2026年7月29日 (水)

リニア中央新幹線の歴史 ⑤ 2024年「リニア静岡」が大きく動く

職業差別ととられる発言があった川勝平太静岡知事が(辞意表明前に)衆議院議員(立憲民主党静岡県連顧問)渡辺周・元防衛副大臣に後継(県知事)出馬を打診。
関係者によると辞職理由として「リニアの開業時期が延期され、一区切りがついた」と話した。
*読売新聞報道

川勝平太知事が「6月議会をもって辞職する」旨を発表
NHK19時のニュースがトップで速報として伝えた

2024年4月3日
15:00 (日経平均前日比-0.97%と)軟調な地合の中JR東海の株価が上昇した。前日終値3633円→当日終値3722(+2.45%)

15:30 川勝平太静岡県知事が辞任会見
「リニア問題の解決は事業計画の変更しかない」
として、JR東海から計画変更を引き出したことを区切りとして挙げた
→川勝平太静岡県知事会見要旨

2024年4月10日
川勝平太知事が辞職届を提出

2024年5月26日
静岡県知事選投開票 鈴木康友候補が当選

2024年6月
川勝平太静岡県知事辞任を受けた選挙で鈴木康友知事が就任
リニア静岡工事が動き出した

2024年6月7日
2024年リニア中央新幹線建設促進期成同盟会総会に沿線知事が集結
「東海道新幹線富士山静岡空港駅」設置を静岡県単体の要望から団体要望に格上げ

岸田総理大臣が沿線知事と会談
「リニア2037年全線開業」目標の維持を表明

2024年9月17日
鈴木康友県知事がJR東海へ静岡工区ボーリング調査許可を伝達

2025年10月31日
開業時仕様 新型試験車両 M10 報道公開
リクライニングなし、広い前後間隔、天井にスクリーン


2026年3月11日
山梨県駅(仮称・中間駅) 着工
山梨県甲府市大津町から中央市にまたがるエリアに建設
当駅の着工により同区間の全駅が工事に入った

2026年7月7日
鈴木康友知事
着工の前提となる「自然環境保全協定」を7月18日にJR東海と締結する方針を表明。
事実上の静岡工区着工容認と受け取られた。
これにより2014年からつづいた「リニア静岡」案件に区切りがつき、いよいよ開業に向けたフェーズへと入っていく


【ここからは過去の予定・未来】

2027年(予想)
唯一未着工の静岡工区(約8.9km)工事開始
JR東海は「着工時期は(2026)年内に明示する」としている

2027年
中央新幹線開業(当初計画)

2035年
名古屋-大阪ルート着工予定(当初計画)

2036年
品川ー名古屋開業見通し
(2026年7月7日時点の最速見通し)

2037年
名古屋-大阪開通予定(2016年時点の変更目標)

2045年
名古屋-大阪開通予定(当初計画)

ど素人!リニア講座

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2026年7月28日 (火)

リニア中央新幹線の歴史 ④ 粛々と工事が進む2020年代

2020年6月26日
川勝平太知事とJR東海金子社長が会談。6月中の着工が認められなかったため、メディアは「当初の2027年開業が難しくなった」と報道した
2020年8月
「L0系改良型試験車」の走行試験開始

■L0系改良型
先頭車の形状見直し。先端に丸みを持たせ空気抵抗を約13%低減
車内照明などの電源をガスタービン発電機から誘導集電方式(地上コイルから非接触で電力を取り込む技術)へ全面移行

2020年6月26日
川勝平太知事とJR東海金子社長が会談。6月中の着工が認められなかったため、メディアは「当初の2027年開業が難しくなった」と報道した

2020年8月
「L0系改良型試験車」の走行試験開始

■L0系改良型
先頭車の形状見直し。先端に丸みを持たせ空気抵抗を約13%低減
車内照明などの電源をガスタービン発電機から誘導集電方式(地上コイルから非接触で電力を取り込む技術)へ全面移行


