2020年5月 1日 (金)

英会話用イヤホンを慎重に新調する

「Google先生」に「オーソンウェルズのラジオドラマ」を尋ねたところ、現行商品としては売られていなかったが「メルカリ」や「ヤフオク」そしてAmazonに出店している古書店で取扱があり、「宇宙戦争」のCD+テキストセットを購入した。

「宇宙戦争」は1938年に米国で放送されたラジオドラマ。
ラジオ局を宇宙人が襲うという設定だったのだが、リスナーが現実に起きている出来事だと勘違いして大騒ぎになった。

しばらくはCDを聴くだけにして、耳が慣れてきたら、テキストをみて英文として確認していくつもりだ。

とはいうものの、僕はけっこう忙しい。
1日のうち自由に使える時間は、執筆、読書、情報収集、TV鑑賞でびっしり。どこにも、英会話教材を聴いている時間はない。

そうだ、通勤時間がある
僕はウォークマンを持っているが、それは年に1度、マラソンレースで使うためのもの。日頃、移動しながら音楽を聴く習慣はない。
しかし、空き時間はそこしかない。
耳から聴くだけだから、うってつけの時間でもある。
よくぞ、空けておいてくれた、自分^^;)

そこで、次の課題に気づいた。
イヤホンのコードだ
取り付ける時も仕舞う時も、もつれて時間がかかる。
イヤホンが耳から外れて落ちるのがストレスだし、満員電車で誰かに引っ掛かると危ない。

これまでは年に1度だったから我慢していた。
レースではスタート前、セラポアテープで耳に"テーピング"して固定していた。
だが、毎日となると面倒くさいこと極まりない。


よし「英会話用イヤホン」を新調しよう
そう決めたら、早速、商品の選考に入った。

選考ポイントは
・ワイヤレス
・音楽内臓

コードレスにするだけでなく、プレーヤーもレスにすれば手軽だ。
毎日の習慣にするのだから、とことん、そこは拘りたい。
以前、SONYからウォークマン一体型イヤホンが出ていて、しらべた記憶がある。
その時は取り扱えるファイル形式に制限があり、パソコンで保管しているファイルがそのままでは転送できないことがわかり、これじゃダメだと切り捨てていた。

つづく

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2020年4月30日 (木)

「ラジオドラマ+テキスト」が最強の英会話習得術

そうだ、英会話しよう!
そう思い立ったのは、東京五輪2020が4か月後に迫った頃だった。
たくさんの外国人が東京に訪れて、英語で話す機会が増える。
「ドラちゃん」(POCKETALK S ドラえもんEdition)は買ったけれど、やはり、ある程度は自力で英語ができた方がいい。

では、英語のなにができればいいか?
「話す」のは「ドラちゃん」に任せればいい。この数ヶ月でしっかり話せることを目指すのは無理がある。
そこで「聞く」ことを重点的に鍛えることに決めた。

情報収集にはいると、英語が堪能な知人から「オンライン英会話」がいいという情報が入った。
決められた時間になると、テレビ会議システムを使って、外国人とマンツーマンで話す。
一定額の料金がかかるけれど、強制的にその時間を英語に充てなければならず、成果は挙がるらしい。

でも、その時点ではまだ「オンライン呑み会」もやってなかったので、テレビ会議と聞いただけでムリだと思った。歳をとったのかも知れない。

結局、2つの対策を立てた。
1.英語のラジオドラマを聴く
2.音楽を聴く生活は英語曲中心に替える

英会話しよう!と考えた時、真っ先に浮かんだのがオーソンウェルズのラジオドラマだった。
かつて、雑誌広告に頻繁に掲載されていた時期があったので、ご存じの方がいるかも知れない。


広告を見ながら、きっと高いんだろうなと思いながらも、その教材の効果には疑念を持たなかった。

「ラジオドラマ+テキスト」が最強の英会話習得術だという経験則が僕にはある。
それは、大学二年生の後期に遡る。
中学、高校、大学と既に、日本的英語教育は8年めに入っていたが、そこで選択したエンドウ先生の講義は斬新なものだった。

