2022年8月 6日 (土)

気になるが気になる「気になる病」の人たち

♪この木なんの木?気になる木
 名前も知らない木ですから♪
と歌うのは、昭和50年代に放送されていた日立グループのCMソング

ハワイを訪れた時、ツアーガイドさんがモアナルア・ガーデンにある木を指して「この木なんの木?」と問いかけると、日本人観光客がそのCMソングを合唱した。
まだインターネットもなく、CMのロケが何処で行われたという情報はない時代。
これが、その木だと誰も知らなかったのに「この木なんの木」と問われたら、日本人にとってそれはその木だったのである。


時は昭和。僕は会員管理システムのSEだった。

ユーザー部門のサカモト課長から相談を受けた僕ら情報システム部は、関係部署を集めて要求分析の会議に臨んでいた。

サカモト課長が課題を説明する。解決策の自案はない。
情報システム部側が、準備しておいた改訂案についてメリットと工数を説明する。
関係部署は「それしかないね」という空気だ。
どうですか、サカモト課長?
クライアント(お金を出す側)はユーザー部門。彼が判断する立場だ。
サカモト課長は「えっ俺なの」と一瞬戸惑ったように見えたが、少し物憂げな表情でこう言った

「費用対効果が気になるね」

「費用対効果」は自称エリートの決まり文句
会議で他人にアイデアを言わせておいて、後出しじゃんけん的に
「いい案だね。ただ、費用対効果がどうかだね」
と言えば、一気に全員のモラルを下げることができ、なおかつ「二度とこいつとは仕事したくない」と思わせることができる。

「費用対効果」とは
「投資額」と「得られる効果」を比較考量する分析の通称

効果には定量効果と定性効果がある。数値化できる売上げなどが定量効果。数値化できない満足度などが定性効果。
それらを調べたうえで、かかる費用と比べることが費用対効果
それは、気の遠くなる作業だ。

中央省庁や役所の職員が予算を立てる時、必ず行う作業であり、その作業が業務の大半を占める。そこがAIにより自動化されれば彼らの残業は劇的に減るだろう。

その膨大な作業を引き合いに出し、何もしない人が5秒で
「費用対効果が気になるねぇ」
と片づけたので、周りは怒りを通り越して力が抜けてしまった。


時は令和。僕は録画しておいたニュースショーを観ていた。

"最低賃金が31円上がりました"
厚生労働省の審議会が、今年度の最低賃金の引き上げ額を31円とする目安を決定したニュースが紹介される
MCがどうですか?と話題を振り、コメンテーターが応じる
 ↓↓
「物価が上がってますから、本当に上がったのか気になりますね」

気になる?
それで終わりなの?
その先はないの?

意見を求められた時に「気になる」というポジションをとる人がいる。

考えているぞ
問題意識あるぞ
多面的にみているぞ

自分は、なにも考えていない「気にならない」人とは違う!
そうアピールすることで、自分が何者かであると示したいのだろう。

それは、人を萎えさせる
もちろん、萎えない人もいる
いずれにせよ「気になる」という言い逃げは建設的ではない

いつの世にも「何かを言っているようで、何も言っていない」人がいる。
「気になる病」の人もその仲間だ。

「気になる」アピールは要らない
何も言えないならば、ムリに何も言う必要はない
自分のなかにある真摯な言葉に人は共感する


♪この木なんの木気になる木
 見たこともない木ですから
 見たこともない花が咲くでしょう♪
件の日立CMは、こう結んでいる

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2022年1月21日 (金)

サラリーマン生活 最後の10分

ドアを抜けてスロープを足早に歩き、僕は会社を後にした。
時間は未来から過去に流れている
僕は会社を辞めた
これから、目の前の一分に集中しよう

だから、意地でも後ろをふり返るのは止そう
と一瞬想ったが、そんなこだわり「屁の突っ張りにもなりませんぜ」とキン肉マンに笑われそうなので、すぐ取り止めて、後ろを振り向いた。
そこには、数分前と変わらず、曇り空に社屋がそびえていた。