2021年10月
岐阜県中津川市の瀬戸トンネル工事現場で崩落事故が発生
作業員2人が死傷
JR東海は安全が確保されるまで山岳部のトンネル掘削工事を一時中断した

2022年6月11日
リニア岐阜県駅(仮称・中間駅)着工
岐阜県中津川市に建設される駅
地上駅としては初めての着工

2022年12月15日
東雪谷非常口工事期間終了


2022年2月撮影

2022年12月22日

長野県駅(仮称・中間駅)着工
長野県飯田市にて起工式

2023年12月14日
「2027年開業」から「2027年以降開業」への変更をJR東海が国に申請

JR東海は静岡工区(南アルプストンネル)の掘削工事に着手できる見込みが立っていないことを明確な理由として挙げ、国交相に対して完成予定時期を当初の「2027年」から「2027年以降」へと変更する実施計画の申請を行った。

2024年3月29日
JR東海丹羽俊介社長が、静岡工区の工事に着手できていないことを理由に2027年の開業(当初計画)断念を公表


事実上の延期がfactとしての延期となった2023年
その翌年に「リニア静岡」が大きく動く

2024年4月1日
川勝平太知事が県庁新規採用職員への訓示で不適切発言

「静岡県庁というのは別の言葉で言うとシンクタンクです。毎日毎日、野菜を売ったり、牛の世話をしたり、あるいはモノを作ったりとかということと違って、基本的に皆様方は頭脳、知性の高い方たちです」

2024年4月2日
斉藤国土交通大臣が会見で「リニア中央新幹線は、3大都市圏を1つの圏域とし、日本経済をけん引するなど、重要な意義がある。静岡工区に関連して、2027年の開業目標が実現できないことは非常に残念なことだ」と述べた

次回最終回

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2026年7月27日 (月)

リニア中央新幹線の歴史 ③着工と停滞 静かに過ぎた2010年代

2013年6月3日
L0系テスト開始
営業線仕様の第1世代「L0系」走行試験開始

■L0(エルゼロ)系
中央新幹線実験車両
型式:MLX01-1
5両編成
「超電導リニア体験試乗」の乗客は2,3,4号車に分乗する
無人・遠隔操作

L0系 型式:MLX01-1

2013年9月18日
「東京ー名古屋」ルート最終案発表

所要時間は40分。最高時速500キロ

2014年3月25日
川勝平太静岡県知事が「大井川の水量を減少させないための措置」 を要望
ここから、12年に及ぶ「静岡工区の停滞」が始まる

2014年4月
リニア見学センター新館オープン

2019年3月撮影

2014年12月17日
中央新幹線着工

2015年4月
有人走行L0系が最高速度 603km/hを記録
MLX01系のギネス記録を更新

2016年5月
名古屋-大阪の前倒し検討開始。財政投融資で資金調達し2035年予定の着工を早める。 開業目標を2037年に(8年)早めた
(東京-名古屋間はJR東海全額負担)

2017年2月
コレクターモデル「フローティングモデルMLX01-1」発売

■フローティングモデルMLX01-1
車体が浮いた状態で飾れる模型
JR東海のPB商品
リニア鉄道館、わくわく山梨館(山梨実験センター)などで販売
2,480円

2017年10月
「JR東海の誠意ある回答がない」として川勝静岡県知事が態度を硬化させる

2019年9月5日
愛知県大村秀章知事との会談で川勝知事が「2027年の開業目標は現実的ではない」と発言

2020年6月26日
川勝平太知事とJR東海金子社長が会談。6月中の着工が認められなかったため、メディアは「当初の2027年開業が難しくなった」と報道した

2020年8月
「L0系改良型試験車」の走行試験開始

■L0系改良型
先頭車の形状見直し。先端に丸みを持たせ空気抵抗を約13%低減
車内照明などの電源をガスタービン発電機から誘導集電方式(地上コイルから非接触で電力を取り込む技術)へ全面移行


2014年に「着工」と「静岡工区停滞の始まり」という2つの大きな出来事があったが、メディアで取り上げられる機会は少なく、粛々と進む2010年代だったと言える。

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2026年7月26日 (日)