僕らは手元に英語小説の薄いテキストを開いて待つ
エンドウ先生が教室にやってくる
左手にはステレオラジカセを抱えて
スイッチを押して始まるのは、英語のラジオドラマだ
僕らは、耳からドラマを聞き、テキストに目を落として英文を追う

ラジオドラマには会話だけでなく、効果音たとえば銃声なども入っている。
映像はないので、否が応でも想像力が高まる
英文がすーっと頭に入って来る。
結局、僕は3か月の講義が終わる頃には、テキストを丸暗記していた。
英単語やイディオムを暗記したことはあったが、全文を暗記したことはないし、しようとしたこともない。
この時も暗記しようと努力したのではなく、気がついたら覚えてしまっていた。

翌年初頭の後期試験
教科書持ち込みで問題を解いているようなもので、すらすらと答案を仕上げた。
成績は「A」だった

つづく

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2020年1月22日 (水)

あの言葉が思い出せない!という時に「50音順想起法」

えっと、グループじゃなくて、カテゴリーじゃなくて、分野ごとの分け方ってなんていうんだっけ?

名詞が出てこない

歳を取ってから最近とくに・・
というわけではない。
そもそも覚えていないのだ。だから「ど忘れ」ではない。
加齢とは関係なく、出てこないものは出てこない。
「ど忘れ」じゃなくて、言うならば「ど覚えず」か。
しかし、そんな屁理屈をこねた用語は普及しないので、名詞化は諦めよう。

名詞が出てこない理由はわかっていて、それは「興味が無い」「日頃使わない」の2つである。
かっこいいな、面白いな、変わっているなと関心を寄せた人の名前は覚えても、バラエティ番組のひな壇で名前がテロップで出ただけのアイドルの名前は記憶に残らない。

いいなと思って一度は記憶に残す。すなわち覚える。
でも忘れる。その理由は「日頃使わない」からだ。
「エビングハウスの忘却曲線」は、時の経過と共になだらかに記憶保持率が下がっていく。
覚えてすぐ復習しておけば、記憶保持率は高止まりする。


しかし、忘れてしまったものは仕方がない。
とりあえず出てこない名前を思い出さなければならない。

こういう時、周りの誰かに聞くのが手っ取り早い。
えっと、グループじゃなくて、カテゴリーじゃなくて、分野ごとの分け方ってなんていうんだっけ?
すると、誰かが「*****じゃない?」と言って教えてくれる。
ただ、一人で部屋にいる時や、周りにいる人が口も聞きたくないいやな奴ばかりという時は、この手は使えない。

そういう時は「Google先生」の出番。
"カテゴリーの別の言い方"
で尋ねてみる。先生の機嫌がいい時は、一発回答が出るかも知れない。だが、ここ数年「Google先生」は大手メーカーやまとめサイトにご執心。かつての驚くほど冴えていた姿は見るべくもない。


そうなると、自分で思い出すしかない。
忘れたといっても、本当に脳に残っていないわけではない。
「脳はしつこいくらい忘れない」
脳が忘れやすければ、嫌なことはどんどん忘れて、楽観的に生きていけるのだが、そうはいかない。記憶の底に沈み込んでいるから、何かのきっかけによって記憶のインデックスを検索してしまう。

自力で思い出す時に有効なのが、しらべるが提唱する「50音順想起法」だ。
やり方はとても、カンタン。幼稚園児からお年寄りまで誰にでもできる。

「あ」で始まる単語を思い浮かべる
あ?・・アカウント?違うな
い?・・インシデント
というように、あ→い→う→え→おと50音順に、その音で始まる単語を思い浮かべる。
慣れてくると、かなり高速にインデックスサーチができるようになる。

さ・・サークル
し・・シルビーニョ(誰だ)
す・・寿司食べたい^^;)
せ・・あ、セグメントだ!

それでも思い出せず「わ」まで行ってしまうこともある。
その時は、二巡目にはいる。
ただ「なんだったかな?」という場合、過去に数回使った名詞であり、大抵は一巡目で引っかけることができる。

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2018年8月 3日 (金)

アイスブレイクを予告するな!

