2023年1月21日 (土)

「家でパソコンをしていると足が冷たい」を解決した「三面こたつ」

「家でパソコンをしていると足が冷たい」
この悩みの解決に取り組んで6年。この冬、ようやく納得の答えがみつかった。

これまでに試した取り組みも、その時点では「答えをみつけた」と想っていたのだが、満足よりも物足りなさがまさり、使わなくなる。その繰り返しだった。

これまでに試したモノから順にお話したい。


【1】足の冷えない不思議なスリッパ
桐灰が発売していた保温スリッパ
当時価格:2,300円
電気や触媒で発熱する製品ではないので、ぽかぽか暖かくはないが、冷たさは感じない。そこが「不思議な」ところ。断熱エアヒート層で保温するらしい。

カイロのように発熱しないので低温やけどの心配がない。
電気代も要らないし、オフシーズンに仕舞うのも、かさばらない。
リビングで足を投げ出す、パソコンをする、就寝時といつでも使える。

ほぼ、良いこと尽くめなのだが、使わなくなった理由は大きさ。
製品のサイズは「23~25cm」の1サイズのみ。
僕はスポーツシューズのサイズは27.0。このスリッパは足入れはできるものの、中がぎちぎちで指も動かせない。スポーツシューズサイズが26.5までが許容範囲だろう。

2017年に購入して、そのうち、メンズ向けの大きめサイズが出るだろうと想っていたが、商品の販売自体をやめてしまった様子。現在は中古品がヤフカリに出品されている。


【2】スリッパ足温器
電気的に温めるスリッパ。
足温器は両足を揃えて覆うものが多いが、これはスリッパ内にヒーターが仕込んである。
スリッパなので、左右独立、片足ずつ履ける。

購入したのは以下の製品
・ブランド:KLAS REMO
・実勢価格:2980円
・給電:USBケーブル(2m)
パソコンから電源を取って使う。モバイルバッテリーに繋げば、キッチンで歩き回ることもできる。

こちらは、サイズ感はよかったが、履いてからしばらくすると熱くなり過ぎて、脱ぎ履きを繰り返すという面倒があった。


そして、この冬に出会ったのがこちら。
【3】YAMAZEN パネルヒーター
パソコンをする足元を温める「三面こたつ」といえる。

これまでも、この類の商品は足温器として認知していたが、製品紹介の写真に「こたつ」のようにして使っている写真があった。
こたつは日本の家が洋風化すると共に廃れたが、その強力な居心地の良さには今も憧れがある。
それが、パソコンをしながら実現できるという発想はなかった。
写真を見た三分後には、ジャパネットに申し込んでいた。

品番:YPP-181HK
・メーカー:山善(大阪市 1947年設立)
・実勢価格:8,980円(ジャパネット)
・1時間あたりの電気代目安3.8円(ジャパネット)
・サイズ:W50×H50×奥行30cm

三面の衝立(ついたて)にヒーターが仕込まれている。
そこに専用の毛布を掛けると、あたかもこたつとして使える。
毛布がずれないよう、三面それぞれをダブルクリップで留めた。
毛布の中央に目印としてメンディング・テープを貼っておくと、左右均等に膝に掛けるのに便利。
床面にはヒーターが入っていないので、スリッパが併用できる。
床面に足乗せ台を置いているので、この仕様はちょうどよかった。

温度調節は無段階でできて、ほのかな暖かさ。長時間でも苦痛にならない。
オン・オフはスイッチがカチッと音が鳴り、わかりやすい。
オフシーズンは折りたたんで仕舞えるので省スペース。


商品の難点ではないが、使用上の難点は、消し忘れてしまうこと。
使用中を示すインジケーターは毛布の中なので、つい消し忘れてしまう。
一定時間で自動的に電源が切れる「コンセントタイマー」を検討したが、部屋のドアに「ヒーター」と書いた紙を貼っておくことで、なんとかなっている。

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2023年1月20日 (金)

極寒の冬に欠かせないUSBカイロの選び方(2023年版)

今から3年前、2020年1月に初めてUSBカイロを紹介した。
2年前、2021年1月に買い足したUSBカイロを紹介した。
1年前、2022年1月に3個めを購入して紹介した。

