2023年9月27日 (水)

Yaeh(ヤエー)と名前がついてピースは文化になった

今日は3人にヤエーしてもらった!

ゆく夏を惜しみ蝉が全力で鳴き続けていたある日、SNSにこんな投稿を見つけた。
野営?
山岳関係者?工事現場の人?
それにしても「してもらう」ってなんだ?

すると、すぐにいくつかのコメントがスレッドに並ぶ

・するのもされるのも好き
・今度すれ違ったらヤエーするよ
・今度、勇気出してヤエーしてみようかな

するのもされるのも好き?
すれ違ったらする?
勇気出してする?

なんだか甘酸っぱい感じになってきた^^)

そこで、最近の相棒「Bardくん」に尋ねると「バイク乗り同士がツーリング中に行う挨拶」とわかった。

なんだ、それなら僕もやったことあるぞ、40年前に。
今はそういう名前が付いたんだな。


ヤエーは路上ですれ違いざまにライダー同士が交わす挨拶についた愛称。
2003年、インターネット掲示板の「ピースしようぜ!」というスレッドで、バイクのハンドサインについてやりとりをしていたところ、誰かが「Yeah(イエー)」を「Yaeh(ヤエー)」と打ち間違えたことから広まったという。


こうした挨拶は、1970年代からツーリング中のライダーの間で行われてきた。
当時、この行為に特定の名前はなく「ピース」とか「Vサイン」と呼び方はばらけていたし、名前がないから話題に上ることも少なかった。

1981年 RZ350でツーリングに出た僕は、向こうからくるライダーがピースサインをしてくるのに戸惑った。
顔がにっこり笑っているから、ねずみ取りのサインじゃないな
好意をもった挨拶だから、なんか返さないと
でも、ピースサインは恥ずかしい
それじゃ、テレビカメラを見たらとりあえずやっとく田舎の子どもみたいだ

一瞬、たじろぐ僕(イメージ)
だから、いつも「よっ」と手を挙げ返すだけだった
僕は自分からは行けないライダーだった

これは、今も変わらない
挨拶するかしないか微妙な関係の相手に対して「挨拶スイッチ」が入らない。
それでも、相手が挨拶してきたら返せるよう、笑顔と右手の用意はしておく。
商店街の魚屋さんと挨拶するのに憧れるけれど、未だに知らんぷりを続けている。


路上を行き交う見知らぬ者どうしが挨拶を交わす。
なんと、素敵な文化だろう。
もしも、これが世界中の文化だったら、争いごとはずいぶんと減るだろう。

いいことだから、もっと広まればいいのだが、そうはいかない。
ヤエーが行われる成立要件に二つの特殊事情がある。

1.バイクのライダー
体がむき出しであり(相手から見て)挨拶していることがわかりやすい。
一瞬アクセルを握った手を離しても、惰性がついており車体は安定している。

2.ツーリング
バイクの場合、傍目から旅の荷物が見えるので「旅の途中」であることがわかる。
「ちょっと畑を見に行く途中」でないことは一目瞭然。
そこに「旅の途中」仲間という特別な共感が起きる。

自動車(四輪車)でロングツーリングに出ていたとしても、キャリアに荷物を積んでいない限り「旅の途中」である人を見極めるのは難しい。
「バイク旅」という同じ趣味を持つ者どうしの共感を挨拶で表現する。それは、登山道で挨拶を交わす登山家にも通じる。


本来はバイクのライダーが交わすハンドサインだが、最近は沿道からライダーに対する「沿道ヤエー」
同じ方向に走っているカッコイイバイクをみていると、相手からの「ドヤエー」といったオプションも現れている。
予期していない時に相手からヤエーされると、即座に反応できないことがある。だが、すれ違いざまなので2度とチャンスはない。まさに「一期一エー」


かつて名も無き挨拶だった頃から時は流れ、今や「ピース」は「ヤエー」となった。
現代のライダーたちが羨ましい。
ものごとは名前が付くと文化に育つ。

町でゴミを拾う行為、お年寄りに席を譲る行為に、いかした名前がついた日から、多くの人が「自分もやってみたい」「今日初めてやった」といったことを言い始め、それが文化として定着するだろう。