2018年に入り、アジェンダに「自己紹介・アイスブレイク」と書かれている研修会が散見されるようになった。

アイスブレイクとは「研修会で参加者の頑なな心を解きほぐすための仕掛け」をいう。
研修会というのは見ず知らずの者が集まるものもあれば、ひとつの会社組織や部署の人だけを集めて行われるものもある。


見ず知らずの者同士が、会った瞬間からフレンドリーなわけがないが、社内ならばそうかというとそうとも限らない。
参加者には「斜に構えることを」身上としている人もいるし「こんな研修、なんの意味も無い」と頭から決めつけている人も居る。

そうした、あらゆる「醒めた人」の冷え切った心を溶かすから「アイスブレイク」なのである。

アイスブレイクで最も代表的なのは「自己紹介」
さぁ、今から3分間で、となりの人と自己紹介をしてください。はい、はじめっ!
というようなムチャ振りを講師が予告もなく仕掛けてくる。

意表を突かれた参加者は、とりあえず、その空気を読んで乗らなければならなくなる。それだけでいいのだ。


ところが昨今「アイスブレイク」をアジェンダに書いて予告する主催者がいる。

冷え切った心の人に対して「お前、どうせ斜に構えて来るんだろう?」「冷えてるだろう?」「まるっとお見通しよ」というわけだ。

こういうことをアジェンダに書いてしまう主催者に、僕は違和感を感じるし、その研修会には行かない。


研修の目的は大まかに「正確な理解」をして「正しい行動」をとることに尽きる。
講師が一方的に壇上から話す学校形式の座学だけで、この2つの目的を達成することができれば、自己紹介やアイスブレイクなど要らないのである。
しかし、2010年代以降の研修では「アイスブレイク」を織り交ぜることが多い。
その理由は2つある。
1,講師の話がつまらない。
2,受講者が寝てしまう

というのは、ネガティブな側面からの言い方で、もう少し格調高くいうと

1,研修の品質が不十分
2,受講者は自らも話をすることで、興味と関心を高めることができる

ということになる。
従って、自己紹介、アイスブレイク大いにけっこう。
だが、それがアジェンダに刷り込まれていて、しかも1時間もとってあったりすると、これから参加する人は身構えてしまう。

自然体でやって来てもらい、サプライズでいろいろな趣向がある。
そこに気づきがあり、脳が活性化して、研修内容にリアリティを感じるのだ。
予め「アイスブレイク 1時間」とネタばれさせてどうするのか。


もしかして
「人と話すのが苦手な人は来ないでください」
と牽制する意図があるのだろうか。まさかねぇ

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2018年7月 5日 (木)

まさか、この歳で論文を書くとは想っていなかった

権田さんの指導によりMIND-SAを学んでから1年半が過ぎた頃、僕は先輩の勧めにより「企業論文」なるものを書いていた。
歳がいってから始めた「プログラム」は相変わらず不得手だったが、人と会って分析して決めて作るという「SE」の流れは、長く「営業」だった僕にはシームレスに入れる仕事。

MIND-SAの基本を得たことで、なんとか「なんちゃってSE」気取りができるようになった頃「そろそろ書いてみては?」と勧められたのだ。


これまでの生涯では「日記」に始まり「作文」「詩」「卒業論文」「レポート」といろいろな文章を書いて来た。
小学校に入学する数日前、母が僕の机に一冊のノートを置いた。
メーカーは「セイカ」だったと思う。
表紙には「日記帳」とあった。

今日からこれを毎日書きなさい

「あんたは素直さが足りない」
と何度、母から怒られたかわからない僕が、なぜこの指示に素直に従ったのかを思い出せない。
今となってはそこでどんなやりとりがあったのか、浄土の母に聞くことも叶わない。

最近、親が存命の人に「子どもの頃の自分について、聞けるのは今のうちだよ」と進言している。
17歳の自分が何に熱中していたか?
虐められて帰った日、僕はどんな様子だったか?
ききたいことは、ふとした時に現れる。
「自分が覚えていない自分」を知っているのは、同居していた親族だけなのである。


僕は小学校6年間、母の言いつけを守り日記を書き続けた。

そのお陰で「なにか書いて」と言われ、負担に感じたことはない。
だが、学者でもない社会人が「論文」を書くことになるとは思っていない。
論文は学生の「卒論」だけで卒業だと思っていた。