そして今般、4年連続4個めを購入したので、そろそろ「USBカイロ評論家」を名乗りたいと想う。
仕様の違いについては、1年前に記しているので、そちらもご覧いただきたい。


まずはじめに、今回購入した4個めは次の製品である。

■エネループカイロ
メーカー:三洋電機(Panasonic子会社)
型番:KIR-SE1S
発売:2007年(生産終了)

・実測値
弱モード:39.6度
強モード:42.3度
重量:75.6g

購入の決め手は、自身初めての「国産」であること(中国の工場で製造されている)
充電式カイロとしては軽量でコンパクトであること(62×84×19mm)

バッテリーの三洋が作っているだけに、充電中・終了、使用中の表示には安心感がある。
ただ、片面しか加熱しない仕様であり、両面発熱のカイロに慣れているので、物足りない。
サイズがコンパクトということはバッテリーも小さく「弱モードで210分」と謳われている仕様では、短時間の買物などに使い道が限定された。


4個のUSBカイロを使った経験により申し上げる「USBカイロの選び方」は次のとおりだ。

1.必須であること
・両面発熱
・発熱モード切り替え(3段階が望ましい)

2.バッテリー容量=連続使用時間
屋外にいる時間が長いほど、大容量が必要になる。
容量:9000mAh、連続発熱14時間(低温モード)以上が望ましい。
ただし、大容量=でかくなる。持ちやすさも勘案したい。

3.形状
丸みを帯びたカタチ
カイロは握りしめるため、角が立っていると握りづらい。
丸みは平べったいもの、ずんぐりと高さがあるものがあり、ずんぐりしたものが握り易い。


メーカーに望むこと(こんなカイロが欲しい)
・外面はむき出しでよい
 塗膜を貼ったものは、塗膜が剥げることがある。
・スペックに表面温度の表示を!
 高温、中温、低温に均等な差をつけてほしい。低温38度、中温44度、高温50度がよい


USBカイロの長所は「欲しい時だけ十分な暖かさ」が得られること。使わない時、要らない時はOFFにできることだ。
通勤で使う場合、日中は要らない。
屋外活動でも、四六時中、カイロを触ってはいられない。
結局、カイロを使うのは、移動中か、休憩(ぼーっとしている時)しかない。

触媒式のカイロはオン・オフができないので「連続8時間」の仕様だと、出勤時に使うと、退勤時には使えない。
逆にいえば、8時間以内のお出かけならば、USBカイロは要らないということも言える。


就寝時、手を暖めると寝付きが良くなるので、冬場の就寝時はUSBカイロを持って寝ている。
USBカイロは外気温が高いと長持ちするので、ふとんの中で使うと長持ちする。
入眠すると適当にそのあたりに転がってくれるので、この3年、USBカイロで低温やけどをしたことはない。

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2023年1月18日 (水)

高い確率で起こる大震災を自分ごととして備え、その最小化を祈る

2023年は関東大震災から100年を迎える。

関東大震災は1923年(大正12年)9月1日に関東一帯で起こった地震。
明治以降の日本の地震では最多の犠牲者を出した。

亡くなった方:142,000人
住宅被害:701,000棟
全壊128,266、焼失447,128(全焼381,000)

■時系列の記録
11:58 震源地神奈川県西部、M7.9の本震(40秒)
12:01 震源地東京湾北部、M7.2の余震
12:03 震源地山梨県東部、M7.3の余震
12:48 震源地東京湾、M7.1の余震


津波も起こり、熱海では12m、館山では9mを記録した。迅速な避難行動が行われたが、犠牲者が出ている。

特に神奈川・千葉では地震と直後の大雨により、土砂災害が多数発生した。その中に、昨今、話題にのぼっている「盛土」によるものがどれほどあったかは記述が見つからない。

盛土【もりど】とは、敷地造成のため、他所から持ってきた土を盛って固めること。
道路、擁壁にヒビが入っている。擁壁から土混じりの水が吹き出している場合は要注意。
*擁壁(ようへき)
斜面が崩れるのを防ぐために設けるコンクリートの壁