リニア中央新幹線の歴史 ②山梨実験線 42.8kmに延伸

2008年12月24日
国土交通省がJR東海ほかに調査指示を出した
国交省指示を受けメディアは「着工が確実」とみて、着工を既定路線として報道し始めた
「着工は2014年、開通は2025年以前となる見込み」で歩調を合わせた

2009年11月13日
JR東海が(ルートに入っていない)長野県の5地区期成同盟会に対して、建設費・輸送需要量の試算結果を説明。直線ルート建設の姿勢を改めて明確にした

「品川から名古屋まで40分」の速達性は譲れない
ただ、直線ルートは静岡県のアルプス山中を通るということであり、その後多くの難関が待っていた

2010年4月28日
JR東海は東京-名古屋が2027年、名古屋-大阪が2045年開通見通しであると目標を修正した

2010年8月記
神奈川県相模原市は市内に駅建設を要求する一方、駅舎の建設費全額負担は拒否した

2010年
開業見通しが 2025年から2027年に修正された

2010年10月20日
国土交通省の交通政策審議会小委員会で整備効果試算を公表
南アルプスを貫通する直線ルート「南アルプスルート」1.51倍
長野県が要求する長野中心部迂回ルート「伊那谷ルート」1.24倍

国交省はなにをするにも必ず「費用対効果」試算を行い、その倍率を公表する。
1.0倍はトントンであり、それを切れば無駄な事業
従って、試算は必ず1倍を超える
倍率が高いほど、効果が大きい

2011年3月14日
リニア・鉄道館オープン MLX01形式車両が展示された

2011年5月
20日、国が営業主体および建設主体としてJR東海を指名
26日、国がリニア中央新幹線整備計画を決定
27日、国交省がJR東海に建設指示

「開業見通し2027年品川-名古屋 2045年名古屋-新大阪」

2011年9月末
山梨実験線での走行試験が一旦終了。当面は延伸工事に専念する

2011年11月21日
JR東海は「中間駅」建設費を全額地元負担から全額JR東海負担に方針転換した。駅は欲しいがお金は出さないという一部自治体があり、ものごとを前に進めるためにここでも「JR東海が時前」となった

■リニアの駅
1県1駅
東京都:品川
神奈川:新相模原
山梨:新甲府
長野:新飯田
岐阜:新中津川
愛知:名古屋

2013年
山梨の実験線が42.8kmに延伸された
この線路は本番では中央新幹線の一部となる
週末に有料乗車会を実施

■試乗会
・リニア見学センター発着
・抽選制
・実験線を走行
・乗車時間30分
・応募:超電導リニアホームページで「ただいま受付中」の場合、応募できる

→超電導リニア体験試乗ブログ(2019年)

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2026年7月25日 (土)

リニア中央新幹線の歴史 ①JR東海の「自腹」でリニアが動き出す

しらべるを始めた2000年頃から、いろいろなものごとを追っかけてきた。
佐野元春はその前から追っかけていたし、2005年からしばらくデコをおっかけた。河村たかしをおっかけたこともある。最近ではV・ファーレン長崎や長崎ヴェルカ。長く続いているものもあれば、もう追っかけなくなったものある。

そんな中で、リニアについては宮崎県の実験線でもう使われなくなったリニアの車体を見て以来ずっと、そのニュースを追っかけてきた。
だから、生成AIに聞いてもちょっと出てこないような、僕の視点でリニア中央新幹線の歴史をご紹介したい。


1982年 日向市で撮影 517km/hを記録した実験車両


■リニア中央新幹線の歴史
ー中央新幹線に纏わる時系列の記録-

1962年
日本でリニアモーターカーの研究開始
→リニアモーターカーの歴史

1990年
山梨県にリニア実験線の建設が始まる

1997年4月3日
山梨県の実験線で試験開始

1999年4月14日
有人走行552km/hの世界記録樹立

2000年
大深度地下特別措置法成立
この新法により、地下を通すリニアは土地取得のハードルが下がった

品川-名古屋間で、大深度地下を通る区間の合計は 50.3km
当該区間総延長 285.6km の17.6%にあたる

・首都圏(第一首都圏トンネル等) 33.3km
東京都(品川駅付近)~神奈川県内
・中京圏(第一中京圏トンネル等) 17.0km
愛知県(春日井市付近~名古屋駅付近)