論文とは
「はじめに」で始まり、「おわりに」で終わる作文
(しらべるの定義)

既にいくつかの企業論文を書き終えた今となっては、気軽にこんな定義ができるのだが、当時「型式」「章立て」「使用禁止文字」など様々な制約に慣れない僕は、遅々として筆(指)が進まず苦しんでいた。


論文と呼べる条件は次の通り。
■起承転結をつけるか筋立てがしっかりしている。
■根拠を示す。「**という声がある」というような表現はダメ。
■事例の発表か、具体的な提案をテーマとしていて、それが読む人に有益なものである。

従って「1年間寝る前にチョコを食べたら3キロやせました」というような事例報告だけではダメで、根拠が明らかで、それが読む人の利益につながらなければ「論文」と言えない。
といっても「論文」の体を成していない駄文でも「論文」だと言い張れば、それは「論文」として扱われるのだが。


苦しみ続けたが、なんとか出口は見えてきた。
ギブアップしようかと思ったこともあったが、品質は二の次として、なんとか「完成」に漕ぎ着けそうである。

そんな論文の提出〆切が近づいたある日、思いも掛けぬ出来事が起きた。
そして、僕はトランスコスモスに救われることになる。

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2018年7月 4日 (水)

「考えて理解してまとめ直す」ことで覚えていく

何事も理解して腑に落ちないと動けない、いわゆる「頭でっかち」な僕は、系統的に学ぶことが嫌いではない。
それが、横文字専門用語の羅列であったり、数学や化学のように数字や記号で書かれているとお手上げだが「MIND-SA」は紛れもなく日本語でシンプルに書かれていた。


僕は「考えて理解してまとめ直す」ことで覚えていく
これは中学校の時から変わらない。
当時はほぼすべての授業を寝ていて、定期試験前日いわゆる「一夜漬け」の時に初めて教科書を見るのが常。
試験まであと数時間となっている時も、僕は考えをまとめるノートを作った。
試験開始まで、そのノートを見返す時間はないかも知れない。
それでも、まとめて書き込まないと気が済まない。


MIND-SAのテキストで理解したことを、エクセルブックでまとめていく。
中学校の頃はパソコンはおろか「消えるペン」フリクションもなかったので、ノートに書き込むのは一発勝負。
だからこそ、脳の回転数が上がったかも知れないが、やはり、書き直せるに越したことはない。

これについて、村上春樹がとてもいい文章を残しているので、少々長くなるが引用する。

(引用ここから)
文章を書くというのはとてもいいことだ 。少なくとも僕にとってはとてもいいことだ 。最初にあった自分の考え方から何かを 「削除」し、そこに何かを「挿入」し 「複写」し「移動」し「更新して保存する」ことができる 。そういうことを何度も続けていくと 、自分という人間の思考やあるいは存在そのものがいかに一時的なものであり 、過渡的なものであるかということがよくわかる
(引用ここまで)
「遠い太鼓」村上春樹


「遠い太鼓」は村上春樹が「ノルウェイの森」を書くために欧州に長期滞在していた時に綴った日々のメモをまとめた随筆。
僕は「村上主義者」ではないので、村上個人の暮らしに興味は無いが、物書きが日々こんな暮らしをして、どう考えているのかが読者に対して親切に書かれている文章はとても勉強になるし、そもそも楽しい。
僕はこの文章をいつも目の届くところに置き、折に触れて読み返している。


数年の間「削除」「更新」「移動」などを繰り返した末、僕の中でのMIND-SAは諳んじることができるまでに脳に定着した。
この時、学んだ理論は大きなプロジェクトに関わることがなくなった今でも、身近な分析に役立てている。
違う言い方をすると、MIND-SAという基礎がなければ、僕にとってのこの20年はまったく違ったものになっていただろうし、これからの数十年も大きく違うだろう。

MIND-SAを教えてくれた権田さん
人に厳しいことを言えば「嫌われる」「波風が立つ」リスクをものともせず言ってくれた「アマチュアの詳しい人とプロは違うんだよ」という名言を生涯忘れない。


と、ここまで書いたが、これでは「権田さんへの恩義」「MIND-SAへの恩義」であり「トランスコスモスへの恩義」ではない。
話しはつづく。

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2018年3月 9日 (金)

就活の学生さん!会社の選び方

2018年は3月から会社説明会が解禁されました。
(試験解禁は6月1日)
「就活2019シーズン」の幕開けです。


まず、就活の学生さんに申しあげます。

おめでとうございます!