盛土が豪雨、地震で崩れる被害が出ており、全自治体が大規模盛土造成地マップを公開している。居住地周辺の盛土をしらべるには「盛土 自治体名」で検索するとよい。

■盛土の法律と被害
1961年(昭和36年)11月7日
「宅地造成等規制法」公布

1995年1月17日
阪神淡路大震災 西宮市仁川で盛土が地すべりを起こし34人が亡くなった
2021年7月3日
静岡県熱海市豪雨 盛土が崩落、大規模な土石流災害が発生。28人の死者・行方不明者が出た

2023年5月26日
「宅地造成等規制法」を改正・改名し「盛土木製法」施行


ボランティア文献を紐解くと、阪神淡路大震災がボランティアの端緒であり、1995年がボランティア元年と書かれているものが多いが、関東大震災でもボランティア活動が盛んに行われていた。
後世に個人意志によるボランティア活動があったことが伝わっていない理由は次のように考えられている。
1.その後それらの活動は自警団の活動として収斂された
2.関東大震災後に町内会組織が強化されたことで、そちらだけが注目された


2023年は関東大震災から100年であることに因み、気象庁が「関東大震災から100年」特設サイトを開設している。

・大地震の注意喚起のために、関東大震災の知見を紹介するサイト
・開設:2023年1月4日

内容の一例
・関東大震災の概要
・関東地方で起きる地震の特徴
・地震・津波に備えるための知識

「関東大震災から100年」特設サイト


近い将来、高い確率で大地震が起きることが政府から注意喚起されており、メディアも報道している。

2023年1月13日
政府の地震調査委員会 日本各地で想定される巨大地震の最新の発生確率を発表
南海トラフ地震:20年以内の発生確率は「60%程度」

地震調査委員会のWEBページ

そのニュース記事に接して、自分ごとと想い、備える行動をとり、災害が最小化するよう祈りたい。

しらべるの地震講座

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2023年1月17日 (火)

カセットボンベの爆発で、大地震への警戒が緩んでいることに気づく(自分比)

「カセットコンロのガスを抜いていて爆発が起きた」というニュースをみて、大地震への警戒が緩んでいることに気づく(自分比)

今から2年前、2021年2月には、自身の地震備えブームが訪れて、いろいろなモノを買い揃えた。


■前回ブームで買い揃えたもの

・ポータブル電源
□PowerArQ2+ソーラーパネル
スマホ充電など低電力の家電が使える。最初に充電したきり、一度も使っていない。
時々、電力が目減りしていないかチェックしているが「80%」から一切目減りがない。
ソーラーパネルは一度、試しにベランダで広げて充電を試みたが、目に見えて充電できるわけではなく、そのまま畳んで仕舞っている。


・電気ケトル
冬場の被災時には温かいものが便り。コーヒーやカップ麺を作るためのケトル。
PowerArQ2 につないで使うことを想定していたが、規定電力を超えていて使えなかった。
PowerArQ2 で使える電力の電気ケトルは見つからなかった。
自動車のシガーソケットからも給電できるが、試していない。


・折りたたみ式トイレ
避難所にいかず、インフラの復旧を自宅で待つ「在宅避難」を想定した場合、トイレが大きな課題。
段ボール組み立て式のトイレ、アイリスオーヤマのBTS-250を購入した。

□BTS-250
実勢価格:2100円
固めて捨てるトイレ処理セット(凝固剤など)5個付
耐荷重:250kg
使用後は「燃やすゴミ」

集合住宅において、被災して断水した時、汲み置きの水が残存する間、水洗トイレは流すことができる。しかし、下水管が破裂していた場合、他の住戸に迷惑をかけることになる


・飲料水
家族一人当たり10リットルを目安にローリングストック
これは、しっかり続けている


・水の要らないシャンプー/からだふき
本田洋行(愛媛県四国中央市)の「シャンプー手袋」「手袋からだふき」を半年ごとに買い足していった。十分な数に達したので、買い足しはストップした