福岡、名古屋と出先を経てたどり着き、今やここで過ごした年月がサラリーマン人生で最長となった。
もう2度とここに来ることはない

この時はそう想っていたが、ロッカーにジャケットを吊したままにしていたのに気づき、2週間後に訪れた^^;)


これまで、定年を迎えた数多くの先輩を見送ってきた。
その中に、これは男性に限られるのだが「今日で卒業なんです」と言って、各部署を巡回する人がいた。

あぁはなりたくない
僕にはそれが、感謝のお礼回りというよりは、最後に別れを惜しんでくれる人を探しているように映った。

未練がましい
僕がそう想っているということは、自分が挨拶して廻れば、相手もそう想うだろう。
もちろん「忙しいから、しっしっ」という人は居ないだろうが「私って貴方とそんなに人間関係ありましたか?」という表情をされるのは忍びない。

「老兵は死なず、消え去るのみ」
と言ったのはダグラス・マッカーサー
(いまGoogle先生に聞いた)
僕はずっと「老兵は去るのみ」つまり、先輩は後輩に道を譲り、潔く消え去るものだという意味だと想っていた。


そして今、最寄り駅に向かう道を歩く。
両手には記念品も花束も寄せ書きも持っていない。

定年ですっぱり会社を辞めると決めた日から、静かに消えたいと想っていた。
それは「コロナ禍」という不測の事態で、願いどおり手に入った。とても違和感なく。

サラリーマン生活最後の10分間で起きたこと、言われたことは、きっと忘れないだろう。
それは墓場まで持っていくかも知れないし、持っていかないかも知れない。

定年退職の当日、どんな気持ちになるのだろう?
この数ヶ月、時折そんなことを考えていた。
恐らく淡々としているのだろう。いや、もしかして、最後に突然寂しさが押し寄せたりして・・


明日から仕事という拘束はない
これまで、それが当たり前だったから、脳はそれがなくなることをネガティブに捉えようとする。
けれど、それこそが脳の横暴だ。

脳が「定型パターン」にはめようと「思考」しているのが見える。
今はただ、曲がり角の先によき未来が待っていると信じている
それが揺るがないから、今なにも決めないでいられる

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2022年1月16日 (日)

37年務めたサラリーマン人生最終日

37年務めたサラリーマン人生最終日
転職はしていないので、新卒、生え抜き、1つの会社で退職を迎える。
これは、前提として会社が存続しているということと、居たたまれないような辛い処遇を受けなかったということがある。
会社と会社を維持してくれた経営者に感謝しなければならない。
もちろん、会社には感謝したくない人もたくさんいたが、それはまた別の話だ。


8:00
いつもより1時間早く起きて、会社には1時間早く到着。
こうすれば、定時より1時間早く16時にあがれる。
もしも「なにか退職の挨拶を」となっても慌ただしくない時間だ。
これまで先輩退職者の挨拶は、17時頃に夕礼形式で行われていた。


フリーアドレスで座席は選り取り見取り
入口から入ってすぐの席をキープする。
今日は2人の社員が「最終日にご挨拶したい」と言ってくれていた。ここならば、探しやすいだろう。


10:00
事業部の佐藤さんがやってくる。

僕は自慢ではないが、あまり人から好かれていない。
群れない、尻尾を振らないということもあるが、それは部署内の話し。
他部門から疎まれるのは、情報セキュリティ規則の番人を演じるために、融通の利かない態度をとるからだろう。
佐藤さんはそんな中、僕を頼りにしてくれる貴重な一人。
セキュリティ絡みの案件がある時は、文書を出す前に必ず相談に来てくれた。

本来、人は人とわかり合いたい。
申請書面のやりとりでは「親切」にすることはできても、どうすれば許可が下りるかという手の内を見せることはできない。
だが、面と向かっての話しならば、多少のリップサービスもできる。

「最後にご挨拶を」というので10分程度かなと想っていたが、話しが弾んで1時間ほどになった。もう僕の仕事は残っていないので、時間はふんだんにある。

その後、社内1人、社外から2人の来客
システムなどの導入選定から外れている僕が、社外から訪問を受けることは滅多にない。
年に1度、岩尾君が訪ねてくるくらいだ。

14:00
最後はその岩尾君
「最終日に、お邪魔したい」とやってきてくれた。
これまでは「会社」という場所で会うことができたが、もう彼と会うことはない。
そして、これがサラリーマン生活最後の仕事になった。