2000年頃
「国会等の移転に関する特別委員会」で議論されていた「首都移転」論争のなかで、当初は正規の「首都機能」移転候補地(三カ所)に入っていなかった「三重畿央地域」は、リニアモーターカーと第二名神高速道路とのセット開発を前提に「首都を三重畿央地域に移転すること」を主張していた。
だが、中央新幹線は膨大な工事費がかかるため、国会では議論されなかった。

現在の国会では「副首都法案」が審議されているが、そもそも日本には「首都法」がなく、首都圏整備法により東京が首都として扱われている。

1992年に「国会等の移転に関する法律」が制定されて、首都機能の移転先は2002年までに成案を得るという国会決議があったが、早くとも2045年に延伸開通するリニアを当て込んで立候補とは、ずいぶんだなと当時は想っていた。


2005年3月~
愛・地球博のJRリニア館に実験車両が展示された。シアターでは3D映像で走行を体感できた

2005年5月18日 愛・地球博会場で撮影 この車両は後にリニア・鉄道館に常設展示されている

2007年
山梨リニア実験線で定期的に行っていた、公募による一般向け試乗会が終了(後に再開)

2008年5月5日
讀賣新聞朝刊紙上「リーダーの仕事学」でJR東海社長 松本正之は次のように述べた
(以下引用)
「最大の課題である財源について、当社の自己負担でできるか検証したところ「可能」という結論に達しました。首都圏-中京圏での営業運転を2025年に開始することを目指しています」
(引用おわり)

ここから「JR東海が自前でつくる」ことで話しが進む
というか、自前でつくらないと話しが進まなかった
その英断を僕は喜んだが、楽観的な僕でさえ「大丈夫かな」と心配になった

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2026年7月24日 (金)

中央新幹線 リニアにあなたは何歳で乗れるのか

静岡工区にようやく着工の目処がたち、いよいよリニア中央新幹線は開業に向けて動き出す。
ただし、現時点でJR東海は(当初予定から)修整した開業見通しを明言していない。

2011年5月
20日、国が営業主体および建設主体としてJR東海を指名
26日、国がリニア中央新幹線整備計画を決定
27日、国交省がJR東海に建設指示
開業見通し2027年品川-名古屋 2045年名古屋-新大阪


宮崎にあった実験線が山梨に移って試験が始まったのが1997年

その頃から「いつか、リニアモーターカーが東京-大阪間を走る」という曖昧な予感は日本で共有されていた。

それが事実(fact)ベースになったのが上記の2011年
その時の開通見通しは次の通りだった。

2027年 品川-名古屋 
2045年 名古屋-新大阪

この計画通りに建設が進んでいれば、いよいよ来年2027年には
品川からリニアに乗って40分で名古屋に着き、名古屋グランパスや名古屋ダイヤモンドドルフィンズの試合をみて、矢場町の矢場とんでみそカツを食べて、リニアで40分で帰ってくる・・

という夢のようなプランが現実になっていた。

◆もしも、2027年 品川-名古屋 が開通していれば・・・

1947年生まれ・・80歳 なんとかリニアに間に合う
1967年生まれ・・60歳 定年退職して、空いている日に乗れる(当初は満席必須)
2007年生まれ・・20歳 ちょうど社会に出る頃、リニアが移動の選択肢となる
2017年生まれ・・10歳 「いつかリニアに乗りたい」とワクワクして育つ
2027年生まれ・・0歳 生まれた時からリニアがあった「リニアネイティブ世代」となる