・カロリーメイト的な食品/カップ麺
賞味期限切れと共に食べてしまってから、補充を怠っている


・カセットコンロ
ずいぶん前に買ったものを棚から下ろしてみると、本体の使用期限、カセットボンベの使用期限(イワタニの場合7年)をとうに過ぎていたので、本体、ボンベ共に新品に買い替えた。

□イワタニ・カセットフー
メーカー:岩谷産業
商品コード:CB-SS-50
当時価格:3,580円
イワタニ・カセットフーシリーズで最もうす型(W335×D275×H84mm)のグッドデザイン

カセットコンロには、不安と不満がある。
不安は、ボンベがきちんと装着されたかが曖昧なこと。これは、ガス着脱マグネット方式が採用されておりクリア。
不満はボンベが冷たくなりガスが残ってしまうこと。これは、ボンベを適度に暖めて器具の火力を維持させる「ヒートバネル」が搭載されていてクリア。


未使用のカセットボンベはそのまま捨てると、パッカー車(通称:ゴミ収集車)が爆発してしまう。
未使用のボンベ3本のガスを抜くのは大変な思いをした。その記録は以下に記している。
「カセットボンベのガスを抜いていて爆発」のニュースをみて、背筋が寒くなった

カセットボンベを買ったら「7年経つ前に、ベランダで肉でも焼け!」

地震講座

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2022年8月12日 (金)

久々に帰省する東京の人がしていいこと、ダメなこと

かつては、お盆の週を外して帰省することが多かった。
航空券の相場が高く、JRは予約が取りづらいからだ。

父と母が浄土に還ってから、里帰りはお盆の時期になった。
日ごろ、何一つ実家の仕事をしていない僕に、お盆提灯を組み立てる、解体して仕舞うという仕事ができたからだ。


2022年夏
3年ぶりのお盆だ
いやいや、お盆は毎年来ているでしょうと言われるかも知れないが、大手を振って故郷に帰れるのは3年振りだ。
初めはそう想っていた。


その後、お具合はいかが?
法事で帰るから、呑みに行かない?

3年ぶりの里帰りを前に、親友にメッセージを送った。
佐世保に帰った時はいつも呑む、僕にとって限りなく数少ない親友と呼べる友だちの一人。
彼には持病がある。枕詞としてではなく、健康状態は知りたい。
「法事で帰る」と記したのは、理由もなく帰省するわけではないという意味合いがあった。

人はなぜ帰省するのか?
そこに故郷があるからだ
というようなシンプルな帰省ではないという意味である。

返信は速かった
「佐世保も感染者が増えている。病気持ちとしては飲み屋には行きたくない」

返事を読んで、自分が軽率に考えていたと知った。
それは「久しぶりに帰省する東京の人」の素振りを見直す機会になった。


まず、高齢者、療養中の方には特に慎重に接する。
・お見舞いに行く場合、周囲に意見を聞く
・会いたい場合、会食・喫茶ではなく個別に会いたい旨を告げる
・仲間と共に呑みたければ、周囲の意見を聞く


言ってはいけないこと
・帰りたくても、歓迎されていない空気があり帰れなかった
・コロナのリスクは何処にだってある


してはいけないこと
・玄関先に消毒液がない!と意識のアピール
 マイ消毒液を使う場合、これ見よがしにシュッシュッしないで、人が見ていないタイミングで

・実家でいきなりノーマスク
 実家といえども、よその家 「マスク外していいよ^^)」のひと言を待とう

・コロナの自己管理自慢
 「20秒以上流水で汚れを落としてから、手のひら、手の甲、指、爪、手首を洗い、20秒以上流水に充てる」といった手洗い自慢や、自主規制を口にしない(黙ってやる)

・職場や家族のコロナ自慢
 周りでたくさん罹って、いろいろ大変だったという話しをしない。
 聞いている方は、なに一つ楽しくない


帰省した東京の人がするとよいことは、いつも、東京でしていることだろう。
原則、人前に出る時はマスク着用。
東京では散歩、ランニングでノーマスクの人が増えているが、そこも含めて。

親友には「もしよかったら会いたい」と、可否の確認から入ればよかった。
里帰りが近くなったら、顔だけでも見たいけど、どう?と切り出してみよう。

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2022年7月16日 (土)