今、受かってもいないのにめでたいわけないだろう!とつっこんだお友達は、ちょっとやばいです。

2014年シーズン以降、アベノミクス景気により就職氷河期は去り、未曾有の「人手不足」の時代が訪れています。
ということは、本来「二流企業」レベルの方が「一流企業」に。
ぷーたろー候補の方が「定職」にすべりこむチャンスがある時代になったということです。

民主党政権当時に「就活」を迎えた先輩のことを考えてみてください。
「新卒の就活」は一生に一度きり。
運が悪かったじゃ済まされないのです。

今年就活戦線を戦う皆さんは「幸運」「ついている」というしかありません。
この状況に感謝できないようなお友達は、働き始めても周囲の人に感謝しない人でしょう。
感謝の心を持って働く人を、人事担当者は求めています。

感謝できないお友達が、現状よりも「プラス1レベル」の会社に入りたければ、内面を変える必要があります。
読むべき本は「面接の達人」ではなく、魂の在り方について書かれた実用書です。

まぁ、お友達のことだから、どうでもいいですね・・


さてここからは、感謝の心を持つあなたへのお話です。
あなたの社会人生が実り多く幸せなものにするために「会社の選び方」を1つお話したいと思います。

それは、パンフレットには載っていません。
ホームページにも多分、書いていない。
従って「説明会」で聞き出すしかありません。



質問トークは次の通りです。
「私は人としてかなり未熟であり、社会に出たら人としての勉強をしていかなければならないと思っています。貴社では人間教育について、どのような取組をされていますか?」

禅問答のようですが、聞き出したいことは次のことです。
「言葉づかい」「礼節」「基礎的ITスキル」
そういった社会人としての基礎的能力を教えているか?ということです。

今の若い人がどうということではなく、いつの世代でも新卒で入ってくる若者にはこの「三大スキル」が欠けています。


「言葉づかい」が悪いということは、まともな文章が書けないということです。
「5W1H」をおさえて「起承転結」をつける、そんなビジネスメールはほとんど存在しません。
「礼節」も怪しい人だらけ。
先輩にむかって「了解です」と言ってみたり、上司に教えを乞うた時に「参考になります」と言ってみたり・・


「基礎的ITスキル」は要注意です。
今の中高年の人たちは、社会に出たあと、途中からパソコンが登場した世代。
自分たちがITスキルが乏しいのは仕方ない。
だが、今の若い人は子どもの頃からパソコンがあったから、ばっちりだろう。
という誤った認識を持っています。

学校で触っていたパソコンと、仕事で使うパソコンはまったく別モノです。
そこに気づいていない企業が9割以上あると思います。

社会人のスタート時にきちんと身につけない人たちは、一生を掛けて「50%の効率」で働くことになります。

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2017年7月23日 (日)

うんこ漢字ドリルに触発される人たち

日本も堂々と人前でうんこを口にできる時代が来た。
いや食べるのではない
世界中をみてもうんこを堂々と口にできる国は他にないのではないか。
もうこれは文化的先進国だ。

テレビ東京の「WBS」では大江麻理子アナがニュースの生放送で堂々とうんこを口にしている。
食べたのではない

このドリルに言及する時、人は誰でも堂々とうんこを口にできるのだ。
何度もいうが食べるのではない



「日本一楽しい漢字ドリル うんこかん字ドリル 小学*年生」は文響社が2017年3月に発売した漢字ドリル。
すべての設問に「うんこ」が入っている。
教科書で教える漢字を収録しているので、すなわち学習指導要領対応ということになる。
別に学習指導要領で「子ども達に身近なうんこをモチーフにした教材を作りなさい」と言っているのではない。