全国の鉄道ファンもそうでない人も「いつか乗りたいな」と夢見ていたリニア
その後、いろいろな事情で工事が遅れる。

そもそも、国は建設費を出し渋ったため、品川-名古屋間の建設はJR東海が全額負担
「スポーツで地元が元気になり、来客で経済が潤うのは歓迎だが、新スタジアムに出す金はない」
という自治体が多くて「民設民営」のスタジアムが登場したように、JR東海は身銭を切ってこの事業を前に進めているのである。

「おらが町にリニア駅をつくれ!だけど駅の建設費は出したくない」
そんな自治体があって、JR東海は中間駅建設費を全額地元負担から全額JR東海負担に方針転換したのが2011年11月

そして、2014年3月には川勝平太静岡県知事が「大井川の水量を減少させないための措置」を要望。12年経過した今も、静岡県 8.9kmの工区は未着工のまま。

2026年7月7日、鈴木康友静岡県知事(元巨人の選手ではない)が着工の前提となる「自然環境保全協定」を7月18日にJR東海と締結する方針を表明して事実上の静岡工区着工容認。これでリニア事業は一歩前に進んだ。

「開業見通し」については、どこからもコミットされていない。
現時点でfactとしてのコミットは以下のとおり。早くても11年後となる。

2024年6月7日
岸田総理大臣が(リニア中央新幹線)沿線知事と会談した際「2037年全線開業目標の維持」を明言
ここでいう「全線」には名古屋-大阪間も含まれている


◆もしも、2037年 品川-名古屋 が開通したら・・・

1947年生まれ・・90歳 1度、リニアに乗るため健康管理する
1967年生まれ・・70歳 年金暮らしも5年。空いている日に乗れる(当初は満席必須)
2007年生まれ・・30歳 社会に出て「リニア前」「リニア後」の両時代を体験できる
2017年生まれ・・20歳 リニアと共に社会デビュー
2027年生まれ・・10歳 親に「リニアに乗りたい」とせがむ

身も蓋もないが、乗る側からすれば10年くらいの違いは大したことではない。
乗るだけで気が済むならば、今でも(抽選制だが)山梨の実験センターで体験乗車がある。
ただし、経済発展という意味では有形無形の損失がある。
もしも、これから10年で東海地方に大災害があった場合
もっと早く「迂回大動脈」ができていれば・・ということになるだろう。

10年後が待ち遠しい
リニアに乗って、ヴァンフォーレ甲府のヴァンくんに逢いに行きたいし、日帰り名古屋遠征もやってみたい。

つづく

→超電導リニア体験試乗ブログ

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2026年7月17日 (金)

路上で車を停めて寝ている人はそっとしておいて

夏に営業車で寝るのはなんて気持ちいいんだろう
この快感は車で外回りしている人の特権

「昨日遅くまで呑んで寝不足だから、効率を上げるためにリフレッシュしよう」
と謎に論理武装して、リクライニングを倒す

1日じゅうオフィスにいたら、こうはいかない
上司や同僚の目が届かない場所に「車」という個室で行けるからできる

後に「1日じゅう冷房の効いたオフィスで内勤」の幸せを手に入れると、その特権については忘れてしまったので、相対的に言えば「冷房の内勤」に軍配が挙がると想う。
けれど、あの昼寝の幸福な背徳感は今も消しゴムで消してもうっすらと残っている


外回りの僕が寝ていた頃は、それほど酷暑じゃなかったから、日差しのある所でも寝られた
起きた時、ほどよい汗と疲れが抜けた倦怠感が、とても微妙で幸せな気がした

寝ると言ってもどこでもいいわけじゃない
住宅街や学校のそばで寝ていたら「まぁ怪しい人だわ。変な人かしら。警察呼ばなきゃ」と思われてしまう
だから、場所にはとても気を遣う

そういう意味で外回りの「オアシス」だったのが高速のパーキングエリア
オーソライズされた駐車スペースで、特に「1時間以内で出庫しなさい」というルールもない
ある意味「寝放題」
だけど、ずっと寝ていたら上司に怒られるので、ほどよい時間に留めておく
当時「会社支給携帯電話」のない時代だったのも幸いした