15:00
いよいよ、サラリーマン生活も残り1時間
この後に何が待っているのか、なにも待っていないのか
その瞬間を迎えた時、僕は何を想うだろう

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2022年1月15日 (土)

意外だった定年退職の記念品

会社は数年前にフレックス制度となっている。
朝早く来れば、その分早く帰ることができる。
リアル出社ラスト2日めは、定時よりも1時間前に会社に着いた。
いい席を取るためだ。

従来、景色のいい窓際はエライ人の席と決まっていたので、僕には縁が無い。フリーアドレスとなった今、何処にだって座れるならば、窓際に座ってみよう。
既に出社していた海原部長、山岡課長は互いに離れて座っていて、その両方から均等に離れていて、しかも窓際という席をゲットする。
まさに窓際社員だな・・と一人笑う。こういう時、マスクは口元の表情を読まれないので助かる。

いざ座って見てわかったのは、とても暑いということだ。きっと冬は寒いのだろう。1度座ればこりごり。もう座る機会も無いけど


お昼前、品川さんがやってきた
手には何か小さな箱のようなモノを持っている
あれ?ちょっと予想と違うな・・
品川さんから「今度いつ会えるか」と聞かれた時、恐らく、送別会あるいは送別の挨拶についての打診をしたいのだろうと考えた。

送別会?いやいや、このコロナ禍だから
記念品?いやいや、お気遣い無くで
挨拶?いやいや、在宅勤務も多いし、皆さんの手を止めるのも悪いですから

用意してきた応酬トークは要らなかった。
彼女は小さい箱を僕に手渡すと、こう言った。
「この間、IT部門が社長賞をもらったのね。本来ならば、賞金で呑み会をするところだけど、こういう状況なので、記念品にしました」


午後には町田君がやって来た。その手には紙袋を持っている。
ちょっといいですか?と促され、ロッカーの裏についていく
「これまで、大変お世話になったので」
と手にした紙袋には「香酒盃」が入っていた。

「こうしゅはい」は有田焼メーカーKIHARAが手がける、ワイングラスの原理を応用した盃。盃の内側の丸みで香りが対流するので、酒の香りを楽しむことができる。
佐世保生まれの僕に有田はなじみ深い町。とてもいい品を選んでくれたと想う。それ以前に、彼がこんな気が利くとは想っていなかった。


職場では退職者が出る度に、幹事役がこっそりと一人千円ずつを集め、記念品を渡すという習慣がある。それは、ある程度値の張る品となるが、一人一人の顔は見えない。

町田君の顔が見える香酒盃は、僕にとって定年退職、最高の記念品となるだろう。この時はそう想っていた。

そして、いよいよ定年退職日を迎える

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2022年1月14日 (金)

定年退職までリアルな出勤、あと2日

繰越も含めて40日あった有給休暇は、選手村活動でほとんど使い果たしていた。
職場には、溜まっている"有休消化"で退職日のひと月ほど前を最終出社日とする慣例があったが、僕の場合は退職日=最終出社日だ。

若干残っている有休を最後にもってきてもよかったのだが、こうしたのには2つの理由がある。
1つは上司が信用できなかったこと。
通常は、有休をとった後、自身で申請入力する決まりなのだが、有休消化退職の場合、それを上司が代行する。
しかし、上司がその処理を忘れれば、無断欠勤扱いとなり減給される。
システムの自動処理ならば安心だが、上司に委ねるのは一抹の不安があった。

もう1つはギリギリまでこの環境に居ることだ。サラリーマン生活が愛おしいというわけでは全くない。
退職した翌日、僕は会社人から社会人になる。
それは、これから長く続く。もう味わうことがない今の環境にギリギリまで身を置くのも一興と考えた。


東京2020が終わってもコロナ禍は続いている。
退職日まで1ヵ月を切った時点で、出社は残り2日。そのうちの1つは最終日。これはパソコンやスマホを手渡しで返却するため。残りは在宅勤務だ。

