン呑み会ではなく常識の問題である。

・コロナ評論会になる
東京は1,000人行くんじゃないですか!
ガンになっても手術できないんじゃないですか
変異種で若い人も危ないみたいですね
ワクチンは効かないですかね
ワクチンが努力義務とか胡散臭いですね
(陰謀論に持っていくな!)
運転の時マスクしてると下のほうが見えないですね
(トラックか)

年寄りは悲観的だ。気分が滅入る。
だから、若い人は年寄りと話したくない。
これはコロナに限らず普遍的なテーマだ。
年寄りの入口に立つ者として自戒したいと思う

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2020年12月29日 (火)

しらべるが選ぶ2020年の5大ニュース

【4】マラソン大会中止

2月17日
東京マラソン2020(3月1日開催予定)中止発表

日本政府が新型コロナウイルス感染症対策専門家会議を受けて学校の休校を要請する8日前、東京マラソンが中止を発表した
この時点では東京五輪2020は開催予定だったので、選考レースのみが行われた。

スポーツボランティアは極少数の人員に絞られて、大半は任を解かれた。
僕は既にウェアとキャップを受け取っていたが、それを身につけることはなかった。

2月23日
五島つばきマラソン開催
東京が中止を発表した週末、当時感染者数0だった長崎県で行われたこの大会が「コロナ以降」では唯一の大会となった。

6月30日
日本陸連が「ロードレース再開についてのガイダンス」を公表
「ネットタイム」の採用、開会式等の中止など

11月8日開催予定だった国東とみくじマラソンは「大会開催の流れを作る」と気概をみせていたが、中止に転じた。

8月4日
湘南国際マラソン(12月6日開催予定)が初めて直近時期(2021年2月28日)への延期を発表

大概の大会が「中止」と表記するなか、長崎平和マラソンを皮切りとするいくつかの大会が「延期」とした。
ただ、延期時期を明示しておらず、出場者からみれば「中止」と何ら変わりない。
みえ松阪マラソン(12月20日)だけが、1年後同時期の延期を公表しただけだ。
そのなかで、湘南国際マラソンは3か月後に延期時期を設定。一歩踏み込んだ姿勢を見せた。

■湘南国際マラソンの取組
・定員縮小(25,200人18,000人)
・ブロックスタート廃止
・ウェーブスタート
・マイボトル持参
・除菌スプレー配布
・沿道応援規制

その運営内容は、2021年以降の大会開催モデルと言えるものだった。
しかし、設定されていた催否確定期限の12月10日、中止が発表された。

恐らく「18,000人」という人数の密集が、ランナーが排出する飛沫の課題をクリアできないということだろう。

大規模スポーツ「開催」で選考するNPB、Jリーグの場合、市松模様※に座席指定できるため「間隔」を担保できる。

※二色の正方形(または長方形)を交互に配した模様。前後左右が空くよう座席を売ることで間隔を担保。着席者の場所を記録。濃厚接触者の特定ができる。

マラソンでは、号砲が打たれひとたび路上に出たランナーに対して「あなたはこの位置を走ってください。前後左右のランナーと2m距離を取ってください」と指定することは難しい。
誰ひとり追い抜くことはできず、18,000人全員が「キロ7分」のように指定されたペースで走るのは現実的ではない。

2021年1月24日に予定されている「新宿シティハーフマラソン」はロード開催を取り止めて、国立競技場で「3000m」競技を行うが、その定員は 60人である。


2020年暮れの今、マラソンの再開は見通せていない

2021年1月~3月 34大会の内訳
2 開催
2 地元居住者限定開催
29 中止・延期
1 未公表

開催
名古屋ウィメンズマラソン、とくしまマラソン

地元限定
五島つばきマラソン、四万十桜マラソン

中止・延期29大会のうち 11大会が「オンライン開催」を発表している。
当初はかぞえるほどだったが、京都木津川マラソンのように「皆さんからの声にお応えして」取り組む大会が加わっている。


1万人を超える「する」「みる」「支える」の人々が集い、誰と誰がどれくらいの時間接触したかがわからない取組「マラソン」
日本において効果的な予防と対処の方法が確立され、旅行、飲食、音楽LIVEなど大概の活動が平常に戻った後のラストランナーになりそうだ。

障害物のない公道をひたすら走るマラソンだが、スタートラインに立つ前のハードルはとても高い。ただ、時を待つだけではなく、新たな価値を生み出したければ、路上に立つしかない。

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より以前の記事一覧