■対象:小学1~6年生
■学年ごとに1冊、全6冊
■価格:各1,058円


このドリルの存在を初めて知ったのは山手線の車内広告だった。
ひと目見た瞬間「うまいことやったなぁ」と感心した。

小学生用の教材を作っている版元の編集者ならば、誰もが「やられた」とほぞを噛んだはずだ。
噛まなかった編集者がいたとしたら、残業ばかりしてヒット商品の一つも出さない者に違いない。


幼児から小学生は「うんこ」とか「おなら」といった言葉が大好き。

たった今まで仏頂面をしていた子どもに向かって「うんこ!」と叫んだ途端に笑い始める。
幼児の場合、笑いが止まらなくなる。

もし、電車の中で泣きじゃくる子どもに手を焼いているお母さんがいたら、駆け寄って「うんこ!」と叫んだらきっと泣き止む。
「うんこ!うんこ!」と連呼したら大爆笑だ。

子どもは楽しい
お母さん大助かり
乗客にっこり

一躍車内のヒーロー
になるか、次の駅で降ろされるかのどちらかだろう。



●「うんこ」と「おなら」児童教育書籍

2013年10月23日
白泉社がtupera tuperaの「うんこしりとり」発売

2016年4月27日
白泉社がtupera tuperaの「おならしりとり」発売

2017年3月18日
「日本一楽しい漢字ドリル うんこかん字ドリル 小学*年生」6冊同時発売

2017年5月
うんこ先生の顔出しボードがイベントで登場。以後、主要書店の児童書コーナーで見られるようになった



2017年6月7日
「うんこ ノート Dot Grid Notebook: 日本一楽しいノート」発売

2017年7月27日
水王舎が「まいにちおならで漢字ドリル 小学3年生」発売



失礼ながら文響社の名を、うんこ漢字ドリルに際して初めて聞いた。
きっと小回りのきく、風通しのよい版元なのだろう。

大手版元では、編集者が「うんこを例文にした漢字ドリル」の企画書を持って行くと、部長から「今日は帰っていいよ」と言われるだろう。

うんこの1文字を改変したおかしなドリルが出ないことを祈るばかりだ。

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2017年3月23日 (木)

該当をカクトウと読む「カクトウ男」

サワキ君はいけ好かない人だ
そして髪が長い
知識は確かで信頼されており、そのクールな人となりが女性に人気である。
だが日本語が苦手で、言っていることがわかりづらい。


その日、僕らは集まって資料を評価していた。
資料は皆で作ったものだが、司会者を務めるサワキ君が、それを読み上げている。

概ね、人は自分以外の人が考えたことに関心がない。
自分が評価されることや、キーマンとして扱われるか否かには関心があるのだが、他人が作った資料。その資料の先にいる人々には興味がないのだ。
従って、誰からもつっこまれることなく、サワキ君が淡々と読み進めている。


「このケースは、非常事態にかくとうします」
一瞬、僕の目の前の空気が動揺した。
誰も感じていない震度1の地震を、自分だけが捉えたような感覚だ

格闘?
非常事態が格闘するのか?
するわけないよね。

彼が読み上げている資料の項番を追う。
そこには「該当」とあった。


確かに、該のつくり「亥」が核ミサイルの「核」と同じだ。
サワキ君はいつの頃からか「該」はカクと読むものと思い込んだのだろう。
入社試験に入念な漢字テストがない限り、企業には「漢字が読めない社員」が大量に入ってくる。


プレゼンの場合、プレゼンテーションのパワポは自分で作るので、自分が読めない幹事は使わない。
「カクトウ」と入力して「該当」を出そうとしてもATOKは応えてくれないので、そこで諦めるはずだ。

他人の資料を読む場合に限り「漢字を読む力」が試される。
ただ、たいていの社員は、人前で他人が作った資料を読み上げる機会はないので、漢字を読めないことがばれることはない。


作った資料を共有フォルダーに置くことを「格納しました」というのは「格納男」だが、該当を「カクトウ」と読む「カクトウ男」は1人ではない。
年齢的には30代から50代まで幅広く存在している。



ある日、コヤナギさんが100人の聴衆を前に、演台に足っていた。
研修の講師を務めているのである。
30分間の講義が終わり、その定着度合いをはかる小テストが配られた。