在宅勤務のある日、珍しい同僚からメールが届いた。
発信元は職場の人気者、品川さん。
彼女は僕の「教える力」を支持してくれる一人で「今度、あなたの話しは、なぜ伝わらないのか?という研修をやるんだけど、どう?」と持ちかけると、2つ返事で参加してくれる。
コミカルで愛くるしい品川さんは、男女を問わず人気が高い。

男性陣に人気がある女性は、女性陣には疎まれる傾向がある。
品川さんはある時を境に"二の線"から"三の線"に転身し、そのキャラ変が万人に受け容れられていた。なぜ、そんなキャラ変をしたのか?という問いかけは野暮というものだ。

「今度、リアルmotoさんに会えるのはいつですか?」

次に出社する日の確認である。
浮かれたおじさんならば、思わず「きたーーーーー」と喜ぶところだが、僕は浮かれなかった。
問われたことだけに答え、あえて要件は聞かなかった。僕にはその意図が想像できたからだ。

別の日、町田君からも同様の質問があった。
彼とはよく、仕事終わりに近くのカフェで話しをした仲だ。
話題はプレゼン技術、IT施策といった仕事のことから 趣味、処世術まで。
先輩が後輩の面倒をみるという伝統がない職場では、珍しい師弟関係だったと想う。
彼の意図は、最後に1度直接会って、挨拶がしたいといったことだろうと独りごちていた。


そして、迎えた最後から2番めのリアル出勤日。
僕が選手村に行っている間に、職場はフリーアドレスに移行していた。


■フリーアドレス

会社で自分の席が決まっていないこと
従来、固定されていた座席を自由化する。
企業側には、社員数分の座席を確保しなくてよいので、家賃が安くて済むというメリットがある。コロナ禍で在宅勤務が増えたことで、採り入れる企業が増えた。

副次効果として「片付けられない思考停止社員」に意識変革のきっかけを作ることができる。
机の上に書類の山を築く社員は「何処に何があるかは頭に入っていますよ」と嘯くが大嘘だ。
ただ、思考を先送りして積んでいるだけである。
当人不在の時に、回覧や書類を置く時は、山が崩れないように、そぉっと置かなければならない。

すべての社員は否応が無く書類の山を整理しなければならない。
それを強権発動できるのがフリーアドレスだ。

サラリーマン側にもメリットは多い。
早いモノ勝ちで席が決まるので、嫌いな上司・同僚の側に座らなくて済む。日によって環境が変わるので、気分が変わる。

「部署毎に序列で固定されていた座席がシャッフルされることで、新たなコミュニケーションが生まれる」というメリットを語る人がいたら、それはもう「DX人
元々、仲が悪い職場がフリーアドレスで風穴が空くというのは幻想だ。

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2022年1月13日 (木)

退職の意思表示に、まさかの無言2連発

大抵の企業では60歳の誕生日前日に定年退職する。
ずっと誕生日に退職かと想っていたが、民法では前日に歳をとることになっているのでそうなる。
そこからは、会社を離れる人と雇用延長制度を使って残る人に分かれる。
二者択一。どちらを選ぶか?意思表示のリミットは前事業年度の3月末と説明されていた。それは2021年3月。
答えは数年前に出していたので、選択に迷いはない。

ただ、上司になんと言って切り出そうか、上司はどう応えるだろうか。そのロールプレイングは、この半年ほど何回となく脳内でおこなってきた。
今年で定年を迎えるのですが、会社には残らず辞めることにしました
「え゛そうなの。いやいや、それは困りますよ」

いや、違うな
「あぁそうなんですね。お疲れ様でした。それでは引継ぎとか今後のこととかあるので、今度、打合せをしましょう」

きっと、海原部長は僕が居なくなることを歓迎する。
ただ、あまりの嬉しさを表には出せないので、実務的な話しに切り替えて、お茶を濁すだろう・・

半年間、何度、ロールプレイング(妄想とも言う)しても、結末は同じだった。


いよいよ、リミットの日が来た。
予め人事部から送られてきた確認書面に回答を記入して提出する。

雇用延長を 希望する・希望しない

片方に○を付けたところで、僕のサラリーマン人生の終わりが決まった。
人事部に回答書を提出したその足で、海原部長の下へ赴く。
最初に部長、続いて直属の課長へ。僕は順番にこだわる。