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2023年1月 4日 (水)

一方通行を逆走する自転車の一時停止義務が道交法から欠け落ちている

2022年10月より、警視庁(東京都)が、自転車の赤切符交付(取締)を強化した。
「走る凶器」自転車の道路交通について、大きな前進である。
しかし、自転車について、道路交通法には欠陥が残っている。
それは、自転車利用者の利便に配慮した、お目溢しと言ってもいいだろう。

自転車は軽車両であり、自動車と同様に一方通行の逆走は禁止である。
ところが、一部の一方通行路には例外がある。
一方通行や進入禁止標識の下に「自転車を除く」が付いているケースだ。

【図2】


あなた(赤いクルマ)は対面通行の道路を走っていて(青矢印方向に)交差点を直進しようとしている。
交差する道路は右から左への一方通行
ここに左からは自転車が同時に(橙矢印方向に)交差点に入ろうとしている。
見通しが悪い交差点のため、双方に「一時停止」義務があり「止まれ」の標識が立っている。
しかし、一方通行を逆行してくる自転車の側には、図2の▼の位置に「止まれ」の標識はない。
これは「自転車を除く」の有無を問わない。どこにもないのである。


この場合、道交法に基づいて、双方がとる行動は曖昧だ。
[あなた]一時停止 自転車の動向を確認して、進入を判断
[自転車]一時停止 左方優先のため、交差点に進入?
※左方優先は、自転車にも適用される

一方通行を逆走する自転車に左方優先が適用されるとは理解し難い。
「自転車を除く」の例外がない道路では、自転車側の一方通行逆行の交通違反である。


さて実態だが、大抵の場合こうなる
[あなた]一時停止 リスク回避のために、自転車を先に行かせる
(このケースで一時停止した自転車に遭遇したことがない)
[自転車]一時停止しないで交差点に進入。そして、高い確率で「危ないだろ」と自動車側を一瞥する


2022年10月より、警視庁が「赤切符」取締を強化した以降、一時停止しないで交差点に入った自転車の運転者が「すみません」的に一礼するという変化はあった。
きっと、遵法意識がある人なのだろう。

一方通行を逆走する自転車の一時停止義務が道交法から欠け落ちている。
遵法意識がない自転車が、見通しの悪い交差点に猛スピードで突っ込んでくる。
後部座席にお子さんを乗せていたら、目も当てられない。
電動自転車の普及により、自転車の速度が上がっていることは、被害を大きくする要因になり得る。

ただ、一時停止したくないのは"電動ではない"自転車の方だろう。
「オール自力」で漕ぐ自転車は、一時停止して動力を失うと、大きなエネルギーを要する。
自転車には「楽をして短時間で移動したい」人が乗っているわけだから、一時停止したくない気持ちはわかる。
「止まれ」の標識がないのに「止まる」と考えるほうが不自然だ。


一方通行が通勤・通学の主要道路になっている場合「自転車を除く」例外を認めるのは仕方ない。
「自転車を除く」例外ありの一方通行路では、逆方向走行の自転車に一時停止を促す基準づくりを求めたい。
(おわり)

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2023年1月 3日 (火)

自転車運転者の意識が変わった 変えたのは「赤切符」取締

あなた(赤いクルマ)は対面通行の道路を走っていて(矢印方向に)交差点を直進しようとしている。
交差する道路は右から左への一方通行
右からは別の普通車(緑のクルマ)が、同時に交差点に入ろうとしている。
見通しが悪い交差点のため、双方に「一時停止」義務があり「止まれ」の標識が立っている。
【図1】

この場合、道交法に基づいて、双方がとる行動はこうなる
[あなた]一時停止 緑のクルマが停止しているのを確認して、交差点に進入
[緑のクルマ]一時停止 左方優先のため、赤いクルマを先に行かせる

ところが、右から来るのが自転車だった場合、様相は異なる
原則はこうだ
[あなた]一時停止 自転車が停止しているのを確認して、交差点に進入
[自転車]一時停止 左方優先のため、赤いクルマを先に行かせる
※左方優先は、自転車にも適用される