これは違反行為に該当するか、しないか?
二者択一の問題が5つ。

5分の解答時間が与えられた後、コヤナギさんがスクリーンに投影しながら答え合わせをしていく。


「問1、はいこれは違反行為にカクトウします」

え゛
さっきまで眠気と格闘していたのが、一気に醒める。

「問2、これは違反行為にカクトウしません」

どうやら、いいまつがいではない。
本気モードだ
しかし、この大人数が聞いている前で講師が「漢字読めない男」では洒落にならない。

「問3、これは違反行為にカクトウします。ちょっと易しかったですかね」

だったら、易しい漢字も読んで欲しい

「問4、これは違反行為にカクトウしません」

僕は首を動かさず、視線だけを泳がせ当たりの反応を覗う。
だが、動揺した空気は微塵もない。
漢字の読み間違いは指摘しない。これが大人のたしなみということなのだろう。


ついに、最後まで「カクトウしました」と自信を持って言い切り、コヤナギさんは壇上から降りていった。
誰もがそんな彼に拍手を送る。
世間の風は暖かい。
日本はいい国だと思う。


「ちょっと、早口だったかな」
舞台の袖で、コヤナギさんがスタッフの男に問いかけている。
「いやいや、ばっちりですよ」
そのスタッフも、カクトウ男なのかも知れない。

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2017年3月22日 (水)

実施をジッチと読むジッチ男

ヤマイさんは気難しい人だ
そして話しが長い
同じことを手を変え品を変えて話す
そして、悲しいくらいに話しの中身がない


その日、僕らは集まって改善案を話し合っていた。
独自のアイデアを持っている人というのはそう多くない。
司会者は手詰まりになり、さっきからだんまりを決めているヤマイさんに水を向けた。

どうですか?ヤマイさん

ヤマイ
「僕ですかぁ・・・(2秒沈黙)
まぁぶっちゃけて言うと、僕なんか素人ですから、あんまり改善とかされちゃうと、やることなくなっちゃうんですよね。ここだけの話し」

どこだけの話しだ!
と心で突っ込んだ。

彼の話はいつもこう。
他人の意見をまとめ、焼き直し、さも自分の意見であるかのように言う。
しかし、他人も意見を言わない時は、真似しようがなくなり、得意のぶっちゃけが出る。

みんなもホントはそうだよね。
小難しい顔してるけどさ。
本音で生きるオレの株でも買わないかという塩梅だ。



そんなヤマイさんの言葉で、前からずっと気になっていることがあった。

「せっかくいい案を作っても、ジッチできるのかというのがあるよね」

実地?
実地って"する"とか"できる"といった類いのものじゃないよね。
実値でもないし。
ATOKではこの2つしか候補がないぞ。

恐らくヤマイさんの脳裏にある言葉に漢字を当てるならば、それは「実施」なのだろう。

彼の口からもう何度もジッチを聞いているが、誰かが「ヤマイさんそれはじっしだよ」と正すことはない。

世間の風は暖かい
"いいまつがい"は指摘しない。
それが「大人の対応」というものらしい。


あまりにも自信を持って「ジッチ」と言い平気な顔をされると、こちらが不安になる。
もしかして、僕が知らないだけ?
しこうとせこう(施行と施工)のように、用例によっては「じっち」とも読むのだろうか。
いや、そんなことはない。


そしてこの「ジッチ男」は1人ではない。
年齢的には30代から50代まで幅広く分布している。

日本の一部地域では、学校でジッチと教えているのか?
あるいは「イとエが言えない栃木県民」みたいに、ある地方では「し」が発音しづらく「ち」と言ってしまう民族がいるのか。


気にはなるが、特にしらべるほどのテーマでもない。
ずっと放置してきたある日

「ジッチ女」が現れた。

その席には件のヤマイさんもとなりに座っている。
これはいい機会だ。

すみません、ちょっと気になるんですけど
(あくまで丁重に切り出す)
それはジッシではないんですか?

すると「ジッチ女」
え゛そうですか?ジッシ、ジッシ・・
確かにそうですよね。
すぐに誤りを認めた。

隣りにいたジッチ男
うんうん、もっともだと言わんばかりに頷いている。
いったい、なにがうんうんなのか

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