佐藤公俊 はげし雨 佐藤読み

佐藤公俊は新たな放送スタイルを提唱しているのだと想う。

NHK正午前の気象情報に気象予報士、佐藤公俊が登場する。
佐藤公俊は、日本気象協会に所属する気象予報士。NHKの職員ではない。

彼はゆったりとした口調で、午後の予報を話し始める。
ところが、ここぞという要所のところで、妙な早口になる。

「沖縄付近は雨雲が発達しやすく、1時間に30mm以上、はげし雨が降るところがありそうです」

初めのうちは、少しだけおかしな感じがした。
それが、毎日のように聞いているうちに、違和感に成長した。

これまでに、どの気象予報士からも、こんな言い方を聞いたことがない。
彼の言い回しが特徴的なのは次のようなことば。

激しい雨→はげし雨
明日の天気→明日(の)天気
気象情報→きしょ情報
東京都心→とうきょ都心
最高気温→さいこ気温
太平洋側→たいへよう側


「沖縄付近は雨雲が発達しやすく、1時間に30mm以上、はげし雨が降るところがありそうです」
という文章のうち、見る側にとって重要なキーワードは「沖縄」「雨雲」「30mm」ということだ。
「激しい雨」を「い」を抜いて「はげし雨」と言っても、前後の関係からそれが「激しい雨」であることはわかる。

ちなみに画面字幕には「沖縄に激しい雨」と表記されていた。


佐藤公俊のスタイルを観ていて、古館読みを思い出す。
古舘読みとは、古舘伊知郎が始めた、英語固有名詞の抑揚のない読み方

F1中継実況を担当したフジテレビアナウンサー古舘伊知郎は、アラン・プロストをプにアクセントがある「プロスト」ではなく、どこにもアクセントがない「プロスト」と平坦に読んだ。
その後、本来のアクセントを抜き、抑揚をつけず平坦に読む人が増え、これが「古館読み」と呼ばれるようになった。
公的な言葉ではないので、この呼称を知らない人も多い。
広辞苑 第七版 に載っていないのはわかるとしても「Google先生」すら、認識していない。
僕の場合、その呼称を知っている側になったのは、古館が「プロスト」と読んでから、20年後のことだった。


古館読みのように、従来の読み方と違う読み方をすることには、次の意図が推察される。
・その名詞に新しい価値観を持たせる
・自分が共感、一体感を持っていることを強調する
・同音異義語を区別する


佐藤公俊は、この一部の音を省略する「佐藤読み」で何を意図しているのだろう。

・容易に想像がつく(視聴者がイメージできる)言葉は、省略して尺を詰める
 それによって
・重要な情報を際立たせる
ということではないだろうか。

まだ誰もやっていないスタイルで、独自性を際立たせたいと想っているかも知れない。
それは、とても素敵なことだと想う。

レコーダーの番組表から、平日11:54~12:00 NHK 気象情報を録画して観て欲しい。
あなたも、いち早く「佐藤読み」を認識した側の人間になれる。

数年前、映画「シン・ゴジラ」で、異常に早口の台詞が話題になり、それを取り入れたタレントやビジネスマンが現れた。早口が聞いていて心地いいのは「中身がある」話しに限る。中身がなく「何かを言っているようで、何も言っていない」話しを早口で話して悦に入っている姿は滑稽だ。

「佐藤読み」の追随者は現れるだろうか。話し言葉の音を意図的に抜くというのは、やってみるとなかなか難しい。ただ、音楽の世界では古今東西行われてきたことだ。フォロワーを待ちたい。

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2022年5月 7日 (土)