だが、実態は必ずしもそうではない。大抵の場合、こうなる
[あなた]一時停止 自転車が停止しない場合、自転車を先に行かせる
[自転車]一時停止しないで交差点に進入

ここでは、自転車運転者の法令遵守意識により、結果が異なる。
クルマに気づいて一時停止する人もいれば、停まらないどころか睨みつける人もいる。

風向きが変わったと感じたのは、2022年11月からだ。

2022年9月、警視庁(東京都)が自転車の取締強化を指示。
もともとルール違反だったが警告で済ませてきた4つの違反で赤切符を切る方針を打ち出した。
1,一時停止「止まれ」の標識で止まらない
2,信号無視
3,徐行せず歩道通行
4,右側通行

ここで、自転車と道交法についての歴史を整理しておこう。

■自転車と道交法の歴史

2008年6月
道交法改正 自転車が歩道を走ってよいケースを明記
・13歳未満 70歳以上の人
・歩道に自転車通行可[歩行者優先]の標識がある

2013年6月1日
道交法改正 第119条 道路右側の路側帯を走った場合通行区分違反。3月以下の懲役または5万円以下の罰金

2015年6月1日
道交法改正 「自転車運転者講習制度」始まる
危険行為(14項目)を3年以内に2回以上違反すると講習を命じられる

2020年6月30日
道交法改正 危険行為(従来14項目)に「妨害運転(あおり運転)」が加わる

2022年1月
悪質な違反は刑事事件として処理するよう警察庁が全国警察に指示

2022年9月
警視庁が「赤切符運用」の取締要領を警察署に通達

2022年10月に、東京都で「自転車に赤切符」が始まって一ヶ月、都内の生活道路に自転車の通行場所を促すペイントが追加された。

これ以降、明らかに【図1】のケースで一時停止する自転車が増えた。
一時停止せずに進入してしまった時「すみません」のお辞儀をする運転者も増えた。

「走る凶器」自転車の道路交通について、大きな前進である。
しかし、まだ道路交通法では目溢ししている致命的欠陥が残っている。
(つづく)

自転車

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2022年11月18日 (金)

転倒したライダーの足が反対を向いていた

つづら折れの左コーナーを終えて体を起こし、すぐにやってくる右ヘアピンに備えようと顔を上げた時、前方の路肩に1台のバイクが横たわっているのがみえた。

尋常ではない事態を察した僕らは減速して路肩にバイクを停める
ライダーはというと、路肩の溝を超えた茂みに横たわっていた
転倒後、路面を滑り土手に叩きつけられたのだろう
バイクは黒のRZ250。ついさっき、僕らの前をかっとんでいったライダーだと容易に想像がついた。

大丈夫ですか?
恐る恐る声をかけると、ライダーは右手を挙げた
生きていることにとりあえずほっとした次の瞬間、僕は見てはいけないものを見た気がして目を背けた
右足が、通常付いている方向とは違う方を向いていたのだ
これが、救急案件であることは間違いない。
当時、普通救命講習を受けたことはなく、なんの知識もなかったが、素人がけが人に触るのはよくないと思われた。

相棒のサトウ君が倒れたRZ250を起こし、ガソリンが漏れていないかを確認する。周囲に火気はないが、事故現場では引火が怖い。
次に路上にオイルが漏れていないかを確認する。路上のオイルは後続車が滑って二次災害につながる。

2サイクルエンジンはガソリンとオイルを混合して走る。
RZは右サイドカバーの内側にエンジンオイルタンクがある。バイクは右を下にして路上を滑っていたが、サイドカバーは外れておらずオイル漏れはなかった。
こうしたチェックポイントは、当時入り浸っていたBLUENOTEで店主やバイク仲間たちから聞いた、サーキットや峠の話で自然に見についていた。


天気のよい日曜日の三瀬には、多くのライダーが訪れる。
すぐに、3台のバイクが通りかかり、バイクを停めて救助の輪に加わった。

携帯電話がない時代。
確かあと少し下れば、ログハウス風の喫茶店がある。
そこまで行けば電話が借りられるはず。
負傷者スズキさん(仮名)の保護、後続車への注意喚起を4人のライダーにまかせて、第一発見者の僕が救急車を呼びに行く役割を買って出た。