ある夏の午後、得意先でよい商談ができた帰り路、高速のパーキングで「ご褒美にちょっと寝よう」と想ったら2時間くらい寝てしまったことがあった。

寝起きで売店に行って、腰に手を当てて飲んだ缶コーヒーの味が忘れられない(ホントは忘れた)


現在、好きなだけ寝られるようになって思うのは、サラリーマン時代はいつも寝不足だった。

仕事と残業をして通勤で削られて、1日の可処分時間は12時間程度。
そこから睡眠・食事・おふろ・そして大切な「自由時間」を過ごさなければ、人は生きていけない。

だから、現代人は風呂が苦手だし、ごはんもゆっくり噛まない
(考えには個人差があります)
睡眠時間も「もっと寝ないと明日きついな」とは想うものの、Netflixを見たり、ゲームをしたり、スマホを見たり・・しないと癒やされない。


だから今も営業車で外回りのサラリーマンは、車を停めて寝ている

春・秋・冬も眠いには違いないが「夏の眠さ」は半端ない
暑さは特に人の体力を削るのだ。

とは言っても、高速道路に乗って外回りをしている人は少ない
大抵は下道をあちこち回っている
夏になるといつも誰かが「学校そばの裏道」「コンビニやスーパーの駐車場」で寝ている

そうだよなぁ、みんな眠いよな
でも、ほんのしばしの休息だから
僕は目を背け、見て見ぬ振りをして歩く

通りがかりの人がスルーしてくれたらいいなと想う
決して怪しい人じゃないから

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2025年4月 3日 (木)

最後にKK線を走ってきた

2025年4月5日(土)20時で「KK線」の車両通行が終了する。
最後にもう1度走りたいと思い、全線通しで乗ってきた。

■KK線とは
首都高速都心環状線の一部に組み入れられている、銀座の町中を通る自動車専用道路。
道路下に商業施設が入っている(銀座コリドー街、銀座インズ、銀座ファイブ)
これら商業施設からのテナント収入により、当該区間の通行料は無料。

名称:東京高速道路 (KK線は通称だが、道路上至るところに表記されている)
自動車道ナンバリング「D8」
大型車通行不可


■KK線を全線通しで走る
KK線区間の端から端までのみを乗り降りすることはできないので、首都高いずれかの入口から乗り、分岐を見誤らぬよう細心の注意を払ってKK線区間に入る必要がある。

KK線は「対面通行片側1車線」
北側から入るルート、南側から入るルートがある。
今回は北側から入るルートで、首都高上もっとも(KK線に)近いICである「神田橋IC」から乗った。

<北側から入るルート>
▼鎌倉橋交差点 西方向に進む
 東京都千代田区内神田2-1

▼神田橋交差点 左折してすぐ左側に神田橋ICがある
 東京都千代田区内神田1-2

▼神田橋IC (外回り入口)
 箱崎 銀座 羽田 方面

▼江戸橋JCT 銀座方面(右側)

▼京橋JCT 新橋方面(右側)

▼[D8]東京高速道路KK線

▼汐留JCTで首都高に復帰


全長:2.0km なのであっと言う間にKK線区間は終わり、首都高に復帰する。そのまま走るとレインボーブリッジを渡ることができる。

KK線の指定最高速度は 40km/h とゆっくりだが 対面通行の緊張感があり、運転していると周囲の景色は目に入らない。
後ほどドライブレコーダーで動画を確認したが、銀座が見渡せる絶景ポイントはなかった。


■KK線廃止の理由
日本橋周辺の高速地下化に伴い、新京橋連絡路がKK線の地下に整備されるため(地上の)KK線は存在意義が薄れる。

そのためKK線は閉鎖されて跡地が歩行者中心の公共空間「Tokyo Sky Corridor」に再生される。


【 時系列の記録 】

2022年2月4日
東京都がKK線の改良構想を発表

2022年3月
東京都が東京高速道路(KK線) 再生の事業化に向けた方針(中間まとめ)公表

2023年5月4日・5日
KK線を一時閉鎖して(体験イベント)銀座スカイウォーク実施

2025年4月5日20時
KK線の供用終了(車両通行終了)