在宅勤務制度が導入されてからも、彼はほぼ毎日、リアルに出勤している。

海原さん、ちょっといいですか?
(面倒くさそうにパソコンから顔を上げる)
今、人事に書類を提出してきました
今年で定年ですが、会社には残らず辞めることにしました

「・・・」

続いて、直属の上司である山岡課長のところへ。

今、人事に書類を提出してきました
今年で定年ですが、会社には残らず辞めることにしました

「・・・」

コントではない
噺を造っているのでもない
これが、起きた事実のすべて
まさかの、無言2連発

用意しておいた、表面的な慰留への応酬トークは要らなかった。
これは気が楽だ。それにしても、ちょっと呆気ないが。

節目のイベントが終わると、あとは後任への引き継ぎ。
その目処が立ったところに、二か月間の選手村生活が待っていた。

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2021年12月21日 (火)

定年退職の挨拶原稿

定年退職の挨拶原稿を考え始めたのは、退職まで1,000日となった頃

ウォシュレットで尻を浮かすのはやめましょう
驚異の定年退職スピーチ(2)

最初はこのように、奇をてらった原稿が思い浮かんだ。ただ、3人くらいが笑ってくれたとしても、9割以上の同僚を不愉快にすると想って止めた。


挨拶原稿は退勤定時に臨時の夕礼が開催されて、そこで数分の時間をいただくことを想定している。
本来、僕の職場には朝礼も夕礼もない。
直近に退職した先輩が二人つづけて、雇用延長を選択せず、送別会の開催も辞退していた。
その折りには、最終出社日に臨時の夕礼が招集された。

「*日の**時頃から、サトウさんご退職の挨拶で夕礼をしますので、極力、参加してください」
数日前に部長から、このようなメールが配信される。
当日は定時になると、部長とサトウさんが窓辺に立ち、同僚の皆が座席のところで起立する。

部長から簡単な前振りがあり、サトウさんが別れの挨拶を述べる。
そして、ゆかりの深い同僚から花束や記念品が渡されて、拍手が起きる。
それから、全員で記念撮影。
サトウさんと部長を中心に据えて、全員が映り込むように間合いを詰めて並ぶ。あまり映りたくない人は最後列に並ぶ。
セッティングができたら、シャッターを押すのは通りがかりの他部署の社員に頼む

ただし、これはコロナ禍前のこと。
コロナ禍以降、僕が初めての定年退職者となる。


お忙しいなか、お仕事の手を止めていただき、ありがとうございます。
長くご一緒した方、短いおつきあいだった方、皆さんのおかげで無事、定年退職の日を迎えることができました。
これからは、この会社の1ファンとして、応援したいと想います。
皆さんとご家族の健康と発展をお祈りしています
ありがとうございました

時間にして40秒程度
これならば、僕のことを快く想っていない人でも「なげぇよ」とは言わないだろう
「短かっ」と言われるくらいがいい

それにまだ、実際の定年まで3年ある。
とりあえず、今のところは、これくらいシンプルで。
近くなれば、想うこともあるだろう

その時はそう考えていた。
しかし、その後、世の中はコロナ禍となった。
送別会は辞退するまでもなく、その企画さえ立ちあがらないだろう。
ならば、最後の挨拶で受け取るであろう、花束や記念品の類いも辞退しよう。寄せ書きも要らない。

先輩が退職する際、寄せ書きが回ってくる度、憂鬱な気分になった。
文章を思いつかないということではない。

第二の人生を謳歌して
人生百年、ご自愛ください
また、遊びにきてください

非現実な目標や、不思議な目線、主旨がわからないきれい事が並んだ色紙に、それを上塗りするような工夫の欠片もない言葉を書き足していく人々。そして、それを送られる側の気持ちになったのだ。
正月に届いた年賀状の多くが、本文はおろか宛名書きまでパソコンで印刷されていた時のような気分になるだろう。