力強くキックペダルを踏んでRZ350のエンジンをかける。
今僕がすべきことは、確実・迅速に電話のある所まで行き、救急車を呼ぶことだ。
急いでいるが、慌ててはいけない
ただ、なにかに追われている訳ではない
焦燥感はなく、使命遂行の過程に身を置く高揚感があった


それでも経験したことのない気負いは、僕の判断を鈍らせた。
先を急ぐ気持ちがアクセルとブレーキのバランスを狂わせて、何度かコーナーで対向車線にはみ出しそうになる。
見通しのよい直線では、できるだけ加速した。今こそがRZ350の性能を正しく発揮する時だ。

日曜日の午後、たどり着いた喫茶店は閑散としていた。
店主が控えるカウンターまで進み入り「けが人が出ているので救急車を呼びたいんですけど」と僕の使命を説明すると「じゃ、あれで」と店主がうすいピンク色の公衆電話を指さした。

僕はまだ若く「身銭を切る」という感覚を身に着ける前だったが、この使命のために使う10円は惜しくないと考えていた。
しかし、店主が鍵を持ってきて、緊急通報をかけられるようにしてくれた。


バイクの転倒でけが人が出ています。救急車をお願いします。
意識はあります。足が外れているいるように見えました。
場所は三瀬峠の県境から福岡側に下った5つ目あたりのカーブです
今、ふもとの喫茶店からかけています。これから僕は現場に戻ります

オペレーターの質問に応じて、必要な情報を伝え終えると、続いてスズキさんの自宅に電話をかける。
現場を離れる時「どなたか連絡しましょうか?」と自宅の電話番号を聞いておいたのだ。

コロナ禍で三年ぶりのさとがえり(目次)

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2022年11月13日 (日)

RZ350とYAMAHAの銀ジャケット

僕は1年生夏のアルバイトで買った原付バイクから中型二輪のRZ350に乗り換えていた。
RZ350は当時、バイク乗りとバイクに憧れる青少年の間で垂涎の的となっていたバイク。
1981年3月の発売直後、池沢さとしの連載マンガ「街道レーサーGO!」の題材となり「青い流れ星」「ナナハンキラー」のニックネームがついていた。

■YAMAHA RZ350
価格:408,000円
エンジン:2サイクル 349cc
馬力:45ps

先行して発売され絶大な人気を誇っていた「RZ250」の350cc版。
中型二輪は排気量が251ccを超えると車検の義務がある。
「RZ350を選ばない」人たちは、それを理由に挙げていた。
維持費を理由に二の足を踏む人が多く「売れない」という下馬評を覆し、RZ350はよく売れた。

その理由は、白地に青・水色のライン(タバコのパッケージの色にちなんでゴロワーズカラーと呼ばれた)という上品なデザイン。
それが、当時のバイクでは常識はずれの加速で走る。
六本松にあったバイクショップBLUENOTEの店主は「羊の皮をかぶった狼」と表現していた。


サトウ君(仮名・・というより知らない)は福岡市内の大学生で、休日には三瀬によく来るという。僕の同志だ。
ライダーはむき身で走っている。
バイクを止めればすぐにむき出しの人となる。
ライダーが2人バイクを止めれば、すぐに「バイクいいね」「どこから?」という話が始まる。
でも僕らは一期一会だ。連絡先を交換しようということはない。


互いのバイクについて。走りに行く場所について。僕らがライダー同士でしかできない話をしていた時、佐賀側から上って来た1台の黒い影が頂上の県境を越え福岡側へかっとんで行った。
その速さは、ピットアウトしたGPライダーが意を決してコースインする姿を彷彿とさせるような、一般人による公道の走りとしては、危うさが感じられるものだった。

「にーはん(RZ250)ですよね」
飛ばしてましたねぇ^^;)

黒い影はRZ250。250には黒と白の2カラーがあり、黒の250だった。
友達の熊本が黒のRZ250に乗っているので、もしやと想ったが彼ならば僕に気づいてバイクを停めただろう。
僕はいつも、100m先から見てもわかるようなYAMAHAの銀ジャケットを着ていた。
銀色に青いラインが入った見た目は、さながら宇宙服。
似たような衣装でアイドルデビューした島田歌穂が西南に来て取材させてもらった時は大いに共感を覚えた。