NO COFFEE SHOP, NO LIFE 人生には、喫茶店が必要だ

NO COFFEE SHOP, NO LIFE

その喫茶店が閉店して、5年が過ぎたが
それに代わる店を見つけることができていない


その喫茶店は、最近ウクライナからの避難民に仕事を提供していることが報道されている会社に代替わりする前の百貨店に入っていた

コロナ禍前のことで、週末は駐車場が混んでいたが、その喫茶店はいつも空いていた

土曜日の朝、本とノートを持って開店と同時に喫茶店へ直行する
自宅のパソコンでフォルダーをワンドライブに放り込んでおくと、ノートでもファイルが開けるのが便利だ

学生時代の行きつけのように毎日来るわけではない。年に4~5回程度か。それでも、この場所が僕の拠り所

マラソンに向けてがんばっている時は、レースを終えたらゆっくりあの喫茶店へ行けるということが、励みの一つになっていた

その喫茶店が閉店する
たまにしか来ない立場で、勝手な言い分だが、ずっと続けてほしかった


壁沿いに設えた一枚板のテーブルが僕の定席
そこから、ウィンドウ越しに百貨店の食品売り場を見下ろせる
迷路をゆくパックマンのように、売り場のあちこちでたくさんの人が違う方向に歩いている
パソコンに飽きたら、しばらくそれを眺めている

ノートと本を交互に開いて、ブレンドコーヒーを飲む
ここでの気分は、家でいつものパソコンに向かっているときとは明らかに違う
「煮詰まる」という感覚がないのだ

長い時間、文章を書いていると、脳の回転速度がおちる
そろそろ何か、新たな動きがあるのではないかと、ネットを巡回したり、メールをチェックするのだが、世の中は僕を置き去りしたかのように進展がなく、空虚な気持ちになる

ここではそういうことはない

家にいるとつい、ネットを開いて、当てもなく時間を過ごしてしまう。ここでもテザリング環境はあるのだが、今開いているアプリに集中できるのだ

いつもは思いつかないようなアイデアを思いつくこともある
日頃、断片的に思いついては消えていたことが、ここで整理できることもある

一定の制約がある非日常の環境に身を置くと、日頃は自分の中から掘り出せなかった考えをカタチ(文章・メモ)にすることができる

その理由を考えてみた
・誰かがそこに居るのに、誰かに話しかけられて思考が中断しない
・誘惑、逃げ道の選択肢が少ない
・ほどよい雑音、机と椅子がある

そこに居るのは自分だけではないのに、自由で、支配されない空間
それを「居場所」という
居場所は欲しいが、不要な思考を喚起されたくない
(それを居心地が悪いという)

人生には、考えることが多すぎる
人生には、知らなくていいことが、あふれている
人生には、喫茶店が必要だ

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2022年1月24日 (月)

年賀状は贈り物 加筆された文字数は平均で 20.1文字

「年賀状は贈り物だと思う。」

これは、日本郵便が2007年に平成20年(2008年)用年賀キャンペーンで謳ったキャッチコピー。
作者は2014年に亡くなったコピーライターで、東急電鉄沿線広報誌「SALUS」に「大人の迷子たち」(のち書籍化)を連載していた岩崎俊一さん。

年配の方ならば、このコピーに共感する方が多いと想うが、自らが贈り物だと想って書いているかは別の話だ。

年賀状は、挨拶と手短なお愛想を書いたあと、自分の住所を書いて、住所録から住所を写して宛名を書かなければならない。
無精な人にとって、年賀状というのは苦行だ。

不精者は自分でやりたくないことは、誰かか何かの力を借りる。
1990年代までは印刷屋さんがそれを担っていた。

文面は「謹賀新年」「旧年中は世話になった。今年もよろしく」的なことが慇懃に書かれていて、住所氏名が載る。ちょっと費用を奮発すると干支の動物の絵柄が添えられる。
それでも、表書きは自筆で書かなければならなかった。

書道の心得がある人は、ここぞとばかりに達筆を披露する。
しかし、そこで力尽きる。
従って、本文に「個別メッセージ」は書き足されていない。


2000年代に入って、各家庭にパソコンが普及すると、不精者は一斉にパソコンに食いついた。
パソコンは、本文から表書きまでこなしてしまう。気の利いた人ならば、デジカメで撮った写真を入れることもできる。
ここで、ついに不精者は「一筆たりとも自筆しない」環境を手に入れた。
2010年代、2020年代、その流れは変わっていない。
この20年、年賀状には技術革新が起きていないのである。