2025年
4月18日・19日 Roof Park Fes&Walk実施
4月19日 Roof Park モーニングマラソン「GINZA SKY RUN CHALLENGE 2025 in KK線」
4月19日 Roof Park Walk、Roof Park Guide Walk

2025年4月20日
KK線廃止

2025年頃~
Tokyo Sky Corridor(東京スカイコリドー)の段階的整備が始まる見通し

2035年頃
日本橋地下化事業で高速の地下ルートが供用開始

2040年頃
Tokyo Sky Corridorの整備完了見通し


Tokyo Sky Corridorを歩行者として楽しむことができるのは、まだまだ先のこと。その頃まで元気で歩ける自信がない場合、今月のイベントが体験機会となる。

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2023年9月27日 (水)

Yaeh(ヤエー)と名前がついてピースは文化になった

今日は3人にヤエーしてもらった!

ゆく夏を惜しみ蝉が全力で鳴き続けていたある日、SNSにこんな投稿を見つけた。
野営?
山岳関係者?工事現場の人?
それにしても「してもらう」ってなんだ?

すると、すぐにいくつかのコメントがスレッドに並ぶ

・するのもされるのも好き
・今度すれ違ったらヤエーするよ
・今度、勇気出してヤエーしてみようかな

するのもされるのも好き?
すれ違ったらする?
勇気出してする?

なんだか甘酸っぱい感じになってきた^^)

そこで、最近の相棒「Bardくん」に尋ねると「バイク乗り同士がツーリング中に行う挨拶」とわかった。

なんだ、それなら僕もやったことあるぞ、40年前に。
今はそういう名前が付いたんだな。


ヤエーは路上ですれ違いざまにライダー同士が交わす挨拶についた愛称。
2003年、インターネット掲示板の「ピースしようぜ!」というスレッドで、バイクのハンドサインについてやりとりをしていたところ、誰かが「Yeah(イエー)」を「Yaeh(ヤエー)」と打ち間違えたことから広まったという。


こうした挨拶は、1970年代からツーリング中のライダーの間で行われてきた。
当時、この行為に特定の名前はなく「ピース」とか「Vサイン」と呼び方はばらけていたし、名前がないから話題に上ることも少なかった。

1981年 RZ350でツーリングに出た僕は、向こうからくるライダーがピースサインをしてくるのに戸惑った。
顔がにっこり笑っているから、ねずみ取りのサインじゃないな
好意をもった挨拶だから、なんか返さないと
でも、ピースサインは恥ずかしい
それじゃ、テレビカメラを見たらとりあえずやっとく田舎の子どもみたいだ

一瞬、たじろぐ僕(イメージ)
だから、いつも「よっ」と手を挙げ返すだけだった
僕は自分からは行けないライダーだった

これは、今も変わらない
挨拶するかしないか微妙な関係の相手に対して「挨拶スイッチ」が入らない。
それでも、相手が挨拶してきたら返せるよう、笑顔と右手の用意はしておく。
商店街の魚屋さんと挨拶するのに憧れるけれど、未だに知らんぷりを続けている。


路上を行き交う見知らぬ者どうしが挨拶を交わす。
なんと、素敵な文化だろう。
もしも、これが世界中の文化だったら、争いごとはずいぶんと減るだろう。

いいことだから、もっと広まればいいのだが、そうはいかない。
ヤエーが行われる成立要件に二つの特殊事情がある。

1.バイクのライダー
体がむき出しであり(相手から見て)挨拶していることがわかりやすい。
一瞬アクセルを握った手を離しても、惰性がついており車体は安定している。

2.ツーリング
バイクの場合、傍目から旅の荷物が見えるので「旅の途中」であることがわかる。
「ちょっと畑を見に行く途中」でないことは一目瞭然。
そこに「旅の途中」仲間という特別な共感が起きる。

自動車(四輪車)でロングツーリングに出ていたとしても、キャリアに荷物を積んでいない限り「旅の途中」である人を見極めるのは難しい。
「バイク旅」という同じ趣味を持つ者どうしの共感を挨拶で表現する。それは、登山道で挨拶を交わす登山家にも通じる。