仲間は「motoが学食に入ってきた瞬間にわかる」と言っていた。

15,000円という自分史上最高額のこの服が僕のトレードマーク。
授業に出る時、学食に行く時、バイトに行く時・・
気に入るとこればかり着ているというより、これしか着るものがなかったのだ。


ちなみに、この銀ジャケ

就職が決まり福岡を離れる時、ロッキングチェアのマスターから「そいば俺に売っちゃらんや」と乞われた。
毎日着続けてボロボロになったジャケット。洗濯した記憶もない^^;)
これからお金を稼ぐようになれば、着る機会も減るだろう。

遠距離バイク通勤していたマスターは「通勤にちょうどよかごた」と言っていたが、忘れ形見的な意味かなと推察して2つ返事で譲った。
今でも時々「あのジャケットどうなった?」と聞いてみたくなるが、まだ実現していない。


山頂でサトウ君と話し込んだのは5分程だったと思う。

ここからは"三瀬の怖い下り"
かっとんでいった黒いRZ250を見たこともあり、僕らは「気をつけていきましょう」と声を掛け合い、連なって走り出した。

サトウ君は"青い流星"RZ350に敬意を表したのか「先に行ってください」と先頭を譲ってくれたが、僕としては後ろを走るほうが気楽だった。
ゆっくり安全に走るという命題があるものの「RZ350のライダーとしてみっともない走りはできない」という無駄な見栄が僕を緊張させた。
だがスピードが出せない下りでは、ハングオンどころかリーンインもムリ。下手するとへっぴり腰のリーンアウト。

「RZ350の乗り手にしては下手だな」
と思われていないかヒヤヒヤしつつ、つづら折れのコーナーを無事こなして、5つめの右コーナーに差し掛かった時だ。
僕らは眼前に広がる光景を見て戦慄した。

コロナ禍で三年ぶりのさとがえり(目次)

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2020年1月29日 (水)

バッテリーの心配がなくなった!Panasonicカオス

「僕はホリデードライバーなので里帰りの時は、気をつけて運転します」
と言って、その言葉を教えてくれたのは町田君だった。

長期休暇のときだけ車を運転する人をホリデードライバーという。
帰省した故郷で親戚の車を運転する。旅行に行って旅先でレンタカーを運転する。
こうしたドライバーは日頃、運転から遠ざかっており、勘が鈍っているし、判断力が低い。
さらに慣れていない道、慣れていないクルマを下手な人が運転するのだから危ないということだ。
確かに危ない。

だが、僕の場合、運転は下手ではない。それを立証する基準はないが、上手いと言われたことはあっても、下手と言われたことはない。
ただ、あまり、乗らない。
平日は電車移動だし、乗るのは休みの日だけ。それも雨が降ると、車が汚れるので乗らない。
こういう場合「週末ドライバー」「サンデードライバー」などと言う。

東京に来て週末ドライバーになって以来、1つの課題があった。それは、バッテリー。
週末ドライバーならば、心当たりがあると思う。
電装系に不安があると、エンジンをかけていない状態でカーステレオを流すのは怖い。エアコンなどもっての他。
いざ、出発という時にバッテリーが上がって、エンジンがかからない。JAFを呼んで、発進できても、しばらくはバッテリー充電のために、そこらを走る。家の車庫ならばまだいい。出かけた先でバッテリーが上がり、それが夏の炎天下だったり、極寒の冬だったりすると、この世の終わりかと思う。


そんな、バッテリーに気を遣いながらびくびくしていた暮らしだったが、2013年12月に転機が訪れる。
その日は図書館に立ち寄ったあと、駐車場でエンジンがかからなくなった。近くのディーラーに来てもらい見てもらったところ、そもそも「バッテリーの容量が小さすぎる」という。そこで、勧められたPanasonicのカオスに交換した。すると、取り替えた翌週末、エンジンのかかりに勢いが違っていた。