2022年正月、手元に届いた年賀状のうち「個別メッセージ」が書き足されていた比率は 55%
これは年々上がっている。
それは、人々が「年賀状は贈り物だ」と気づいたからではなく、元々贈り物だと想っていなかった人が年賀状から撤退した、あるいは、僕との関係が切れたからだろう。

加筆された文字数は平均で 20.1文字
試しに20文字書いてみたら20秒かかった。文面を考える手間もあるので、一人あたり30~40秒の時間をかけてくれたことになる。

僕はそれを 5秒くらいで読む。
その時、書いてくれた人の顔や性格を思い出し、僕に抱いている感情を想像し、こうしてひとこと添えてくれたことを、とても嬉しく思う

イヤなやつに「個別メッセージ」は書かない。
そもそも、年賀状を出さない。儀礼としてやむを得ず出す場合、個別メッセージは添えない。添えようにも「元気ですか」「今年もよろしく」といった小学生みたいな言葉しか浮かばないからだ。


長崎市の知人
「今年こそ長崎を走れそうですか」

かつて、その知人に贈った年賀に、僕はこう書いていた。
2020年「今年は長崎平和マラソンを走ります」
2021年「今年こそ長崎平和マラソンを走ります」

※長崎平和マラソンは被爆75周年事業として2020年に開催予定だったが、コロナ禍で2021年に延期。それも再度延期されている。

沿道に住んでいる彼はきっと、応援に出てきてくれるだろう。大会が近くなったら、こんな服装で走りますと写真付きのハガキを送って催促しよう。
しかし、その機会は訪れていない。
恐らく、知人は長崎平和マラソンが2021年→2025年(被爆80周年事業)に延期されたことを知らない。

2025年の長崎平和マラソンは必ず走りに往きます」
2023年の年賀に、僕はこう書くだろう
80歳を超える彼が、健康でいてくれることを祈る

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2021年12月18日 (土)

送別会で定年退職者を泣かせたスピーチ

定年退職する権田さんに送る言葉はいよいよ最後の一人。
一般的な送別会ならば、最後は取締役や部長といったお偉いさんが取りを飾るところだが、今日は席順。
ということはこの宴席は固定席で行われているということであり、およそ二時間ほどの送別会の間、一度も権田さんと言葉を交わしていない人も多くいただろう。

その場ですっくと立って話し始める。持ち時間は決まっていない。ここまでの皆さんはおよそ2~3分というところ。ここは1分ちょっとでまとめよう


ナゴヤ支社からこの部署に移ってきた時、始めに権田さんにガツンと言われたことがあります。
「素人でちょっと詳しい人と、プロでは全然違うんだぞ」
それは、珍しくパソコンを使う支社員だった僕に※、本職のシステム担当者は次元が違うんだぞということを、わかりやすく表現されたのだと想います。
(権田さん、そんなことも言ったかなと笑っている)

それ以来、権田さんには厳しくご指導いただいてきました。
横浜の印刷所に権田さんと行った帰りのことです。
私がクルマを運転して、会社の駐車場に車庫入れを終えた時
「君は運転だけは上手いな」と言われたのです。
(「えらそうに^^)」と同僚から野次が飛ぶ)
この一年、叱られてばかりで、褒められのはこの時だけですが、1度だけでも褒められて嬉しかったです

ここまでは、和んでいた空気が次のひと言で凍り付く

もし私が今日この会社を去っても、1週間もすれば誰ひとり僕のことを覚えていないと思いますが、今日で居なくなる権田さんのことは1か月、1年たっても誰も忘れていないと想います

権田さんの健康をお祈りしています。ありがとうございました。

そう言い終えた僕は、座の空気を窺うようなことはせず、タイマーで消灯するライトのように、即座に着席して参加者の一人に戻った。
すると、想定外のことが起きた。
入れ替わりにとなりの権田さんが立ち上がったのだ。無理やり椅子を引いたので、床が軋んだ。
なにか言うのかと想うと、立ち上がった一連の流れで、すたすたと歩き出した。