本来はバイクのライダーが交わすハンドサインだが、最近は沿道からライダーに対する「沿道ヤエー」
同じ方向に走っているカッコイイバイクをみていると、相手からの「ドヤエー」といったオプションも現れている。
予期していない時に相手からヤエーされると、即座に反応できないことがある。だが、すれ違いざまなので2度とチャンスはない。まさに「一期一エー」


かつて名も無き挨拶だった頃から時は流れ、今や「ピース」は「ヤエー」となった。
現代のライダーたちが羨ましい。
ものごとは名前が付くと文化に育つ。

町でゴミを拾う行為、お年寄りに席を譲る行為に、いかした名前がついた日から、多くの人が「自分もやってみたい」「今日初めてやった」といったことを言い始め、それが文化として定着するだろう。

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2023年1月 4日 (水)

一方通行を逆走する自転車の一時停止義務が道交法から欠け落ちている

2022年10月より、警視庁(東京都)が、自転車の赤切符交付(取締)を強化した。
「走る凶器」自転車の道路交通について、大きな前進である。
しかし、自転車について、道路交通法には欠陥が残っている。
それは、自転車利用者の利便に配慮した、お目溢しと言ってもいいだろう。

自転車は軽車両であり、自動車と同様に一方通行の逆走は禁止である。
ところが、一部の一方通行路には例外がある。
一方通行や進入禁止標識の下に「自転車を除く」が付いているケースだ。

【図2】


あなた(赤いクルマ)は対面通行の道路を走っていて(青矢印方向に)交差点を直進しようとしている。
交差する道路は右から左への一方通行
ここに左からは自転車が同時に(橙矢印方向に)交差点に入ろうとしている。
見通しが悪い交差点のため、双方に「一時停止」義務があり「止まれ」の標識が立っている。
しかし、一方通行を逆行してくる自転車の側には、図2の▼の位置に「止まれ」の標識はない。
これは「自転車を除く」の有無を問わない。どこにもないのである。


この場合、道交法に基づいて、双方がとる行動は曖昧だ。
[あなた]一時停止 自転車の動向を確認して、進入を判断
[自転車]一時停止 左方優先のため、交差点に進入?
※左方優先は、自転車にも適用される

一方通行を逆走する自転車に左方優先が適用されるとは理解し難い。
「自転車を除く」の例外がない道路では、自転車側の一方通行逆行の交通違反である。


さて実態だが、大抵の場合こうなる
[あなた]一時停止 リスク回避のために、自転車を先に行かせる
(このケースで一時停止した自転車に遭遇したことがない)
[自転車]一時停止しないで交差点に進入。そして、高い確率で「危ないだろ」と自動車側を一瞥する


2022年10月より、警視庁が「赤切符」取締を強化した以降、一時停止しないで交差点に入った自転車の運転者が「すみません」的に一礼するという変化はあった。
きっと、遵法意識がある人なのだろう。

一方通行を逆走する自転車の一時停止義務が道交法から欠け落ちている。
遵法意識がない自転車が、見通しの悪い交差点に猛スピードで突っ込んでくる。
後部座席にお子さんを乗せていたら、目も当てられない。
電動自転車の普及により、自転車の速度が上がっていることは、被害を大きくする要因になり得る。

ただ、一時停止したくないのは"電動ではない"自転車の方だろう。
「オール自力」で漕ぐ自転車は、一時停止して動力を失うと、大きなエネルギーを要する。
自転車には「楽をして短時間で移動したい」人が乗っているわけだから、一時停止したくない気持ちはわかる。
「止まれ」の標識がないのに「止まる」と考えるほうが不自然だ。


一方通行が通勤・通学の主要道路になっている場合「自転車を除く」例外を認めるのは仕方ない。
「自転車を除く」例外ありの一方通行路では、逆方向走行の自転車に一時停止を促す基準づくりを求めたい。
(おわり)

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