その後は、3週間ほど乗らない日が続いても、エンジンはいともカンタンにかかるようになった。従前ならば、神様にどうかかかりますように!とお願いしていたのに。


カオス生活が始まって一年が過ぎた頃、Amazonで「ライフ・ウィンク」という品を見つける。
これはPanasonicが販売している、カオスなどPanasonicカーバッテリーの寿命判定ユニット。
バッテリー新品時の特性を基準として記憶し、比較することで劣化を判定。エンジン始動性能を、LED5段階表示する。
これはイイ!すぐ付けようと思ったのだが、この製品は新品バッテリー取り付け時に同時に取り付けるものであり、途中から付けるものではなかった。


2016年11月
カオスの保証は3年または10万kmということなので、2年11か月で新しいカオスと交換。
満を持してライフ・ウィンクも付けた。
驚いたのは5段階表示のLEDが、エンジンを切った後も常時光り続けているということだ。車の後ろにあるエンジンルームには通気孔があり、暗闇だと外からでも光っているのが見える。


それから3年が過ぎた2019年12月、ディーラーからバッテリーの特売があると聞き、通算3個めのカオスに交換。ライフ・ウィンクは他のバッテリー、他のクルマへの転用はできないので新たに調達した。
交換時に確認すると、LEDは5段階の最強レベルを示していた。
つまり、バッテリーにはよくないと言われる週末ドライバーであっても、保証期間の3年では、全くと言っていいほど、劣化が起きていないということだ。

4個めのカオスは、LEDが1コマでも減ったら、交換を検討しようと思う。
サンヨーを傘下にしたPanasonicのバッテリー技術は強力だ。いま1度、勢いを取り戻して欲しい。

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2019年8月16日 (金)

駅構内が左側通行の理由「階段左らせん説」

通勤で使っている2つの最寄り駅は、いずれも構内の歩道は「左側」通行となっている。
一方、そのとなり駅の構内は「右側通行」だ。
ただ、全般的に駅構内は「左側通行」が多いと感じている。

「人は右」なのになぜ、駅構内は堂々と「左側通行」と表記しているのか不思議だ。
僕はこう考えていた。

駅の管理者にしてみれば、ホームを出て改札から一斉に人が押し出される列、改札に入ろうとする人の列、それがクロスしないように順路をレイアウトしたい。
それが、大半の駅において、たまたま「左側通行」レイアウトに偏っているのだ。


だが、道路交通法が1949年に従来の「歩行者は左側」から「歩行者は右側」に改訂されたこと。
駅構内は、自動車との「対面交通」がなく「歩道、路側帯がない道路」ではないため「歩行者は右側」の規定に該当しない。
そこで、従来の名残である「左側」が残ったのだという説があることを知った。

だが、それだけでは腑に落ちない。
なにか、他にも理由があるのではないか。


そんなある日、駅の階段を下っていて、ある仮説にたどり着く。
その階段は「左側通行」で駅構内も「左側通行」だ。
階段は上り方向に向けて「左らせん」構造になっている。
思い起こしてみると、駅の階段に限らず、雑居ビルの階段も、階段というのは上り方向に向けて「左らせん」が多いのではないか。

人間にとって「上り」と「下り」では「上り」の方が心拍数が上がる。つまり「きつい」
「きつい」思いをする方が、最短距離を歩けるようにすると、上り「左らせん」の階段では、上る側が「左側」を歩くことになる。


ここからは「鶏が先か」「卵が先か」の話しになる。

パターン【1】
歩行者は左側通行
↓ ↓
階段は上り方向「左らせん」で設計するのが標準になった


パターン【2】
階段は上り方向「左らせん」が多かった
↓ ↓
歩行者は左側通行にした方が楽だ
法律の制限もないことだし・・


とりあえず、僕はこの「駅構内左側通行・階段左らせん説」で納得した。

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2019年8月15日 (木)

「人は右」右側通行の根拠

長かった梅雨があけたかと思うと、待ってましたとばかりの猛暑がやってきた関東。
朝の通勤時間帯でも容赦ない日差しが降り注ぐ。

駅へ向かう道、できるだけ日陰を歩きたいと思うのだが、僕は右側を通行する。
子どもの頃から「クルマは左、人は右」と教えられてきたからだ。
厳格な家庭に育ったせいか・・
僕はルールに対して厳しい。
自分だけに厳しいのであれば波風も立たないのだが、他人に対しても厳しいのが難点だ。


強い日差しが降り注いでいる道路の右側を歩いていく。
すると、駅から来たサトウさん(予想)が正面からやってくる。
おいおい、それはあなたにとって左側だろう?
どうして、左側を歩くの?
人は右側通行だろう?