結局、最初に書いた挨拶原稿が、退職日までアップデートされることはなかった

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2021年12月12日 (日)

誰も習ってくれなかったActivity Based Costing

手元の記録によると、僕が最初に「定年」を視野に入れたのは「定年まで3000日」およそ8年前、53歳の時だった。
2015年には「定年ABC」というエクセルブックを作っている。

ここでいうABCとは「Activity Based Costing」
行動を記録して分析し、自分のコアコンピタンスにできるだけ多くの時間を割り振ることを目的としている。


■Activity Based Costing(本来の意味)
仕事の活動単位で時間の記録を取り、活動単位のコストを算出する方法
2000年代はコストの「定量化」と言われていた。2010年代であれば「見える化」となる

■コアコンピタンス
【core competence】中核をなす能力
「企業の中核的競争能力」を意味する
その企業が市場の中で最も強く、得意とする分野
不況の時代ゆえに最も強いところ、つまり原点に戻り、そこから足場を固めて行くということを再確認することば


外回り営業から内勤に異動した1999年から、このABCを始めて退職日まで22年続けた。
全データをAIに放り込めば、興味深い推移が見えてくると想うが、実感として次のことが挙げられる。

1.仕事が速くなった
2.課題をみた瞬間、工数がイメージできるようになった
3.自分が作った情報がすぐ探せるようになった


これは日々、記録をみて分析していたからそうなったというのではなく、自然に身に付いたものである。
瞑想をある程度の期間つづけた人が、妄想から解き放たれて、今この時を生きられるようになることに似ている。
つまり、走り込みを続けたらマラソンのタイムが改善したというように、当然予想される効果ではなく、やってみたら、いつの間にかそうなっていたというものだ。


定年まで5年を切った頃から、この自分に起きたABC効果を誰かに教えてあげたいと想うようになった。
「***が今日だけ2割引だよ」のように、相手にとってお得であり、教えることで自分が損をすることのない情報だからだ。

IT、セキュリティ研修を受講した方で、僕から「他にも何か習いたい」と言ってくれた方に「こういうのはどう?」と提案したこともあるが、残念ながら食いついてくれた人は居なかった。

ABCについてはいつか書籍または電子書籍のような媒体で書きたいと想う。


2015年につくった「定年ABC」というのは、定年に向けた活動時間を管理していこうといったものではなく、日頃ABCで使っていた「ABCフォーマット」に、定年前後のto do などの情報を集約しておくためのもの。

自分が残した情報は何処にあるか?
iPhoneが見当たらなければ「iPhoneを探す」機能に頼ればよいが、自分の記録が残した情報を探すのは自分自身。
(個人ならば、自分のパソコンだけ「全文検索」すればよいが、企業に勤めている方ならば、複数のクラウドストレージを探さなければならない)
自分で残した記録が見つからない・・
こういう悩みもABCが解決してくれた。

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2021年9月18日 (土)