本来ならば、ラストバッターの僕が話し終えたところで、おもむろに立ち上がった権田さんの独演会でも聞くか・・という場面だ。


そして、走りださんばかりの速さで歩いた権田さんは、そのまま部屋から出て行ってしまった。
(漏れそう!という話しか)
歩きっぷりだけを見ると、限界までトイレを我慢していた風情だが、彼がハンカチを目に当てているのをみて、誰もが状況を察した。

あれ、どうしちゃったのかな~
幹事が素っ頓狂につっこんで場を和ませようとしても、場の空気はまさにキツネにつままれたよう。
5分ほど経っただろうか「いや、失礼した。ん?じゃオレが話す番か」と言いながら権田さんが帰って来た。誰の目にもそれが彼の照れ隠しだとわかったが、誰もそれには突っ込みを入れなかった。


僕はこうして、初めて出席した定年送別会で、主賓を泣かすという快挙?を達成してしまった。
この時、20年後には僕にも定年がやってくること、その送別会があるであろうことも思いを馳せることはなかった。


※当時、仕事としてのパソコンは普及前で、自前ノートパソコンを営業に使っていた支社員は二人しかいなかった

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2021年12月17日 (金)

箱根でおこなわれた定年退職の送別会

権田さんの送別会は強羅温泉のとある温泉旅館で行われた。
当時は、うちの会社でもパソコンの「1人1台化」が行われて、いよいよ世の中はパソコン時代に入ろうとしていた。
今となっては、紙とボールペンに電話とFAXで仕事をしていたことは大昔のことのようだが、暦年にしてまだ20年ほど前のことだ。
ということは、世の中の変化の速度がすさまじいと言うことになる。

インターネットが日本に入ってきたのが1994年、僕らが佐野元春さんと公式サイトを作ったのが1995年。そして「インターネット元年」と言えるのは1997年だと僕は考えている。
なぜそうかというと、この年に初めてLAN端子を標準装備したノートパソコンが売り出されたからだ。
その年に買い換えた自身3台めのノートにはLAN端子つまり「10BASE-T(てんべーすてぃー)」が1ポート実装された。
それまでは、後付けしたモデムからモジュラーケーブルで電話線に接続していた。

話しを送別会に戻そう
この頃はまだ、目的地の住所を打ち込むだけで、最適なルートを提案してくれるサービスはなかったが、最寄り駅までの乗換案内は既に存在した。東京に来て1年。箱根と言われてもそれが何県にあるのかさえ知らなくても、箱根登山鉄道に乗って強羅温泉にたどり着くことができた。


箱根登山鉄道とは、神奈川県の小田原~早雲山を営業運転する3つの鉄道の総称

■小田原~箱根湯本
小田急と連絡運転する普通の鉄道
新宿~箱根湯本の直通便も出ている

■箱根湯本~強羅
スイッチバック式の登山鉄道
・箱根湯本から強羅に向かって左側が景色がよい
・進行方向に前向きに座るとよい
・スイッチバックは3回
・スイッチバックの度に運転手と車掌がホームを走って入れ替わる

■強羅~早雲山
急斜面を上る登山ケーブルカー


送別会の宴もたけなわ。
およそ30名ほどの出席者が1人ずつ権田さんを送る言葉を贈る。
権田さんは一番隅っこに座っていて、僕はそのとなりに陣取っていた。
権田さんは若いプログラマー達には愛されていたけれど、同僚には煙たがられてもいたので、となりが空いていたのだ。

向こうの端っこに座った社員から席の順番に話し始める。
それを「ふんふん」とか「そうだな」とか合いの手を入れながら聞いている権田さん。
僕は同僚たちの贈る言葉を聞きながら、少し物足りなさを感じていた。
誰もがいい話しをしたい。他の誰かと同じように。
だが、どれも同じ過ぎていて、心に響かない。
僕が送られる立場だったら「あぁ自分はこんなものか」と想うのではないか。

一人終わり、また一人が終わる。どの話しもきれいごとだし、ありきたりだ。
順番が近づいてくるに連れて、権田さんを喜ばせることを言ってあげたいという気持ちが募っていく。
ここに居る同僚の中で、権田さんとの付き合いは僕が一番短い。それでもそのわずかな時間の中から、今僕に言える精一杯の言葉を見つけ出した。

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