僕はサトウさんとぶつからないよう、道路の右端に寄って歩く。
すると、サトウさんは左端に寄ってくる。
僕にはもう、右側に寄るスペースがない。
するとすれ違いざま、どすんと肩と肩がぶつかった


すみませんが、道路交通法第10条第1項で、歩行者は、歩道又は歩行に十分な幅がある路側帯と車道の区別のない道路で、道路の右側端に寄って通行しなければならないんですよね?
ここは明確な歩道も路側帯もありませんから、あなたは右側を歩かなければならないのに、ここはあなたにとって左側ですよ!
あなたから見て右側端を通行することが危険である時、またはやむを得ないときは、左側通行できますが、そういう状況ではないですよね?
法律を守りませんか?


一気にまくし立てた・・
としたら、僕の溜飲は下がるかも知れないが、言われたサトウさんにとっては鼻持ちならないだろう。
争点の根拠が「法律」だから、反論は難しいかも知れないが「恨み」が残るかも知れない。

通勤の時間帯はお互い同じなので、これからもサトウさんとは、何度もここですれ違うだろう。
その度ににらみ合うのは得策じゃ無い。


歩道、路側帯がない道路では人は「右側」を歩く。
そうでない場合に「規定は無い」
従って、ガードレールや縁石で仕切られた歩道、一段高くなった歩道の場合、前から来るサトウさんが左端を歩いて来ても違法では無い。


この「人は右」という原則は、自動車との対面交通に起因している。
自動車が通行する道路では、歩行者が自動車と「対面通行」した方が安全であるという考えにより、1949年に従来の「歩行者は左側」から「歩行者は右側」に法律が改訂された。

でも待てよ、それならば、なぜ駅の構内は「左側」通行なのだ?

つづく

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2018年11月 1日 (木)

そっちか!

そっちか!

そっちか!は、相手の反応が核心を外れている時のツッコミ。いつの頃から常用されるようになったかは不明だが、2010年代以降だと思う。

そっちか!に非難のニュアンスはない。
嫌いな相手、敵対する相手には使わない。現代社会ではそういう相手に対しては、その場はスルーして後で「陰口」を言う。
その手段は口頭に加えてラインなどのネットツールが使われる。
面と向かって「そっちか!」という時の顔は誰もが笑っている。そういう意味では、現代には珍しい健全なコミュニケーションワードである。

「そっちか!」を言われる時、たいてい、その相手はわざと核心を外している。すなわち「ボケている」
核心を外すボケに対して、お約束のツッコミが「そっちか!」なのである。


最近思わず「そっちか!」とツッコンだことがある。
ただ、目の前にいない相手、ネット・ニュースに触れた時だ。


2018年10月27日
阿部守一 長野県知事が「自転車利用に関する条例(仮称)」の今年度中の制定を目指す方針を明らかにした。
条例では運転者の賠償保険加入を義務づける方針。
長野県の自転車人身事故は928件(2017年)

同様の条例は、2015年に兵庫県が制定して以来、全国12自治体に広がっている。

東京都の場合、年間の自転車人身事故は6,210件。負傷者5,405人、死者8人。数値は大きいが条例の話しはまだ聞かない。


このニューに「そっちか!」とつっこんだのは、
1,実効性が低い
2,手の付けやすいところに着目している
3,核心を外している
以上3つの理由による。


1,実効性が低い
これらの条例には罰則規定が無い。
自転車保険料は、ネットで最安価格をしらべると、年払いでおよそ2,000円。
自動車保険に比べるとずいぶん安いが、そもそも、自転車ライダーには、保険に金を掛けるという認識はない。
2,000円ぽっきりで済めばいいが、自転車は長く乗るもの。
5年乗れば1万円。10年乗れば2万円の出費になる。
罰則がないのであれば、大半のライダーが、条例を知っていてもスルーするだろう。


2,手の付けやすいところに着目している
現実に死傷事故が起きており、損害賠償のために多額の負担を強いられるライダーがいる。
「転ばぬ先の杖として保険に入りましょう」というアプローチは反対を受けにくい。
人をはねることを前提にして、皆さん保険に入りましょうというのは順番が逆だ。