社内問合せシステムに「不満」フラグをつくる愚行

スズキさんの会社に、新しく社内の問合せシステムが入ったという。
これが、問合せを受けるスズキさんの気を重くさせている。


問合せは電話かメールで届く。
今回は、そのメール問合せがシステム化された。

回答を受け取ったユーザーは「満足」「不満」という評価フラグを立てることができる。任意なので、立てなくてもよい。

こういったフラグは、ヤフオク!のように見ず知らずの者どうしが金銭と物品の取引をするような場合には役立つ。

だが、同じ組織内で互いが同じ目標(企業価値の向上)に向かって働いている場で、こうした評価を突きつけることは、負の連鎖を生む。

このフラグのような「評価制度」をシステムの仕様に盛り込む社員というのは、見識・経験が浅く、自己中心だ。

「企業内と言えども、問い合わせてくる相手は顧客だ」
というのが言い分なのだろう。
しかし、顔が見える企業内において、それがどれだけ人を苦しめるかには興味が無い。

「満足99」「不満1」
のような経過が表示されているとしよう

社員たちは「99%満足だなんんて、すごいサービスだな。よき仲間が集まっている会社なんだな」とは思わない。

そこに見えている 1%の不満に引きづられる。

中には、その1%は「誰が誰にどのように不満なのか」という興味を持ち、詳細をクリックする者もいるだろう。

多くの賢者は、そんなところに目を向けると「自分が負の連鎖に引きづりこまれる」と見えないことにするだろう。
それが、意思を持って楽観を貫く賢い生き方。

だが、現実に 1%の不満は残り続ける。

「不満」のフラグを立てる者には、自分の怒りを発表できる場がある。
怒りをぶつけたことで一旦溜飲が下がるのかも知れない。
だが、周りの人からは「要注意人物」として避けられる。

「要注意人物」に対して、人は「より親切にしよう」とは想わない。
面倒くさい相手に絡まれないよう、挙げ足を取られない、型どおりの対応をするようになる。

顔が見える場で、相手に「不満」を突きつけることは、結果的に自らの仕事をやりづらくする。だから、賢者は「不満」のフラグに見向きもしない。

人は「怒ろう」と決めてから怒る。
怒りと付き合わないと決めている人は怒らない。
我が子をディすったり、殴ったりする人と、そうしない人がいるように。

そこに怒る方法がなければ「怒ろう」を諦める。
それによって、本人も「要注意人物」にならずに済む。
「不満」ボタンは、人を不幸にする
不幸にしたのは、仕様を盛り込んだ社員だ。
万死に値する。

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2021年7月23日 (金)

失恋という言葉は知っていたけれど・・・

♪失恋という言葉は知っていたけれど
と唄うのは、かぐや姫の「好きだった人」だが、人生にはこのレトリックで語りたいことが何度かあった。

「来月の1日からフリーアドレスになります」
上司からそう言われたのは、久しぶりに出社勤務した日の午後だった。

「机の上も、引き出しも、私物は一切置けませんから、それまでに片付けてください」
と言われて、僕は笑ってしまった。

その上司の机の上はいつも、書類が雪崩を起こす一歩手前だからだ。
本人が居ない時に、書類を置く作業は、いつも僕らを悩ませる。

どこに置いたら、風景にならないだろうか?

人は違和感があるモノしか目に入らない。
いつも整理整とんしている人は、そこに書類という異物が置かれると「なんだろう」とすぐに開封して確認したくなる。

だが、そこらじゅうに書類が積まれていると、いったい、どこが風景に埋もれないのかがわからない。

このあたりですかねぇ?
たぶん^^;)

いつも、主のない席でみなが失笑している。


フリーアドレスは住所不定ということではない。
「会社に自分の定席がない」ということだ。

ずいぶん、長い間、会社に来れば、自分の席に直行する。
荷物を置いて、パソコンを引き出しから出してLANケーブルをつなぐ・・
夏休みで里帰りした時
手術で入院した時
親の還浄による忌引きの時

どれだけ長く居なくても「会社に自分の椅子がなくなる」ということは無かった。

フリーアドレスという言葉は知っていたけれど

現実に自分の身に置き換えたことはなかった。

朝、会社に行く。
まず、自分のロッカーに直行する。
恐らくそこにはトレーのようなモノを設えて、そこにパソコンや筆記具が納まるようにするのだろう。
確か、コロナ禍が始まった頃、経済ニュースで見たことがある。

今日は何処にしよう?

きょろきょろとあたりを見渡す
相手のことも考えると、できるだけ空いている所を選びたい。
ようやく、空きスペースを見つける。
近くに座っている人は、知らない人だ。
在宅勤務が始まって以来、新しく人が入っても、それが誰かが把握しづらくなったからだ。

ここ、いいですか?

すると、100年早いわといった顔で「はぁ」とか言われる。
だからと言って、じゃやめとくとやると、角が立ちそう。
朝からもう帰りたい(笑)

きっと、そんなことにならぬよう、朝早く行く。
皆も同じことを考える。
ひょっとして、前の晩から、それとなくモノを置いて場所取りする輩が現れるのではないか。
花見か

仲良しの同僚と示し合わせて「席をとっておいてもらう」行為も心配だ。
ということで、きっと在宅勤務をするのだろう。

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