3,核心を外している
ものごとの本質として、まず、自転車ライダーに正しい行動を求めるべきである。
それには「教育」が必要である。
現在は「周知」努力もほとんどしていないに等しい。
「周知」では、行き届かないと考えるならば、免許制度に踏み込めば良い。


免許制度となれば、条例ではなく、道交法の改正という「全国」の話しにしなければならない。
今「自転車保険」を条例化した12自治体は、核心を外しているが、その努力に「意味が無い」わけではない。その努力をたたえたい。
核心を突いた策すなわち法律を作ることができるのは、唯一の立法機関である国会の皆さんである。

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2018年10月11日 (木)

暴走する自転車に筆記試験のみの免許制度を望む

日本の西端にある故郷の長崎と比べて、東京は日没が一時間は早い。
今日は早めに帰れたなと思っていても、駅を降りたいつもの町には、既に夕闇が迫っていて、僕は少しがっかりする。


赤いLEDの歩行者信号が闇に映えて鮮やかだ。
少し待つと、それは鮮やかな青に変わる。
僕は片側3車線、合計6車線の横断を始める。
幅の広い道路だが、渡りきるには十分な「青」の時間が担保されている。

渡っているのは、十字路の右側にある横断歩道。
前半は向かって右手に信号待ちのクルマが、停止線の前で信号が青に変わるのを待っている。
中央分離帯を過ぎた後半は、左手から来た右左折のクルマが横断歩道を通過していく。
右手からクルマが来ることはない。

少しでも歩行者が途切れると、クルマは「それ行け」とばかりに、猛然と加速して歩行者の切れ間を通り過ぎていく。
学生の頃に読んだ書籍によると、警察が取り締まる基準は「近づく歩行者5m、通り過ぎた歩行者1m」なのだという。
つまり、近づいてくる歩行者との間に5mの間隔があれば、通過してもお咎め無し。逆に5mを切っていれば、安全運転義務違反で取締の対象になる。


僕が後半にさしかかると、右左折のクルマは、横断歩道の手前で一時停止して、僕が行きすぎるのを待つ。
僕は少しペースを上げて、できるだけ早く、そこを明け渡そうと努める。
立場を変えて、自分が運転者の時「止まってしまうんじゃないか」と思うくらいの速さの歩行者にカチンとくるからだ。
僕は「ハンドルを握ると性格が変わると言われたことがある第1位(同率)」の長崎県人である。


左手で待つクルマに一瞥しながら、足早に横断歩道を渡りきろうとして、対岸の歩道まであと3mほどの所に来た時だ。
目の前を猛烈なスピードで自転車が横切った。
僕は右手から走って来る物体を想定していなかった。

驚いて、走り去る自転車を目で追う。
おばちゃんが運転する電動自転車は、赤信号の横断歩道を直進、そこからさらに加速して90度左折、点滅し始めた歩行者信号を渡って闇に消えた。

交差点には交番があり、男性警察官が軒先に立って目視していたが、一瞬の出来事に為す術もない。しかし、もしも彼がおばちゃんを呼び止めることができたとしても「だめだよ~」と注意を与えるくらいしかできないだろう。


おばちゃんに必要なのは「教育」だ。
・車道の逆行
・横断歩道交差通過の際、歩行者の前で一時停止不履行
・横断歩道の赤信号通行

彼女は「軽車両」と「歩行者」の立場を巧みに切替ながら、ルール違反を重ねていく。

これらが、道路交通法に違反するということは彼女の頭に入っている「教本」には記されていないだろう。
いや「教本」すらなさそうだ。

では、おばちゃんは「教育」を受けてくれるだろうか。
「さわやか自転車安全運転講習」
を警察署が企画しても、そもそも関心のない情報に、彼女のアンテナは反応しそうにない。

なにごとに於いても、興味と関心の薄い講習に人を呼び込むのは容易ではない。
「教育」の機会を作るには「免許取得」「免許更新」「免許停止」という強制力を持った講習への招集が必要だ。

まずは原付自転車同様に、実技なし筆記のみの免許制度の実現を渇望する。

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